第16話:出立
朝日が差し込み、開かれた窓から潮風が舞い込んでくる。まだ早朝だというのに、既に外からは人の声が聞こえてくる。
顔を洗って着替えた私は、ルリと一緒に朝食を作った。オウガ様が『手伝おうか?』と気にかけてくれたけど、丁重に断っておいた。オウガ様に雑用なんてさせられない。
朝食を済ませ、身支度を整えてから皆と一緒にセントラルへと向かう。
今日向かうのは、この戦争における最大の敵拠点『ゲヘナ城塞』。ルジーラに殺された騎士団の肉体と魂が吸収され、類を見ないほどに成長した地獄炉が設置されているらしい。
ライザールの魔導具・地獄炉には不明な部分が多い。ただ一つ言えるのは、地獄炉は大型であるほど生成される城塞が巨大で強固なものになり、召喚されるレヴェナントの力も強くなるということだ。
現時点で、ゲヘナ城塞は防衛に徹していて敵は出撃していないらしい。もう一つの拠点であるタルタロス砦が攻勢に出ているうちは、敵が出撃してくることはないだろう……というのがラヴニール様の推測だった。
味方が攻勢に出ているなら、自分たちも出撃するのでは? という質問に対しても、どうやら地獄炉同士は繋がっていて、戦力が共有されているらしい。オウガ様が破壊したネブラーム高原の地獄炉も、ゲヘナ城塞とタルタロス砦の地獄炉と繋がっていた。
ネブラーム高原の地獄炉の役割は、ゲヘナ城塞で吸収した肉体と魂の過剰分を保存しておく為の貯蔵庫。そこを潰したことで、今ゲヘナ城塞のレヴェナントは打ち止めとなっている。タルタロス砦で戦闘が行われている以上、余分な戦力は出さないというのだ。
でも、ゲヘナ城塞には巨大な魔力砲が城壁に設置されている。その威力は絶大で、騎士団を全く寄せ付けないという。この魔力砲を何とかしない限り、城塞を落とすことは出来ない。
死者を出せば地獄炉に吸収され、敵の戦力が増す。そのために手をこまねいている状態らしい。
その膠着状態を打破すべく、カザン傭兵団は二大騎士団の一つであるソラリス騎士団との合流を目指す……というのが当面の目的だ。
「昨日より人数が多くない?」
「あぁ、街で待機してた一番隊と三番隊の残りも参加してるからね。カザンがアマツクニに連れて行ったのが約三百人。残ったのが千五百人ほどだ」
ということは、現在の戦力は元々の二千人と合わせて三千五百人程。敵の最大拠点といわれる城塞に向かうのに、この人数では少ない気もするけど……オルちゃんの顔には微塵も不安が感じられない。
「ルリニア、あんたも本当に行くの?」
「えぇ。みんなが行くのに、私だけ待ってなんていられません」
「頑張ろうねルリ姉様!」
そう。昨夜に話し合った結果、ルリも一緒に行くというのだ。その言葉に驚いたのは、もちろんリリィ達だった。何度も止めたのだけれど、結局ルリの意思を変えることはできなかった。
「では行こう。向かうはゲヘナ城塞、日が落ちる前には到着するだろう。ラヴィ……留守を頼む」
「はい。どうかお気をつけて」
これから戦場へ行くというのに、誰一人として怯えていない。
それはきっと、自分たちの前にはオウガ様が……そして、後から来るであろうカザン団長を信じているからに違いない。
「そういえばリリィ。防具は?」
「いらないわよそんなの。硬そうだし」
「硬いから意味あるんだろ」
私も軽量ではあるけど、動きが阻害されない程度に防具を身につけている。あまりガチガチに身を固めると、治癒行為に支障が出るからね。
リリィは相変わらずの格好で、ヘソ出しルックに新しいヒールまで履いている。……まぁ、神の皮膚というノヴァリスを持つリリィには、たいていの攻撃は効かないらしいから大丈夫かな?
「そうだ! お姉様の防具はボクが作ってあげる!」
「言っとくけど肉球はダメよ!!」
「ティナ、怪我人が出たら困るから戦いが終わってからにしてよ」
「えぇ……戦いが終わったらもう意味ないじゃん」
あんな目にあっても、作っちゃダメと言わないリリィにほっこりする。今までのことで分かってはいたけど、リリィは本当に妹には甘々なのだ。
ティナはどうしても作りたいらしく、オルちゃんに一生懸命反論している。ティナの魔導具造りの執念には目を見張るものがある。そのおかげで昨夜はとんでもない目にあったのだけれど……まぁそれはまた別の話。
そんな三人を見て、ルリもくすくすと笑っている。
『気を引き締めろ!』と怒られそうだったけど、他のみんなも談笑しながら移動していた。オウガ様とガウロンさんも、なにか楽しそうに話している。
緊張感の薄い道中────でも、それも丘を越えるまでだった。
日が沈み始めた頃、丘を超えた先に見えた城塞……約2kmに渡る城壁には、遠目からでも黒い何かが張り巡らされているのが視認できる。この距離からでもそれを視認できるということが、城壁がいかに巨大なものなのかを物語っていた。
そして、城壁の上には巨大な魔力砲が5門設置されている。正面以外は岩壁に囲まれていて、まさしく天然の要害といった様だった。
「あれが……ゲヘナ城塞」
「でっかいわねぇ。あんなのどうやって攻め落とすのよ?」
リリィの疑問に、私は激しく同意した。
城塞に門の存在はない。自由にレヴェナントを転移させることができる地獄炉がある限り、門など必要ないということなのだろう。
そして、地獄炉が生成した城塞は魔力によって再生するらしい。
城壁を破壊してもすぐに再生してしまう。そして入り口は存在しない。
どう攻めればいいのかが全く分からない。
「行こう」
オウガ様の言葉を受けて、皆が動き出す。目的地は二大騎士団の一つ、ソラリス騎士団の陣営。太陽と獅子が描かれた紋章旗────その旗が掲げられた陣営へと歩を進める。
総勢五万は超えるだろう騎士団の威容……ただ、お世辞にも士気は高いとは言えなかった。現に怪我人が多く出ているようで、多くの医師と治癒士が忙しなく駆け回っている。
騎士の一人とオウガ様と何か話すと、頭を下げてから私たちを先導し始めた。既に話し合いは済んでいたのかもしれないけど、傭兵に頭を下げる騎士に少し驚いた。
私たちはそのまま本陣の一区画に案内された。物資が積まれ、既に天幕も設置されている。
既に壊滅した騎士団のものらしいけど、ここはありがたく利用させてもらおう。
「みなはここで待機してくれ。俺とオルメンタは、レオン将軍閣下の元へ行ってくる」
【日輪の英雄レオン】・【冰璧のセレナ】────二人とも玉璽保持者で、王国への忠誠心・民衆からの人気度、どれをとっても非の打ち所がなくて、しかもかなりの人格者だという。……まぁ、本の受け売りなんだけど。
そんな英雄の一角と戦場を共にする……戦士にとって、これ以上の名誉はないのだろう。仲間達も、威厳漂う日輪の旗に目を輝かせている。
その旗が掲げられた一際大きな天幕に向かうオウガ様とオルちゃん。
レオン将軍とオウガ様……そしてカザン団長が協力すれば恐れるものはない。皆がそう思っているはず。
────でも、帰ってきたオウガ様から告げられた作戦は……私が想像していたものとはまるで違っていた。
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