終章:ボーイ・ミーツ・ガール
雲一つなく、静けさの漂う空に響き渡る甲高い警報音。
ガウロンの撃ち上げた鳴る矢の音は、二人の騎士団長の元へと届いていた。
「これは……ガウロン殿が言っていた緊急事態を知らせる音では?」
「何かあったのかもしれん! 全員武器を取れ!!」
剣を抜き、警戒体制に入る両騎士団。
鳴る矢が響く後方を向いたドリューズとルシス……その視線の先には、黒く蠢く闇が地を這うように広がっていた。
「転移だ!こんな近くに!!」
「奴らめ、偽装していたのかッ」
騎士団のすぐ後方にまで迫り来る黒い闇。ゴボゴボと泡を立て始め、何かが形作られていく。
「ルシス!貴様等は先に行け!! ここは我等クレセント騎士団が引き受ける!」
「えぇ、引き受けるって……本当にどうしちゃったんですかドリューズ卿。そんなキャラじゃないでしょう?」
「やかましい! つべこべ言うな!! さっさと行け!」
「……分かりました。早く来てくださいよぉ? タルタロス砦の手柄、無くなっちゃいますよ」
ルシスが手を挙げ合図をすると、騎士が撤退の角笛を吹き鳴らした。テラス騎士団の撤退を確認したドリューズは反転し、剣を天に掲げて高らかに叫んだ。
「聞け! クレセントの騎士達よ! 友の為、家族の為、そして穢れなき命の為! 我らがここで敵を食い止めるのだ!! クレセント騎士団に刻まれし三日月の紋章の意味を思い出せ!」
ドリューズの剣が光り輝く。その光に呼応するかのように、騎士達の鎧に刻まれた三日月と盾の紋章が輝き出した。
勇気と希望、そして守護を意味する紋章の輝きが騎士達に力を与えていく。
ドリューズ達の目の前には、禍々しい武器を構えたレヴェナントの軍勢が姿を現していた。
そしてその中には、『変異種』と呼ばれる異形の怪物の姿もあった。
無数の目をギョロつかせ、ガチガチと多くの歯を打ち鳴らす怪物。ドロドロに溶けた肉体に反し、鋭利な爪や歯を覗かせる怪物。数メートルはあろうかという体に無数の触手をくねらせる怪物。
邪悪を具現化させたかのような怪物の数々……だが、クレセント騎士団に臆する様子はなかった。
「来い!ライザールの死兵ども!! このドリューズ自ら相手をしてやるわ!」
剣を掲げ、勇敢に敵へと突撃する騎士団長。その後を、雄叫びをあげながら騎士達が続く。
ここに、決戦の火蓋が切って落とされた。
★ ★ ★
「なになに!?」
「みんなが襲われてる!」
今、私達の周りには白い百合の花が咲き誇っている。
リリィが創り出した花の結界……そのおかげか、こっちにはレヴェナントが発生していない。
でも、遠くにいるオウガ様達が無数のレヴェナントに囲まれている。仲間達の怒声、悲鳴がここにまで届いている。
「助けに行かなくちゃ!」
「動くんじゃないわよフラウ! あんたが行ってどうにかなると思ってんの!?」
走り出そうとする私の腕を、リリィが強く掴み上げる。
確かに、非戦闘員の私が行ってどうにかなる問題じゃない。でも、仲間が襲われているのを黙って見ているなんてッ────
「あんたもさっき感じたでしょ? ここも地獄炉の範囲に入ってる。いつ襲われるか分からないのよッ」
「で、でも……」
「待って! みんなアレ!!」
慌てた様子のティナが指差したのは、城塞に設置された魔力砲だった。その内の一門が、私達のいる丘のへと向きを変えている。
「も、もしかしてこっちに撃つつもりじゃない!?」
「くっ、ふざけんじゃないわよ!!」
リリィが手を振り上げると、巨木と見紛う程の蔓が私達の目の前に迫り上がってきた。でも何を思ったのか、ティナがその隙間をぬって外に飛び出してしまった。
「フルティナ! 何してんのよ!?」
「大丈夫お姉様! ボクに任せて!!」
自信満々に言い放つティナ。隙間から見える魔力砲は、その砲身に黒い魔力を纏い始めている。
ティナがうつ伏せになり、さっき調整していた変換魔銃を構える。
「撃つ方角が分かってるなら、合わせるのは簡単だよ!」
魔力砲の先端に、形作られていく魔力の塊。
それが閃光と共に、私達のいる丘に向けて放たれた。
眩い光に目を閉じた瞬間……聞こえてきたのは、遠くで生じた爆発音だった。
漆黒の魔力弾は魔力砲のすぐそばでティナに撃ち抜かれ、城壁を巻き込んで爆散していた。
魔力砲は影も形もなくなり、城壁が崩れ落ちている。
「へっへーん、どんなもんだい! 月が無くてもやれるんだよ!!」
「す、すごい……」
「すごいわティナ!」
予想外の結果をもたらしたティナに、リリィも唖然としている。称賛を受けたティナは、ポニーテールを暴れさせテンションMAXで飛び跳ねている。
「だよねだよね、やっぱり当たるよね? 避けたガウりんがおかしいんだね!」
ガウりんってガウロンさんのこと?
