魅力的な女性は、どんなに酒癖が悪くても魅了的に見えるである。
主任と合流してから五分ほど歩いたところである。
「ここよ。なかなか安くておいしいと評判なのよ」
「へー。なかなか良さそうです…だな」
「ハイボールの種類が多いそうよ。あなた結構ウイスキー好きでしょ?」
「よく覚えてるな。まあ、家ではあんまり飲まないが」
「当たり前よ。何回あなたと呑みに行ってると思ってるの。あなたの事は大体把握してるわ」
「いや怖いわ」
俺にプライベートは無いに等しいかもしれない。
「さて入るわよ」
「ああ」
店の扉を開けて、俺たちは店に入る。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
「二人です」
「二名様ですねー。こちらの席にどうぞー」
「ありがとうございます」
俺たちは、二名掛けの席に案内された。
「主任。俺の席の後ろの席にハンガーがあるから、その上着、かけようか?」
「あら。ありがとう」
俺は主任から上着を預かる。うわー。めっちゃいい匂いだな。これが主任の匂いか。
いや、変態か。何やってんだ俺は。
俺はすぐに冷静になり席に着く。
いかんいかん。あのままだと変態陰キャ大魔王になってしまう所だった。
「影山君はなに呑む?」
「生で」
「じゃあ私も生で。すいませーん」
「はーい!」
店員の元気な声が店中に響きわたる。
「生二つお願いします」
「生二つですね。少々お待ちください」
俺たちは店員からもらったおしぼりで、手を拭いていた。
そしてついに始まってしまう。主任と呑み会が。
頼むから、ベロベロにならないでくれよ。危険を察知したら、すぐにでも水を頼む事を俺は心がけている。
特に主任のとの呑みでは。そうでもしないとひどい目に合うのは俺だからな。自己防衛だ。
「お待たせしましたー。生ビール二つです。ごゆっくりどうぞー」
「ありがとうございます。それでは影山君」
「ああ」
「「乾杯」」
俺は生ビールの三分の一ほど飲み干す。
「ん~。やっぱりうまいな」
「ぷはっ。そうね。やはりコレは特別だわ」
「だよな、いつ飲んでも、うま……い……。……あの……主任……」
「何かしら?」
「……先ほどのビールは……?」
「もう飲み終わったわよ」
「……は?」
え? いやいや、え? まだビールがきてからものの数分なんだが。
いつの間にそんな特技身に着けたの? いや、そんな特技必要ないんだが。
そして主任は次の酒を頼もうとしていた。
「すいませー-」
「ちょっとまてーい!」
「ちょっとなによ。そんな大声出して。もう酔っぱらったの?」
「いや、やかましーわ! あんたどんだけ早いペースで呑んでんのかわかってんのか!?」
「私にとったらこんなの水と一緒よ。それに喉も乾いていたの。こんなものでしょ」
ハイ出ましたー、酒は水と一緒とかいう酒飲みが絶対に一回は言うフレーズ。
これか! 主任がすぐ酔っぱらう原因は! 今まで俺も一緒に酒を飲んでいたから気付かなかったが、ようやく分かった。
「いやいや、そんなに早いペースで呑んでいたらすぐ酔っぱらうから。それに何か食わないと余計酔うって」
「大丈夫よ。私小食だから」
そんな問題ちゃうわ! こいつ……。酒の事何にも分かってないな……。
「すいまー-」
「だからちょっと待たんかーい!」
「さっきからどうしたのよ。……もしかして、そんなに私とお話したいのかしら……?」
主任がなんか言っているが、今はそんなの構っている状況じゃない。
考えろ。頭をフル回転させろ。どうやって主任をベロベロにさせないかを。どうやって平和に帰れるかを。
とりあえず、主任か酒を頼もうとするのを阻止するのは無理だな。そもそも今日は呑みに来てるんだし。
なので目的は、それなりの量を呑んでも、あまり酔っぱらわない呑み方の方にどれだけ持っていけるか。
これが今日のミッションだ。
まず一つ目。空腹で飲まさない。二つ目。強い酒を飲まさない。三つ目。できるだけ早めに解散する。
今日に俺は、この三つを中心に動く事が今俺の脳内で決まった。
決まったら即行動。社会人の基本ですね。
「しゅ、主任。なにか食べないか? 俺腹減っちゃって……。ハハ……」
「そうね。なにか摘まめるものを頼みましょうか」
「そうだな。できれば直ぐに腹が膨れるものがー-」
「すいませーん」
「え、あの、ちょー-」
「はーい!」
またしても店員の元気な声が店中に響きわたる。
というか、決めるに早すぎー! せめて俺にも『なにか食べたいものある?』とか聞けよ!
