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意外な人物によって、主任の進撃は止められる。

ウイスキーのロックを頼んでから、一時間ほど経った。


あれから主任の進撃は止まることを知らず、次々と酒を店員に運ばせていた。


「ほらぁー。かげやまくぅん。全然飲んでないじゃなぁーい」


「クソうぜぇー……」


クソ。今日は平和に帰れると思ったのに……。これじゃあ、いつもと同じ結果になってしまう。


「主任。とりあえず、水を二杯程度飲みませんか…?……」


「みずぅー? そんなもんいらんわぁー」


これもダメか……。


「……かげやまくん」


「は、はい……」


この雰囲気は……。もしかして帰れる雰囲気か……?


「……わたしのこと、そろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃに……?」


違ったー。しかも、またこの話か……。



「……主任。前にも言ったが、それはできない……」


「……なんでよ……」


なぜかって? 恥ずかしいからに決まってんだろー!


俺がこんな美人の事を名前で呼ぶなんて、難易度が高すぎる。せめて苗字で呼ぶくらいしかできない。


「内山さんは普通に苗字で呼んでるのに、私の事は、しゅにん呼びじゃない……」


「それは、会社の中での立場もあるし……」


「かいしゃのたちばー? そんなもんクソくらえじゃー!」


「えぇー……」


お分かりいただけたであろうか。そう、主任が酔うとこうなってしまう。


いつも仕事してるときは、クールな完璧超人なんだが、呑みに行くと、まるで別人のようになってしまう。

酒は人の本性を表すと言うが、よく言えたもんだ。そのままじゃねーか。


見方によっては、こっちの方が接しやすい、と言う人もいるだろう。だが俺はいつもクールな主任を七年間見てきたから、このギャップが俺にとっては刺激が強すぎるのだ。


それなりの頻度で一緒に呑みに行くが、いつまで経っても慣れやしない。



「わたしとは七年間のなかでしょうー! そろそろ名前で呼んでくれてもいいじゃない……」



「なんでそんなに名前にこだわるんだよ……」


「それ、ききたいのかしら……?」


主任が顔を赤くして俺に聞いてくる。


急にそんな上目遣いやめてくれるかなー!? 

堕ちちゃうから。深い谷の底に堕ちちゃうから!


「たんじゅんなことよ……内山さんより、私の方が付き合いは長いのに、私だけ堅い呼び方じゃない……」


「……それだけ……?……」


「……なによ、わるい……?」


主任はほっぺを膨らませながら、酒をちびちび飲んでいる。


いや可愛いかよ。なんだこの可愛い生き物は。いつも可愛いと言うより、綺麗という感じなんだが、今日の主任は純度百パーセントの主任だわ。


いかん。俺も酒が回ってきているのか、ダメな方向に思考が向かってしまっている。


「ま、まあ、プライベートなら……。呼べなくは、ない、かもしれない……」


「……ほんと……?」


主任は願うように自分の手を合わせながら、俺に上目遣いで懇願してくる。


……おい、いつもの主任はどこいった。こいつは主任ではない。こんな路上に捨てられた子猫みたいな主任は、もはや主任ではない。


俺もそれなりに酒を飲んでるから、目の前の生き物が余計に可愛く見えてしまう。


主任が酔った時はいつも、俺にダルがらみするか、大声で話して周りにドン引きした目で見られかなのだが今日は何か違う。


「うん、まあ……。それじゃあ、は、花山さん、で……」


「……凛子、でいいわよ……」


「いやいやそれはさすがにまずいって……」


「……なんでよ……。別にいいじゃない……」


「いや、そんな場面をもし会社の奴に見られたとしたら、変な噂が流れちまうぞ……」


「……変なうわさって……?」


こいつ……。わかって聞いてるな……。というかもうすでにニヤニヤしてるし。

いつの間に、小悪魔属性なんて身に着けやがった……。


「そ、そりゃあ、つ、付き合ってる、とか……」


自分で言ってて恥ずかしくなってきた……。


「わ、わたしは、別にそんな噂が流れても気にしないわ……」


「いや気にしろ。色々気にしろ」


「……むぅ……」


その頬を膨らますのやめてもっていい? 慣れてないから。俺そんな主任に慣れてないから。


「と、とりあえずこれからは苗字で呼ぶようにする。それでいいか……」


「……わかったわよ……」


ふぅ。何とか話がまとまった。


そろそろいい時間なんじゃないか?

俺はスマホに表示されている時間を見る。


もう八時か。そろそろ解散だな。これ以上は俺の身がもたない。


「主任、あ、いや、は、花山さん。もうそろそろー-」


「ぐふふ。ついに名前呼び……。これであの女に先を越される要素はなくなった……。あとは既成事実だけ……。ぐふふふ……」


か、顔が破綻している……。


「もうこなったら死ぬまで飲むわよ! すいませーん!」


いやまだ飲むんかい! 


