5話 人間観察
山を歩いて30分。整備されていたりはしないので結構歩きづらいが、大した問題はなく、順調に山を登っている。ただ登るだけじゃつまらないから、山菜集めをしながらだ。
「さーて、キキョウくん。僕の書いた図鑑は頭に入っているかね?」
「なんとなくは」
「じゃあこれは何か分かる?」
「なんとか草」
「一語一句覚えるよう努力しなさい」
異世界の生態系は、基本は温帯地域の地球と変わらないが、細かい種類は結構違う。これは動物も植物も同じだ。
ユズの書いた植物図鑑&動物図鑑に、写真みたいな絵と特徴の説明が載ってある。あれを読んだだけで、山を見ていても大体のことは分かるから良くできた構成だ。
「うーん、さっぱり分かんない。動物ならまだしも......」
「テントウグサだ。見分けるポイントは葉が丸くて分厚いとこ。食べるとウリのような食感がして、甘いらしいぜ」
「なんだ結構覚えているじゃん。許す」
「あ、あっちにもある!」
「わーっ。えっ、結構続いている! たくさんっ!」
見ての通り、山登りと言っても賑やかなピクニックと何ら変わらない。なだらかというわけではないが、相当に危険な場所はないし、ここの全員が運動神経いいからな。あと転んでも俺かユズがすぐ治癒魔法できる。
「見て見て。たくさん取れたよ!」
「おぉ。たっぷりだな」
「たまたま採られてなかったっぽい。ラッキー」
今のところ、タイカルは普通に楽しんでいる。怪しい雰囲気とかも無い。俺の考えすぎというか、ユズに言われたからバイアス効果が掛かっているだけな気がする。
俺はユズに小声で話しかけた。
「なあユズ、本当にタイカルになんかあるのか?」
「え? まだあの話気にしているの? 別に何もないよ?」
「は?」
「なんかありそうだなーって感じただけ。抽象的なものだから説明難しいし、陰口みたいで嫌だし、変に意識させてごめんね、忘れて!」
......なんだったんだよ。
「何話していたの?」
「タイカルの髪は寝癖かどうかって」
「あぁね。どっちだと思う?」
「多分寝癖でしょ」
「正解。流石ユズ」
ユズはタイカルに平然と嘘をついている。もしかしたら俺は、天性のサイコパスの適当な冗談に惑わされただけなのかもしれない。
それから少し歩いて
「あーあーああー♪ いーいいーいいー♪」
「うーうーうー♪」
「おっ、なんか歩いているぜ」
「どこ? どこ? あっ! ブータミネートっ!?」
なぜか乗っかってきたタイカルを無視して見つけたのは、ブータミネート。ユズの動物図鑑から考えるに、ほぼ豚。加えて美味しい豚だ。
「知っている? 美味しいお肉だよ」
「ユズ、今日あれ食べない?」
「食べたい」
ほら、肉としか認識されていない。あれ、でもこの肉は美味しい代わりに、高いところに住んでいるから希少だって書いてあったような気がする。
「たしか珍しいんだよな? ここで見るのは」
「うーん、確かに若干珍しい気がするねー」
「オレは分からないっすね」
「僕もあんまり知らないけど、図鑑にはそう書いたね」
たまたまか。
「まずは捕まえようよ! 硬くて逃げ足が速いから慎重にね!」
「ユズの槍魔法で一撃じゃダメか?」
「それ多分半径10センチぐらい穴開くよ。それにどうせなら新鮮なものを食べたいな。生捕りにしよう!」
半径10センチ...... 考えないでおこう。でも生捕りとなると面倒そうだ。物体操作魔法でずっと運ぶか?
