第18話:作戦会議【後編】
「閣下。私に考えがあります」
「オウガ殿……何やら自信がありそうですな」
「はい。オルメンタ、頼むぞ」
「はッ」
背後に控えていたオルメンタが、テーブルに広げられた地図に手を添える。
「まず、このタルタロス砦からは三十万近くのレヴェナントが出撃していると聞き及んでいます。加えて多数のヴィクターと変異種。セレナ将軍率いるルナリス騎士団に加え、アクアリス騎士団・シルフィ騎士団の合計三万。この圧倒的数の不利の中、敵を防ぎ切っているセレナ将軍の采配は見事と言う他ありません」
セレナを称賛するオルメンタの言葉に、その場にいた皆が小さく頷く。
「進言致します。ここにいる五騎士団がセレナ将軍に合流すれば、必ずタルタロスを落とすことができます。直ちにタルタロス砦へ向かうべきかと」
場を沈黙が支配する。
皆呆気に取られていた。その中で、レオンだけは静かにオウガとオルメンタを見据えている。
そこへ恐る恐る手を挙げながら口を開いたのは、テラス騎士団の団長ルシスだった。
「えーっと……それはつまりゲヘナ攻略を放棄するってことかなぁ? 確かにタルタロスは落とせるかもしれないけど、その瞬間ゲヘナが敵で溢れかえるんじゃないかなぁ」
「その通りだ。敵拠点の規模としても、ゲヘナの方が大きい。ゲヘナが攻勢に出ていない今こそ、同時に攻略にあたるべきだ!」
「作戦としてはそれもありだわ。全軍とはいかなくても、我らがここで戦っている間にレオン閣下だけでもタルタロスに行けば──」
ルシスの発言によって、堰が切られたかのように発言が飛び交う。
騒がしくなった軍議の場を、レオンが静かに手を挙げ制した。
「静まれ。……オルメンタ殿、続きがあるのだな」
「はい。今、我らの本隊がこちらに向かっています。ゲヘナ攻略は我らが担当します」
「お前達だけでゲヘナを担当するだと……それで、本隊の数は?」
「およそ三百になります」
再びの沈黙。
その本隊の少なさに、質問したバリアント騎士団 団長ドラコスは青筋を浮かべている。だが、怒りを露わにするドラコスにも動じず、オウガは静かに言葉を口にする。
「向かってきているのは我ら傭兵団の団長カザン。異名持ち……【全滅のカザン】です」
「かッ……カザンだと!?」
カザンの名を聞いたドラコスが、驚きの声を上げながら立ち上がる。そしてドラコスだけでなく、その場にいた全ての者が目を見開いていた。
「ま、待ってくれ。カザンは死んだと聞いていたが?」
フラウエルが聞いていた噂と同じドリューズの誤解に、オウガはつい笑いを漏らしてしまった。
「……失礼。どこからそのような噂が流れたのかは分かりませんが、カザンは部隊を率いてアマツクニへと行っておりました。今はこちらに向かっております」
最強として名高い傭兵がここへ向かって来ている……そのことに騎士団長達の目の輝きが増す。特に勇猛と名高いバリアント騎士団の団長ドラコスは、まるで少年のように目を輝かせていた。
「その話が本当なら確かに芽はある。吾輩もカザンの戦いを遠目から見たことがあるが、鬼神と呼ぶに相応しい勇猛ぶりだった。カザンならばゲヘナを落とせるかもしれん」
「私もカザンの武勇伝は聞いてるわ。でも、みんな忘れてるんじゃない? ゲヘナには『死の翠星ルジーラ』がいるのよ」
「最近は姿を見せていないようですけどねぇ」
「ルジーラもアマツクニにいたとの情報が入っております。カザンと交戦した後、ゲヘナでの参戦を仄めかし立ち去ったそうです」
「な、なんと……あの悪魔と戦って無事だったのか」
「レオン閣下」
オウガの声に再び場が静かになる。顔を引き締め、全員がオウガの言葉を待っている。
それはまるで、オウガにこそ作戦の決定権があるかのような光景だった。
「ゲヘナは我らカザン傭兵団が必ず落とします。閣下は全軍を率いてタルタロスへ出立することを進言致します」
オウガの進言を受け、レオンが目を閉じる。その表情は決して明るくはない。苦悶しているかのような表情のレオン。
