第15話:心に灯る永遠の日
「フラウエル、あなたの所属していた医師団を教えて下さい」
「は、はい。ソレイシア公国第七医師団です……」
私に対する尋問が始まった。全てを見通しているような翡翠色の瞳で私を見つめ、淡々と質問を進めていく。……ちなみにオウガ様は呑気に紅茶を飲んでいる。
「今後、あなたはどうしますか?」
「……え?」
「祖国へ帰るのなら、今までの報酬と路銀を合わせて支払います。ソレイシア行きの船が出ている街まで馬車を用意しましょう」
「……」
「それとも、この街に留まりますか?」
「……私は」
医師団の仲間は殺され、両親のいない祖国に未練はない。
あのお金に汚い国へ帰るよりこの国で……パラディオンで……私は、オウガ様の力になりたい。
「私は、ここに残りたいです。オウガ様の力になりたいです」
なんの誤魔化しもない……これが私の本心だ。
「分かりました。後はこちらで手続きしておきますから、」
「え、終わり……ですか?」
「大したことじゃないって言ったろう。フラウはソレイシア国籍の治癒士だから、向こうに報告はしておかないと亡命になっちゃうからね。あの国、治癒士の管理が厳しいからさぁ」
え、本当にこれだけ? すごく肩透かしを食らってしまった気分。緊張が解け深くため息を吐く私を見て、ラヴニール様が優しく声をかけてくれる。
「紅茶でも飲んでリラックスしてください。後でガウロンとオルメンタが来ます。フラウエル、あなたも一緒に話を聞いてください」
「分かりました」
言うなればカザン傭兵団上層部の集会……その中に私が混じってていいのだろうか。
☆
紅茶を飲みながら他愛無い話をしていると、ガウロンさんとオルちゃんがやってきた。私の顔を見て、オルちゃんがにっこりと笑ってくれる。
「やぁフラウ」
「オルちゃん。リリィ達は?」
「姉様達はルリ姉に案内されて靴とか買いに行ったよ」
「あはは、そうなんだ」
音のなる肉球シューズだもんね。しかも爆発の影響でボロボロだったし。
「揃いましたね。では、今の戦況についてまとめます。ライヴィア王国に設置された『地獄炉』は残すところ二つ。【ゲヘナ城塞】と【タルタロス砦】です」
──こうして、ラヴニール様の現状説明が始まった。
「まずタルタロス砦ですが、二大騎士団の一つ 【ルナリア騎士団】 が防衛にあたっています。見事に敵の侵攻を凌いでいますが、攻勢には転じられていないようです」
ルナリア騎士団の名前は私も知っている。護国の女将軍と呼ばれる異名持ち・【冰壁のセレナ】が団長を務める騎士団だ。圧倒的な戦力差の中で、王国への侵攻を防ぎ続けているらしい。
「そしてゲヘナ城塞です。『死の彗星ルジーラ』によって三つの騎士団が壊滅させられた呪われた地。今のところ敵が打って出る様子はありません。ですが、王国側がゲヘナ城塞攻略に向けて動き出しました。二つの騎士団が城塞に攻撃を仕掛けましたが、攻略には至っていません。城塞に設置された魔力砲によって近付く事すらできず、多くの死傷者を出しているようです。現在、二大騎士団の一つ【ソラリス騎士団】がゲヘナ城塞へと向かっています」
ソラリス騎士団の団長は、世界的にも希少な『英雄』の異名を持つ騎士だ。
【日輪の英雄 レオン】。滅亡寸前とまで言われたライヴィア王国がここまで体勢を立て直すことができたのは、この二大騎士団とカザン傭兵団の力が大きかったというのが、世論による正当な評価だと思う。
「ラヴィ、カザンの方はどうなっている?」
「カザンはアマツクニにて対象と接触し、共にこちらへ向かっています。アマツクニではライザールのヴィクターと戦闘が発生したようです。敵は殲滅し傭兵団の死者もいません。ですが、残念ながら現地民から死者が出たようです。それともう一つ、ルジーラがアマツクニに襲来……カザンと交戦し、ゲヘナの名を残して撤退したそうです」
「そうか。ならばゲヘナ城塞にルジーラが来るのは間違いなさそうだな。カザンはいつ戻る?」
「後二日はかかります」
場に少しの沈黙が流れる。
カザン団長は未だ不在…………後二日間、団長が帰ってくるのを待つのかな?
