第2話:二人の船出
休憩することなく夜通し歩き続けた俺達は、太陽が真上に来た頃にイワミという港町に到着した。港には大きな船が三隻停泊していて、これがカザンたちの船らしい。
俺とタツはカザンと同じ船に乗り込んだわけなのだが……ここに来て大変なことが起こった。
……タツが酔ったのだ。
しかも出航する前、船に乗り込んだ時点で体調を崩し始めた。これはおかしいと医者を呼んだのだが、生憎医者にもどうしようもなかった。薬をもらったけどまるで効いていないしな。
とはいえ、海を越えるためには乗らないわけにはいけないので予定通り出航してもらった。
青ざめた顔のタツにずっと付き添っていたのだが、今は眠っている。藁にもすがる思いで、タツの周りに餞別に貰った太陽石をばら撒いておいたのだが……それが効いたのかもしれない。
顔色もマシになって、スゥスゥと寝息を立てている。太陽石の輝きに照らされた顔は、心なしか嬉しそうに見えないでもない。
俺は部屋を後にし、カザンの部屋へと向かった。
カザンにはまだまだ聞きたいことがある。本当はタツと二人で話を聞きたかったんだが、あの状態じゃとても話どころじゃないしな。後で伝えればいいだろう。
☆
「いよぉ、タツの調子はどうだ?」
「おかげさまで、今は落ち着いて寝てるよ」
「そうか。よかったじゃねぇか」
部屋に入るなり、カザンがタツを心配してくれた。
顔に似合わず気の利くやつだ。酒の準備までしてくれてる。
「しかし、あいつがこんなに乗り物酔いするとは思わなかったぜ」
「そうだな。俺はてっきりユニオンが原因かと思ったが、船もダメとはな。あれは肉体というより本能……魂に根ざすものなのかもな」
「……」
確かに、あれは異常だ。
いくら思い返しても、俺には思い当たる節がないが……俺の知らないトラウマでも抱えているのだろうか。
「明日の昼にはパラディオンに着くだろう。それまでの辛抱だ」
「パラディオン……それがお前達の本拠地なんだな?」
「そうだ。表向きには、俺達はその都市に雇われていることになっている。ほらよ」
「あぁ、サンキュー」
カザンが酒の入ったグラスを俺に渡してくる。
今まで飲んできた酒とは違い、その匂いからはかなりの度数を感じられる。期待を裏切らず、一口含んだだけで口の中が熱くなり、酒が喉を灼くように通過していく。
「ゴホッ!! 〜〜つッよ!!」
「へッ、いける口だな」
アマツクニで結構な酒を飲んできたつもりだったが、酒にはこんなのもあるんだな。香りとかを楽しむ暇もなかったわ。
ゴホゴホと咳き込む俺を笑いながら、カザンはその酒を一気に飲み干していた。……強すぎだろ。
「さて、どこから話すか」
「お前達の今の状況を教えてくれないか?」
とにかくカザン達の現状を知っておきたい。国の情勢や、仲間の事とかをな。
「俺達の国、ライヴィア王国は戦争中……これは知ってるな?」
「あぁ。内乱が酷くて、しかもライザールに攻められてるんだろ?」
「そうだ。だが内乱は全て鎮圧し、国内に残った地獄炉はあと四つになった」
四つかぁ。
イズモ村の一つであんな大騒動に発展したんだ。まだ厳しい状況と言えるのかもしれない。
「俺達の遠征中に一つを正規軍が、そしてもう一つを俺達の仲間が潰したらしい。これで残る地獄炉は二つになった」
おぉ、一気に半分になった。
これに加えてカザンが到着するんだ。大分希望が見えてるんじゃないか?
