終章:出陣前夜
【PUB マリナー】
カザン達の行きつけの店だというこの居酒屋は、店の規模の割には店員が2人しかおらず、客が勝手に飲み物やつまみを取っていくというビュッフェスタイルとも呼べない杜撰なものだった。
オーナーのフリントという人物は不在のようで、女性店員さんに聞いたところ、王都のブロスディアというところに、新店舗の下見に行ってるらしい。ちなみにオーナーのことを話す店員さんの顔は何故か嫌そうだった。
「おーい飲んでるのかよシンーー?」
「飲んでるよ」
「男らしいわねぇシン。はい、おかわりどうぞ」
そして俺は、既にできあがったカシューとペロンドに絡まれている。皆が飲んでいるエールという飲み物。正直俺が想像していたよりも美味しかった。ビールよりも甘味が強く、苦味が少ない。香辛料の香りも良く、別物と考えれば十分に美味い。常温もあるが、しっかりと冷えた物もあり、当然俺は冷えてる方が好きだ。
っていうか、普通にサーバーがあるんだよな。エルキオンという国が作った物らしいが、機械ではなく魔導具というらしい。何度も思ったことだが、アマツクニが特殊なだけで、やっぱり文明的には俺たちがいた世界とそこまで差異はなさそうだ。
俺は念願の炙りスルメをつまみながら、目の前で不機嫌そうにしているタツに尋ねた。
「どうしたんだよタツ?」
「…………ずるい」
「え?」
「シンばっかりずるい」
完全に拗ねている。もちろん、原因は分かっている。自分だけお酒が飲めないからだ。
「だってしょうがないだろ? そんな見た目なんだし」
「シンだって18歳なのに」
「カシュー、この国は飲酒に年齢制限ってあるのか?」
「一応あるわよ。18歳以上ね。でも、海の男達でそれを守ってるヤツなんていないわよ。祭りの時は子供だって飲んでるわよ」
そのカシューの言葉を聞いてタツの顔が明るくなる。まぁ俺もタツとは一緒に飲みたいし、初めての土地だから遠慮してただけだ。
「すいませーん!」
タツが店員さんに声をかける。ほとんどセルフだが、一応店員さんに注文することもできる。タツの注文を聞いた店員さんはこちらをチラリと見るが、特に嫌な顔をすることもなく注文のエールを持ってきてくれた。
「かんぱーい!」
タツが自分の体の半分もありそうな木のジョッキを持ち上げ、乾杯の音頭をとる。その場にいた傭兵達が全員立ち上がり、雄叫びを上げてからジョッキを傾ける。賑やかだった店内は更に熱を上げ、まさにお祭り状態となっていた。
「おいしーねこれ!」
「あぁ、蜂蜜が入ってるのかな? なんにせよ、冷えてるのがありがたいぜ」
ニコニコと口に泡をつけながら話してくるタツ。その笑顔を見て、少し反省していた。
そうだよな。美味いもん食うときは、一緒に食って共有しないとな。
負けじと俺も、特大のジョッキに入ったエールを一気に飲み干す。これが傭兵達の飲み方というなら、俺も従おうじゃないか!
歓迎会の盛り上がりも最高潮になった頃、みんなと談笑していた時に店の扉が開かれる。そこには、カザンとラヴィの姿があった。
「いよぉ、盛り上がってるようだな」
「よぉカザン。ラヴィも来てくれたんだ」
俺たちの歓迎会に、都市長であるラヴィも来てくれたことに感動していた。しかし、俺の発言を聞いたカザンがピクリと硬直する。
「……ラヴィ?」
「え?」
カザンが俺に聞き返してくる。……なんだ? 何かまずかったか?
「いや、すまん。ラヴィってのは、オウガがラヴニールを呼ぶ時の愛称でな。オウガしかそう呼ぶ事がないから驚いただけだ」
え、なんだそれ? もしかして俺は、2人だけの特別な愛称を新参者の分際で呼んでいたのか?