「カザンの帰還を待つことはできません。ソラリス騎士団も二日後までにはゲヘナ城塞へ到着していることでしょう。レオン様と合流して、共に城塞攻略に乗り出すべきです」
「よし、では明朝にゲヘナ城塞へ発つ。オルメンタ──」
「はい、リリィ姉様が共に来てくれるそうです。止めたのですが、ティナも一緒に行くと言って聞きませんでした」
「そうか。リリシアの力が加われば作戦の幅が大きく広がる。フルティナは……まぁ大丈夫だろう」
苦笑いするオウガ様。ティナは何をするか分からないから少し心配だなぁ。
でも……そっか、リリィ達も一緒に行くんだ。
「フラウエル」
「はい」
「聞いた通りです。明日、オウガ達はゲヘナ城塞へと出立します。あなたはどうしますか?」
「私も一緒に行きます。現地には死傷者が多数と聞きました。私でも……何か役に立てると思います」
既に決めていたこと────私に迷いは無かった。
「そうですか、ありがとうございます。私達はこの後、ゲヘナ攻略の作戦を立てます。オルメンタ、フラウエルを客室へ案内して下さい。フラウエル、今日はゆっくり休んでください」
「ありがとうフラウ。後でみんなでご飯食べようね」
手を振るオウガ様に応えてから、私はオルちゃんと一緒に部屋を後にした。
ラヴニール様……才色兼備という言葉があれほど似合う女性はいない。
やっぱり噂というのはあてにならない。きっとカザン団長も、オルちゃんの言う様な仲間思いの人なんだろう。
「お疲れ様フラウ。緊張しただろう?」
「かなり……でも、ラヴニール様って素敵な女性だね」
「私も憧れてるんだ。さ、こっちだよ」
オルちゃんに案内された客室は清潔感漂う一流宿のような部屋だった。ベッドが備え付けられていて、シャワーにトイレまで……正直、私一人には広すぎるし贅沢すぎる。
「こ、こんな部屋に泊まっていいの?」
「勿論だよ。他国の大使とかが泊まる部屋だから設備も整ってる。シャワーでも浴びてスッキリしたら?」
大使が泊まるような部屋に、私のような小娘が……。棚にはワインなどのお酒が並べられている。私は飲まないんだけど、グラスに注いで優雅に持つ姿を想像してみる。
うーん、似合わない。
「それじゃあ私は一旦戻るよ。ルリ姉がご馳走用意してくれるみたいだから、みんなで一緒に食べよう。オウガ様とラヴニール様も一緒にね!」
「うん、ありがとう」
☆ ☆ ☆
この日の夜は、本当に楽しかった。
オルちゃんに紹介されて、私はすぐにルリニアと打ち解けることが出来た。
ルリは、私達治癒士が目指す聖女アラテアのように気品と慈愛の精神を持ち合わせた女性だった。
ルリの作った料理をみんなで食べる。みんなが美味しいと絶賛すると、リリィが『それはあたしが作ったのよ』と鼻を高くしていた。『買って来たんだよ』とオルちゃんが冗談混じりに言うと、リリィは目を吊り上げて怒っていた。
食事の後、オウガ様が買ってきたというクッキーを食べた。怪物を模したそのクッキーは、見た目に反してとても美味しかった。みんなでどの怪物なのかを予想して大いに笑った。その時のオウガ様の引き攣った笑いが忘れられない。
あのクッキー……オウガ様の手作りだね。
途中でラヴニール様が仕事が残っているからと帰ろうとした。ティナが寂しいと泣きつくと、『仕方ないですね』と結局ラヴニール様は泊まることになった。私もみんなに言われて、ルリの家に泊まることにした。オウガ様も泊まるというのだから驚きだ。
布団に入ってからも、みんなで色々と話し続けた。そして私達は、永い夢を見ることになる。
明日には戦地へ出立しなければならない。でも、そんな不安感なんて忘れてしまうほどに、この夜は楽しかった。
この日のために、みんなと出会うために生きてきた……そう思えるほどだった。
一生忘れることはない、魂に刻まれた記憶。
誰かに語ることはない────私達八人だけの想い出。
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