ガウロンさんに避けられたことをずっと気にしてたんだね。
「さあ! 自爆する覚悟があるなら撃ってみろー!!」
★ ★ ★
襲いくるレヴェナント、仲間を引き裂く異形の怪物。
馬を失い、鎧を砕かれ、いくつもの傷を負いながらもドリューズは懸命に戦っていた。
強化されし死兵が繰り出す穢れた槍を打ち払い、金色の剣でその首を切り落とす。
前方の敵に集中していると、突如背中に熱い感覚が走る。いつの間にか背後にいたレヴェナントの剣によって、背中を斬り裂かれていた。
そのレヴェナントには見覚えがあった。ポッカリと空いた穴のように黒く染まった眼窩、血の気のない顔色……だが見間違うはずがなかった。自分の騎士の、子供達の顔を。
レヴェナント達の凶刃に斃れていく仲間達。その仲間が、瘴気を纏い敵となる。
士気の高かったクレセント騎士団も、徐々にその悪夢に押され始めていた。
「団長! これ以上は持ちません! 団長だけでも逃げてください!!」
「逃げる? 逃げるだと!? 馬鹿を言うな! 子を逃すのは親の役目だ!!」
「な、何を仰るのです!」
「撤退だ! あとはワシに任せ、撤退するのだ!」
「で、できません!!」
「ええぃ、貸せ!!」
騎士の持つ撤退を告げる角笛をひったくるドリューズ。大きく息を吸い込み、勢いよく角笛を吹き鳴らす。その音は戦場に響き渡り、合図を認識した騎士達が反転して撤退を始める。
「さぁ、お前も行けアレク。指揮は頼んだぞ」
「ち……父上ッ」
ドリューズの目を見た、副団長アレクが意を決して走り出す。
レヴェナント達の標的は、その場に残ったドリューズただ一人となっていた。
「ワシは死なん……死んではならんのだ。誓ったのだ、この剣に……あの少女に! !」
ドリューズの瞳が金色へと変貌していく。
【エーテルフォージ】────感情や精神の高まりによって起こる魔力量の上昇。その要因は人によって様々だ。
幾千の殺意と対峙する勇気、仲間を思いやる友愛、子供を逃すための自己犠牲の精神────そして、信仰とも言うべき少女への誓い。それら全てが、ドリューズの魂を神域者へと押し上げていた。
神気を纏ったドリューズに、レヴェナントが気圧され後ずさる。
「どうした!? 来ぬならこちらから行くぞ!!」
ドリューズが踏み込もうとしたその時だった────ドリューズの左右を抜けるように、二本の光の矢が通り過ぎていく。その射線にいたレヴェナントと変異種は、まるで朽ちるように消滅していた。
「い、今のは──」
「見事だ、ドリューズ」
レヴェナントの軍勢の間から現れたのは、長身の仮面の男だった。
手に持った偃月刀で、木端の如く死兵どもを切り捨てていく。
「ガウロン! 来てくれたのか!?」
「遅くなってすまない。さぁ、この馬でお前も後を追え」
自分の乗った馬をドリューズへと明け渡すガウロン。
だが、感情の昂ったドリューズは目を吊り上げそれを拒否する。
「置いていけるか! というか、お前とはなんだお前とは!! ワシは侯爵だぞ! 偉いんだぞ!!」
「分かっている。だから助けに来た」
ガウロンがドリューズの肩に手をかけると、ドリューズの身体が暖かな光に包まれる。
「き、傷が……治っている? ガウロン、お前は一体──」
「さぁ行け。そして、フラウエルとの約束を果たせ」
『何故その事を』────そう聞き返そうとしたドリューズだったが、レヴェナントの前に立ちはだかるガウロンの背中を見て、何も告げず馬に跨り去って行った。
ドリューズが撤退したのを背中に感じ取ったガウロンが、ボソリと呟く。
「そろそろ出てきたらどうだ」
ガウロンの目の前に黒い闇が広がる。
闇の中から姿を現したのは、青い鎧を着た騎士だった。血の気の無い顔色に、黒い血管のようなものが顔面に走っている。
「影に潜む俺の存在に気づくとは、さすがはティエンタの英雄と言ったところか?」
「レヴェナントが統率された動きをする時は、近くに指揮官がいる。それだけの事だ」
「クックック、英雄が相手なら名乗らせてもらおうか。俺の名はランシラス。アズール騎士団の騎士だ」
「ヴィクターか」
「そうだ、地獄の狂気を克服した超越者……それが俺達ヴィクターだ。貴様の首を切り落としてから、あのヒゲ親父の元へ行くとしよう」
ランシラスが両手を上げると、レヴェナントがジリジリとガウロンに詰め寄る。
そしてランシラスの影から、鋭利な刃物を思わせる影が無数に伸び始めていた。
「さぁ抗ってみろティエンタの英雄! せいぜい楽しませてくれよ!!」
「……愚かな」