「どうやって運ぶ予定?」
「気絶させて、箱に突っ込んで、キキョウにおぶってもらえばいいんじゃない?」
「俺かよ」
魔法でなんでもできる世界なのに、運搬は人力というのは如何なるものか。
「ブータミネートって結構重いけど大丈夫っ?」
「山登り中にそれは嫌だな。ユズが物体操作魔法で運んでくれよ」
「嫌だよ重いし」
「人力よりは楽だろ」
「キキョウが人力で運ぶなら僕は苦労ゼロじゃん」
「そういう話じゃねぇ」
どう運ぶかの議論はもつれそうなので、どっか行く前にブータミネートを捕えることになった。俺らは慎重に近づく。
「くしゃみが出そうって奴は俺の肩を叩いてくれ。口の中に土を1リットル詰め込んでやるから」
「そんなことあるの?」
「定番のイベントだよ」
感心するミゼをよそ目に、俺らはしゃがみ歩きを始める。
「隠密魔法、かけといた」
「何それ便利そう」
「便利だけど超高等テクだからまだ無理だと思うよ」
ユズの隠密魔法で、気持ち程度だが葉が揺さぶられる音などは防がれる。
ブータミネートに気づかれないようゆっくりと進んでいると、ユズに肩を叩かれた。俺は土を両手で掬い、物体操作魔法でユズの口に持っていく。
思いっきり背中を蹴られてユズが何かを言おうとしていることに気づき、後ろを振り返る。ユズはさっきの土で模られたブータミネートに、物体操作魔法で岩をぶつけた。なるほど。
あと5メートル、走れば2秒で行ける距離。俺は物体生成魔法で岩を作り、ユズに確認をもらった後、物体操作魔法で動かす。
「「「「あっ」」」」
後ろから近づけていたが、木の枝が折れる音と動く陰を見てブータミネートは逃走した。
岩を弾いて背中に命中したが、擦り傷程度。頭ではないと動きは完全には止まらないようだ。
「ごめ! どうする殺すか?」
「いや、キキョウ、魔法使うから力抜いて」
「ん?」
「レッツゴー!」
「え、は? うわー!!」
物体操作魔法でぶん投げられる俺。魔法の鎧? もかけられていたようで、木の枝を薙ぎ折りながら進む。自転車程度なら超えているだろうスピードのまま、俺はブータミネートに全力の跳び蹴りを入れた。
「ぷぎゃー!!!」
何十キログラムの巨体が数メートル吹っ飛ぶ。俺は一回転して地面に着地し、治癒魔法で足を治して、ピクピクと動くブータミネートに近づいた。
「はっはっは! 人間様には所詮勝てないのだよ豚肉が!」
ブータミネートは逃げ出した。あ、ちょっ、速い。全然体力減ってなさそう。割と全力で蹴り入れたのに。
「くそウッザ!」
「あぁキキョウがっ! 上の方行っちゃったっ!」
「なんか破天荒な人だね......」
「僕も行ってくる! あとで!」
ユズはとある魔法で、あの一匹一人とは比べ物にならない速度で山を登る。そして同じく跳び蹴りでブータミネートを吹っ飛ばした。キキョウ以上に吹っ飛ばしている。
「ぷぎゃー!!!!!!」
「うわビックリしたァ! 急に横から出てくるなよ!」
なんだ今の速度!? ブータミネートが軽く吹っ飛んでいったぞ!?
「着地! 足骨折! やりすぎた!」
「うわ...... 失神しているな。流石だわ」
「威力スピードも必要だけど、攻撃する場所が大事なんだよ。相手の内臓部や柔らかそうな場所蹴るのが1番いい」
「参考になるな」
俺はユズの足に治癒魔法をかけた。治癒魔法は俺の得意分野だ。というかユズが苦手というか。医者やっているクルメトよりも一回り大きく効果が出るから、村随一だと思われる。
ユズは俺にちょっとした攻撃のアドバイスをして、ブータミネートを物体操作魔法で俺の目の前に移動した。自然な流れで俺に運ばせようとしている。
「はい、じゃあキキョウ持って」
「これさ、さっきのユズの超スピードで一回クルメト院まで持って帰ってもらう方が早くね?」
「......あれで魔力半分持ってかれちゃったなー。そんな距離無理だよー」
「ほら行ってこい嘘つき。ここで待ってやるから」
「鬼畜め。ミゼとタイカルに連絡よろしくね!」
ユズは俺の押し付けを意外と素直に聞き入れ、ブータミネートを魔法の袋に包んで抱え、爆発した。
......爆発した? あ、行った。速っ。あれあんな危ない方法で移動してんの? 空気抵抗とかどうなってんだよ謎すぎる。
「キキョウー! ユズー!!」
「キキョウさーん! ユズー! あ、あっちで音が!」
「本当だっ!」
おっと、ミゼとタイカルが俺を探している。でもちょうどユズが居なくなったしな。
俺は5分ほど細工をして、木の影に隠れた。
「居たー?」
「いや、居なーい」
ミゼとタイカルが少し離れた隙を見つけて......
「キノコだっ!」
「たくさん!」
キノコ見つけてんじゃねぇよ。キノコ採取してんじゃねぇよ。キノコ焼いて食べているんじゃねぇよ危ねぇ!
