§1-2. タイムリープのチャンス……と言われましても
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
そして、お立ち寄りいただきましてありがとうございます。
ぜひページのラストまでお付き合いくださいませ。
何やら怪しいふたり。
――いや、怪しすぎるふたり。
「あの……、さっきから何を言ってるんです?」
思っていることを、とうとう真正面からぶつけることにしてみた。もちろん口調は一応ちょっとだけ配慮したつもりで。
――本当に、この人はさっきからいったい何なんだろう。
何となく感じていた気味の悪さには目を瞑っておいたとしても、一度も会ったことが無い人がどうして私の過去――しかも、どちらかと言えば触れて欲しくはないタイプの過去を知っているのか。これは気持ち悪さを放置できる人はきっとひとりも居ない。
「いえ、まぁ、そのままの意味ですが」
しかし男性の方――中森さんは顔色ひとつ変えずに言い放った。
「『過去を書き換える』って?」
「はい」
そこまでストレートに言われると――。余計に気味が悪い。
いやいや、当たり前でしょう。誰が『そんなにストレートに言われてしまえば信じざるを得ないだろう』なんてことを言うと思う?
非現実なことを突きつけられて『ああ、そうですかぁ』なんて理解するのは、フィクション作品の主人公だけで充分だ。
――そんなこと、絶対に、あり得ないのだ。
「出来るわけないでしょう」
「出来ますよ」
「……。…………いやいや」
折れないな、この人。
「出来ないでしょう、そんな非現実的なこと」
「ということで、一度試してみませんか? 先ほども申し上げた通りで、今なら無料サービスで可能ですよ」
ああ、もう。何なんだ。話が進まない。――いや、進んでいる? わかんない。
「……ちょっと冷静に考えさせていただけます?」
「大丈夫ですよ。時間は無限にありますから」
「はぁ」
「今は私たちと私たち以外の時間は、別の流れ方をしていますからね」
「……は?」
またくだらないことを言ってけつかる――と聞き流そうとした。
言われて、周囲を初めて見回して見て、ようやく気が付いた。
妙に近くに誰も居ないし、やたらと誰も来ないと思っていた。
完全に周りの時間が止まっている。
遠くの方にいる式場のスタッフも、今日の式の参列者も、みんな動かない。
これは、何か見覚えがある。
デジャヴュとかそういうわけじゃない。
思い出せ、どこかで私はこういうシチュエーションを目にしたことがあるはずだ――。
「――あ」
解った。案外あっさりと解った。
「ドラマだ」
リアタイで見たのか再放送だったのかは定かじゃないけど、ドラマだ。結婚披露宴の式場に住んでいる『天使』と自称する変なおっさんの力で時間跳躍して、好きだった幼なじみとの結婚を目指す――という、あのドラマだ。
「どうされましたか?」
「いえ、別に」
だから何だという話ではある。
とはいえ、だったら一度ノってやろうかとも思ってしまう。
「……では、一度だけ」
さすがにあり得ないことだと切り捨てることは簡単なのだ。だけど実際に自分の周りの時間や人の動きが止まっていることを見せられてしまうと、「ならば『その先の世界』を見せてみたまえ」みたいな、ゲームで出てくる魔王キャラっぽい感じの台詞を言ってみたくもなる。
「ほ、本当ですか!」
ずっと黙って話を聴いていた一宮さんがここに来て晴れやかな顔を見せた。思ったよりかわいらしい人だ。恐らく、少なく見積もっても私より10くらいは年上だと思うのだけど。
「では、……写真を1枚いただきますね」
「え?」
返事をする間もなく古風な二眼レフカメラがどこからともなく現れて、同じく不意に現れたフラッシュが焚かれたと思ったら撮影らしき儀式が終わっていた。
――あのカメラ、今、空飛んでこなかった? 私の気のせい?
