部長のメンタルは、マイナスの事はすべてプラスに変えるという能力を持っている。
俺は今、地獄の門の前に震えながら立っている。
只今も時刻は、午前十一時五十分。もうすぐ昼飯の時間だ。いつもなら何食べるか考えながら仕事をしているのだが、今日は違う。朝から内山がやらかしてくれたおかげで、主任の逆鱗に触れてしまった。
なんで主任がこんなにキレてるのか全く分からんが、俺が主任に反論できるわけがないので、ただただ平謝りするのみ。俺なんかの頭を下げたところで、許してくれるのか分からんがな。
そもそも仕事のことで怒ってるのか、それとも別の事で怒ってるのかもわからん。仕事ではミスはしてないはずだが。だとしたら、また別の事だろうか。
朝の会話から推理すると、内山と土曜日に会って遊んだことしか浮かんでこない。
もし仮にそのことについて怒ってるとしたら、どこにキレるポイントがあるんだよ。普通に、猫ちゃんと戯れただけだ。いやまあ、途中からカオスな感じになったけどな。
そんなことを頭をフル回転させながら、エレベーターを待つ。もうすぐ主任から指定された時間になる。
今回ばかりは遅れるわけにはいかない。もし遅れるようなものなら、どんな殺害方法を用いられか分からない。想像しただけでちびりそうだ。
そしてエレベーターを待つこと三分。ついにエレベーターが来た。いや、来てしまった。
体感時間は十分くらいたった気がする。
さあ…! 覚悟を決めるか。いざ戦場へ…!
「おや。影山君じゃないか、君もご飯かい?」
ぶ、部長ー-----!!まさかの部長かよ!!
「……あ、どうも。お疲れ様です」
「いやー。今日も花山君は今日も美しかったなー。なあ? 君もそう思うだろ?」
「…いやまあはい…」
出会って早々変態発言してんじゃねーよ!
「しかし、僕が花山君に連絡すると、いつも返事が返ってくるのが二日後とかなんだよ。それで本人に理由を聞いてみると、『すいません。寝てました』って返事が来るんだよ」
いやそれ、もう嫌われてるやつー! 返事が二日後とかだいたい嫌われてるやつだわ!
しかも本人に理由を聞くとか、ほんとにメンタルすごいなこのハゲ! そこだけ見習いたいわ!
「もしかして。彼女はツンデレさんとかいうやつかな? はは。照れているのかもしれないな。でゅふふ」
キモーい! 男から見てもキモーい! さすがに同情するぜ主任。
こんなキモイ奴から毎日連絡くるとか、なんか普通に警察沙汰なんですけど。
しかも返信が二日かかってることに対して、なんの疑いも持たないのか。
いや、このハゲのメンタルはそれすらも、プラスに変えるという、稀にみない人間で、超絶無敵なメンタルの持ち主である。
「君はこれから一人でご飯かい? さみしーねー。君はまだ若いんだから、彼女の一人や二人は作っておきなよ。いや、君はそんなタイプの人間ではないか。僕が若い頃なんて、毎日女の人と遊んでたよ。まあ結構モテてたからね。毎日違う人にご飯をごちそうしてたよ」
でたー! 昭和の人間の悪いところの三拍子! 『自慢』『説教』『昔話』! これに加えて変態とかクソすぎる! クソオブクソだわ!
それに、毎日ご飯ごちそうしてたとか言ってるが、それただのカモにされてるだけじゃねーか!
どんだけ勘違い野郎だよ!
「まあ、別に今は彼女とか考えてないっすね…」
「そうかい。あと、言っておくけど、間違っても花山君にアプローチするなどという愚行はしないことだね。君程度の人間じゃ、振られて傷ついて終わりだからね」
うっぜー! さすがにうざい。主任との仲はお前より絶対良いわ! こんな俺でも、返信はその日に返ってくるわ!
「はあ、肝に銘じておきます…」
「うむ。では私はこれから、いつも行ってる喫茶店に行ってくるよ。そこにも僕のお気に入りの店員さんがいるんだよ。いつもニコやかに接してくれてね。多分あの子は、僕に気があるよ。むふふ。楽しみだなー。それでは」
一回のエントランスに着いたら、部長はめちゃくちゃキモイ顔をして、会社を出て行った。
その喫茶店の子も大変だろうな。つか、いつもニコニコって、それただの接客だからな。どんだけだよこの人。
さて、俺は俺で、腹を括らなければならない。
なぜなら、エントランスの裏口の方で、どす黒いオーラを感じるからだ。
ふー。よし。今度こそ覚悟は決まった。
いざ地獄へ! レッツダイブ!




