§2-3. 冬の嵐
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
そして、お立ち寄りいただきましてありがとうございます。
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「ここは……?」
知らない天井――ではない。これはいわゆる『転移モノの定番』みたいな話ではない。
そもそも私はある程度どこに飛ばされるのかを知って飛ばされているわけで、そんな言い回しが通用するわけもなかった。
ここは前回飛ばされた時に来た校舎の2階。第1理科室の前の廊下だ。手には教科書やらペンケースやらがあるので、大方理科の授業を理科室でやり終わって自分たちの教室に戻るところだろう。
――とは言っても、である。
問題なのはそもそも今何時だと言う話。っていうか、何月何日だという話。何年であるかどうかだけは一応把握している――これは中学2年生当時だ。
携帯電話は残念ながら持ち込み禁止の校則なので、時間を把握する術はデジタルの腕時計だけ。見てみると「1月27日午前10時20分」とある。
なるほど、冬休み明けか。
この時期なら定期テスト――次にあるのは学年末テストだが、それは3月上旬。私が定期テストの問題を解かされるという最悪の事態は発生せずに済みそうだ。
うん、絶対だ。発生なんかさせるものか。学生時代の試験なんて、私は二度とやりたくない。
「……いや、そうでもないのか」
この時期にやったことなら一般教養としてアタマに入っていることもありそうだし、あの頃より要領よく勉強するコツも知っている。暗記モノが発生する科目はちょっとマズいかもしれないが、何とかなりそうな気もする。さすがに中学生1回目と中学生2回目のオトナが同じステージに立って負けるようなことは――……無いよね?
有ったら、どうしよう。
それはある意味『帰りたくない気持ち』にさせられるかもしれなかった。
「あれ? ……ちょー! おーい、紗結綺~! 何してんのー!?」
「……あ、ごめんごめん」
廊下の先の方から呼ばれる。あの声は徳島つかさだ。間違いない。
相変わらず良く通るなぁ。そして、やっぱり私はよくつかさにこうして呼ばれるんだなぁ。あと、案外変わってないんだなぁ。現在の私と比べても若いもんナァ。懐かしさと安心感を同時に覚えながら、何となく笑ってしまう。
「……ちんたらしてるくせに何ニヤニヤしてるのよ」
「ごめんて」
ちょっとばかり痛いところを突かれた。気恥ずかしくなって窓の外を見――。
「うわぁ……」
「ね。マジでヤバそう」
思わずドン引き。つかさもちょっと引き気味。
外は真っ白。とにかく真っ白。
一面の銀世界なんてヤワなモンじゃ無い。あれはゲレンデや山肌が雪で覆われていて、空は晴れているくらいの感じの景色に対して適切な表現だ。今の状態には合わないと思う。
真っ白、とにかく視界はすべて真っ白。
――何も見えないのだ。
「ホワイトアウトってヤツだよねぇ」
「そう、だっけ? 何かそんな感じだった気はする」
理科室前の廊下からはグラウンドを眺めることができ、細い道を1本挟んだところにはわりと大きなスーパーがある。校舎に近い側にはそのスーパーの駐車場がある。
そのはずなのだが、それすらも全く見えない。視界はいいところ20メートルくらいかもしれない。
「帰れんの、これ」
「私、地味にテンション上がってる」
「うそぉ……」
その発想が若い。ただ、現代のつかさも変わらない反応をしてきそうな気もするから、ちょっと怖い。わりとあり得る話だ。さすがにそこら辺くらいはオトナになっていると信じたいけれど。
時折ガタガタと揺れている窓の音とその窓を叩く雪の音をBGMにしながら、私たちは教室に入っていく――のだが。ひとつ問題が発生。
――この時の私の席は、何処だ。
ヤバイ、覚えてないぞ。いちいち席替えの変遷なんて覚えちゃいない。
だが少し冷静に考えろ、大塚紗結綺。アンタは何か判りやすいモノを机のどこかに置いてあったはずだ。
「……あ」
「何してんの」
あった、ここだ。