しかし、意を決したかのように目を開き檄を飛ばし始めた。
「これより我がソラリス騎士団・バリアント騎士団・オーロラ騎士団はタルタロス砦へ向けて出立する。食糧などの最低限の物資だけを持っていく。陣はそのままにしておけ。この作戦には疾風のごとき迅速さが不可欠だ。敵も馬鹿ではない、我らがタルタロスへ向かっている事が分かれば、追撃部隊を繰り出してくるだろう。敵に気取られる前に行動に移るのだ!」
「応ッ!」
「はッ!」
エリンシアがオウガに一礼し、ドラコスと共に天幕から力強い足取りで出ていく。去り行くエリンシアの背中に向けて、オウガもまた頷くように頭を下げていた。
「クレセント騎士団とテラス騎士団は、一日遅れてから発つが良い。本当なら負傷者が回復してからが望ましかったが──」
「閣下、負傷者の数は?」
「クレセントとテラス、合わせて負傷者は六百人ほどだ。その中で四肢を失うなどの重症者は三十人程と聞いている」
「承知しました。オルメンタ、今すぐフラウに伝えてほしい。王国の医師団と共に、両騎士団の治癒に当たって欲しいと」
「は、はい……しかし────」
オウガの言葉に、オルメンタは目を逸らした。
クレセント騎士団はフラウエルにとっては両親の仇。その仇を治癒させることに、オルメンタは躊躇した。
「フラウは未だ悩んでいる。助けるべき者と、そうでない者がいるのかを。その答えを出すのは俺たちじゃない……フラウだ。その為にも、全てをフラウに話すんだ」
「……分かりました」
その場で一礼し、オルメンタは天幕から出ていった。
そのやりとりを聞いていたドリューズは、苦虫を噛み潰したような顔で俯いている。
「閣下、負傷者の治癒は明日までには終わるでしょう」
「まさか、そんなに早くには……いや、真偽を問うている場合ではない。負傷者が回復次第、貴公らもすぐに出立しろ。敵の追撃には十分に警戒するようにな」
「「はッ」」
────ドリューズとルシスが立ち去り、天幕に残ったのはレオンとオウガの二人だけ。
おもむろにレオンが立ち上がり、オウガの前で手を組み膝をついた。
「閣下、おやめ下さい。誰かに見られたらどうするのです」
「これが今生の別れとなるやもしれませぬ。せめて……最期に我が忠誠をお受け取り下さいッ」
オウガの制止を無視し、涙を流しながら頭を垂れるレオン。
涙に震えるレオンの手に、オウガが優しく両手を添える。
「レオン。私達で、この戦いを必ず終わらせよう」
「誓って! 身命を賭しても仰せは守り通しまする!」
「いいやレオン。貴公は決して死んではならない。この戦いが終わっても、元凶を倒さない限り苦難は続く。その苦難を乗り越える為にも、貴公の力が必要なのだ」
「エルヴァール殿下ッ────」
【エルヴァール・ド・ライヴィア】────レオンが口にしたその名前は、過去に王宮内で起きた毒殺事件で亡くなった第一王子の名前だった。
犠牲となったのは、当時十歳となったエルヴァール王子と、その母親である王妃ツキナギ。犯人は捕まっておらず、闇に葬られた謎の多い事件であった。
「レオン、私も貴公の忠義に誓おう。この戦争の元凶であるライザールの神『テクノス』は、必ず私が討ち滅ぼすことを」
「殿下ッ。叶うならば……私もセレナも、貴方様の隣で戦いたかった」
肩を震わせ涙を流し続けるレオンを、オウガが優しく立ち上がらせる。
「レオン。私が今こうして戦えているのは、貴公やエリンシアらが私を支えてくれたからだ。貴公らの想いが、私を立ち上がらせたのだ。セレナにも伝えて欲しい。今も、そしてこれからも……私は貴公らの魂と共に戦っていると」
「────殿下。この戦い、既に勝敗は見えました。そのお言葉を聞けば、セレナ一人でもタルタロスを落とすことでしょうッ」
最後に、レオンは白銀の王子の手を力強く握り返した。
未だ涙は止まらない────しかし、その表情は太陽のように明るく決意に満ちていた。
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