§1-5. そして、『現在』
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
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「「おかえりなさいませ」」
「……ただいまです」
声をぴたりと揃えた中森さんと一宮さんに迎えられた。見事な調和具合に少しだけたじろぐ。
気が付けば式場のトイレ前廊下。周りの人たちは過去に跳んでいく前と何ら変化はなかったし、宙に舞っているボールペンも高さから角度まで正確に同じだ。びっくりするほど元通りだった。
これにてタイムリープ体験は終了――という運びらしい。
「いかがでしたか?」
「……いや、その」
そんな雑な訊き方ありますか。
如何かと訊かれても、返答に困る。
何なら向こうに着いていきなり今までの記憶とは違う『過去』だった。あんな風に声をかけられた記憶はないから、あんな風に暴行事件紛いの事態に発展するわけもなく。当然その窮地から脱出するなんてイベントも発生するはずがなかったのだから。
っていうか、よく考えたら、これのどこに『結婚』の2文字が関わってくるのかしら。
全然そんな予兆は無かった――はずだけれど。
「何か変化はありました?」
「そういう意味では、ありすぎですよ」
このふたりに実際に私が遭ったことを話す意味はあるのだろうかという疑問は抱えつつも、一応は詳細に報告してみる。先ほど言っていた先輩から声をかけられた後不穏な空気になりつつも、最終的には事なきを得た旨、そのすべてを話した。
「そもそも当時の私は、あんな感じに先輩から声をかけられたことなんてなかったし、有名になっていたなんてのも初耳だったし……」
「それは往々にしてありますよ」
「そう……なんです?」
思わず訊ねる。
「いわばパラレルワールドみたいなもので、今回の『書き換え』は皆さんが行って実際に見てきた時間帯だけではなくて、時間軸的にその前後に充る部分も書き換わることはあります。今回は中学生当時に現在20代の大塚さんが向かわれたことで、たとえばいわゆる『オトナな雰囲気』のようなモノが備わったりして、結果的に『有名になった』……ということかもしれません」
もちろんこれは推測のひとつに過ぎませんが、と付け加えながら中森さんは言う。
荒唐無稽なところは当然あるが、一応の説得力も持ち合わせているような話だ。将来的な部分に何かしらの変化があろうとも最終的に変わらないモノもあれば、当然変わるモノもあるだろう。むしろ変わる方が自然と言えそうな気はする。
「……そうなると、逆にこちらも訊きたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「むしろ『今』に変化はあったのですか?」
「まぁ、それもまたご自分の目でお確かめになるのが良いと思いますよ」
「は」
何ですと。
「一旦『お返し』しますので、また後ほどお会いしましょう」
「え? あ、ちょっと……!」
――と、言葉を続けようとしたのだが。
「……っ!?」
またしても閃光。今度はトイレ入り口の近くに飾られていた花瓶の中から水が溢れるかのように光の束が溢れ出す。
「(毎回こんな感じなの!?)」
だいぶ心臓に悪いから、今度はもう少し穏やかにしてほしい――。
そんなことを思い始めるよりも早く私の視界はすべて真っ白な光で覆われていった。
〇
「紗結綺っ! 遅い!」
トイレから戻るなり徳島つかさがキレている。
「ゴメンて。……っていうか、そんな時間経ってないでしょ」
時計を見れば、多く見積もっても5分くらいだと思うのだが。
「みんな揃ってきたから1回控え室に押しかけるかー、って話をしてたんだけど、アンタが居ないから」
「ああ、そういうこと」
どうせ後でお目にかかるんだから、そんなサプライズめいたことは返って迷惑だと思うのだけど。まぁ、いい。私がとやかく口を出す事も無いだろう。
「……ん? みんな揃ったの?」
つかさの言葉が引っかかった。原因は何かと考えたらその1点だった。
タイムリープ前の段階では、遅刻魔はまた遅刻しているということが解っていた。全員居るとなれば其奴も来ているということになるが、その姿は見えない。
「揃ってる……あれ? ねえ、みっちー! まさひろくんは? さっきまで居たよね?」
そう言ってつかさは、スマホで何かを見ていた道重修に訊く。『みっちー』はもちろんつかさが道重くんに付けた渾名だ――が、つかさしか使っていない気がする。
