§1-3. 時を駆ける少女(中身は20代)
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
そして、お立ち寄りいただきましてありがとうございます。
ぜひページのラストまでお付き合いくださいませ。
舞台は中学2年生当時の学校祭です。
あまりにもトントン拍子に事が進みすぎていて怖い。
信じられないことばかりが連続しているけれど、今私の目の前に広がっている景色は間違いなく私が中学2年生当時に見ていた市立春陽第一中学校の校舎3階から見えていたモノだし、今私が着ている服は間違いなく中学2年生当時の私が着ていた何とも古くさい制服だ。名札のバッジも確認するが、たしかに2年3組のモノが付いていた。
間違いなく、私――大塚紗結綺の中学2年生当時へ時間跳躍できたらしい。
そういえば、2年前あたりに制服や指定ジャージのデザインが一新されていた。校区内になる大型スーパーにも販売店があり見かけたことがあるのだが、実に今風のデザインになっていてかつ色もブラウンを基調とした可愛らしいものだった。うらやましいったらありゃしない。
――閑話休題。まずは今日が何月何日かをしっかりと確認する。
当時の私は携帯電話なんて持っていなかったしそもそも学校には持ち込み禁止だったが、日付と時刻の確認は容易だった。
今日は学校祭2日目、日曜日。昼休憩の少し前あたり。つまり、各クラスごとの模擬店の営業をしているくらいの時間帯だ。校内のあちこちには保護者と思われる大人たちや近所の小学生、あるいは卒業した人たちの姿らしきものが多い。我が校の生徒たちは制服を着ているので見分けは付けやすい。
なお、これは地域柄なのだが、普段の通学にはジャージを着ている。制服を着るのは学校祭や始業式、卒業式などのような行事がある日と定期テストがある日くらいだ。
諸々の懐かしさにちょっとだけテンションが上がる。母校に遊びに行くなんてことも一切ないから、見られるだけ見てしまおうか。
そうそう、この中庭。
外からでもそのてっぺん付近は見えるのだが、校舎に入らないと全容を見ることはできない大樹がある。――えーっと、種類は何だったかな。忘れた。でも、この大きさは今でもしっかりと覚えている。
あとは――、そうだ、あの体育館の陰。
ギリギリどこからもしっかりとは見えない部分があって、そこは告白のメッカだったりする――という話だけは聞いたことがある。しっかりとは見えないとは言っても、そこに行くには中庭に入らないといけないので、そのタイミングで見られると即バレという何とも言えないマヌケさはあるとか。
――何で伝聞調なのか? そんなんいちいち訊くな。察しなさい。
向こう側にある校舎に付属する昭和のニオイが濃厚に漂うオンボロトイレは、学校祭後から改修工事がされるはずだ。そのニュースを聞いたとき、私たちの学年全体が大喜びをしたことまで思い出してきた。
「いやぁ……懐かしっ」
独り言の声にもちょっとだけハリがあったような気がしたのは、たぶん気のせいだろう。そこまで衰えたつもりはない。――そうだよね、誰か私にそうだと言って。
いろいろとモヤ付いたモノを振り払うため、小さく小さく咳払いをしてみるのだが。
「……さて、と。どうしたらいいのかしら、って話で」
具体的な日付や時刻、そして場所は話をされたものの、この時空間で私は何をするべきなのだろうか。
この日の午前中の記憶は、正直言って曖昧だ。模擬店は土曜・日曜の2日構成でそれぞれいずれかに店番をすることになっていたのだが、私はつかさたちといっしょに土曜日に終わらせている。なので今日はフリーに歩き回れる日。見て回るのもつかさたちといっしょのはずなのだが、どこをどう回ったかまでは全然思い出せなかった。
「そもそも、ここにいていいのか? 私」
ここは階段の踊り場。2階と3階の間の部分。正面玄関からは遠い側の階段なので人通りは少ない。だから立ち止まっていても問題はないかもしれないが、周りに見知った顔がいないのはまた少し気になるところだった。
どうしようか。ひとまず、つかさたちを探すのが最適か。探すにしても上に行くべきか下に行くべきか。2階の第1理科室では実験教室みたいなことをしていたはずで、そこそこの人気を博していた記憶がある。そこに飛び込むのは人捜しをする上では得策ではなさそうだけど――。
「ん?」
何か、視線を感じる、ような気がする。
「あ、気付いた」
「……ぇ? ひゃっ!?」
私、さすがに鈍すぎません?
