第6話:カザンとラヴニール
「いよぉラブニール、飲みに行こうぜ!」
「…………」
執務室に突然現れたカザンが、私を飲みに誘ってくる。
「あなたの報告書を確認しているところです。ちょうどよかったカザン、これらを全て書き直してください。要点を得ません」
カザン達がアマツクニにいった際の報告書を突き返す。はっきり言って、子供の絵日記の方が報告書として価値がありますね。
「だ、だからよ、直接口で報告しようとしてるんじゃねぇか……積もる話もあるしな」
「それならここで話を聞きましょう。飲みながらできるでしょう?」
「それだとお前仕事ばっかりするじゃねぇか。ほら、さっさと行こうぜ!」
「……はぁ。もぅ、仕方ないですね……」
集中したい時にだけかける伊達メガネを外し、私は諦めて席を立つ。
「あなたは報告書を軽んじ過ぎています。これは私だけが読むのではありません。戦況を把握し、作戦を立てる為にライヴィア王国の上層部、同盟国であるアマツクニにも送る重要文書なのです。それをこのように出会った戦った勝っただけで済まされたら戦略の意味すら───」
「わ、分かったって! 悪かった! 後で絶対書き直すから!!」
「何のためにカシューを同行させたと思っているのですか? カシューに書かせたらいいでしょう?」
「今回は別行動が多くてな。事の仔細を一番分かってるのは俺だったし、お前がみんな疲れてるから休ませろって言うしよぉ」
「私のせいにするんですか? その気遣いを、私にも少しくらい分けてくれてもいいものですけどね」
「そ、そういうつもりじゃ、マジで悪かった! すまん!! ほら、そろそろ行こうぜ!」
私に睨まれたカザンが狼狽しながら謝罪してくる。いつもと違うカザンの様子に、つい面白くなって詰め寄ってしまいましたが、これ位にしておくとしましょう。
「マリナーですか?」
「いや、あそこは今シンとタツの歓迎会でごった返してる。上に行こうぜ」
カザンの手には、ワインの入った瓶とコップが2つ握られていた。
“上” というのは、このパラディオンの最も高い位置にある丘、【神聖樹メルキオール】が植えられている場所のことだ。
「あなたは行かなくていいんですか?」
「後でお前と行くさ」
どうやら二次会まで決定事項のようで。机に積み上げられた文書の数々をチラリと見る。……今日は徹夜ですね。
私がいるセントラルから “上” までは、徒歩で10分位の場所。私は歩きながら、鼻唄を口ずさむカザンに質問する。
「随分機嫌が良さそうですね」
「分かるか?」
──カザンの共鳴魔力は “怒りの感情” 。
その性質故か、彼が怒りを露わにすることはほぼない。怒りの感情をほぼ魔力に変換しているため、怒りが表面化するほど残っていないからだ。
でも、カザンはいつもどこかピリピリしていた。顔は笑っていても、本心では笑えていない。それは私の前でも…… “あの人” の前でもそうだった。彼の背負った宿命を考えれば、仕方ないことなのかもしれないけど。
「そうだラヴニール、治癒士が仲間になったらしいな?」
「はい。ソレイシア出身で、医師の介入無しで治癒をできる優秀な治癒士です」
「ほー、あのソレイシアのか。そりゃ会うのが楽しみだな」
「名前はフラウエルです。フラウエルはあなたに会うのを怖がってましたよ」
「まぁ悪名が轟いてるからな。異名持ちは辛ぇなぁ、ラヴニール?」
まるでフラウエルが、私にも怯えてるかのような言い草ですね。……実際、会う前は怖がってたかもしれませんが。
「そういえばカザン、シンに変なことを吹き込んだみたいですね」
「変なことって……お前の異名と、言葉には気をつけろよって言っただけだぜ?」
「彼……私の名前を間違えて、その場で土下座してきましたよ」
「ダッハッハッハ!! なんだそりゃ!?」
大笑いするカザンに、私は少し驚いた。カザンがこんなに笑ってるのを、私は見たことがない。
「なんだよ、どうした?」
「いえ、あなたがそんな風に笑うのを初めて見たので」
「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ? 俺だって笑うときゃ笑うぜ」
「いつも人を小馬鹿にした笑いしかしてないので」
