第21話:奇襲
色々あったけど、私は遅れて自分の陣地へと戻ってきた。
……とは言っても、みんな出払っていて閑散としている。とりあえずリリィ達の元へ行こうとすると、天幕の近くでゴソゴソと作業をしている女の子を発見した。
「ティナ」
「あ、フラウ! お帰りなさい!!」
私の呼びかけに気付き、にっこりと笑顔で迎えてくれるティナ。
てっきり寝てるものかと思ったけど、本当に元気だなぁ。
「二人は?」
「ルリ姉様は仮眠してて、リリィお姉様はお風呂に入ってるよ」
「お風呂……」
戦場でお風呂かぁ。相変わらずリリィの能力はインチキじみている。植物に無理矢理でもこじつければ、大抵のものは生み出せるのだから。まぁそれも、細かいことは考えないリリィの精神力の賜物なのかもしれないけど。
巨大なお花のお風呂……後で私も入らせてもらおうかな。
「ところで何してるの?」
「これ? 変換魔銃をアップデートしてるんだ!」
確かガウロンさんを撃ったやつだったかな? 避けられたらしいけど。
風呂敷に広げられたバラバラのパーツからは、私には元の形がどんなものなのか予想もできない。
「パワーアップってこと?」
「うん! これね、自分の魔力を打ち出すために周囲の影響を受けないようにしないといけないんだ。その為に動力源にルミタイトを使ってるんだけど……ジャーン! 見て見てこれ!!」
ティナが鞄から取り出したのは、金色の光を放つ虹色の鉱石……ルミタイトだった。ただ、銃に取り付けられてたルミタイトとは輝き方が段違いだった。
「これね、アマツクニ産のルミタイトなんだよ! 太陽石って呼ばれてるんだってさ。出発の前にラブりんがくれたんだ! ライザール産のルミタイトとは大違いだよね」
ティナが言うラブりんというのは、ラヴニール様の事だ。
みんなで集まったあの夜、ティナはラヴニール様にすごく懐いて、お互いを愛称で呼ぶようになっていた。私は畏れ多くて、とてもじゃないけど無理だったよ。
「この子なら、ここからでもあの魔力砲に届くと思うんだ」
「壊せるの?」
「うーん、直接壊すのは無理かな。でも初弾を防いだり、再充填を妨害することはできると思うんだよね。あの魔力砲は一度撃つと、空になった魔力を地獄炉から変換して充填していくと思うんだ。満タンの時は無理だけど、空になった時なら地獄炉との繋がりを乱せるはずだよ。アマツクニのルミタイトは聖なる力を持ってるらしいからね!」
私に説明しながらも、ティナはテキパキとパーツを組み立てていき、みるみる銃の形を成していく。
「前から思ってたけど、設計図もないのによく組み立てれるね」
「あはは! ボクね、エルキオンの生まれらしいんだ」
「え、そうだったの? 私はてっきりライザールなんだと思ってた」
「生まれがそうってだけで、記憶も何もないんだけどね。でも生まれた時に、エルキオンの守護神【創造の神アルティノス】の加護を受けてたのかも。頭の中に色んな物の設計図とかが浮かんで来るんだ!」
この世界エデンスフィアでは、国ごとに守護神というものが存在している。私の祖国ソレイシアに『癒しの神アウラント』がいるように、その国で生まれた子供は【加護】という神の権能の一部を受け継いで生まれてくることがある。
ティナの才能も、きっと加護が影響しているに違いないはずだ。
「よし、でーきた!!」
私が感心していると、既にティナが作業を終わらせていた。出来上がった銃を持ち上げると、手と銃身が一体化するかのように光の線で結ばれる。
「試し撃ちしたいなぁ。ここから魔力砲撃ってみようか?」
「え!? いや、それはやめた方がいいんじゃない!?」
【エルキオン出身】という言葉が私の脳内を爆走し始める。
今までのティナのトラブルメーカーぶりは、やっぱりエルキオン出身だからかもしれない。
「ダメかなぁ? 先っちょだけ──」
「どういう意味!? 下手に刺激して動き出したらオウガ様達が困るよ!」
そう。今オウガ様達は、クレセント騎士団とテラス騎士団の撤退の殿をしている。勝手な行動は慎むべき!
