魔王様は衣装係の着せ替え人形〜今日もイメージ戦略を巡らせます。〜
今日も平和な魔王城のお話。
今日も魔界の王国に広がる空は、素晴らしき曇天。
どす黒く濁り、過ごしやすい穏やかな朝である。
俺は魔王様の従僕、身の回りのお世話係。
あの方が起床される前に、ある程度の準備を整えておく。
ベッドには、すやすやと眠る魔王様。
布団にぐるっと包まって、冬眠中の熊のようだ。
魔族に厳密な性別はないが、分類するなら雄。
すっと背が高く、引き締まった体躯、整った目鼻立ちに、艶やかな長い黒髪も美しい。
身内の贔屓目なしに、めっちゃめちゃいい男。
「ふぁぁぁ……おはよう」
のそのそと魔王様が起きて来た。
寝癖で髪がぴょんぴょん跳ねているが、それもひっくるめてなんだか艶っぽい。
ん?
………………
「だっせぇ! なんなんだよ、その格好は‼︎」
俺の怒声が寝室に響く。
超カッコいい魔王様が……ふわっふわの水玉パジャマのズボンに、ショッキングピンクな豹柄の長袖Tシャツって……どこからそんな服引っ張り出してきたんだよ⁉︎
百歩譲って、その上下で組み合わせんなよ!
「昨日、寝る時は紺色のシルクのパジャマ出しといたでしょうが‼︎」
「ね、寝る前にパジャマにお水溢しちゃって……と、とりあえずあった服着て、寝ちゃった……」
「寝ちゃった……じゃねぇよ‼︎」
俺の辛口ファッション チェックで、魔王様は精神的ダメージを喰らうらしい。
下を俯き、しょんぼりしている。
うちの魔王様、服は着れれば何でも良いというハイパー無頓着なタイプ。
その為、服のセンスは磨かれず、壊滅的である。
とりあえず魔国の民衆の前に立ったりする際は、愛用の黒マントを羽織って全身を覆っているのでバレてはいないが、いつもマントの下は酷い有り様だ。
以前、エグラディス公国の勇者が奇襲をかけて来たときなんか、慌てて半裸の上に黒マント羽織って迎え出たからね。
あれは焦ったね、違う意味でドキドキしたわ。
「はぁ……どうせ、食べこぼしで汚すから、朝食後にお着替えしましょうか」
「うっ……わ、わかった」
俺がお世話係になってから、これが毎日の日課である。
魔族とは、人間より長生きで、人間より強くて、角と尻尾が生えていて、耳が尖っていて、そんでもって魔国に住んでいる種族だ。
あ、あと闇魔法が使える。
割と、のんびりしていておおらか。
欲望が薄く、最低限の衣食住で満足、スローライフ。
着飾ったり、他者と比べ合ったり、貶め合ったりする、醜い生き物とは大違い。
俺は魔族の父ちゃんと人間の母ちゃんのハーフ。
母ちゃんが寿命で亡くなったのを機に、カルスタット王国から父ちゃんの故郷である魔国へ二人で帰ってきたのだ。
元々、人間界では服の仕立て屋を営んでいた。
父ちゃんはバリバリ魔族の見た目だが、『職人』として裏方作業だったから目立たず生活できたし、俺は耳が尖らなかったことと角が小さかったお陰で、人間と変わらず暮らせていた。
でも、母ちゃんがいなくなったら……人間界に未練も無くなった。
数少ない知り合いだって、どうせ先に逝っちまう……それを近くで見送りたくなかったのだ。
たまに、俺に懐いていたあのチビっ子は元気かなぁ、と思い出すことはあるが……もう、会うことはないだろう。
魔族が、人間の言葉が分からないことを魔界に来て初めて知った。
父ちゃん……頑張って人間語を習得したんだ、母ちゃんの為かな? 愛だね。
人間語の分かる俺は、通訳も兼ね、ここ魔王城へ再就職させてもらえたのだった。
ちなみに父ちゃんは、魔界でも仕立て屋さんを始めました。
「魔王様、近々また新しい勇者が来ると思いますよ?」
「ん? また新しい噂でも立ったのか?」
朝食後のお茶を飲みながら、魔王様が聞き返す。
……あぁ、早くこの服取り替えてぇな……目がチカチカする。
「人間界……主にエグラディス公国では、魔王様がまた悪さしていることになってます。『屍体兵が増えた!』って……教会が手を抜いて、きちんとした手順で弔いをしなかったせいなのに……」
「都合が悪いことは全部こちらのせいにするのが人間だからね。気にするだけ無駄だよ」
悪い事はなんでもかんでも魔族のせい。
しまいにゃ、景気が悪い事も天気が悪い事も全部ぜーんぶ魔族のせい。
細かい事を気にしない種族は誤解も解かずに放っておいた……結果、魔族の評判は悪評まみれ。
見た目が怖いらしいのは仕方ないけど、汚名返上しないまま数千年経過してるから、もう悪のイメージがっちり定着しちまって剥がしようがない。
魔王様も、こんなに穏やか、のほほんと優しいのに……。
「噂のせいで定期的に公国の勇者御一行様がやって来て暴れるじゃないですか? 色々壊すし……屍体兵は成仏できて助かるので前面に出てもらいますけど……」
白魔法で浄化してもらえるから、皆、喜んで闘いに参戦するのだ。
「討伐の出立儀式、派手に王城でやってくれるから、こちらも迎える準備がしやすいよね。あれ、ほんと助かる」
二人して、うんうんと頷く。
「ただ、また奇襲とかあると困るので、着替えやすくて格好良い服を作成致しましょう!」
「うーん、でもまだ俺の姿を言い広めた人間、一人もいないんだよな……」
「今後、無いとも言えんでしょ? さあ、行きますよ、衣装部屋!」
そう言って、魔王様を食堂から連れ出したのだった。
魔王様の言う通り、未だかつて城に帰れた勇者パーティは一つもない……だが、殺したわけではない。
魔界で見聞きしたことをまた、面白おかしく吹聴されるのも面倒。
闇魔法で記憶操作をし、そっと故郷に帰すのが古くからの慣習なのだ。
そのせいで、魔界に行ったら二度と戻って来れないという、怖い怖い言い伝えが出来上がってしまったのだが……。
魔族は超面倒くさがり屋なせいで、色々、誤解を生んできた歴史があるのだった……。
ここは魔王様の衣装部屋。ずらりと部屋中に掛かる洋服達‼︎
それはそれはもの凄い量!