「だが……この残る二つが曲者だ。残る二つは他の地獄炉に比べて遥かに巨大でな。レヴェナントの量も質も桁違いだ」
「そ、そんなに違うのか?」
「このアマツクニで見たレヴェナントとは比較にならんほどに強力なレヴェナントだ。人と変わらん動きをするどころか、『変異種』ってぇ化け物まで多数いやがる。プラームってぇヴィクターが蛇の化け物になったが、あれほどじゃないにしてもそれに近い化け物がうじゃうじゃしてるだろうよ」
「あんなのがたくさんいるってのかよ……」
「俺達の本拠地パラディオンから近いのは、そのうちの一つ『ゲヘナ城塞』だ。俺達は恐らくここを攻めることになるだろう」
「もう一つは?」
「もう一つの地獄炉がある『タルタロス砦』にはライヴィアの正規軍が行く事になるだろうな。二大騎士団と呼ばれる『ソラリス騎士団』と『ルナリア騎士団』との同時攻撃……きっと、あいつならそうするはずだ」
「あいつ?」
再び酒を飲み干したカザンの空気が、少し変わった気がする。
これからが本題ってわけか。
「俺達と行動を共にするにあたって、先に教えておきたい奴らが四人いる」
まだ何も聞いていない。
でも……俺にはその四人が、俺とタツの運命に大きく関わってくるような気がしてならなかった。
「まず一人目。『四番隊 隊長オルメンタ』。こいつはワケありでな。元々ライザールの人間だったんだが、今は俺達の仲間になっている」
「ワケありってのは、ライザールの人間だったって事がか?」
「いや、ワケってのは別のことでな。ライヴィアの国教に【セルミア教】という宗教がある。その名のごとく女神セルミアを信仰する宗教なんだが、今のセルミア教は狂っている」
「狂っている?」
「ライヴィアの女神セルミアは、既にライザールの神テクノスによって敗れている。両目をくり抜かれ、舌を引き抜かれ、全身の皮膚を剥がされ……怨嗟漂う地獄の底に幽閉されているらしい」
すげぇエグい目に遭わされてるんだが。
信仰対象の女神様がそんな状態って……大丈夫なのか?
「女神セルミアは地獄の底で見ることも、話すこともできず、ひたすらに怨念達の呪詛を聴き続けている。皮膚の無い身体を這いずられる激痛と共にな」
「それで狂っちまったのか?」
「そういうこった。何百年と苦しみ続けた慈愛の女神セルミアは狂気に侵され始め、地獄からの脱出を望み始めた。そしてその狂気は、神託となって信者へと伝染しちまったんだよ」
「信者にも影響が出始めたってのかよ」
「特に信仰心の厚いやつほど影響を受けてるみてぇだな。脱出を望むセルミアの望みは歪んだ形で神託となって、教団はある計画を始めた」
「計画?」
「【ディセント計画】。その名の通り、セルミアを現世に降臨させるための計画だ」
「降臨って……そんなことが可能なのか?」
「神が肉体とするに相応しい器さえあれば、可能だ。この計画はその器を作ることらしい」
「器ってのは……まさかッ」
「そう、人間だ。そしてさっき話したオルメンタ……こいつがそのディセント計画によって選ばれた器だ」
狂気に冒された女神を降臨させるための器……かなりヘビーな背景を抱えてるみたいだな、そのオルメンタって人。
カザンがいるからむざむざ器になるなんてことはなさそうだけど、俺でも力になることができるだろうか。本人がそんなこと望んでないのなら、なんとかして助けてあげたい。
「よし、じゃあ二人目だ」
「お、おう」
え、終わり!?
もうちょっと詳しく聞きたかったんだけど……まぁあと三人もいるし仕方ないか。
「『五番隊 隊長ガウロン』。こいつはティエンタと呼ばれる山岳地帯で暮らしていた狩猟民族の男でな。三年に渡り一人でライザールの侵攻を食い止めた傑物だ」
たった一人で国の侵攻を退けるってどうやったらできるんだ!?
ガウロンって人も、カザンのように規格外の戦闘力を有してるのかもしれないな。
「ガウロンはそのことから『ティエンタの英雄』と呼ばれている。こいつにはある秘密があるんだが、タツと会えばすぐ分かるだろうから先に言っておく。こいつはA・Sだ」
「え、A・Sって女しかいないんじゃなかったのか? そのガウロンって男なんだよな?」
「間違いなく男だ。女にしかいないと思われていたA・Sだが、男にも存在していた。人類の癒し手と言われるA・Sだが、ガウロンは救世主と呼ぶに相応しい力を持っている」
「救世主……」
「つまりこいつは、俺たちにとっての切り札ってワケだ」
「お前がそこまで言うってことは、よっぽどなんだろうな」
「ちなみにこのガウロン、タツと同じように魂や魔力の色が視えるらしいぜ」
「へぇ、結構そういう奴はいるのか?」
「いや、俺が知る限りではガウロンしか知らねぇな。しかもそのガウロンですら、タツと比較すれば数段劣る。タツの魂を識別する範囲と精度は異常だな」
「そう……なのか」
タツの魂を視る力。すげぇ便利じゃん!位にしか思ってなかったけど、思ってるより凄いのかもしれない。
本人が聞いたら喜ぶだろうな。
「じゃあ三人目。名を【ラヴニール】。パラディオンの都市長をやっている女だ」
(ラヴニール……可愛い名前だな。そういや初めてカシューと戦った時にラヴりんとか言ってたけど、同一人物だろうか?)