真正面から、結構な至近距離で見つめられていたことに、今ようやく気が付いた。
思わず後ずさったのだがそれと同時に、自分の喉から妙に甲高い声が飛んでいって驚く。そして恥ずかしい。何年もそんな声出した記憶がないぞ。
「あはは……、脅かしてゴメンな」
「いえ、こちらこそ……って」
答えながら、その見つめてきた張本人の顔を見て、さらに驚く。
「薬野原先輩?」
「あ、知っててくれてた。嬉しいなぁ」
楽しそうに笑う薬野原先輩。この人が例の『すごく評判の良かった先輩』である。
まさかそちらの方から来てくれるとは思わなかった。
――というか、そもそもこんな過去を私は知らない。少なくとも当時の記憶の中では、私は薬野原先輩と学校祭の間に会話を交わしたというモノは無い。
「だって、有名ですから。先輩は」
でも念のため、ちょっとだけ媚びは売っておく。
「そういう君は大塚さんだよね。大塚サユキちゃん」
「え!?」
その返答が予想外過ぎた。名前を知られていたという記憶もない。
何だ、何だ。
明らかにもう既に大きく過去が書き換わっている気がするのだけど、これはいったいどういうことなんですの。
これは、そもそもこの日のこの時間帯に、中学2年生当時の私がこの階段の踊り場に居たら発生していたイベントなのだろうか。それともタイムリープをしてきた結果として新たに発生することになったイベントなのだろうか。
私には全く判別がつかない。
何か見分ける方法があるのなら良いのだけど、今のところそれっぽいモノはない。というか手がかりがないので、そもそも『それっぽいモノ』自体が解らないけれど。
「……何で先輩は私の名前を知ってるんですか?」
動揺をちょっとだけ隠そうと努力はしながら訊いてみる。
「え? サユキちゃんって結構有名だよ?」
「それはどういう……?」
「内緒」
ニッコリ。
――ああ、なるほど、こういうところを指して言われていたのか。
オトナっぽいというよりは熟れている感がスゴイ。何というか、定番っぽい少女漫画のヒーローっぽい動きや台詞回しに近いモノを覚える。天然ではない、若干の養殖物っぽさ。
「……ねえ、サユキちゃん」
さらっと距離を縮めてくる。先輩はパーソナルスペースが狭いらしい。
制服から甘い香りがした。香水か何かを付けているらしい。口やかましい生徒指導の教師に見つかったらヤバそうだが、学校祭ならいろいろな人が来るから紛れられると踏んだのだろうか。
でもさすがに付けすぎ。キツい。オトナっぽいと言ってもあくまでも当時の中学生基準。その手の身だしなみに関する知識はまだまだ全然オコサマのようだ。
「何ですか?」
「この後、……っていうか今からって、時間ある?」
――おや? これはまさか、そういうことですか?
「店番とか誰かとの約束があるなら」
「ああ、いえ。店番とかは昨日だったので……」
少し食い気味に言ってしまったのはちょっとダサい気がしたが、とくに先輩は気にした様子がないので構わない。誰かとの約束は、有ったのかもしれないが今の私の記憶にはないので、たぶん問題無い。
「(……ッシ)」
「え?」
何だ、今の。
「いやいや。そっか、そっか。じゃあ、とくに予定が無いんだったら――」
先輩は目線を合わせるように少しだけ屈む。そしてその顔を少しだけ近付けながら。
「……いっしょに見て回ろうよ、ってことで!」
がっちりと手を握ってきた。
そして満面の笑みを向けられる。
まだほんのりと幼さは残りつつも、たしかに後輩たちに人気になるのも頷ける笑顔だ。
自分にショタコンの気は無いはずだが、悪い気はしない。
「(まぁ、有ったとしても……ね)」
そのまま手を引かれていくが、多分問題は無い――。
「(……まぁ、用事があろうと関係ないけど)」
あれ?
いや、ちょっと。
――先輩、今、何か不穏なこと言わなかった?
何だか不穏?
――ということで、ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。