第16.5話:ガウロンのお悩み相談室
ゲヘナ城塞へと向かう道中────リリシア達の存在も相まって、傭兵団からは戦地へ向かっているとは思えない賑やかな声が響き渡っていた。
「騒がしいな」
「まぁそう言うなガウロン。頼もしい限りじゃないか」
苦言を呈すガウロンに、リーダーであるオウガも気楽な返事をしている。そんなオウガの様子に、ガウロンは呆れたようにため息を吐いた。
「リーダーのお前がそんなことでどうする。遠足ではないんだぞ」
「ふふ、残念だが俺はリーダーじゃない。お前らのリーダーはカザンだ」
「屁理屈をこねるな」
「その頼もしいリーダーが後からやって来るんだ。みんな安心してるのさ」
「例えカザンが来ても、今度ばかりは多くの死人が出るぞ」
「それも分かってるさ。だから今を楽しんでるんだ」
オウガの言う通り、皆の顔は一様にして明るい。それは絶大な信頼を誇る団長が来ることへの安心感からなのか、それとも不安を誤魔化すための空元気なのか────
「……まぁいい。それで心置きなく戦えるというのなら問題はない」
「あぁそうさ。ガウロン、お前も話があるなら今のうちに俺が聞いてやるぞ?」
オウガが大袈裟にガウロンの顔を覗き込む。だが、ガウロンは動じることなくそれを手で制す。
「俺はいい。オウガ、お前は話すことがあるんじゃないか?」
「ん、何のことだ?」
「ラヴニールから聞いた。昨晩、クッキーを焼いて持って行ったらしいな」
「なッ……ち、違う! あれはッ……あれは買ったんだ!!」
明らかな動揺を見せるオウガ。その白銀の兜が、赤く染まっているかのように錯覚するほどの動揺ぶりであった。
「そんな嘘がラヴニールに通用すると思っているのか?」
「く……ラヴィめ、気づいたとしても黙っててくれればいいのに。なんでガウロンに話すんだッ」
「オウガ、何故誤魔化す? 皆には好評だったと聞いたぞ」
「……味はな。でも形がさぁ」
「型で作ったんじゃないのか?」
「最初はそうしようと思ったんだよ。でも、集まるのは女の子ばっかりだったし……動物の形にしたら喜ばれるかと思って……」
「ほう。で、どうだったんだ?」
「ふふ、好評さ。キメラだ〜、グリフォンだ〜、ミノタウロスだ〜、ってね。みんなでどの怪物か当てるのに大盛り上がりだったよ」
乾いた笑いを漏らしながら空を見上げるオウガ。日光に照らされたオウガの鎧に、何故か影が色濃く映し出されている。
「なるほどな。だがオウガ、旧世界の伝承でしか残されていない怪物達の造形を、クッキーで表現したのは見事だ」
「嫌味か? 俺は犬や鳥や牛を作ったんだ。それがまさかあんなに……」
「それで買ってきたと誤魔化したのか?」
「……だって……恥ずかしいし……」
オウガは顔を伏せ、ガウロンから目を逸らした。そんなオウガを見て、ガウロンが再び大きな溜息を漏らす。
「オウガ、それはお前の悪い癖だ。なぜ誤魔化す? なぜ卑屈になる? フラウエルの時もそうだ。あのパン粥は俺が作ったと言ったそうだな?」
「あ、あれは……実際にはお前が作ったようなものじゃないか! 俺は焼きたてパンとミルクを持って行ってやろうとしていたわけだし……まぁ失敗したけど」
「素人が直火でパンを焼こうとするチャレンジ精神は見上げたものだ。残念ながら焼きムラの激しいパンとなってしまったが、粥にするなら問題はない。しかし、なぜパンを焼こうなどと思ったんだ?」
「……起きてすぐに俺たちが持ってる兵糧はきついだろ? 焼きたてのパンの香りがあれば、落ち着くかと思ったんだ」
「オウガ、料理に最も必要なのは食べてくれる相手を思いやる気持ちだ。お前の料理はいつもそれを満たしている。なぜそれを隠そうとする?」