ま、まあ大丈夫だろ。なんか、唐揚げとか、焼き鳥とか頼んでくれるはずだ。多分……。
「えっと、枝豆一つと、漬物の盛り合わせ一つ。以上でお願いしー-」
「あー、あと唐揚げと焼き鳥の盛り合わせもお願いします!あ、あとだし巻き卵もお願いします!以上で!」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
あ、あっぶねー! つかなんやねん。枝豆と漬物て。こんなんで腹膨れるわけないやろ!
空腹なめんなよ! そういえば、今まで何回か一緒に呑んでるけど、主任が何か食べてるところをあんまり見た事がない。
「あ、お酒を頼むのを忘れていたわ」
「つ、次は何を頼むつもりで……?」
「そうね。久しぶりに焼酎で呑もうかしら」
「絶対アカン」
「なんでよ……。もしかしてこの私が二杯程度で酔うと思ってるの? だとしたら心外だわ。私、これでも酒には強いのよ。あなたも知ってるでしょ?」
いや知らんわ! そんな酒豪の主任なんて見たことないわ! それに、この私が二杯程度で酔うと思ってるの、だと? めちゃくちゃ思ってますけどー!? むしろそれしか思ってませんけど!?
そろそろ気付けよ! あんたそんなに酒には強くねーんだよ! むしろ弱いまであるわ!
「い、いやー、今日は久しぶりに主任と呑むので、ゆっくり飲んでお話したいなー、なんて……。なのでまずは軽めの酒から頼んで欲しいなー、なんて……。ハハハ……」
「……っ! そ、そうなの……? 私と呑むに行くのがそんなに楽しみだったの……?」
お、このまま押し切ればいけるか……?
「そ、そりゃあもちろん! いやー、主任と呑むの楽しいなー……」
「そ、そんなに……? そ、そこまで言うなら今日は抑えめに呑むわ……。それに私も影山君とお話したいし……」
よし! 何とか今日は平和に帰れそうな雰囲気になってきた。主任が顔を赤くしてなにか言ってるが、ただでさえ、弱いのに、最初のビールをほとんど一気飲みしたんだ。もうほろ酔い状態なんだろう。
今日はこのままほろ酔い状態で帰ってほしい。いやほんとに。
「そ、それじゃあ、店員を呼ぶわね……。すいません」
「はーい」
良し。今のところは順調だな。これで俺も気兼ねなく酒を飲める。軽めの酒だから、カクテルとか頼むのかな? それなら俺は酎ハイにしよう。
「あ、すいません。レモン酎ハイ一つで」
「私はウイスキーロックで」
……………………………ん?
「かしこまりました。レモン酎ハイ一つと、ウイスキーロック一つですね。少々お待ちください」
……………………え?
俺はあまりの衝撃に、ついツッコミを入れるのを忘れていた。
「……あの、主任……」
「何かしら」
「いや、軽めの酒を頼むんじゃ……」
「だから頼んだじゃない。軽めの酒」
「……ウイスキーのロックが、軽めの酒……?」
モウ、イミガワカラナイヨ。
……だめだ。俺じゃあこの人を止められない。
ダレカ、タスケテ。