「今ので、終わり?」
「終わりです。ありがとうございます」
中森さんからやけに恭しく礼をされる。
「これで、集め切れていなかった情報の集積が完了しました」
「どういうシステムよ、それ……」
過度に疑問に思っても仕方が無いのだろう。答えてくれる様子は見られない。
「さて……、それでは、という話なのですが、どうしましょうか。先ほど大塚さんがおっしゃったように、行き先は『中学2年生の学校祭』としてみましょうか」
「ええ、じゃあまぁ、そんな感じで」
あまりにもあっさりと話が進んでいく。本当にそんなことができるのかと徐々に楽しみになってくる反面、それ以上の速度で『やっぱりヤバいヤツらに絡まれているんじゃないか』という嫌な感覚も増している。どれくらいのヤバさかといえば、それこそマルチ商法の話を持ちかけてくる同級生(しかもそんなに話した記憶が無いようなレベル)くらいのヤバさ。ちなみに私はその経験が1回だけある。もちろん速攻で喫茶店出たけど。
「その年の学校祭ではどんなことをされたとか、覚えていらっしゃいますか?」
「え? ええー……っとぉ?」
仲人的な質問に充たるのだろうか。よくわからないけど、とりあえず頑張って思い出そうとはしてみる。
――とはいえ、そこまで記憶に残っていることはない。
結局は中学校の学校祭レベル。装飾や模擬店のレベルなんてその後に経験した高校や大学の学校祭とは比べものにならない。そちらの記憶の方が比較的最近ということもあって定着している。他クラスは頑張っていたような覚えはあるけれど、ウチはそこまでやる気を出していなかったような記憶はぼんやりとあった。
学校祭期間中に行われた学級対抗合唱コンクールの方が燃えてたなぁ、明らかに。
「戻ったところで、その……何て言うんですかね。恋愛的にキラキラした話になるのか、ちょっと自信が無くなってきましたけど」
「……そうでしょうかね」
またしても中森さんが知ったような口を――と思ったけれど、そういえば私の情報は粗方集めたんだった。じゃあ、何かがある可能性というのは否定しちゃいけないということなのだろうか。
「……案外、そうでもないみたいですよ?」
「そうなんですか?」
「最終的には大塚さん次第ですけど」
「……はぁ」
まぁ、そうでしょうけどね?
あなた方の言っていることが本当だとしても、結局過去の書き換えに行くのは私自身。だったら当然私次第ということになるでしょうともさ。
「では、早速向かわれますか?」
「そうですね」
一宮さんには少し驚いたような顔をされた。あまりにもすぐに事態を飲み込んだように見えたからだろうか。
安心してほしい、ただのやけっぱちなのだから。
「これ、私は何かする必要が?」
「そうですね……。その転送先の様子を思い浮かべつつ、身体はリラックスさせていただけると安心かなと思います。まぁ、有り体に言ってしまえばとくにありません」
「なるほど」
ということは、すべてをそちら側に預けるしかないということか。
――えー、そんないきなり会った不審な人にすべてを委ねるとか、高難易度が過ぎるんですけど。
「深く考える必要はないですよ。カラダとココロを少しだけ楽にしていただければ何も問題ありませんから」
「……じゃあ、そうさせてもらいます」
楽にするのなら椅子か何かに座らせてほしいなぁ、なんてことは思ったりはするけれど、とりあえず飲み込んでおく。
「では、参りますね」
「は――」
――『はい』と返事をするより早く、私の意識がどこかへ飛んでいくような感覚に陥る。
少し空中に浮いたかと思えば、渦模様をした何かの中に入っていく。
その模様と一体化するように私も渦を描いていく。
渦の中に取り込まれて、その先に見えてきたのは何ともサイケデリックな世界。前衛芸術というか、現代アートというか、少なくとも私には理解ができないような、たぶん高尚な芸術の世界。そんな空間が広がっていて、私もその中に溶けていく。
そして、先ほど見たような閃光が一筋走る。
後に続くようにもう一筋、さらにもう一筋。
渦模様が光で薄まっていき、次第に世界は光に染め変えられていく。
そうして、私は完全に意識を手放した。
〇
再び私の手元に意識が返ってきたとき、目の前にあったのはとても懐かしい景色だった。
何か、タイムスリップしちゃいましたね。
ということで、ここまでのお付き合いありがとうございます。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。