第4話:パラディオン到着【前編】
「陸地だ! 見えたぞタツ!!」
朝陽が昇り、優しく俺達を照らしてくれる。一つ違うのは、アマツクニのような視線は感じないことで、いつも俺たちが感じていたような日光の温かさだ。まだ温まりきっていない、涼やかな海風を受けながら、遠くに見え始めた港町に俺は声をあげる。
「よ……よかった……」
「頑張ったなぁ、タツ」
タツは今俺の背中にいる。俺が背負っていれば、船酔いがかなりマシになったので、気分転換に甲板に出てきたところだった。
「いよぉ、ご苦労だったな」
カザンが酒を片手に挨拶してくる。そして皆がバタバタと動き出しているのに今気づいた。
「よぉカザン。っていうかまた飲んでるのかよ」
昨日からずっと飲みっぱなしじゃねぇか。
「無事に着いた記念にな。お前もどうだ?」
カザンが酒の入った瓶を渡してくるが、ここは断っておこう。タツを背負ってるし……この後、美人の都市長さんとも会わなければならないのだ。
「いや、俺はいい。タツがご覧の通りだしな」
「ヘッ、それもそうか。あと、2時間もすれば着岸だ。それまで好きに過ごしておくといいぜ」
そう言ってカザンは船室へと引き返していった。
「タツ、部屋に戻るか? それともここで風に当たってるか?」
「……で、できれば……ここでおぶって貰ってると……助かるかも……」
「あぁ、構わんぜ」
その後俺達は、海風に吹かれながら、徐々に近づいてくるパラディオンの様相を見物していた。
アマツクニで見た、イズモやイワミとは比較にならない大きさの港町。建物の造りもまるで違う。アマツクニでは多くが木造だったが、ここから見る限りでは、石かレンガで造られた建物に見える。建物自体の高さは低そうだ。何か理由があるのかもしれない。
海には多くの漁船らしき船が存在している。そして、ここからでもうっすらと見える都市全体に張り巡らされた水路が、日光を反射してキラキラと輝いている。これが水の都と呼ばれる所以か。
その水路を登るように辿っていくと、低めの建物が建ち並ぶ中では異彩を放つ大きな建物。そしてそれを更に上に辿っていくと……まるでこの都市の象徴でもあるかのような1本の木が確認できた。
「すげぇなタツ、まるでファンタジーだぞ」
「はは……ほんとだね」
俺はまるで遊園地にでも来たかのような気分になっていた。そしてその気持ちがタツにも伝わったのか、少し声に元気が戻った気がする。
俺は昨夜、カザンから聞いた情報をタツに話した。無論、俺達のレガリアについては触れていない。今後はレガリアは使わないよう、俺がそれとなく誘導していくつもりだ。
カザンに付いて行き、ゲヘナ城塞へと向かうことも、タツは了承してくれた。
やがて船員による掛け声が響き渡り、船は港へと着岸した。足場が掛けられ、カザンを含めた傭兵達が次々に下船していく。それを追うように、俺達も付いていく。
港からは歓声が上がっていた。その熱気は凄まじく、まるで英雄の凱旋パレードのような騒ぎだ。無論、その声はカザン傭兵団へと向けられていた。
「すげぇ人気じゃん」
「へッ、ガキ共には何故か人気があってな」
言われてみると、特に子供達が多い。カザンの帰還を心待ちにしていたと言わんばかりに、こちらへ駆け寄ってくる。
「カザン団長! お帰りなさい!!」
「アマツクニどうだった!?」
「お土産は!?」
一斉に子供達がカザンへと群がる。足にしがみつき、その逞しい両腕にぶら下がる。恐らく、いつもこうして遊んでいるのだろう。向こうではカシューやペロンド達も同じように子供達の相手をしている。
そして、傭兵達は家族と思しき人たちと、笑顔で抱き合い、あるものは涙を流している。
「また敵と戦ったの?」
「あぁ、戦ったぜ」
「強かった?」
「俺を誰だと思ってるんだ? あっという間に全滅させたさ」
「すごい!! さすがは “パラディオンの英雄” だね!!」
「ヘッ、ヒーロー……か」
怒涛の質問ぜめに、笑顔で答えるカザン。いつまでも戯れ合うようにくっついてくる子供達を、優しく横へと移動させる。
「悪いなお前ら、また後で聞かせてやるよ。怖ーい都市長さんが待ってるんでな」
「誰のことですか?」