椅子の背もたれにかけている通学用リュック。それに付けられているキーホルダー。やたらとデカいぬいぐるみになっているそれは、紛れもなく私のだった。――ちなみにコイツは、今も実家のコルクボードにぶら下がっている。
ありがとう、中2の私。そんなに判りやすいモノをぶら下げてくれて。
「何か今日の紗結綺、ぼーっとしてない?」
「別に、そんなこともないと、思うけどなぁ……」
「コイツは大抵ボケッとしてるだろ」
アホほどウザい横槍を刺された。
「アンタに言われる筋合いはありませんー」
「へぇへぇ、左様ですか」
当然のように、横槍の持ち主は武田真皓。
――そうか。コイツ、私の斜め前だったか。
ああ、何か思い出してきた。たまに黒板の文字に丸被りして迷惑だった気がする。
本当にいつだってコイツは私の邪魔ばかりしてくるのだ。
「まぁ、それはそれとして……雪、マジでヤバイな」
「ねー! さっき紗結綺ともそれ話してたんだけどさぁ」
窓の外を眺めつつ言うマッシロに勢いよく載っかるつかさは、どうやら私の左隣の席だったらしい。まさかコイツら同じ班だったりするのか。次の授業終わりにしっかりと諸々把握しておかないとマズそうだ。
こういうところの記憶もいっしょに脳内に甦っていてくれても良いような気がするのだが、その辺は微妙に不親切だと思う。現代の私の知能と当時の私の記憶が同時にしっかりと脳内メモリに保存されていれば便利なのに。
――今後も顧客を探すのであれば、その辺りはしっかりしておいた方が良いかもしれませんよ。
そんな提案をする筋合いも無いのだろうけど、私をここに送り込んだあのふたりの顔をぼんやりと思い浮かべながらそんなことを思った。
〇
3時間目の数学を意外にも簡単に乗り切った。運悪く指名され黒板で応用問題を解かされる羽目にはなったがこれもクリア。満足そうな教科担任の顔が見られて安心する。――これで解けなかったら、私の心が折れていそうだった。
ただ、授業はほとんどの生徒が集中していなかった。
もちろんその原因は、外。
雪、吹雪、地吹雪。
合間合間に外をチラチラ見ては、何かをささやき合って、それを咎められるのを繰り返した。何度も繰り返している内にいよいよ先生の方も気にし始めて、だんだんと全員が窓の外を見つめる時間が増えていった。結果的に終盤5分はほとんど雪の話しかしていなかったような気がする。
たしかこの先生は前任の学校の近くに家があるとかで、クルマで片道1時間くらいかけて来ている人だったはずだ。そりゃあたしかに天気が気になるわけだ。
授業終わりにそのことをチラッと本人に確認しつつ、私は教壇の上にある席順が書かれた紙を確認する。なるほど、つかさもまっしろも同じ班らしい。あのメンツで言えば道重くんだけが違う班になっていた。ウチの班の班長はつかさであることも確認したところで、だいたいの事情は把握できた気がする。
〇
4時間目が終わり生徒諸君待望の給食の時間がやってきたところで、いよいよ吹雪がマズいことになってきていた。
収まるどころか、どんどんと着実に悪化の一途を辿っている。中庭側の窓からも何も見えない。反対側にある校舎も朧気にしか見えない。相当な視界不良だった。
今日の献立はくるみパンにビーフシチュー、海藻入りサラダに加えてデザートにぶどうゼリーとなかなかの当たりメニューだ。これが何事もない日なのであれば盛り上がるのだろうけど、視線は大抵が窓の外。
「……いよいよマズくね?」
「ねえ……」
テンション上がるぅ、なんて言っていたつかさもすっかりトーンダウンである。
冷静に考えてみれば、もし放課後までこのままならば当然この雪の中を帰っていかなければならないわけで。しかも風向き的には私やつかさ、マッシロあたりも恐らくは向かい風の中を突破していく雰囲気。悪夢でしかない。
昼休みになっても当然止むわけが無い。「ちょっと窓開けてみるべ」とイキった男子が本当に一瞬だけ窓を開けて地獄を見ていた。吹雪に負けないレベルのブーイングの嵐が巻き起こったことは言うまでも無い。
私は何をするでもなく自分の机でつかさといっしょにぼんやりとしていたのだが、事態が動いたのは昼休みも半ばを過ぎた頃合いだった。
ということで、ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。