「お、俺は……リーダーとして弱みを見せるわけには────」
「リーダーはカザンなんだろう?」
「く……ここでそれを言うか」
オウガは普段から凛然とした騎士の振る舞いをしている。そのオウガが、ここまで動揺している姿は非常に珍しいものだった。
いや、これこそが……オウガの素の姿なのかもしれない。
「冗談だ。俺を含め、ここにいる全員がお前をリーダーだと思っている。そのリーダーの心遣いを無下にする者がいると思うか?」
「いや、だからさぁ……俺からの料理だと分かると断りづらいだろう? 無理して食べさせるのも気の毒だし……」
「お前は超がつく不器用で美的センスは絶望的だ。だが、料理の味付けに関しては悪くない。むしろ良いと言ってもいい。実際にクッキーは好評で、あのパンも十分に食べれるものだった。ゴミかパンのどちらかに分類するなら、あれはパンに分類される」
「ふふふ、相変わらずハッキリものを言うやつだ。とても参考になるよガウロン君」
言葉では謝意を述べているが、その鎧はプルプルと小刻みに揺れている。
「とにかく、誤魔化すのはもうよせ。それが食べてくれる者への礼儀だ」
「……分かったよ」
「しかし、評価を恐れる割には作りたがるのだな」
「昔さ……母上と一緒によく作ったんだ」
昔を懐かしみ、オウガはゆっくりと空を見上げた。
「初めて作ったのは煮込み料理だった。でこぼこになった材料を調味料と一緒に煮込む。簡単だろ?」
「ああ見えて、煮込み料理は奥が深いものだ」
「ふふ、その通りだ。案の定、鍋の中は煮崩れた材料でドロドロだった。母上も料理が下手くそだった」
「【華戰 月凪】……シロガネ族最強の戦士だったな」
「あぁ。槍の名手だったが、それ以外はてんで駄目だったんだな。でも……母親として、普通のことを俺に教えようと必死だったんだ」
「ツキナギは多忙だったはずだ。それにも関わらず、お前に日常を教えようとしていたんだな」
「そうだな。母上は、空いた時間にこっそり料理を教えて……いや、二人で練習した。加減すればいいのに、いつも料理は鍋一杯になってたよ」
「初心者にはありがちなことだ。だが、多めに作ることで料理の質が上がることもある」
「ふふ、そうなんだよ。見た目は悪いけど味は悪くなくてね。ラヴィがいつも全部食べてくれてさ。『無理するな!』って言うんだけど、『美味しいですよ』ってペロリさ。ラヴィが大食いで助かったよ」
「フ……そうか。今の話を聞いて合点がいった。ラヴニールも皆に知ってもらいたいんだろう。お前の料理は『心が篭っていて美味しい』ということをな」
オウガもガウロンも、兜と仮面で表情は分からない。だが、ガウロンの率直な言葉にオウガは耐えきれず、プイッと顔を逸らしてしまった。
「面と向かってそういう事を言うな」
「事実だ。オウガ、名残惜しいが話は終わりのようだ」
丘の上から見下ろす景色……その先には、全長2kmはあろうかという巨大な壁に囲まれた城塞が確認できる。
「名残惜しかったのか?」
「あぁ。この話をまたする為にも、この戦いに勝たねばならない」
「そうだな。この戦いを制せば、ひとまず平和が訪れる」
「──オウガ」
目の前に広がる戦場には煙が立ち込め、不気味なほどの静寂が漂っている。
その静寂の中で、ガウロンの真摯な声がそっと響き渡る。
「お前は一人じゃない。ラヴニールが、カザンが……そして俺がいる。頼りにしてくれ」
「……もちろんさ。頼りにしてるよガウロン」
まるで念を押すようなガウロンの言葉に、オウガは静かに頷いた。
そんなオウガの声はどこか嬉しそうで……そして悲しげだった────。
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