女の喧嘩は、男の百倍怖い。
影山が抜けた自販機を去った後、そこで女の争いが起きようとしていた。
「抜け駆けはよくないと思いますよー……。花山主任」
「あら。いつも罵倒しか浴びせてない小娘がなにを言うのかしら」
「は…? 花山主任だって、いつもうじうじして、見ていてうっとうしいんですよねー。 その優柔不断なところ、どうにかならないんですかー?」
「あなたこそ、その攻撃的なお口はどうにかならないのかしら。だから影山君に嫌われているなんて勘違いをされるのよ。まあ、そのまま嫌われてくれていいのだけど」
「は?」
「なにか?」
実はこの二人、ものすごく仲が悪いのである。主に影山が原因だが。しかもこの二人、女のとしてのプライドがかなり高いため、度々こんな超攻撃的な言い争いが、起こってしまう。
この虎と虎の争いは誰にも止められない。お互い休憩が終わるまで、この女をどうにか蹴落とそうと必死である。
内山はニコニコしながら、相手を舐め腐ったような表情で、口撃を続ける。
「てゆーかー。 いい年して今まで男の一人もできなかったとか、普通にダサすぎて笑えるんですけどー。一回死んで、人生やり直したほうがいいんじゃないんですかー? お・ば・さ・ん」
「はぁー…。 これだから最近の小娘は。まだまだ世間を知らなさすぎるわね。あなた影山君に恐れられているのだから、もう手遅れよ。あらごめんなさい。あなたはまだ彼と、二年くらいしか、関わっていないわね。私は、彼とは、もう七年の付き合いだから、あなたの百倍は彼の事を熟知しているのよ。分かったかしら? とりあえず、あなたがいると影山君も迷惑なのよ。そんなことも分からない小娘はこの会社にいらないわ。今すぐにでも、転職先を紹介してあげる。だからさっさと、消えてくれないかしら。この、クソビッチさん」
男が聞くと、その日に遺書を書いて、首を吊って自殺するレベルの言い争いを、かれこれ十分間も続いていた。女の喧嘩は、男の喧嘩の百倍怖いと言うが、それは間違いなく正しい言えるだろう。
しかもこの二人、影山の前では仲が良さそうに振る舞うという、なんとも恐ろしい女たちである。
花山は、内山を人として見ていないような表情で、その場を去ろうとする。
「それじゃあ、クソビッチさん。私は仕事場に戻るけど、せいぜい影山君にはちょっかいを出さないでちょうだいね。その臭い匂いが移っちゃうから。それじゃ」
花山はそう言い残して、その場を去った。
残された内山は、今すぐにでも、人を殺してしまいそうな顔をしていた。
「……あーうざ。ほんと気に入らない……っ。 先輩と結ばれるのは私なんだから。あの人には絶対譲らない!」
そう強く意気込みながら、内山も仕事場に戻る。
こうして、虎と虎の言い争いは幕を閉じた。
一方、影山は「早く昼飯の時間になんないかな」と、裏ではとてつもなく激しい言い争いがあったというのに、なんとも呑気な男である。
その言い争いの中心人物が自分であると知らずに。