カザンの言葉に反応したのは女性の声だった。カザンが向けた視線の先には、2人の人物が立っていた。1人は、中年の男性。ピンとした背筋に、ダンディズムという言葉がしっくりくるようなナイスミドルだ。
そしてもう1人────
青みがかった黒髪は、まるで絹のように美しい光沢を放っている。その腰までかかる長髪が、海風に揺られて一際輝く。
全身を覆う藍色の外套を着用しており、それが口元まで隠している為、表情は分からない。……だが、憂いを帯びた瞳には、長く伸びたまつ毛が女性らしさを強調し、額に飾られた赤い宝石がキラリと輝く。
小柄な女性だが、そんなものは関係ないと言わんばかりの、大きな存在感が感じられた。
「いよぉ、ラヴニール、ファーレン。元気してたか」
カザンの呼びかけに、ファーレンさんが頭を下げる。
「あなたも元気そうですね」
「当たり前よ。……で、あいつらは今どうなってる?」
「彼らは、ネブラーム高原にて地獄炉を一つ破壊した後、一度ここへ帰還。先日ゲヘナ城塞へと出立しました」
「そうか、予想通りだな。よし、俺達も今から向かうぜ」
そのカザンの言葉に、後ろにいた傭兵達が悲鳴をあげる。強行に次ぐ強行……皆の気持ちも分かる。特にペロンドは口から魂が抜けている。
「ダメに決まっているでしょう」
「え……」
ラヴニールさんのキッパリとした否定の言葉に、あのカザンが驚いたように固まっている。
「あなたはよくても、みな疲れているのですよ? 少なくとも明日までは養生してもらいます」
「おいおい、そんな悠長にしてられるのかよ」
「敵は籠城の構え。もし動き出すとするならば、それは籠城の意味がなくなった時。正規軍がタルタロス砦に到着するまで、敵に動いてもらっては困るのです。あなたが戦場に姿を見せれば、確実に敵は動くはず。あなたが相手では、籠城に意味が無いことくらい分かっているはずですからね」
「ぐ……今行けば邪魔になるってのか?」
「正規軍が背後から襲われる事は回避しなくてはなりません。心配しなくても、あなたには行ってもらいますよ。英気を養い、万全の状態で向かってください。失敗は……許されないのですから」
「ちっ、わかったよ」
口調は丁寧だが、その言葉には凄まじい重みを感じる。あのカザンが何も言えずに、ただ納得するしかないのだから。
「ラブりーん!! ありがとーー!!」
「ありがとう! 本当にありがとう!! 姐さんが止めてくれなかったらこの馬鹿は本当に出発してたよ!」
カシューとペロンドが、ラヴニールさんに駆け寄り、涙を流しながら感謝している。他の傭兵の面々もホッと胸を撫でおろしている。
涙を流す2人を宥め、ラヴニールさんがこちらに視線を向ける。
「挨拶が遅れてしまいましたね。私はこのパラディオンの都市長を務めているラヴニール・ラクタです」
「副都市長を務めておりますファーレン・ナギスと申します」
「ど、どうも。シンと申します」
「た、タツと申します」
なんか、畏まった挨拶をされたのが久々過ぎてドギマギしてしまう。アマツクニではあんな感じだったしな。何か文明人に出会ったみたいで緊張する。……って、ダイコク達に失礼過ぎるか。
「2人のことは事前にカザンから聞いています。ここでは何ですから、私と一緒に来てもらえますか?」
「は、はい。タツ、大丈夫か?」
「うん、船から降りたら元気になってきたよ」
顔色もいい、どうやら大丈夫なようだ。ゾロゾロと移動しだした傭兵達、どこへ行くのか聞こうとすると、カザンの方から声をかけてきた。
「俺達は一旦兵舎へ戻る。後で迎えを寄越すから、お前達の歓迎会といこうぜ」
「あ、あぁ。分かった」
こっちにきても宴か。何だか嬉しいような恥ずかしいような。
「では、私はここで。失礼致します」
そう言ってファーレンさんは立ち去ってしまった。なんというか、できる敏腕執事って感じがする。
「では、行きましょうか」
ラヴニールさんが歩き出し、その後を追おうとすると、カザンが俺の後ろから肩を組んで耳打ちする。
「よぉシン、あいつの異名を教えてやるぜ。人呼んで【殲血のラヴニール】。ああ見えて俺以上の武闘派だ。言葉には気をつけろよ」
「ぶ……武闘派?」
「へッ、それじゃまた後でな!」
呆気に取られる俺の背中をバンバンと叩き、カザンは行ってしまった。
武闘派? ラヴニールさんが?