────ティナを説得していると、奇妙な感覚に襲われた。全身にゾワゾワするものが突き抜けていく感覚……これ、どこかで味わったことがある気がする。
「フラウ、どうしたの?」
「今、変な感じが──」
そう言いかけた時だった。天幕の中から、バシャンと大きな音がする。
勢いよく開かれた幕から、タオル一枚のリリィが飛び出してきた。
「リリィッ、なんて格好で!」
「どうしたのお姉様?」
困惑する私の言葉にリリィは反応しない。
焦りを浮かべた表情で、私達に向かって大きく叫んだ。
「──来るわよッ!!」
★
ゲヘナ城塞から離れていく一団。
フラウエル達の活躍によって、怪我人の治癒を終えたクレセント・テラスの両騎士団が、タルタロスへと向かって撤退を始めていた。
恰幅のいい派手な鎧を着た男、黄色を基調とした鎧を着たおかっぱ頭の男────そしてその両者を先導するのは、真紅と青が入り混じった鎧を着た仮面の男だった。
「いやぁー、まさかあの『ティエンタの英雄』に護衛してもらえるとは。光栄の至りですねぇドリューズ卿」
「無駄口を叩くなルシス。ここはまだ奴らの領域内なのだぞ」
「あらら、つれないですねぇ。昨日何かあったんですか?」
「貴様には関係ないことだ」
ルシスの質問に素っ気無く返事をするドリューズ。その顔は真面目そのもので、凛然とした騎士そのものだった。
「……本当に、何があったんですかねぇ」
ルシスが寂しそうにボヤくと、先頭を進んでいた仮面の男──ガウロンが立ち止まる。
「ここから先は奴らの領域外だ。俺達はここで待機し敵に備える。何かあればこの『鳴る矢』で知らせる。もし音が二回聞こえたなら、緊急事態だと思え」
ガウロンが手に持った偃月刀を地面に突き立て、両騎士団に道を開ける。
偃月刀の先端が朝日を反射し、ガウロンの勇壮さを際立たせている。
「ありがとうございますガウロン殿。ご武運を」
「世話になった。……フラウエル嬢をよろしく頼む」
「あぁ」
簡単な別れの挨拶を交わし、その場を後にする両騎士団。
去り行く騎士団を見守るガウロンへ、五番隊の部下が声をかける。
「隊長、俺達もそろそろ戻りますか?」
「そうだな。お前達は先に後方にいるオウガ達と合流しろ」
「隊長は?」
「俺は奴らの姿が見えなくなるまで、一応警戒しておく。もし何か起きても俺には構うな。オウガとの合流を最優先にしろ」
「分かりました」
ガウロンの指示を受け、五番隊が来た道を引き返していく。
一人残されたガウロンは、再び騎士団の後ろ姿へと視線を移した。およそ三万もの軍勢の全容が見て取れるほどに、ガウロンとの距離は離れていた。だが、ガウロンは微動だにせず警戒を続けている。
────それから一時間後。軍勢は手で覆い隠せるほどに小さくなり、幾つも連なる丘の向こうへと消えていった。両騎士団の撤退を確認したガウロンが、地面に突き立てた偃月刀を引き抜こうとした……その時だった。
「────ッ!?」
全身を覆う奇妙な感覚。だが、ガウロンには視えていた。
レヴェナントを呼び出す地獄炉の領域、その領域が自分を突き抜けて広がっていったのを。その領域は、はるか先の丘にまで及んでいる。
次のガウロンの行動は早かった。すぐさま弓を手に取り、友軍に緊急事態を知らせる鳴る矢を空へと撃ち上げる。
間を置いて撃ち上げられた二発の鳴る矢……それは、同時に開戦の合図となってしまったのだった。
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