第20話:悩みの答え
「うーーん」
夜が明け、朝陽を浴びながら背伸びをする。少し肌寒い風と、日光の暖かさのコントラストが心地良い。
ここが戦場であることを忘れてしまいそう。
夜通し治癒に励んだ私は、重症者28人の治癒を完了し、リリィと一緒に軽傷者の治癒を行なった。正直言ってリリィが暴走していないか気になっていたのだけど、リリィは驚くほどうまくやっていた。……というか、リリィの前には長蛇の列が出来ていた。
☆ ☆ ☆
「はい次」
「こ、この擦り傷が痛くて痛くて死にそうなんですぅ」
「じゃあ死ねば? はい次」
「あッ、ありがとうございますぅ!!」
足を組み、興味なさげに言い放つリリシアに大きく礼をして去っていく騎士A。
「負傷した際に神経をやられたのか……手が痺れてて」
「ふーん。じゃあこれ食べて寝なさい」
リリシアの手から、光と共に薬草が現れる。
「ありがとうございます! 家宝にします!!」
興奮した騎士Bが、懐から取り出したお守り袋にテキパキと器用に薬草を詰め始める。手の痺れなど感じさせない俊敏さであった。
「食べろッつってんのよ! はい次!!」
「熱っぽくて、動悸が苦しくて……」
「太り過ぎよ! 食べるのやめなさい! 次ぃ!!」
「食生活の心配までしてくれるなんて……これは恋……恋なんだぁ」
さっきよりも顔を赤くし立ち去る太り気味の騎士C。
だが、すぐに次の患者がリリシアの元へとやって来る。患者の列は設置された天幕の外にまで及び、少なく見ても二百人は超えるだろう。
「……ナニコレ?」
その様子を、呆然と見つめるフラウエルであった。
☆ ☆ ☆
「……ツカレタ」
私の横で、膝を抱えて項垂れるリリィ。心なしかやつれた様に見える。
「お疲れ様。すごかったね、リリィ」
「なんなのよあいつら……唾でも付けてろってのよ」
「ふふ。でも、一人一人ちゃんと診てあげてたんだね」
「あんたが来てくれなきゃ、あいつら全員吹っ飛ばしてたかも」
「あはは! よかった、間に合って」
「ふふ。……それにしても本当にタフね、あんた」
「治癒士だからね!」
「はー、あたしには無理だわ。ったく、安請け合いするんじゃなかった。今日ほどA・Sであることを後悔した日は無かったわ」
パンパンとお尻についた土を払いながらリリィが立ち上がる。その顔には、口で言うほど疲れは見えない。
感情の起伏の激しいリリィ。でも、こうやってすぐに切り替えて前に進もうとする。引き摺りがちな私にとって、リリィのそれはとても羨ましく、尊敬できる一面だった。
「リリィは治癒士に向いてると思うよ」
「はぁ? どこがよ」
「全部、かな?」
「何よそれ。ま、治癒士の真似事なんて今回限りね。二度とごめんだわ」
そう言いながら、リリィが私に背を向ける。
「戻る?」
「ルリニアとフルティナも戻ってるし、オルメンタも気がかりだしね。それに、あたしがいると邪魔みたいだし」
「邪魔?」
私が疑問に思っていると、リリィがくいっと顎で合図する。
その先には、派手な鎧を着た騎士らしきおじさんが立っていた。
「なんか、あんたと話したかったみたいよ。昨日の夜からずっと待ってるわ」
「え、そうだったの!?」
昨日の夜からって、もう十時間近く経ってるんだけど……。
「じゃあねフラウ。また後でね」
「うん、ありがとうリリィ」
立ち去るリリィを見送り、私は頭を下げるおじさんの所へ急いで向かった。
「すいません、ずっと待たせてたみたいで……」
「とんでもない。遠目から見させてもらっていた。フラウエル殿、だったな。貴女ほどの治癒士を、ワシは見たことがない」
「あの、私に何か?」
「ワシの名は……ドリューズ・アウルレリウス。クレセント騎士団の団長だ」
「クレセント……」
反射的に一歩下がってしまった。
この人が私の仲間を……両親を殺したあの男達の────
「……その反応、やはり本当だったのだな。ワシの部下が略奪を行っていたというのは……」
怯える私の反応を見て、ドリューズさんが音がするほど手を握りめ、目を強く閉じる。
顔全体に皺が刻まれ、目端には涙が浮かんでいる。
「すまなかった!!」
「え……」
その場で両膝と手を地面につけて、頭を下げてくるドリューズさん。その姿に今度は困惑してしまう。
でも、そんなことはお構い無しにドリューズさんは頭を下げたまま言葉を紡ぐ。
「謝って済む問題ではない……それは重々承知しているッ。本来であればこの首を差し出したいところだが、この身体は国に捧げ決戦を控えた身……今のワシにはこうすることしかできぬッ」
「……」
「村を襲ったのは、我がクレセント騎士団の見習い騎士達。身寄りのなかった若者を、ワシが騎士見習いとして召し抱えた者達だ。モスリン村への物資補給に向かわせたのだが、まさか略奪をしていようなどとは……」
肩を震わせ、事の仔細を語るドリューズさん。