正直、図書館で物静かに読書をしているようなイメージしか湧かない。だが、あのカザンが俺を脅かすために冗談を言ったとも考えられない。……いや、意外に冗談を言うやつかもしれないが。
ここは俺の知る常識とは違う世界なのだ。無礼な口をきいて死刑! なんて事もないことは無いのかもしれない。細心の注意を払わなければならないッ。
アンタが王様か?みたいなことは言わないように!
変に緊張しながら、ラヴニールさんの後を付いていく。整備された道には馬車が用意してあり、御者がその扉を開いてくれる。
「ここから見えるセントラルまでは少し距離があります。馬車で行きましょう」
「ば……馬車……」
タツが青ざめた顔になっている。
ダインも駄目、船も駄目。ならば馬車を警戒するのは仕方のないことだが……馬車を断って歩きましょう、とも言いにくい。
「だ、大丈夫。乗ってみるよ」
「あ、あぁ」
俺の心情を察してくれたのか、タツが先に馬車に乗り込み、俺がその後に乗り込む。馬車の中は意外に広く、俺達はラヴニールさんと向かい合うように座る。
馬車の中はフワリと優しい良い香りで包まれていた。この香りの元は、恐らく目の前にいる美女なのだろう。
近くで見るその顔は、相変わらずマントで隠れているが、まるで翡翠の様に煌めく目を見るだけで、凄まじい美人であることが分かった。
(コウタ……お前の情報は正しかったぞ)
「はぅ゛……」
俺が馬鹿なことを考えていると、タツが横で嗚咽のような声を出す。既に馬車は発車しており、カタカタと揺れるタツの顔は真っ青だ。
「大丈夫ですか? 顔色が……」
「こいつ、実は乗り物に弱くって……」
「そうだったのですか。今止めますね」
「い……いえ、大丈夫ですから……」
御者に命じようとするラヴニールさんを、タツが弱々しく制止する。タツなりに気遣ってるのだろうが、とても大丈夫には見えない。
「無理しなくていいのですよ?」
「は、はい……無理になったら言いますんで……ありがとうございます」
タツを気遣う美女。カザン、この人のどこが武闘派なんだ?
俺も礼を言っておこうと思ったが、ある考えがよぎる。相手は都市長、つまり偉い人。そして初対面の女性。いきなり名前を呼ぶのは無礼だろうか?
“ラヴニール・ラブタ” ってことは、ラブタが苗字みたいなもんだよな? こっちで呼んだ方が無難だろう。
「すまないなラブタさん。気遣ってもらって」
「…………」
「し……シン……“ラブタ“ さんじゃなくて、“ラクタ” さんだよ……」
「え゛──」
タツの指摘に、頭が真っ白になる。もしかして俺、やっちゃいました?
噂通りの美女っぷりに浮かれ、都市長という立場に緊張して、俺はとんでもない間違いを犯してしまった。
“言葉には気をつけろ“ ……カザンの放った言葉が、俺の頭の中で何度も響き渡っていた。
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