「あ? ……あ、ホントだ、居ねえ」
たしかその辺に居たはずなのに、と言いたそうに周りを少しだけ見るが、直ぐさま視線をスマホに落とし直した。特段興味も無さそうだ。そうだろうよ。
「まぁ、トイレとかじゃね?」
「いい加減だなぁ」
「連れションとかするようなトシでも無いしな」
ハッハッハと、何故か豪快に笑う道重くん。
「紗結綺と入れ違いになってた感じかな」
「知らんし」
入れ違いも何も、私は諸事情あったせいでハッキリとした事は言えない。
「『知らんし』とは失礼な」
「なっ」
背後からぬるっと現れる男がひとり。思わず少しだけ距離を取る。
武田真皓。通称・マッシロ。
まじまじとその顔を見てしまうが、紛れもなく26歳現在の武田真皓だった。
「何だよ、人の顔をそんなにジロジロ見やがって。尽く失礼なヤツだな」
「遅刻魔に失礼も何もありませーん」
「……お前も遅刻したくせに」
「……っ。遅刻した時間が違いますから」
はい、私の勝ち。
「……大差無かったよな?」
「だね。紗結綺がそっちの方行った直後くらいに来たし」
「……あ、っそ」
だから何だというのか。
「あ、そうだそうだ。せっかくいつメンも揃ったから、久々にコレでも見ようと思ってさー。アタシ持ってきたんだよねー」
そう言ったつかさは何やらカバンをあさり始めた。
実はここに来たときから気になっていた。どう見ても式場には似合わない、明らかに何かを運んでくるための大きなボストンバッグが傍らに放り出されていた。出し物か何かをするとかでその小道具でも入っているのかなぁ、などと予想はしていたのだが。
「卒アル?」
彼女が取り出したのは中学の卒業アルバムだった。
「そーそー。こういうときでもないと見返さないでしょ」
「ンな重いモノ、わざわざ持ってきたのか」
「あ、まさひろくん失礼だなぁ。せっかくのアタシの頑張りにそういう言い方してくれちゃうんだ?」
「それは、……スマン」
マッシロが素直に謝る。
私としてはまさしく『つかさ、グッジョブ!』と親指を立てたくなるお手柄だった。
――これは、話をフリやすい。
「ねえ、マッシロさぁ」
「ぁ?」
「中2の学祭、覚えてる?」
「…………中3じゃなくて?」
「中2」
私に問われたマッシロはそのまま記憶を辿り始めた。別に私に訊かれたわけでもなかったつかさと道重くんもいっしょに思い出そうとしてくれている。
「合唱は楽しかったけどね。でもそれも最優秀賞獲った3年の方が嬉しかったしなぁ……」
「2年の時は模擬店も特別教室の枠ハズしちゃったしね」
芳しくない反応。まぁ、そんなもんか。私も実際そんな感じだったし。
だったら、ぶっ込んじゃおう。
「実はさー……ちょっととある人と私がイイ感じの雰囲気になりかけてたところで、邪魔が入ったんだよねえ……真皓の」
「俺?」
――と、私は実際にさっき見てきた過去をある程度のところまで伝えた。最終的には笑い話で収まるだろうと思いながら軽いノリで話をしてみたのだけど――。
「うわぁ……、それはまさひろくんのお手柄だわ」
そんな思い出話を締めてくれたのは、頬を引きつらせたつかさだった。
「え、何? そんな感じになる?」
「そりゃあなるでしょ……ってアンタよくよく考えたら、別にあの人に興味示さなかったもんねー」
「何、何。何でつかさ、そんな意味深なわけ?」
あの人という言い回しも少し気になる。私の記憶の中の――つまり、私がタイムリープをする前から知っているつかさは、比較的カッコイイ先輩たちに対してそんな言い方はしていなかったはずだ。
「だってあの人、結局高校行ってから彼女――っていうか、セフレを妊娠させた挙げ句問題起こして停学喰らったって話だし」
――――。
――……?
「は?」
「あー、それ俺もチラッと聞いたことあるなぁ。アレってウワサじゃなかったのか」
呆気に取られる私を余所に、道重くんが話を進めていく。
「他にも危ないって言われてた人は居たけどね、あの人は結構別格レベルでガチなヤツ。親がどっかの会社の偉い人でPTAの副会長だかをやってて、それでそこそこのことはもみ消してもらっていたって話だけど、しばらくして会社自体潰れちゃってあらら~って展開」
「うへ~、ありがちな話だけど……。そんなの身近でも起き得るんだな」
……うわぁ。
「危なかったね、紗結綺。アンタ毒牙にかかってたかもしれないよ?」
「マジだね……」
――これ、『今』に変化あったワね。
ということで、第1章でした。
ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。