「ラヴニールは賢者の国と呼ばれる『スワルギア』からの移住者でな。まさに賢者と呼ぶに相応しい天才だ。今のパラディオンの発展があるのは全てこいつのおかげだ」
「へぇ、ちなみに何歳なんだ?」
「この前20歳になったばかりだな。都市長に就いたのが……確か12歳位だったと思うぜ」
「ぶッッ!」
飲みかけた酒を吹き出してしまった。
12歳で都市長ってどんな天才だよ!?
12歳の頃に俺は何をしてたっけ。
うーん、いくら考えても思い出せない。
「そういえば、そのラヴニールさんって美人って噂を聞いたな」
コウタがそんなことを言っていた。パラディオンの都市長はすっごい美人だと。
「あー、そうだな。俺の目から見てもかなりの美人だと思うぜ。まぁ明日には会えるから、楽しみにしてるんだな」
うん、楽しみにしてるぜ。
噂の真偽はしっかりと確かめておかないとな。
「で、その人がお前達のトップってことでいいのか?」
俺の問いに、カザンは含みがあるような笑いを浮かべる。
「あぁ、表向きはな」
「表向き?」
「四人目……これが最後だ」
カザンは目を閉じ、一呼吸置いてから決意めいた顔で話し始めた。
「名を【オウガ】。本名エルヴァール・ド・ライヴィア。ライヴィア王国の第一王子だ」
「お、王子様?」
「こいつは過去に起きた事件で、表向きは死んだことになっている。だが今は身分を隠して俺達を率いて戦っている。ラヴニールも、そしてこの俺も……全てはこいつの命令で動いている」
オウガ……それがカザン達のリーダーの名前。
そして、正直驚いている。相手が王子とはいえ、カザン程の男が誰かに従っているということに。
「どうした?」
「いや……勝手な想像なんだが、お前が人の下についてるってのが意外でな」
「へッ、自分でもそう思うがな。だがなシン、これだけは言っておくぜ。俺はオウガの為ならなんだってする。例えどんなに汚いことでもな」
そう言い放ったカザンの目は真っ直ぐで、並々ならぬ決意を感じさせた。
揺るぎなき忠誠心……これも王子様の魅力がなせる技ってやつなのか。
「しかし、死んだことになってる王子様か。そんなことまで俺に話していいのかよ」
「このことを知っているのは、今話したメンバーを含めても僅かな人間のみだ。俺達の中でもトップシークレットってやつだな」
……なるほどね。最大級の秘密を知った俺は、もう逃げられないってことか。
「このことも、今までのこともタツには話していいのか?」
「あぁ、あいつが元気になったら教えてやれ。包み隠さずな」
オルメンタ・ガウロン・ラヴニール。そしてオウガ。
この四人が、カザン達の主要メンバーってわけか。
「俺の話はこれで終わりだ。今度はお前達のことを教えてくれねぇか?」
「俺達のこと?」
俺達のことか……とは言っても、タツと日本でゲームしてて気づいたらこの世界にいたなんて、どうやって説明しようか。
「うーん、俺達気づいたらアマツクニにいてさ……よく分からないんだよなぁ」
「以前の記憶はあるのか?」
「あぁ、日本って国にいたんだが……」
「日本か……」
「え、おいッ! 知ってんのか!?」
「以前話に聞いただけだ。歴史に興味はないからな。そんな名前の国が挙がってた気がするだけだ」
「歴史……歴史って……もしかして俺達は、未来にでも来たってのか……」
「なぁシン、お前はこの世界に心当たりはないのか?」
「ない、と思う。……いや、違うな。知らないはずなのに、どこか懐かしく感じてる部分があるんだ」
そう、俺はこの世界に懐かしさを感じている。いくら考えても思い出せないのに、イズモ村やダインに対しても、何かを感じている。
それだけじゃない。今になって思えば、俺はあのプラームにすら胸がザワついている。俺はそれをコウタ達を殺された恨みだと思っていた。でも実際は────
「なぁカザン、知ってることだけでいいんだ。何か知ってるなら教えてくれないか?」
「シン……わりぃが、やはり俺の判断で話すことはできねぇ」
やっぱりダメか。カザンなりの考えがあってのことだってのは分かるんだが、当事者としてはどうしても落胆してしまう。
「あくまで俺の見解だが、お前は忘れてるんじゃねぇか?」
「忘れてる?」
「あぁ。そして忘れてるってことは……きっと良くないことなんじゃねぇのか」
「……ッッ」
カザンの言葉に、胸がズキンと痛む。
「お前が記憶を取り戻したいってんなら、俺も協力してやりてぇが……そのことでどんな悪影響が及ぶかが俺には予測できない。判断はオウガにしてもらう」
「記憶……か」