「ユズ達来なかったねー」
「キノコの香りで来ると思ったけどなぁ」
そんな狙いだったのか。残念ながらこの距離じゃ香り分かんねぇ。まあ毒キノコじゃなさそうで安心だ。
「ユズー! キノコ新鮮だよ〜!」
「オレ達で全部食べちゃいますよー!」
その数を全部食べるのは難しそうだ。俺は呼びかけには応じなかった。
「あれ? これって...... 足跡? なんか違和感あるけど......」
「片方はユズのだよっ! えーっと、向きは...... ユズのがあっちで、キキョウのがあっち?」
「何故に二方向?」
さっきの適当な細工が見つかったようだ。作り方は簡単。木の枝を大量にばら撒く。踏み折る。足跡を適当に描く。以上だ。田舎の靴なら足跡もシンプルだから描きやすい。
「どっちから行く?」
「ユズの方に行けば、後からキキョウさんが何処に行ったか分かるんじゃない? ユズだし」
「でも、ユズが居なかったらキキョウの足跡を見失っちゃわない?」
「一回戻れば...... あぁでも、うーん、面倒臭いね。なんで連絡せずどっかに行っちゃったんだろう。なんか試されているのかな?w」
ぎくっ。勘が鋭い。
「何か大変なことが起きていないといいけど...... 二手に分かれる?」
「そうだね、遠くには行ってないと思うし、そうしよう。後でここで合流するから、足跡消さないように注意だね」
「はーいっ! じゃあタイカルも、迷子にならないでねっ」
「うん!」
よしよし、作戦通り。あとはこのままバレないように位置を変えて、ミゼが歩いて2分ぐらいでバッタリ出くわす感じに先回りしないとな。
1分後
ミゼが思ったより速く進んだせいで息切れしたが、ここなら問題ない。
「あれ? ミゼじゃん」
「あ、キキョウっ! 良かった見つかったっ!」
俺とミゼは感動の再開を果たした。
「どうしてこんな遠い場所に来てたのっ?」
「ちょっとブータミネートに翻弄されてな。今ユズがブータミネートをクルメト院に持って行っているところ」
ミゼはユズの方を選択していたが、途中から俺の足跡も混ぜていたから、違和感はないだろう。雑な言い訳だったけど、信じてくれているみたいだし。
「でもそういうことは言ってね。探すの大変だったよっ」
「ごめんごめん、心配したか?」
「そうだよっ! 私たちが見ていない間にどんな凄いことをしているかって思うと怖かったよっ!」
「そういう心配か」
イケメンムーブが激ダサクソムーブになった所で、作戦の目的に移る。ずばりタイカルは一人だとどんな行動をするかだ。
人間、一人になると本性が見えやすい。この山の中、他の人がほぼ確実に居ないであろう状況ができている。今からはミゼを茶化しながら観察だ。
「タイカルはどうした?」
「さっき分かれちゃった。この足跡辿れば見つかるはずっ!」
「なるほど? じゃあ戻ろうか」
ミゼと俺は小走りで並走する。そういや俺とミゼって共通の話題あんまり無いな。ユズとはどんなくだらないことでも話すし、クルメトは村についてとか魔法についてとか話してもらったり、逆に俺が元の世界について話したりするけど。
「見て見てズッコケ花だよっ! 甘い香りがする花っ!」
「おっ、本当だ。良い香り。お茶にしたら美味しそうだな」
「それいいっ! 帰ったらやってみようっ!」
「じゃあ綺麗な花を選ぼうぜ」
こんな感じで仲は悪くないし、お互い気を遣っているわけでも無い。とにかく話題が無いだけだ。ってかミゼって普段何しているんだ?
