コーヒーブレイク
車に乗り、土手を走っていた。自動車免許を取得してから、だいたい十年。この十年で一体何度まともに運転しただろうか。教習所でもため息をつかれていた私の運転は、年を経ることに更に下手になり、就職してからは一度も運転していない。にもかかわらず、今日は滞りなく運転している。何故だかわからないが、私は最近この夢をよく見る気がする。
目が覚めると、急速に夢の輪郭が失われていった。それと同時に現実に襲われる。ああ、今年もこの日がきたか。
タオルケットから手だけを伸ばし少しだけカーテンを開けると、ちょうど夜と朝の境目だった。二度寝をしようか。少しだけ迷ったけれど、そわそわした気持ちを押しやって、もう一度寝付くのは難しそうだった。
リモコンで電気をつけ、枕元に置いてあったスマートフォンを点けると、「5:30」の文字と一件のメッセージが表示されていた。真由からだ。私は、スマートフォンから充電コードを引き抜き、体を起こした。
受信時刻は昨晩……もとい、今日の午前一時三十二分。「お誕生日おめでとう!」というシンプルなメッセージと、プレゼントを持ったクマのスタンプが送られていた。真由は、毎年誕生日のメッセージをくれる。学生時代は、零時ぴったりに送られてきたものだが、最近では早くて午前一時、去年は三日程後に送られてきたように思う。私は、適当なタイミングでメッセージをもらう度に「真由も私と同じような年のとり方をしているなあ」と嬉しく思った。「相変わらず不規則な生活をしているのかなあ」と不安にも思った。
ベッドから立ち上がると、ソファーに放り投げてあった薄手のパーカーを羽織った。それから電気ケトルでお湯を沸かしながら、歯を磨く。出勤まではまだまだ時間がある。メッセージの返信を送るにも、時間が早すぎる気がする。普段の起床時間まで、今日は少しだけ優雅に過ごそうと思う。
少しだけ、本当に少しだけだ。私はスティックタイプのインスタントコーヒーを取り出し、マグカップにあける。お湯を注ぐと嗅ぎなれたコーヒーの匂いがした。私はソファーに腰掛け、コーヒーをすする。深みはないけれど、程よく甘いコーヒーだ。
人生の節目を迎える度に、「ジャネーの法則」の残酷さを思い知らされる。ジャネーの法則――年をとるに取れて時間の経過が速く感じられる、という法則だ。大学を卒業する時、私は大学の四年間の短さに驚き、嘆いた。けれども、今になって思えば、それは序の口だったのだ。あれから既に八年が経とうとしている。その八年間は、大学の四年間よりも更に短く感じられた。何の根拠もなく、「二十八歳には子供の一人や二人産んでいるだろう」と思っていたが、気付けばその年を超え、三十歳を迎えた今も一人でぼんやりと過ごしている。
三十歳とは不思議なものだ。昔は三十になればオバサンだと思っていた。けれども実際には、一般的な三十歳の風貌は適度に年を重ねてはいるものの老いているとは言えず、時としては「まだ若いんだから」と言われる。
休日元気に遊びまわったかと思いきや、翌々日に筋肉痛に襲われる。一枚のカルビで胃もたれに苦しむこともあるけれど、歯は元気でなんでも食べられる。若者の流行りはわからないけれど、SNSは一通り使いこなせる。そういう、難しいお年頃なのだ。
突如スマートフォンのアラーム音が鳴り、はっとした。六時半になったのだ。随分と長い間、物思いに耽っていたらしい。少しだけ残ったコーヒーはすっかり冷めて、酸味を増していた。私は一気に飲み干すと、マグカップを流しへ持っていき、水道水で満たした。白いマグカップはすぐにコーヒーの色素が沈着してしまう。
その水面を見ながら、はたしてこれは、特別な日の朝なのだろうか? と思う。
否、ただいつもより一時間早く起きていつものコーヒーを飲んだだけの朝だろう。これから私は、朝食を作り、弁当を詰め、会社に向かうのだろう。会社ではいつも通りの業務をこなし、残業をし、スーパーに寄ってから家に帰るのだろう。今夜の私はきっと、早起きした分疲れきっていて、適当に食事と入浴を済ませた後すぐに寝るはずだ。
だけど……。私ははたと思い出し、スマートフォンを開いた。
いつもより早い目覚め。久しぶりのメッセージ。先週末も飲んだコーヒー。
昨日よりは若くないけど、まだ若いかもしれない私。
いつも通りだけど、いつもより浮足立つ朝。
思い描いていた未来とは違うけれど、全く不幸ではない三十歳。
悪くない。
私は、真由に「ありがとう!」と簡単なメッセージを送り、いつも通り、朝食の準備に取り掛かった。