§2-2. パラレル・ディメンジョン
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
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ただ過去に行って帰ってきただけで『素晴らしい』と言われるのはしっくり来ない。そんなにキラキラとした顔つきで言われても、若干の不信感が先に立ってしまう。
そりゃまぁ、言われて嬉しい系の言葉ではあるけれど。
それをあっさり素直に受け取ってしまって、本当にイイものかという疑問が湧き上がってくるのはきっと自然な事だと思う。
「……何が、素晴らしいので?」
一応訊いてみる。
一宮さんは『よくぞ訊いてくださった!』的に、さらに目をキラキラさせて言葉を繋いできた。――何というか、ブレないな、この人たち。
「その場で何をするべきなのかというのをよくわかっていらっしゃるというか、把握能力に長けているんだなと思いまして」
「……そうなんですかねぇ」
中学から高校まで6年間バレー部所属、ポジションはセッター。周辺把握能力はそこそこないと務まらないはずのポジションをやっていたので人並み以上にはあると思っているが、ここは敢えて謙遜しておくことにした。真っ直ぐに言われて、何ともむず痒い感じだ。
もしその指摘が正しいのであれば、中学時代にタイムリープする意味はあるのかもしれない。10代前半と20代半ばではさすがにケイケンが違うわけで、少なくとも周りを見る力は全然違うはずだ。そうだよね、そうであってほしいものだけど。
「ですねえ……。中には当然、失敗される方もいらっしゃいましたからね」
うんうんと納得したように中森さんも加わってくる。
ふたりの間には一定の共通認識があるらしいが、私はひとつ、明らかな引っかかりを覚えてしまった。
「失敗……?」
――失敗って、何だろう。
「具体的には、その失敗とやらを教えてもらえたりするんですかね」
「ええまぁ……。具体的に言ってしまえば戻ってこられなくなることなどですかね」
「――――…………?」
思いっきりド直球にヤバイことを突きつけられた気がする。
「え……? そのぉ……、戻ってこられなくなることがあるんですか?」
「ありますよ?」
「それは、確率的にどれくらいで……?」
「確率論的な話ではないですね」
「え」
スパッと言いきる中森さん。
いや、ちょっと待って。
なにそれこわい。
今いきなり『実は3%くらいの確率で転移が失敗することはあります』なんて宣言されてもそれはそれで怖いのだけれど、確率で語れないような範囲で現代に帰って来られないということがあるのはそれはそれで大問題だと思うのだが。
「しかし、少しニュアンス的に違いますかね。『戻ってこられなくなる』と言うよりは『戻られなくなる』と言う方が正しいですかねえ……」
やや考えながら中森さんは言う。本人的には的確な表現だったようで、彼は満足そうに何度も頷いた。
――が。
「いや、それ全然変わらないと思うんですが」
「いえいえ、違いますよ」
やっぱり折れないな、この人。
だったら説明してもらおうと少しだけ見つめ返せば、察してくれたように説明を続けた。
「単純ですよ。可能・不可能的な『戻られない』ではなくて、丁寧表現的な『戻られない』ですから」
「……ああ、なるほど?」
そういう紛らわしい系の言い方は止めてほしいのだけど。
「……え、ちょっと待ってください。っていうことは、自主的に現代に帰って来なかったという前例があるということ……?」
「そうですね」
即答だった。
「えっ……」
こちらは絶句してしまう他無い。そんな呆然とする私を諭すように中森さんは無音の時を言葉で埋めていく。
「『戻られなかった例』をいくつか紹介させていただきますと……。もちろんインシデントが発生してしまった結果ご本人様の意思に関係なく帰還できなくなってしまった場合もあります」
やはり、そういうこともあるのだ。
どういうパターンだったのか気にはなるが、知らないままで良いこともきっとあるだろう。事故の起き方を聞くと、それと同じ道を歩みかねないような気もするし。
「あとは申し上げた通りの場合ですね。自らの意志でそちらに留まることを選んだ場合です」
「その……戻らなかった場合は、どうなるんですかね」
興味半分な側面はある。でも、現在の自分を謂わば『捨てた』ような選択をしたとき、どういう顛末を迎えるのかは確認しておかないと行けない。
「時間跳躍をした先の時間から、新しい未来を作っていくことにはなりますね」
「そうした場合、時間跳躍元に居たはずの現在の自分はどうなるんです?」
「跳躍先で新しく未来を作り上げた結果の現在となるだけです」
「……ん?」
少し混乱する。説明を求めるように疑問符だけを投げつければ、察しの良い中森さんはすぐに答えをくれる。