俺が来てから整理し、これでもなんとか半分にまで減らしたのだ!
黒い服が多いと思われがちだが、面倒くさがりに加えて、貧乏症な所がある魔王様。
お土産や献上品やら全部取っておくので……それはもうカラフルな……混沌‼︎
「……魔王様、自分で欲しくて手に入れた服ってないでしょ?」
「うん」
素直なお方だ。
ちらりと見ると、人間界のお土産、人間語で『ぐうたら』とプリントされたTシャツがある……めっちゃ着せたいけど、今は我慢。
……もう少し、断捨離してからにしよう、うん。
「じゃあ、本日も一時間だけ、やりますよーー‼︎ ほれ、さっさとそれ脱いで!」
「うむ、頼んだ」
魔王様もなにかとお忙しいし、衣装合わせに対しての興味が皆無なので、時間を決めてサクサク取り組む。
やっと奇抜なパジャマスタイルを脱してくれた。
……洗濯したら、奥底へと片付けとこう。
思い返すと、服の整理も最初は一苦労だった。
捨てるのを嫌がるから、説得しながら整理しなければならない。
その為、とりあえず一回着せてみることにしたのだ。
「これは食べこぼしのシミが付いてる! これは毛玉だらけでボロボロ! あぁ、もうなんで穴空いてるのに気づかないんですか!」
「うっ、すまん……」
俺は気迫で押すことで、次々と服を仕分ける。
「いいですか? 魔王様はボロボロ系な服よりも、スタイリッシュな方がお似合いです!」
「はい、お任せします」
もはや抵抗などしない魔王様は、俺の着せ替え人形と化すのだった。
とりあえずカジュアル服はひと段落。
すっと、黒い服がずらりと並ぶハンガーラックに目を遣る。
これだよ、問題なのは……。
俺を悩ませるのが先代魔王様の服だ。
2000年以上前だよね?
ビンテージ通り越して古すぎて繊維腐っているわ!
当時の最高級品だからか、ここまで形が残っているのが、マジ奇跡。
でもさぁ……魔王様、闘いの最中にお尻破れたらどうするの⁉︎
恥ずかしい伝説出来ちゃうでしょうが‼︎
あぁ、見目麗しい魔王様の醜態なんて見たくない!
サイズも全然合ってないし、なんだかイカついデザイン……肩パット盛りすぎ!
……ただ、お父様の形見の品を容易く捨てることは俺にも出来ない。
そこで俺が提案したのは、先代魔王様の服のリメイクだ。
「はい、本日はこれをお召しください」
「おっ! 思ったより、動きやすいな……」
黒のシンプルなスーツスタイルにしたが、スライムの粉で練り上げた糸を使っているので、伸縮性が高く、動きやすい。
基本の素材はお父様の服。
体型がガチムチで巨大な方だったようで、大きな布面積が確保できたのは助かった。
大事な部分は補強したり、作り直したり、結構、小技を効かせているのだ。
基本が着心地重視なお方なので、その辺りにもしっかりこだわって作り上げている。
それにしても…着こなし最高!
うちの魔王様、やっぱすげぇ格好良い‼︎
「嬉しそうだな」
「はい! 今日も魔王様は格好良いです‼︎」
俺は満面の笑みで答えた。
魔王城へ来たばかりの俺は暗い顔だったらしい。
まぁ、母ちゃん亡くなって、環境も変わって塞ぎ込んでたのは確かだ……。
それに、大好きな服作りも止めていたからな……。
だが、魔王様の服が超絶ダサかったお陰で、俺はここで生きる希望を見出したのだった。
「今日もお仕事頑張ってきてください!」
これが、俺と魔王様の日常なのだった。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。