第18.5話::風の乙女
日が沈んだ闇の帳、篝火だけが私たちを照らしている。
陣地に戻った私は、フラウに全てを包み隠さず話した。
正直気が重かった。両親の仇である騎士団の治癒をして欲しいなんて……どうしてそんな事をフラウがしなくちゃいけないんだ。
私の話を聞いたフラウは少しだけ悲しい顔をしたけど、すぐにいつもの優しい笑顔になって『行ってくるね』と言い残して行ってしまった。そんなフラウの優しさに満ちた行動が、私の心をざわつかせる。
軍議の場で私達を侮辱したクレセント騎士団 団長ドリューズ……オウガ様が止めなかったら、私は確実にあの男に斬りかかっていた。
そんな男が団長を務める騎士団なんか、放っておけばいい────
────ズキンと右目が痛む。あまりの痛みに私は咄嗟に右目を抑えた。
セルミアの聖遺物である【ノヴァリス】。それが私の右目に宿っている。出血したかのような痛みに手を離して確認してみたけど、特に血は出ていなかった。
「オルメンタ、どうした?」
「オウガ様……何でもありません」
我ながら大人気ない態度だと思う。心配して声をかけてくれたオウガ様に対して、顔を背けてしまった。
「納得いってないようだな」
「いくわけありません。どうして、あいつを庇ったりしたんですか? あいつらがッ……フラウの両親を殺したのに!」
私は感情を抑えることができなかった。
右目がズキズキと痛む。
「それだけじゃない! オウガ様が助けなかったら、フラウだってどうなってたか! 身体を弄ばれて、きっと殺されてた!! なのにッ……そんな奴らを庇って挙句には治癒させるなんてッ!」
痛い。右目が燃えるように熱い。
頬を伝う熱いナニか。流れてるのは涙? それとも血? オウガ様を責め立てる言葉が口から出ていく度に、右目の痛みが増していく。
風が強まっていく。まるで、今の私の心情を表すかのように。
「何故止めたんですか!? あいつらはこの国に必要ない!! オウガ様だっていつもそうやって殺してきたじゃ────」
私が取り返しのつかない暴言を吐こうとした時、私の頬に何かが触れた。
金属のように硬い、でも……日向のように温かい不思議な感触。それはオウガ様の手だった。
オウガ様の指が、私の右目を優しく閉じてくれる。
「オルメンタ、お前は本当に優しいな。こんなに傷付いているのに、自分を省みず誰かのことを想う」
「オウガ……様?」
私の頬を伝う熱が、オウガ様の温もりに塗り替えられていく。
右目に纏わりつく激痛が引いていく。
「あの時もそうだった。死を願うほど傷付いていたのに、お前は初めて会ったばかりの俺達の身を案じていた」
「……」
言葉が出てこない。今はただ、オウガ様の声を聞いていたかった。
「お前のその優しさに俺もラヴィも、カザンもどれだけ救われてきたか。他者の為に本気で怒れるのがお前の美徳。だからこそオルメンタ、共感した怒りを自分の憎しみに置き換えてはダメだ」
「……はい」
もう、右目の痛みは無くなっていた。
「オルメンタ。あのドリューズという男、あの様な見た目と言動に反して誠実な男なんだ」
「え?」
「彼は反乱を起こした貴族には与せず、沈みゆくライヴィアに最後まで付き合おうとした。そんな男を、俺は断罪することはできない。自分の部下が略奪を行っていたことも、本当に知らなかったんだろう」
「……」
「ドリューズは俺たちに対して本気で怒っていた。何故だと思う?」
「……分かりません」
「彼にとって、部下は家族同然だからだ。彼は戦争孤児などの身寄りのない多くの子供を養っている」
「じゃあ……あの村を襲っていたのは?」
「恐らく、ドリューズが騎士へと取り立てた者達だろう。残念ながら、彼の心は奴らには届かなかった。だが、ドリューズは俺たちを子供の仇だと思い込んだ。彼の怒りは、傭兵である俺たちに対する差別からではない。子供を想ってのことなんだ」
「……そんな話、信じられません」
「嘘じゃない。証拠にホラ」
「え……」
一人の男がこちらに歩いて来ていた。髪のない頭に特徴的なヒゲ、恰幅のいい体に煌びやかな鎧と剣。暗闇の中でも至る所が反射して光っている。件の男──ドリューズだった。
「オウガ殿、オルメンタ殿。先ほどの非礼を詫びに来た……どうか許して欲しいッ」
ドリューズが頭を深々と下げる。
騎士団長であり侯爵でもある男が、傭兵に頭を下げている。
「ドリューズ卿、頭を上げてください。その件は先程の軍議で終わった事です」
「いや、ワシの子供がしでかした事……親であるワシが責任を取らなければならない。教えて欲しい、生き残ったという治癒士は今どこにいる?」
ドリューズの問いに、オウガ様が私を見る。
「フラウエルは、姉様達と一緒に怪我人の治癒に向かいました」
「だそうです。白衣に真紅の防具、栗毛の少女なのですぐに分かるでしょう」
「恩にきる。では──」
再び私達に頭を下げ、ドリューズは行ってしまった。
「……オウガ様の言った通りでした」
「あぁ。彼を許すかどうかは、フラウに任せるとしよう」
「オウガ様……申し訳ありません。私は──」
「謝る必要はない。むしろ謝らなければならないのは俺の方だ。お前の気持ちを蔑ろにした、すまない」
「いえ。フラウが許すというなら、私は何も言いません」
「オルメンタ」
オウガ様が、再び私の頬に優しく触れる。
「憎しみに飲まれるな。そして、仲間を支えてやってくれ。これは……お前にしか頼めないんだ」
「……はい」
オウガ様の手に、私は自分の手を重ねた。
夜の冷たい風が静かに私達を通り抜けていく。
大丈夫です、オウガ様。
この温もりを忘れない限り、私は決して────。
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