「簡単に言えば、容易く辿り着くことはできないパラレルワールドに変わる――と言った感じでしょうかね。その時その時に選んだ選択肢にしたがって現在の自分が変化していくものですが、一旦過去に戻るというある種のイレギュラーが発生したわけですから、今まで通りの選択肢の選び方とは大きく異なる未来になるわけです。なので『容易く辿り着けない』ということです」
なるほど――とすぐに納得できるようなシンプルさでは無かったが、今までの順路では到達できなかったところに迎える代わりに、今までの順路だと簡単に行けるところには道が通じなくなったということで良いらしい。
そこまでの過去改変には、今の私には抵抗がある。
単純に、怖い。
「あまりオススメはできませんがね」
「やっぱり」
「それ相応に弊害もあるので」
でしょうね。さすがにそこまで何かを捨てたいとまでは、まだ思っていない。
「その弊害とは」
「それは言えません」
即座にシャットアウトされる。思ったより強い口調で気圧されてしまった。
「言えませんというよりは、こちらとしては『解りかねる』と申し上げるべきでしたね。『言えない』と申しましても禁則案件とかそういうわけではありません。正直なところ、あちらで何か大きな変化が生まれたとき、あるいは変化が生まれてしまったときにようやく初めて検知できるという感じなので」
やはり、軽はずみな気持ちで現在を捨てるというのは好ましいことではないようだ。
いや、……ん?
ちょっと待てよ。
っていうか、よくよく考えたらさ。
――何で、私こんなに乗り気になってんの?
そもそも、何でトイレ方面がまた光っているような気がしたってだけで、こっちに来ちゃったの?
別に無視してしまうとか、断るとか、それくらいのことはできたんじゃないの?
「話を戻しますと、今の時間跳躍の内容を鑑みるに、我々としては大塚さんのご支援をさせていただきたく思うわけで」
マズい。このままではまた私は――。
「いやいや! そこまで私結婚願望とかそういう欲望があるわけじゃっ」
「そうですか?」
にこやかな顔から一転。こちらの心の奥底や、脳細胞の奥の奥までをも見透かしてきそうなほどに一直線な眼差しをぶつけられる。
――本当にご興味など無いのですか?
――実は、人並み以上の関心がおありですよね?
その目は、私に、あまりにも真っ直ぐにぶつけてくる。
「……いやぁ。無いわけでもないこともないような、気がしなくも無い……」
何か適当にごまかしたつもりだけれど、恐らくはムダなのだろう。
「先ほどは一応の危険性もあると申し上げましたが、ご本人様の意志の介在が絡む場合がかなりありますので、大塚さんならば問題無いとは思います。ですが、まだ疑念を挟む余地があるとおっしゃるのであれば……どうしましょうかねぇ」
少々悩んだ中森さんは、不意に手を空中で何度か動かした。
ぼんやりと目の前に何かが浮かんで――モニターか。フレームの無いタブレットのような形状をした長方形の液晶板が目の前に展開された。
――え、なにそれ。またそんな特殊スキルを。
何だかどんどん非現実な世界に引きずり込まれているような気がする――っていうか、もう確信していいのか。
そんなことをぐるぐる考えている内に、中森さんはそのモニターのようなモノを慣れた指先ですいすい操作して――。
「そうですね。ここはまた軽い感じのをパパッと……」
「いや言い方軽っ」
突然雰囲気変えないでよ。――いやまぁ、重苦しいのよりは余程マシだけど。
「ちなみに、もちろんこれもモニタリングの範疇ですが」
「ならやります」
私自身、現金なヤツだと思う。
「先ほどは学校祭でしたので、今度は何かしらの行事とかイベントではない、あくまでも日常的な一幕に戻っていただきましょうか」
「え、その一幕というのは具体的には」
「こちらで何となく選ばせてもらいました」
そんないい加減な――って思ったけど、そもそも中2の学祭選んだのも私の直感だったわ。そんないい加減な選び方だったわ。
何てことを想っている間に、私はまた渦模様をした何かの中に入っていく。
その模様と一体化するように私も渦を描いていく。
渦の中に取り込まれて、その先に見えてきたのは何ともサイケデリックな世界。前衛芸術というか、現代アートというか、少なくとも私には理解ができないような、たぶん高尚な芸術の世界。そんな空間が広がっていて、私もその中に溶けていく。
そして、先ほど見たような閃光が一筋走る。
後に続くようにもう一筋、さらにもう一筋。
渦模様が光で薄まっていき、次第に世界は光に染め変えられていく。
そうして、私は完全に意識を手放した。
出立。
ということで
ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。