「ごふッ────」
俺たちのやり取りを黙って聞いていたラヴィが、肘でカザンの脇腹を小突いた。脇腹を抑え、その場にうずくまるカザン。
「カザンの言う事をいちいち気にしてはいけませんよシン。確かにオウガは私の事をラヴィと呼びますが、別にそれを制限したつもりはありません。周りが勝手に遠慮してるだけです。構わず呼んでもらって結構ですよ」
「あ、あぁ」
ラヴィは特に気にしてないようだが、正直俺は気になる。……なんか間男にでもなった気分だ。
そしてカザンはまだ無様にうずくまっている。女性に小突かれた程度で大袈裟なやつだ。
────気を取り直し、俺たちのテーブルに座ったカザンとラヴィ。カシュー達が無理矢理ラヴィに乾杯の音頭を取らせ、再び宴が再開された。俺の頭もふんわりとした熱に覆われ、タツも顔を紅潮させて頭が揺れている。
この世界に来て、一つわかったことがある。俺は、酔いを一瞬で振り払うことができた。即座に素面に戻れるのだ。でも、今はそんな無粋なことはしない。みんなと一緒に、この心地よい熱を楽しみたい。
「よお〜シン〜。お前オウガに早く会いたいんだって〜?」
「あぁ、聞きたいこともあるしな」
ペロンドが再び絡んでくる。既に目が据わっているが大丈夫か?
「俺もなんだよ〜。よし、すぐ行こう。今から行こう!」
「どうしたんだ? お前はあまり乗り気じゃないと思ってたのに」
どちらかというと、ペロンドは明日出発するのに反対していた。もっとゆっくりしたいと。酔いのせいなのか、まるで真逆の事を言っている。
「聞いてくれるか? 俺さぁ、アマツクニ遠征も本当は嫌だったんだよ。でもさ、オウガがさぁ…… “素敵な出会いがあるから行った方が良い” って言ったんだよ」
「オウガがそんなことを言ったのですか? それで、どうだったんです?」
オウガの話題ということもあり、ラヴィが話に参加してくる。
「俺は期待に胸を膨らませた。頑張って遠征した。帰国する最後の瞬間まで諦めなかった────でも、結局何もなく帰ってきちまったんだ! 俺はオウガに騙されたんだ!!」
「オウガがそんな嘘をつくとは思えませんが……」
それもオウガの占いなのだろうか? ラヴィは信じられないといった様子だが、当のペロンドは酔いもあってか怒り心頭だ。
「出会いって、シンとタッちゃんの事じゃないのー?」
カシューがそう言うと、ペロンドの目から涙が溢れ出した。
「そうかもしれないけどよぉ! 出会いって言われたら女性だと思うだろ!? 2人はいいヤツだけど、女性だと思うだろぉ〜?」
大事な事なので2回言うペロンド。出会いに期待して遠征したのに、出会ったのはジジイと子供。確かに少し気の毒ではある。オイオイと泣くペロンドを尻目に、ラヴィが立ち上がる。
「私はそろそろ引き上げます。あなた達もほどほどにして下さいよ?」
そう言い残し去ろうとするラヴィ。俺はもたれかかるペロンドを突き放し、慌てて立ち上がる。
「送ってくよ、もう暗いし」
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
「そうだぜシン。ラヴニールを襲うヤツなんてこの街にはいねぇよ」
確かにカザンの言うとおりだろう。この街はすこぶる治安が良いようで、喧嘩などのいざこざはあっても、犯罪の発生率がほぼ0なのだ。それもこれも、このラヴィによる統治の成果なのだろうが……これはそういう問題ではないのだ。
「夜道を女性1人で歩かせるわけにはいかんだろ。これは男の義務だ!」
そうキッパリと言い切ると、みんなが、おぉと声を漏らす。それに、俺はラヴィに聞いておきたいこともあった。
「というわけで、ちょっと送ってくる。タツ、すぐ戻ってくるわ」
「うん。気をつけてね!」
笑顔のタツに見送られ、ラヴィと一緒に店の外へと出る。
涼しい夜風が心地よい。酔いを振り払い、セントラルへと歩き出す。そして俺は、早速質問をすることにした。
「なぁ、さっきの名前のことなんだけど」
「気にしなくていいんですよ? 」
すぐさま切り返される。これ以上言うのは野暮ってものかもしれない。そこで俺は別の質問をすることにした。
「オウガとはどういう関係なんだ?」
2人だけの愛称がある位なんだ。ただならぬ関係なのは分かる。もしかして恋人同士なのだろうか?
