§1-4. 不穏、脱出、そして『帰還』
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
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さぁ、この窮地はどう脱するのか。
さて、中学生時分にタイムリープしてきた私は、薬野原先輩に手を引かれたまま空き教室に連れて来られた。
手前には2年生の教室が連なっていて、その内のふたつは売店になっている。残りの3つは休憩スペースのような扱いで、適当に生徒たちの机と椅子が並べられている。
じゃあ私たち2年生の模擬店はどこかと言う話だが、1年生と3年生の教室を間借りするカタチで営業している。各学年から数クラスは普通教室以外の空間を使うことができるので、2年生はそれらで空くことになる普通教室を使うという形式だった。
――説明終わり。
この2年生教室の並びでは、かつては6クラス構成であった頃の名残で現在は使われていない教室がひとつだけある。とくに鍵がかけられているわけでもないが、並びの教室のドアとは異なりガラス窓ではなく木の板が嵌められている――恐らくは誰かが割ってそのままということだろう。でも普段から放置されているというわけでもなく、一応掃除はされている。ちょっと謎の教室。そんなところに連れて来られたわけだ。
意外にも手を引く力は強い。ところが、である。「キャッ☆ でも、そんなちょっと強引っぽいところも、ス・キ」とはならないのである。
その異性に対して盲目的に愛を注ぎ込めるような場合ならともかくとして、そこまでの対象ではない異性がそんなことをしたところで効果は薄いどころか逆に作用するのである。
――2度目の説明終わり。
よく僻みったらしいネタ発言で『※ただしイケメンに限る』というのがあるけれど、あれも完全に正しいわけではなくて、『※ただし好みの異性に限る』が正解だと思っている。個人差はあると思うのであまり信用しないように。
――雑談終わり。
「ココ、静かで落ち着くよねえ」
そんなことを言いながら、私を窓寄りの位置に立たせて自分は壁側に向かう薬野原先輩。
ちなみに彼は、私を教室に引き込んですぐに扉を静かに、でも物凄い早さで閉めている。
何だか物凄く浅はかなことを考えていそうな気しかしない。
「そうですね」
とはいえ、一応話だけは合わせてみる。
まぁ、たぶん大丈夫だろう。14歳当時の私がここに連れて来られていたのなら何かが起きてしまう可能性は無くもないけれど、今のこの大塚紗結綺の中身は干支ひと回り分の経験を積んでいる。もちろん過信は禁物だが。
「部活サボるときに便利なんだよね」
「たしかに、わざわざココを探しに来ることってあんまり無さそうですね」
牽制球を投じてみる。
「……ははは」
乾いた笑いが返ってきた。
へえ。意外と冷静なんですね。
「その感じだと、やっぱり店番とかサボってきてるんじゃないんですか?」
「違う違う、今日に限っては違うから」
雑談の感じは崩さないのはエラいと思う。意外と肝が据わっているというか、――慣れているというか。いろいろと考えは巡らせられる。
「それで。一緒に見て回るって言っても、どうするんですか? ここには見て回るモノなんて……!」
油断をした、わけではないと思う。
ただ、あまりにも急に駆け寄られたので反応がうまく出来なかった。
壁にもたれかかっていたはずの薬野原先輩は、サッカー部で鍛えたのかは知らないがそのダッシュ力でいきなり私に近づいたと思ったら、スッと片膝を着いた。
彼の手はがっちりと私の両手を握り込む。その力は先ほどまで私の手を引いていたときの数倍強い――っていうかちょっと痛い。
さすがに力加減は考えて欲しい。手を離してもらおうとするが、完全に無視をされた。
人好きのしそうな笑顔はそのままだが、その目はやたらと真剣。というか、目の奥がこれっぽっちも笑っていない感じ。
でもどこか勝利を確信したような雰囲気を漂わせている。
何とも言えないアンバランスさがそこにはあった。
そして、それに合わせて完全に見計らったようなタイミングで、廊下からの声が途切れた。さっきまではいくらか声がしていたはずなのに、こんなにピタッと止まることなんてあるか。
まるで、誰かがここから人を遠ざけさせたように。
あれ? 何かこれ、私、危うい感じ――?
――ガッシャンっ!!!!