「へッ、馬鹿になんかしてねぇよ」
「それです、それ。ちなみに、私はもう異名持ちではありませんよ」
「雑誌から消えただけだろ? 覚えてるやつは覚えてるさ」
……確かに。かつて私が異名持ちになった際、その出版社であるアリアスにお願いして、名前を消してもらった。
でも、フラウエルは私の異名を知っていた。人の足跡というものは、中々消せるものではないのですね。
程なくして、私たちは“上”へと到着した。
神聖樹メルキオール──その根本からとめどなく水が溢れ出している。このパラディオン全域に張り巡らせた水路、その全ての水がここから流れている。
私たちは、メルキオールの木の下に設置された足場に腰を下ろし、カザンが持ってきたワインをコップに注ぎ入れる。
「アマツクニ遠征、お疲れ様でした」
「あぁ、そっちもな」
コップをコツンと合わせ、ワインを口に入れる。カザンはそのワインを一気に飲み干し、すぐさまコップに新たなワインを注ぎ入れている。
「世界は変わろうとしている……覚えてるか?」
「当然です。あの人がよく言ってることですから」
「この世界……エデンスフィアには神よりも大きな存在がいて、運命を操ってるってのは?」
「私は感じています。あなたは信じて──いえ、その言葉を嫌悪してたじゃないですか」
カザンは再びワインを一気に飲み干し、コップに注ぎ入れる。ビンの中身が無くなりそうなんですが?
「そうだな。こんな残酷な運命を操ってるやつがいるんなら、俺が見つけ出してぶっ殺す……そう思ってた」
「…………」
私は黙って、カザンの言葉を待つことにした。
「でもよぉ、実際にその存在とやらに会ってみたら……なんてことはねぇ、俺達と同じだった。テメェの大切なモノの為に戦う、いい奴らだった」
「あなたは何を見たんですか?」
カザンは、タツとシン……あの2人のことを言っている。いえ、タツの事と言うべきかもしれませんね。
「あいつらとレガリア同士で打ち合った時……まるで火花のようにあいつらの記憶が見えた。A・Sじゃない俺には全てを見ることはできなかったが、あいつらを理解するには十分だった」
「それが、彼等を殺さなかった理由ですか?」
「そうだ、あいつらは俺達の……人類の敵なんかじゃない。俺達と同じ人間なんだ」
「そうですか。戦ったあなたがそう言うなら、そうなんでしょう」
「あいつらは、決して人の不幸を望む奴らじゃない。俺の八つ当たりだったな」
「あなたの機嫌がいい理由が分かりました」
「へッ、まぁそういうこった」
カザンは、常にこの世の理不尽に憤っていた。もしこんな世の中を、あの人を……オウガを苦しめる運命を作った存在がいるのなら、そう思って生きてきた。
でも、自分が目の敵にしていた存在が実はいい人達で、同じ人間だった。今のカザンは本心から笑っている──今まで笑えなかった分も。
「お、酒が無くなった」
「ペースが早すぎます。私はまだ一杯も飲んでませんよ」
「わりぃわりぃ、じゃあマリナーに行こうぜ」
「もう行くんですか……なんでわざわざここに来たんです?」
「お前の相棒たちにも、この話を聞かせてやろうと思ってな」
まるで御礼を言うように、私の額に飾られた赤い宝石がキラリと光り、メルキオールの葉がカサカサと音を立てる。私はコップに残ったワインを飲み干し、立ち上がる。
「仕事が残ってるんです。さっさと行きましょう」
「へッ、そうだな」
メルキオールから始まる水路に沿って、私達は眼下に広がる街へと歩き出す。
街に近づくにつれ、人々の声が聞こえ始める。その声は一様に暖かく、優しく、愛に溢れていた。
【PUB マリナー】
カザン傭兵団御用達の飲み屋。その入り口の前に立つと、中からは歓声と共に笑い声が上がっている。
「お、盛り上がってんな」
「はしゃぎすぎないように」
はいはい、とカザンが扉に手をかける。
「笑い過ぎて、力を失わないで下さいよ?」
「ヘッ、そりゃ難しいかもな」
私の皮肉めいた冗談を、笑顔で返すカザン。扉を開くと、笑い声が一層大きくなる。
────扉の向こうには、見慣れた顔達と共に笑い合う……新しい “仲間“ の笑顔があった。
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