「私は、オウガの従者でした」
少しだけ目線を上に向けたラヴィが、まるで懐かしむように話してくれた。
「私がまだ5歳の頃、オウガの従者として王宮へ連れてこられました。私は両親と共に、スワルギアという国から移住してきたのですが、私の噂を聞いた陛下によって従者に選ばれたのです」
「噂?」
「自分で言うのも恥ずかしい話なのですが、私は同年代の……いえ、大人と比べても勉学ができる方でした。王都にある私塾で勉学に励んでいた私の噂を陛下が聞きつけ、王子であるオウガの従者になって欲しいと頼まれました」
「それで、従者になったのか」
「はい。王宮には、世界から集められた魔導書の類も存在していました。王族しか立ち入ることのできない禁書エリアの存在もあり、私の興味を引くには十分でした。王子の従者となれば、許可さえ貰えれば私でも立ち入ることができますからね」
王子の従者。そうか、そういう関係だったのか。
「オウガは私を従者としてよりも、友として接してくれました。そしてオウガの母君であられるツキナギ様。カザン達は誤解しているようですが、私をラヴィと呼んだのはオウガではなく、ツキナギ様でした」
「…………」
「ツキナギ様も、私を実の娘のように接して下さいました。私のことをラヴィと呼び、自然とオウガもそう呼ぶようになりました」
淡々と説明してくれるラヴィ。でも、俺にはどこか悲しげに聞こえていた。
「そして、ツキナギ様は亡くなられた。私の事をラヴィと呼んでくれるのは、もうオウガだけ。もし……もしオウガまでいなくなれば…………私をそう呼んでくれる人はいなくなってしまいます」
勘違いなんかじゃない。誰が聞いても、ラヴィの声は震えていると分かるだろう。
「私はこの愛称をこの上なく気に入っています。だからシン……気にせず呼んでもらって構いませんよ」
今の話を聞いて、やはりラヴィと呼ぶのは気が引ける。オウガとラヴィ、そしてツキナギさんとの想い出に溢れた愛称を、俺みたいな新参者が呼ぶのは正直抵抗がある。
でも、俺にここまで話してくれたってことは、本当にイヤではないってことだろう。周りの反応もあるだろうが、本人が望んでるならお言葉に甘えるとしよう。
「分かった。色々話してくれてありがとう、ラヴィ」
「──はい」
今が昼だったらと悔やまれる。街灯があるとはいえ、俺たちの周りは薄暗い。
もう少し明るければ────ラヴィの笑顔が見れたかもしれない、そう感じていた。
「そういえばシン。預かった荷物ですが、申し訳ないと思ったのですが中身を確認しました」
「あぁ、あんだけ重けりゃ不審に思うよな」
「あれほどの太陽石をどうしたのですか?」
「イズモ村の村長に餞別でもらったんだ。持ってるとタツがお菓子にしちまうし、利用できるならしてもらって構わないぜ?」
「お菓子に? 利用手段は数えきれないほどありますが、あなたの財産なのですよ?」
「財産か。そういえば結構高価なんだよな? 一年位は暮らせるかな?」
「一年どころか、あの質と量ならタツと2人で一生遊んで暮らせると思いますよ」
「マジで!?」
一生遊んで暮らせるほどの餞別…………やりすぎだろダイコク。マヨネーズでも作って大儲けしようと思っていたが、生憎既に存在していた。っていうかスルメにつけて食ってた。
俺の人生設計が狂った今、遊んで暮らせる程の財産というのは抗い難い魅力だ。だが────
「この街に寄付するよ。有効利用してくれ。もしタツが欲しがったら、破片でもあげといてくれ」
「こちらとしては嬉しい申し出ですが、本当にいいのですか?」
「あぁ。餞別にくれたダイコクには悪いけど、俺コツコツ行くのが好きなんだよね。何度も必死に戦って、貯めた金で装備を整えたりするのが楽しいんだよ」
「傭兵稼業が好み、ということですか? わかりました。ですが、入り用の際には言ってください。投資という形で運用させてもらいます」
俺の例えも伝わったようで何よりだ。ちょうどセントラルに到着し、ラヴィを見送る。これにて任務完了だ。
来た道を、今度は1人で引き返す。冷たい夜風が、俺の体温を緩やかに奪っていく。ここにはタツもいない。俺は足を止め、あることについて考えた。
それは、俺の操る力について。
カザン達からは色々と聞いた。人には共鳴魔力と呼ばれるものがあるということを。そして、エーテルフォージと呼ばれる、感情や精神の昂りによって魔力量が増加することがあるということも。
共鳴魔力は星の数ほどあるモノの中から、自分に合ったものを見つけなければならない。だが、俺には目星がついていた。
俺は、手を夜風にさらす。先程よりも冷たい風が、手を吹き抜けていく。
この時、俺の予想は確信へと変わった。明日には出発し、明後日にはゲヘナ城塞へと到着するだろう。
考えねばならない。決戦に向けて──────俺とタツの必殺技を!!
これにて間章は終了となります。ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!
次の話から三章となります。よろしければ引き続きお付き合い頂けたらと思います。
もしこの作品を面白いと感じて頂けたなら、ブックマークと★の評価をお願いします。 私のモチベアップになります!




