第19話:白衣の天使
軍議から戻ったオルちゃんから、私は全てを聞いた。
両親と仲間を殺し、私を襲った男達……クレセント騎士団がこの戦場にいるということ。そして、その人達を治癒して欲しいとオウガ様が頼んでいるということを。
オルちゃんは怒りを滲ませた表情で『無理する必要はない』と言ってくれた。
でも、私はここに怪我人を治癒するために来たんだ。だから私は────
「行ってくるね」
「フラウ……」
オルちゃんがすごく悲しそうな顔をする。そんなオルちゃんの様子を察したのか、リリィが悲壮な空気を吹き飛ばすように声を上げる。
「しょーがない。あたしも行ってあげるわ」
「え、いいの?」
「あたしだってA・Sだしね。フラウほど上手にはできないけど、ちょっとした怪我人ならあたしが診てあげるわよ」
「リリィ、ありがとう!」
正直言って、一人で行くのは少し不安だった。リリィが一緒に来てくれるのは本当に心強い。
「じゃあボクも行く!!」
「私も行きます。食事くらいなら作れると思いますし」
ティナとルリも手を挙げてくる。そんな姉妹の様子を見て、オルちゃんが目を背ける。オルちゃんは、私のことで私以上に怒ってくれてるんだ。その気持ちが痛いほど伝わってくる。
でも、ごめんなさい。私は治癒士として、やるべきことをするってオウガ様に誓ったの。
最後まで納得のいかない顔をしたオルちゃんを置いていくのは、かなり気が重かった。でもリリィが────
「あたし達が付いて行くから、あんたは来なくてもいいわよオルメンタ。疲れてるみたいだし今のうちに休んどいたら?」
「……うん、そうするよ姉様」
リリィの言葉に、少しだけ笑みを見せるオルちゃん。こういう時、やっぱりリリィはみんなのお姉ちゃんなんだと実感する。少し気が楽になって、改めてオルちゃんに別れを告げてから、私達は怪我人が集められている陣地へと向かった。
☆
────既に辺りは夜の暗さに包み込まれていた。篝火とルミタイトの照明に照らし出された多くの負傷者。包帯に滲んだ血と、やつれきった表情が現場の不気味さを際立たせている。
近くにいた兵士の方に事情を説明すると、私達は一人の男性の元へ案内された。
男性の名はランコッド。王国の医師団の代表の方だという。ブラウンの髪と髭、高い鼻にかけられたメガネが特徴的な初老の男性。その目の下には大きな隈ができていて、疲労の色が隠せていない。
自己紹介を済ませ、私とリリィがA・Sであることを告げると、ランコッドさんは目を宝石のように輝かせ、勢いよく私たちの手を握りしめた。
「いやあぁ、助かる! 助かるよ!! 負傷者が多くて、手が全く足りていないんだよ。王都から連れてきた三人の治癒士も魔力切れでね。今は動ける医師が不眠不休で治療しているが、重症者の数も多く疲れ切っていてね。ソレイシアの医師団がいてくれたら助かるんだけど、契約だか何だか知らんがここには派遣できない等とぬかしおってぇ〜〜」
歓喜の声が疲労混じりの声に、そして怒りの声へと変わっていく。
ほんとにほんとに祖国が申し訳ありません!!