楽しげに語るランシラスを嘲るように言い放つガウロン。その物言いに、ランシラスの眉がピクリと動く。
「……何だと?」
「お前達ヴィクターは本当に変わらない。自分達を超常の存在だと慢心し、敵の力量を見誤る。あのドリューズを見て、何も感じなかったのか?」
「あの親父が何だというのだ。貴様が来なければ、レヴェナントに八つ裂きにされていただろうよ」
「人とは成長する生き物だ。そして、その成長は時代と共に加速している。狂気を克服した超越者? 勘違いも甚だしい。お前達ヴィクターは、成長という可能性を放棄した落伍者に過ぎん。俺が来ずとも、お前達はドリューズに敗れていただろう」
「……ティエンタの英雄は寡黙な男だと聞いていたのだがな。我らを愚弄した代償は払ってもらうぞ!」
怒りを滲ませ、黒い瘴気を纏うランシラス。そして、対するガウロンはまたも対照的だった。
ただ静かに金色の神気を身に纏い、仮面の奥にある瞳が光り輝く。
「来い。二度と迷わぬよう、このガウロンが葬ってやろう」
★ ★ ★
レヴェナントの大群に囲まれたオウガ達。
オウガの戦闘力によって敵を蹴散らしてはいるが、次々に襲いくるレヴェナントに徐々に陣形が縮まっていく。
途中で合流したガウロンの五番隊のおかげで包囲網を破ることに成功したオウガ達ではあったが、フラウエル達がいる陣地に引き返すこともできず、ただひたすらに敵を倒し続けている。仲間の顔は疲れ果て、ついには犠牲者も出始めていた。
参謀であるオルメンタも必死に剣を振るっていた。本来ならば撤退を進言してもおかしくないこの状況……だが、彼女は何も言わなかった。まるで何かを待っているかのように────
────突如戦場に響き渡る轟音。そこにいた全ての者が硬直するほどの衝撃が戦場を突き抜ける。
丘の上……その上空で何かが炸裂した跡が残っている。
それを見た傭兵達の目に────輝きが戻っていく。
「ふふ、来たか」
轟音の後の静けさの中、オウガの囁きが静かに響く。
オウガを含む全ての視線が一点に集まる。そしてそれは、陣地に残ったフラウエル達も例外ではなかった。
治癒士の少女フラウエルが見る視線の先。丘の上に現れた一団……漆黒の生地に血で描かれた様な鬼の顔。全てを威圧する旗が、バタバタと風に揺られている。
その旗の元には、真紅の鎧を着た兵士たちが立っていた。
そして先頭には、黒金の巨牛に跨った深紅の鎧を着た男。その男の手には、煙を燻らせる巨大な戦斧が握られている。
「あらあら、もう始まっちゃってるわよ」
「ラヴニールの姐さんの読みが外れたのかな?」
その男の右脇にいた美男子と、ドレッドヘアーの男がキョロキョロと戦場を眺めている。
「いや、ここまではあいつの読み通りだ。敵は散らばり、正面はガラ空きだ。テメェら準備はいいか?」
「あ!? 何だって!?」
そして男の左脇にいたのは────白髪に白髭の老人、その足元には金髪の子供。およそ戦場には似つかわしくない二人が、兵士達の中に紛れ込んでいた。老人は耳に手を当て、男に聞き返している。
「おじいちゃん耳やられちゃってるよ! ちゃんと塞がないから!!」
金髪の子供が老人の背中に飛び乗り、耳に小さな手を当てる。微かな光を帯びた手が、老人の傷んだ耳を癒していく。
「いやぁ、悪い悪い。すげぇ城塞だったからつい」
「もう、しっかりしてよ!」
子供に叱られる老人……だが、老人はそんな子供に対して反論する。
「お前も向こうの方ボケっと見てたじゃん」
「だって見てよあそこ! 見たことない位綺麗な魂がいるんだよ!」
「見えねぇよ」
じゃれ合う二人の様子を見て、先頭の男がニヤリと笑う。
「へッ、どうやらビビってはいねぇみたいだな」
「お前と闘りあった時に一生分ビビったからな。今更何があってもビビらねぇよ」
「さっきの音でビビってた気がするけど」
「はっはっは! 何はともあれ初陣だ。役者も揃ってる。テメェらの力……存分に見せつけてやりな!」
男の言葉に老人の顔つきが変わる。
そして、背中に乗った子供が老人の肩を強く握りしめた。
「あぁ、せいぜい派手にやってやるさ。さぁ、気合い入れてくれよタツ!!」
「気合い注入! 任せてよシン!!」
拙作を読んで頂き本当にありがとうございます。
これにて二章完結となります。
次回から、三章に入る前に間章を数話投稿したいと思います。内容としましては、タツとシンがゲヘナ城塞に来るまでの話となります。
また、感想・質問・指摘などしてもらえると嬉しいです。
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