「ひゃあっ!?」
「うわっ!?」
私たちの悲鳴が重なる。
まるでガラスが割れるような音が――っていうか、思いっきり割れている。
どこにも異常なんて無かったはずの空き教室。その黒板側の窓が思いっきり割れていた。
だけど、それが何故いきなり割れたのかが全く解らない。まさか霊的な現象のせいで突然割れるなんてことがあるだろうか。怪談話は一般的な中学校くらいには転がっているはずだが、いくらなんでもそれは非現実が過ぎる。
いやまぁ、そりゃあ、タイプリープで中学校時代に跳んできた方が余程非現実的なのは、たしかにそこを突っ込まれると弱いけれど。
とはいえ、これはチャンス。
今の破壊音で薬野原先輩の手は緩み、私の腕は解放されている。
即座に距離を取り、そのまま引き戸のところまで走る。
「あっ」
判断の遅れた薬野原先輩も当然追いかけようとする――が。
――ガラッ!
「ひゃあっ!?」
私が取っ手に手をかけようとした瞬間、目の前の扉が突然開いた。
まさかの自動ドアかと勘違いをするようなタイミングだったが、その開き方はかなり乱暴で、そんな自動制御有ってたまるかよという感じだった。
単純な話、誰かがジャストタイミングで外からドアを開けたということ。
でも、いったい誰が。
「おおっ! 居た居た!」
「……え?」
聞き覚えのある声。というか、半ば聞き飽きたような声。
「話は後だ。先生が呼んでるから、大至急だってよ」
「えっ。……あっ、ちょ、ちょっと待」
「待たない待たない。早くココを出よう」
強引に手を引かれて空き教室を飛び出す。さながら救世主のような力強さはそこまで嫌な感じがしなかった。
「……手すり掴んで跳べ」
一度私の手を離し、そのまま正面にある階段を踊り場までひとっ跳びした。
「早くっ」
「……っ」
返事もそこそこに、私も同じように跳ぶ。
直ぐさま私の救世主は2階フロアにも跳躍したので、またしても同じように跳ぶ。
私の着地を見届けて再び手を繋ぐと、少しだけ廊下を走って急カーブ。目の前にある扉――第2理科準備室の扉を開けた。
「……ふう」
「はぁ……はぁ……っ。……はぁっ」
息が上がる。膝が震える。そりゃそうだ、あんな風に階段を駆け下り――いや、むしろ飛び降りてきたようなモンだ。そもそもあんな降り方をしたことはない。
「……さて、急用を果たしてもらおうかね」
「いや……、あのさ、マッシロ、ちょっと待って……」
呼吸をどうにか整えようとしている私を完全に無視して、何やら要件を済まそうとしている救世主――いや、何だか癪に障るからもうそんな扱い方はしないでおこう。
目の前に居るのは中学2年生当時の武田真皓。この後タイムリープ元の式場にしっかりと遅刻してくるだろう男だ。
通称のマッシロは、コイツの字があまりにも汚くて「皓」の字の偏が「真」にくっついて見えたので私が付けてやった渾名だったりするのだが、私以外誰も使っていない。今も昔もその事実には納得していない。
「ん? 何だ?」
「……よくわかったね、私があそこに居たの」
「ぁん? ……あー、まぁ、それはあれだ。たまたまだ」
目線を逸らしながら、もごもごと答えるマッシロ。何か言いたいことがありそうな感じはするが、とりあえずは見逃してやることにする。
「……で? 急用って何」
「ああ、これ。これを教室に運んで欲しいって言われてさ」
「何で私なのよ」
「いや、俺もいきなり言われたから。俺に言われても困る」
「知らないわよ。っていうか、コレくらいだったらマッシロだけでも用足りるでしょ」
「……へえへえ、そうでっかそうでっか。解りゃあしたよ」
あ、キレた。
「まぁいいわ。したっけ持っていくのは俺だけでイイから、……コッチよろしく」
そう言ってマッシロは私に何かを投げて寄越してきた。ジャラリと言った金属の塊は鍵の束。理科準備室の戸締まりをしていけということなのだろう。
「まあ、それくらいならしてあげるわよ」
「さんきゅー。さすがに手が塞がるとめんどいからな」
どっこいせ――と言いながら、マッシロはそこそこのサイズ感がある段ボールを持ち上げる。前方の視界を塞ぐほどのモノではないのでサポートは要らなさそうだ。ささっと出て行った後を追いつつ、施錠を済ませる。
「スマン、俺の足下の安全確保を頼みたい」
「……めんどくさいわね」
しかし正直なところ、ここから独りになるのは不安があった。このまま2年3組の模擬店がある教室までマッシロと行動を共にした方が間違いなく安全だろう。救世主殿の仰せのままに安全確保役を務めながら、私は無事にクラスメイト達との再会を果たすことが――
――出来なかった。
教室の扉に手をかけた瞬間に辺りはサイケデリックな色合いの渦に引き込まれていき、そのまま私の意識をも吸い込まれていった。
何とかなったらしいですね。
ということで、ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。