「あの、私ソレイシアの治癒士なんです。よければ重症者の方を診させてもらえませんか?」
「え!? 本当かね! じゃあ君も……?」
「あたしは違うわよ。言っとくけど、あたしは治癒士じゃないからね。簡単なのにしてよ」
「私達二人は治癒士ではありませんが、お邪魔でなければ食事の準備などを手伝えたらと思いまして」
「はいはーい! 頑張りまーす!!」
「いやぁ邪魔だなんてとんでもない!! 君、ルリニア君とフルティナ君を炊事場へ案内して! リリシア君とフラウエルさんは私に付いて来てくれ!」
「ちょっと! なんでフラウだけ『さん』付けなのよ!?」
「リリィ! どうどう!!」
正直言って格付けされるのは嫌だけど、医師にとってソレイシアの治癒士は別格の存在なの。
ランコッドさんみたいな反応は、今までにも経験したことがあるから私は慣れてるけど……リリィが侮られたと感じて憤慨している。
「リリィ姉様。姉様の実力は、行動で示すべきです」
「そうそう! 質より量だよ量!!」
「ふ……そうね。あたし一人で全員治してやるわ」
ルリはリリィの扱いにとても慣れている。リリィがやる気を出してくれて何よりだ。
兵士の方に案内されて、ルリとティナは炊事場へ。リリィは比較的怪我の軽い人達の診療所へと案内された。私が行くのは重症者の人たちが収容されている天幕。
でも、私はその前にやることがあった。
「ランコッドさん、治癒士の方達の所へ案内してくれませんか?」
「それは構わないが、何か聞きたいことでも?」
「いえ、怪我人の数が多くて二人では時間がかかりすぎます。三人の治癒士の方達にも手伝ってもらいたいんです」
「いや、さっきも言ったが彼女達は魔力切れで……」
「私の魔力を分けます。生まれは違えど、私と同じ治癒士。きっと、怪我人を前にして歯痒い思いをしているはずです」
「確かに、彼女達は命を削ってでも治癒魔法を行使しようとしていた。だから私が無理矢理休ませたのだ。しかし、そんなことをしたら君の魔力が……」
「大丈夫です! こう見えて、私の魔力ってすごいんですよ?」
ドンッ、と大袈裟に胸を叩いて見せる。
ランコッドさんは一瞬呆気に取られた表情になったけど、すぐに小さく頷き、私を治癒士の方達の所へと案内してくれた。
☆
小さな天幕の中で、三人の女性がそれぞれのやり方で休憩していた。
食事をする者、睡眠をとる者、瞑想する者……寝ている方を起こすのは申し訳なかったのだけれど、ランコッドさんから説明を受けた彼女達は、歓喜の雄叫びを上げていた。
戦場で活躍する王国の治癒士……私の想像以上に逞しい女性達だった。
私は一人一人の手を取り、A・Sに起こりうる中毒症状に気をつけながら魔力を分け与えていった。魔力が満タンになると、力強く私の手を握り、お礼を述べてすぐさま天幕を出ていく。
その手は皆ゴツゴツしていて、私の手をすっぽりと包み込むほど大きく、そして暖かかった。
私とは比較にならない程、多くの怪我人を治癒し、世話をしてきた手。治癒士であり戦士であり、母親の……そんな手だった。
治癒士の方達を復帰させ、私はランコッドさんと共に大きな幕舎へとやってきた。中からは呻き声が聞こえてくる。話を聞くと、四肢を失う等した重症者の方が計28人。止血などの応急処置はしてあるけど、薬も足りなく傷口が化膿し始めている。
レヴェナントの穢れた武器が、傷口の腐敗を早めているらしい。
幕を開けると、血と消毒液、それに腐臭が混じった匂いが鼻をついてくる。怨嗟ともとれる呻き声が絶え間なく耳に入ってくる。
私は臆することなく足を踏み入れ、最もひどい重症者の所へと歩を進めた。
苦痛に喘ぐ男性……左足が無くなり、全身に包帯が巻かれている。特に腹部の損傷がひどいようで、包帯が大きく朱に染まっている。
「城塞の魔力砲を受けてな……爆風で弾け飛んだ味方の鎧や骨などが直撃したんだ。特に左下半身と腹部の損傷が激しくて、左足は切断せざるを得なかった」
死んでもおかしくないこの状態。でも、彼はまだ生きている。それがこの王国医師団の医術レベルの高さを物語っていた。
私はその男性の腹部と、失われた左足の付け根に優しく手を添えた。
「う……ぅ……」
「よかった、意識があるんですね?」
「あ…あんた……は?」
「私はソレイシアの治癒士、フラウエルといいます。あなたのお名前を教えてもらえませんか?」