「シン、俺達はまだ出会って数日だ。だが、レガリアで戦ったことで、俺はお前達のことは信用できる人間だと分かった。だからこそ、俺はお前達のことを仲間だと思っている。半ば強引だったがな」
それは俺達も思っていることだ。
カザンと戦った時に俺達が身に纏った黄金の鎧────それが俺達のレガリアらしい。レガリア同士が合わさる度に、俺はカザンという人間の記憶を垣間見ることができた。僅かな情報だったが、それでもカザンの人間性を知ることができた。
カザンは決して仲間を裏切るような人間じゃない。かつて仲間を殺したというのも、きっと事情があったに違いない。カザンは人の為に動くことができる人間。
俺達が半ば強引に連れてこられたのも、村人達の目を気にしなくて済むようにわざと連れてきたのではないかと思っている程だ。
このカザンと言う男は言動と行動とは裏腹に、思慮深く、慎重で……そして、優しいんだと思う。
だからこそ、俺もカザンのことを仲間だと……友だと思っている。
「それと、これは完全に俺の勘だが……お前達のレガリアは、もう使わない方がいい」
このカザンの言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。
まるで耳の横で心臓が鳴っているかのような鼓動音に冷や汗が吹き出る。きっと顔は青ざめているだろう。
「心当たりがあるんだな?」
「あぁ……ある」
こいつになら……いや、カザンには話しておいた方がいいだろう。
「レガリアを身に纏ったとき、俺はかつてない一体感を感じてた。でも、それと同時にとんでもない不安感に襲われたんだ。あのまま戦ってたら、タツがいなくなってたんじゃないかって……」
「そうか。そのこともお前の記憶に関係してるのかもしれないが、原因が分かるまでこれは俺達だけの秘密にしといたほうがいいだろう」
「そうだな……すまないなカザン」
「あぁ、タツがいなくてちょうどよかったな」
タツに隠し事はしたくないが、タツに対して悪い影響が出るほうがいやだ。カザンの忠告通り、今後はあの力は使わないようにしよう。
失われた俺の記憶、そしてタツとレガリアの関係。分からない事だらけだが、カザンのおかげでかなり進展した。
そして何より、とりあえずの目的ができた。
「とりあえず俺の目的は、そのオウガって人に会う事だな」
「そうだな。どんな結論になるかは分からんが、オウガに会えば色々と分かるだろうぜ」
とにかくオウガに会わないと何も始まらない。
でも、オウガ達はゲヘナ城塞とやらで戦ってるらしいから、俺が取るべき行動は────
「ゲヘナ城塞……そこを落とせば一旦戦争は終わる。お前達を待たせる形になるが──」
「ん? 何言ってんだ、俺達も一緒に行くに決まってんだろ」
「なに?」
「レガリアを使わなくても、多少の戦力にはなるだろ。それにタツがいれば、敵の数や位置も分かって優位に立てるんじゃないか?」
「それはそうだが、アマツクニでの戦いとは規模が違う。本当の戦争なんだぞ?」
「そりゃ俺だって戦争は怖いけどさ…… だからこそ、『仲間』が戦いに行くのを黙って待ってるなんてできないだろ?」
俺の言葉に、カザンが目を見開き驚いた表情をしている。
なんか変な事言ったか?
「くッ……はっはっは! いや、そうだよなぁ! 待ってられねぇよなぁ!?」
「な、なんだよッ」
カザンが大笑いしながら俺の肩をバンバンと叩いてくる。
一体何がおかしいんだよ!?
「ゲヘナにはオウガがいるしよぉ。お前達が出向いたほうが話が早ぇかもな」
「そうだな。直接会いに行くわ」
「ま、俺が行くんだ。安心して付いてくるんだな」
確かに。
カザンの力を知っているだけに、これ以上心強い事はない。きっと、カシュー達も同じ気持ちなのだろう。
「今回は見せる機会がなかったが、カザン傭兵団の一番隊と三番隊……こいつらの強さを見せてやるよ」
「あぁ。楽しみにしてるぜ」
憂鬱だった気持ちは薄れ、俺の心は晴れやかになっていた。
この先どんな苦難が待ち構えてるのかは分からない。でも、タツがいてカザン達がいれば乗り越えられる……そんな気がした。
☆
酒が無くなってからも随分長く話してた気がする。
俺は最後に、ある質問をすることにした。
「戦争が終わってから、お前達はどうするんだ? 最終的にお前達は何をしようとしてるんだ?」
カザンが今日一番の笑みを浮かべる。
その笑みは狂気じみていて、友好の笑みというよりは宣戦布告するかのような不適な笑みだった。
そしてカザンが立てた親指を深々と、まるで地獄に突き立てるように振り下ろした。
「────神殺しだ」
拙作を読んで頂きありがとうございます。感想・質問・指摘などしてもらえると嬉しいです。