「花山さん。もうそろそろやめた方がいい気が……」


「なによ。まだまだいけふやよ……」


「もう呂律が回ってねえじゃねーか……」


しゃーない。無理矢理水を飲ますか。


「あ、すいません。水を二つください」


「ちょっと、まだいけー-」


「す、すいません。以上でお願いします」


「か、かしこまりましたー」


店員さんも引いてるじゃねーか……。


「ちょっとー。わらしのさけはぁー?」


「もうねーよ……」


「もう、ちょっとお手洗いに行ってくるから、その間に頼んでおきなさいよぉー」


「はいはい……」


もう水しか頼むつもりはないがな。


はぁ。またタクシーで帰る羽目になってしまった。まあ、いつもの事なんだが。


この後の事を考えていたら、聞いたことがある声で、俺の名前が呼ばれた。


「……影山君……?」


「………松井?」


そこには今日の昼にあった、俺の元クラスメートの松井が立っていた。


「……今日のお昼ぶりだな」


「そ、そうだね……。す、すごい偶然!」


「……だれかと呑みに来てるのか?」


「うん、ほら、今日のお昼の……」


「ああ、彼氏さんと来てるのか」


「だ、だから彼氏じゃないって!」


「お、おう、す、すまん……」


そんなに否定しなくても……。

あの男が可哀そうだぞ。あれは完全に松井に好意を寄せているようだったし。


「……そ、そういう影山君は、友達とかと来てるの……?」


「いんや。俺は会社に上司と来てる」


「そ、そうなんだ……。あ、あのさ!」


松井は、なにか決心がついたような顔で俺に話しかけてくる。


「……おう」


なんだ……? まさか昔のことで俺に報復でもするつもりか……? 


悪いが、原因を作ったのは俺じゃない。そこまで俺を恨む理由はないがな。


「れ、連絡先! 交換しない……?」


「……れ、連絡先……?」



なんか思ってたのと違った。ビンタでもされるのかと思ったが、まさかの連絡先。

意外すぎて聞き返してしまった。


「そ、そう。影山君が嫌じゃなければ……」


「嫌ってわけではないが……。まあいいぞ。ラインでいいか?」


「こ、交換してくれるの……」


「なんで驚いてんだよ……。お前から言ってきたんだろ……」


「そ、そうだよね! ご、ごめん……」


俺はスマホに松井のラインと電話番号を登録する。これでまた俺のスマホに連絡先が増えた。


「あ、ありがとう……。………やった!」


そんなに嬉しかったのか? さてはこいつもぼっちだな。


「そ、それじゃあ、またラインするね! というか明日からラインしてもいい……?」


「まあいいが……」


「あ、ありがとう! そ、それじゃー-」


「ちょっと。何をしているのかしら」


「え?」


し、しまった……! 完全にこいつの存在を忘れていた!



「二人でスマホを持って、何をしているのかしら? それとなにか連絡先とか聞こえたけれど。簡潔に説明しなさい」


あ、あれ~? いつもの花山さんに戻ってるんだが。先ほどの可愛い生き物はどこ行ったんだよ……。


「あ、え、えと」


ヤバい。松井が困惑している。

そらそうだ、急に喧嘩腰で話かけられたんだ。そらビビる。



「あー、こいつは俺のもとクラスメートで、さっきばったり会って、久しぶりに会ったから、それで連絡先を交換しようって話になった」


お昼の事は言わない方がいいだろう。余計にややこしくなりそうだ。


「か、影山君。この人は……?」


「ああ。今日一緒に呑みに来てる俺の上司だ」


「そ、そうなんだ。それにしてはすごいフランクに話してるけど……」


「俺たち同い年だからな」


「えっ! そ、そうなんだ……」


「なにをコソコソしてるのかしら。それとちょっと距離が近いわよ。離れなさい」



なんでそんな喧嘩腰なんだ……。いやまあ酒が入ってるとしか、考えられないが。


「……い、いやです!」


え。ま、松井さん?


「……なんでよ。いいから離れなさいよ」


「いやったら、いやです!」


松井が俺の右腕を掴んできた。


や、ヤバい。何がヤバいって? 花山の血管が切れる音が聞こえたからだ。


これはヤバいな。花山がなんでこんな喧嘩腰なのか分からん。


「と、とりあえず、二人とも水を飲んではいかがでしょうか……?」


「「いらないっ!」」


で、ですよねー。



助けて。どら〇もーん。







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