自分の身分をひけらかす事はあまりしたくない。でも、ソレイシアの治癒士であることを聞いて患者が安心できるなら、私はいくらでも祖国の名前を利用してみせる。
「そ、ソレイシアの……?」
「はい。お名前を教えてもらえますか?」
「アルデン……ライノルド………クレセントの騎士……」
「ありがとうございます。アルデンさんですね」
「なぁ……俺は……死ぬのか?」
「このままではそうなります。でも、私が来たのでもう大丈夫ですよ」
私は敢えて死を仄めかし、それから自分の存在を印象付けた。
彼の意識があるのが幸いした。これから私が行う治癒魔法は、彼の記憶と気力が必要になるからだ。
「ほ、本当に……?」
「はい。でもその為には、アルデンさんの力も必要です」
「俺の……?」
「想い出して下さい。あなたが失った左足のことを。長年連れ添ってきた自分の身体の一部、かけがえのない相棒の事を」
「わ……分からない……もう痛みも感じない。何も感じないんだ」
「大丈夫。目を閉じて、想い出してください。あなたはこの足と共に地に立ち、戦場を駆けてきたのでしょう?」
アルデンさんが、ゆっくりと目を閉じる。口で荒々しく呼吸をしながら、涙を流している。
想い出しているんだ。自分の失った左足のことを。その魂に刻まれた記憶が、私の手を通して流れ込んでくる。
────肉体とは、魂の……魔力の器。でも、肉体=魔力ではない。
魔力が決して漏れないように、肉体という器は魔力量よりも強大でなくてはならない。魔力が強ければ強いほど、より強大な肉体が必要になってくる。
それ故に、魔力による肉体の再生というのは、想像以上に魔力を消費する。
特に、失われた手足の再生は困難を極める。魂を共有することができるA・Sを以ってしても、膨大な情報を持つ魂の記憶から手足を作り出すのは至難の技だ。
少しでも間違えれば、使い物にならない手足を再生することになる。
でも、聖女アラテアによって構築された術式。負傷者自らが想い出す記憶を頼りに、より正確に手足を再生する秘術。
ソレイシアの守護神、【癒しの神アウラント】の加護を受けた治癒士────神域者の魔力をも補填することができる私なら……必ずできる。
「──アム・メモワール」
────ゆっくりと、光と共に足が構築され始める。アルデンさんの想いを、決して離さぬように集中する。
左足だけではなく、彼の想いは損傷した腹部にも及んでいる。全身を使い、戦場を駆けるアルデンさん。その魂の記憶が、明確に私へと流れ込んできていた。
……とても強い人。なら、私はお手伝いするだけでいい。アルデンさんの想いと共に、私は魔力を流し込んでいく。
ちょっと言い方は悪いけど、アルデンさんはとてもいい患者だった。これほど強く想い出してくれるなら、肉体再生の成功率がグンと上がる。
「はい、終わりましたよ」
全ての傷は塞がり、右足と遜色ない左足がそこにはあった。アルデンさんがよろよろと上体を起こし、復活した自分の相棒が動くのを確認している。
「魔力による肉体の再生……しかもこんな短時間でッ! ソレイシアの治癒士は化け物かッ!?」
一部始終を見ていたランコッドさんがブルブルと慄いている。
いくら衝撃だからって、化け物はひどくないですか!?
治癒士は万能ではない。一人では出来ることが限られているからだ。それは医師であったり看護師であったり、そして何よりも患者との信頼関係と連携が必要になる。
そして患者の生きようとする気力が治癒士の力を後押ししてくれる。死に怯える患者の恐怖を払拭し、希望を与えなければならない。
だからこそ治癒士には、患者を思いやる心はもちろんとして、死を寄せ付けない絶対的な自信が必要不可欠だ。
自信のない治癒士と、自信たっぷりの治癒士……どっちに診て欲しいかと聞かれたら、満場一致で後者だよね。
私はここにいる全員に聞こえるように大きな声で、できる限りの笑顔で、ついでにウィンクもおまけして自信たっぷりに声を上げた。
……ウィンクはちょっとやり過ぎたかも。
「ランコッドさん、言ったでしょ? 私の魔力はすごいんだって!」
拙作を読んで頂きありがとうございます。感想・質問・指摘などしてもらえると嬉しいです。
ブックマークと★の評価をしてもらえると励みになります!