この人の言っていることに嘘はない。全てが真実なんだ。この人が命令してやらせた事じゃない。自分が救った若者が、まさかそんな非道を行うなんて夢にも思わなかったのだと思う。
一緒なんだ。この人も……。
「ドリューズさん。お願いがあるんです」
「ワシにできる事なら、何でも言って欲しい」
「私の話を……悩みを聞いてくれますか?」
「悩みを? あぁ、もちろんだ」
「村に来た騎士達は怪我をしていて、私が治しました。そして怪我の治った騎士達は、夜になると村に火をかけて略奪を始めたんです。仲間と両親は殺され、私も殺される寸前でした」
「……ッ」
私の話を真摯に聞いてくれるドリューズさんの顔は、言い表せないほど苦悩に満ちた表情になっている。
「私が助けたせいで両親は死んでしまった。……これって、やっぱり私のせいだと思いますか?」
「なッ、何を言われる!! 決して貴女のせいなどではない!! 騎士の誇りを忘れ、非道に走った者達の行いを……何故貴女が責任を感じねばならんのだ!?」
「ドリューズさん。貴方は、どうしてその人達を召し抱えたんですか?」
「それは……彼らは戦争の被害者だった。親を、家を無くし途方にくれていた。そしてワシには彼らを救える財力があった。それだけのことで──」
「一緒なんです、ドリューズさん」
「え……」
「私も、彼らを救う力があった。だから彼らを助けました。そして……それを後悔した時がありました。治癒士失格ですよね?」
「そ、そんなことはッ……」
「ドリューズさんは、後悔しましたか?」
「……」
私の質問に、ドリューズさんは顔を伏せた。
言葉を発そうか悩んでいるのが見て取れる。でも、すぐに顔を上げたドリューズさんの目は……真っ直ぐに私を見据えていた。
「ワシはここに来る際、貴女には決して嘘は吐かぬと決めて来た。だからこそ、ワシは嘘偽りなく心の内を話そう。ワシは……一切後悔していない!!」
「それは何故ですか?」
「ワシが助けると決めたからだ! 例え助けた者が悪人だろうと、裏切者だろうと、ワシはこれからも倒れている者がいたら助け続ける!!」
「その結果、悲劇が起きてもですか?」
「貴女に斬られる覚悟で言おう。例え今回の様な悲劇がまた起きても、ワシは生き方を変えるつもりはない。その結果ワシが恨まれても、ワシは……自分を偽ることはできない。いちいち悩んでいては、立ち止まっていては……救える者も救えなくなるのだ!」
手を広げ、涙を浮かべながら諭すように話す言葉の一つ一つが、私の胸に響いてくる。
嘘偽りのない言葉は人を傷付けもするけど、奮い立たせてもくれる。私の心にあったしこりが薄れていくのを感じる。
それは被害者と加害者ではなく……同じように誰かを助けようとする者同士のシンパシーを感じたからかもしれない。
「ふふ、ありがとうございます。私の悩みを聞いてくれて」
「いや……ワシの勝手な理屈をベラベラと喋っただけで……」
「ドリューズさん、貴方と話せてよかったです。そうですよね、いちいち悩んでたらキリがないですもんね?」
「フラウエル殿……」
助けたいと思ったら助ける! それでいいじゃない。
少しはリリィみたいに前向きになれたかな?
「おかげで吹っ切れました。これからも、沢山の人を助けていきましょうね!」
「許してくれるのか? このワシを……」
「はい。あ、でも……一つだけ条件があります」
「何でも聞こうッ。して、その条件とは?」
────そう。この条件だけは、絶対に守ってもらわなくちゃいけない。
私は願いを込めて、笑顔でドリューズさんに答えた。
「絶対に死なないでください。生きて……これからも、その力を誰かのために使ってください」
「────ッッ」
私の言葉を聞いたドリューズさんが、素早く後ろに下がり剣を引き抜いて私の前に跪く。
そして、その剣を私に向かって捧げてくる。
(え! なになに!?)
「剣に誓って! このドリューズ・アウルレリウス、フラウエル殿に勝利の吉報をお届け致す」
剣を捧げ、背筋を伸ばして私に宣誓するドリューズさん。
私、騎士の作法とか全然分かんないんですけど!?
捧げられた金ピカの剣。一見すると悪趣味に見える剣が、朝陽を反射して勇ましい光を放っている。それはまるで、ドリューズさん自身を表しているかの様で……私はその剣に、ドリューズさんの魂を見た気がした。
狼狽える私に構わず、ドリューズさんは剣を捧げ続けている。
私は気を取り直して、その剣に優しく触れた。
よく分からないけど、いちいち気にしてたら……進めないもんね!
「────ご武運を。貴方達の勝利を祈っています」
「誓って大勝利をッ!!」
人知れず行われた宣誓の儀。
戦いが近い……でも、私の心はこの青空のように澄み切っていた。
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