日中はクルメト院に居るが、材料取りに行くか料理するか近所の子と遊んでいるか昼寝しているかしか見かけない。自宅(クルメト院の隣)に帰っても、家族と遊んでいそうだ。あれ? 意外とミゼって趣味無い? 聞いてみるか。
「そういや、ミゼって普段何してんの?」
「えー、なんだろう。見た通りだよ? 家に帰ってもお風呂入ってゴロゴロしておやすみしているだけだし」
「ハマっていることとか無いの?」
「最近はバスケがブームだよっ。ユカジさんがゴールを設置してくれたんだ♪」
「そういやどっかに有ったな。俺ダンクできるぜ」
「ほんと? 見てみたいっ!」
うん、平和だ。田舎の日常ここに有りだな。
「キキョウは趣味とかあるのっ?」
「あぁ...... あんのかもしれねぇけど覚えてねぇな。今は魔法を練習するのが好きだけど」
「じゃあ今度色々やってみようよ!」
「バッチこいだ」
そういや、俺って異世界転移した言わば主人公なわけだけど、その場合ヒロインって誰になるんだろう。(翻訳:いつか付き合うことになるとしたら誰だろう)
ミゼかクルメトしか未だ会ったことないけど、俺がおそらく16才だから14〜18才ぐらいが対象だとして、この村にそんな何人も居ないよな。となるとヒロインはミゼ(15)かクルメト(18)の可能性が高いわけか。
......文句はないけど予想がつかねぇ。この村っていつぐらいに結婚するのが普通なんだ? 田舎だから一年後二年後でも特別おかしくないよな。マジか。
「ん? どうかした?」
「ちょっと速いから大丈夫かなって思って」
「全然大丈夫だよっ」
......まあいっか。考えなくても俺ならいつかできるし。
とか考えているとミゼが転んだ。
「あぎゃっ」
「あぁ、やっぱり。治癒魔法」
「ありがとう。じゃあもう少しだけ速くできる?」
「遅かった方!?」
ということでタイカルまで計算上残り30mぐらいのところまで走った。ユズが帰ってくる前に終わらせたかったから、早いなら早いだけ良い。
「ストップ!」
「わあ! どうしたのっ?」
「なんか雰囲気が変じゃないか?」
「うーん...... そう?」
俺はタイカルの様子を観察するため、ミゼを止めた。
「なんとなく虫が多い感じしないか? タイカルがなんかやったんかな」
「んー......?」
実際は何の変哲もない。タイカルを尾行する口実を作るためのただの嘘だ。
「え、分かんない? 結構増えているけど」
「うーん...... いや、わかった。完全に理解したよ」
話をスムーズに進めるためか見栄を張る為か、ミゼは分かりやすすぎる嘘をついた。
「おっ、あれタイカルだ」
「本当だっ! タイむぐっ」
「何しているか気にならないか? ちょっと観察してみようぜ」
俺に口を塞がれながらコクコク頷くミゼ。本当に気になるというよりは、多分ただ乗っかってみただけだと思うけど、好都合だ。
俺らはしゃがみ歩きでゆっくり近づく。タイカルは今のところ普通に歩いているだけだ。
「どうだ? 見えたか?」
「うん、見えたよっ」
「でも背中じゃ面白くないんだよなぁ。こっち向いてくれないかな。えい」
表情を見たかった俺は、近くにあった数センチの石をタイカルの近くに投げる。
ビクッ! と肩が震え、恐る恐る振り返るタイカル。意外と普通の反応。というかこれで何か悪いことを隠しているようには見えない。
「だ、誰......?」
「「............」」
「ユ、ユズー! 居るー?」
「「............」」
「じゃあ誰ぇ......?」
「「............w」」
俺とミゼも笑いを堪えて肩が震えていた。可愛いなタイカル。
「可哀想だし出てあげる?」
「面白いからもう少しだけ見ていたいわ」
「僕も少し見たいかな」
「じゃあもうちょっと見よっか。............ユズっ!?」
「いつのまに!? ってかなんで場所わかった!?」
ナチュラルに会話に入り込んできたユズに驚く。え、早っ! ここまで来るのに片道で1時間強かかっているのに。10分ちょいで往復したのか。ヤバすぎだろ。
「さっきから居たよ? ミゼとキキョウって二人の時何話しているんだろうなぁって気になって」
「似たようなことしていたわけね」
諺にありそうな状況だ。
「キキョウはまだ僕が言ったこと気になってんの?」
「ユズが言ったことっ?」
「タイカルってなんか不思議だよねって話」
「結果はちょっとギャップが見えただけだけどな。まさかこれか?」
「分かんないけど、なんとなくこれな気がする」
「真面目に聞いて損したぜ......」
ユズはそっぽを向くと、拗ねたように石を魔法でぶん投げまくった。ここでもバキバキドサドサと音が聞こえる。
「なになになになに!!?? 怪獣!?」
「怪獣......w! 怪獣www」
「あはっ、ふふっ、あははっwww」
「怪獣www」
タイカルはようやく俺らに気づいたらしく、顔を真っ赤にして走って来る。
「酷いよ! ってかユズとキキョウさん居るなら言ってよ!」
「ごめんごめん、さっき合流してね」
「ブータミネートはちゃんと先生に預けておいたよ」
話を理解したタイカルは、主犯である俺をジトーっと睨んだ。いつのまにかアホウドリ様呼びも治っている。
「食材も十分集まったし、そろそろ降りようか」
俺とタイカルのこれからに乞うご期待。山探索は折り返しへ。




