32話 眼球
「はぁ...... ストレス発散したい」
「殴る?」
「殴らない」
「アタシは本当に痛くないから、遠慮しなくていいわ」
「それはそれで殴ってもストレスが消えない」
虚しくなるだけだろう。なぜ俺がこんな状態になっているかというと......
「ユズ......」
「何を話したか知らないけれど、あのチビに置いていかれるということは、キキョウが足手まといで信頼できないということだわ。鍛錬なさい」
「別に置いていかれたのはいいんだけど...... ものっそい馬鹿にされた気がする」
「じゃあ復讐しましょう」
「そういう話じゃない」
複雑な気持ちだ。憂鬱というわけでも疲れたわけでもないが、動きたくない。
「クルメトにも伝えないとなんねぇしな......」
「適当に言っておけばいいじゃない。彼が夜になったら山から出れなくなる呪いをかけられたって。彼女ならきっと信じるわ」
「たしかに信じそう」
そこら辺は帰ったら考えよう。
「しゃーねぇ、行くか......」
「はい」
「無言で手を差し出すな。ってかちょっとは一人で歩け」
「分身の方は完全に一人で歩いているわ」
「チッ。はい!」
俺はフィルクの手を掴む。そういや、あんまり感触を話したことなかったな。スベスベだけど微妙に冷たくて生気を感じない。以上。
「はあーあ、やっぱりタイカルを連れてくるべきだったかなぁ」
「何があったかは知らないけれど、彼が居たらどうにかなったの?」
「......分からん」
俺は上を向いた。憂鬱な時は下を向きがちだが、できるだけ太陽の方向を見ることを俺は意識している。
当たり前だが、太陽を見ると、目が痛くなる。けれどこの痛みが、案外憂鬱な心を刺激するスパイスになったりするのだ。
「あ、キキョウ、止まって」
「ん? どうした?」
「後ろに蜘蛛が......」
「え?」
俺は咄嗟に後ろを振り返る。え、人面蜘蛛なんていないじゃん。
・・・足に激痛が走った。
「痛ぇ!」
「キキョウ、油断したわね」
「ぶっ飛ばすぞテメェ!」
身体強化魔法を使って思いっきり蹴り飛ばす。俺の足がジーンと痛むが、人面蜘蛛は飛んでいった。
「マジでこいつらクソうぜぇな......」
「餌にされていた幼虫が持っていかれたから、どんどんと増えてきたわ」
「あぁ、さっきまでデカブツにすっごい数群がってたもんな。グロすぎてモザイク必須なやつ」
ユズがデカブツを退かす際に人面蜘蛛を一掃してくれたんだが、高いところまで来たのもあって、まだまだ湧き続けていた。
「俺がちょい卑怯な手を使いながら拘束が限界なのに、簡単にモザイク状態にできるの理不尽だろ......」
ちなみに、ユズも前からデカブツだけなら余裕でワンパン可能だったらしい。なんでそれに次ぐ実力者のはずの俺がこんなんなのか。
「頑張ればキキョウでも殺せると思うわ」
「無理を言うなよ。見ただろ? 初戦、興味本位で突っ込んだ時、俺ワンパンだぜ?」
「・・・」
「おい、なんか言えよ。悲しくなるだろ」
「あぁ...... これから成長するから大丈夫だと思うわ」
無駄に溜められた上にいつもの謎根拠で答えられた。溜めるならせめてもっと良いフォローをしてくれ。
「それにしても、フィルクに比べてめっちゃ綺麗に解体したなユズ。血の匂いが少ない」
「表面を焦がしたり冷やしたりしながら切ったみたいね。血管が塞がっているわ」
ちなみに、解体したデカブツは、自家製のキャタピラみたいなのに乗っけて頑張って運んでた。ユズはマジ何でもできる。
「だからこそなんかなぁ......」
しかも慎重で話しやすくて道徳的な心を持っている。だからユズは完璧でも、嫉妬もせずに尊敬することができた。だけど、あんなことを言われると、疑心が生まれるというか......
「あ、そうだ。フィルクの監視の約束、あれユズから断られた」
あのユズの反応もちょいムカつく。心配されるようなことを黙っていたくせに......
「じゃあやらなくていいの?」
「やってほしいけど、まあ仕方ないな。別に保護者ってわけでもないし、プライベートとか言われたら強行できないし」
「無駄に律儀ね。キキョウが弱肉強食に負けたわ」
言い方。俺の良心に基づいて判断しただけだし。動揺はしてたけど、ビビって逃げ出したわけじゃない。......あぁ、でも。
「たしかに俺の方が力も口も圧倒的に強かったら、無理矢理にでもやってた気がするな」
「実際彼の精神年齢はキキョウより高いわ。怯んでも仕方なしね」
「うーん、ユズもおまえも蹴り飛ばしたい」
フィルクも精神年齢は知らんけど意外と理に適った行動するもんな。衝動的にすぐ動かないという点に関しては、フィルクの方が大人な気がする。
ユズは言わずもがなだ。あまり反論できない。
「そういえば、メリケンサックは貰ってないの?」
「あぁ、今は壁で魔力が精一杯だから、事態が落ち着いたら作ってくれるって」
「付けたら見せて欲しいわ」
「ん? まあ言われなくても自慢するつもりだったしいいけど」
「楽しみにしとくわ」
あぁ、厨二心に刺さったのか。分かる分かる。メリケンサックってなんかかっこいいよな。
「あ、ちょっと待って。惜しいことしたなぁ! どうせなら色指定しておけば良かった!」
「黒色がいいわ」
「いや、俺は緑色が好き」
緑色に光るメリケンサック。最高じゃん、めっちゃ付けたい。どうにかして緑色にしてもらおう。
「黒色もしくは紫。暗い時に使いやすいわ」
「黒色とか無いわー。紫色も無いわー」
「むしろ緑色の意味が分からないわ。弱そうじゃない」
「目と髪の一部が緑色の俺にそれ言う?」
ちなみになんで緑色かは俺も知らん。もしかしたら日本に住んでいただけの外国人かもしれん。だとしたら遺伝子に感謝だ。
「でも、なんで緑色が好きなの?」
「好きな色に理由なんて無いだろ」
「それこそ自分の身体的特徴と同じだからとか、なにかあるでしょう?」
「あぁ......」
別にそういうわけではない。緑色が好きな理由...... マジで思い浮かばないな。なんとなくっていうのを言葉にしようとすると......
「強いて言うなら...... 目に優しいから?」
「は?」
「は? って言われたんだけど。そんな怒りを覚えるものじゃないだろ」
「いや、だって...... 普段から自分の目を焦がしている人が、言うセリフじゃないわ」
たしかに。でも、んなこと言われても、理由はせいぜいそんな感じなんだ。嘘はない。
「目を焦がしたいわけじゃない、太陽を見たいだけ。でも目に優しいのも好き。Are you OK?」
「意味が分からないわ。何を言っているの?」
「だーかーらー、目を焦がしたいわけじゃないの。脳に焼き付けるっていうのかな。太陽を見ると残像が残るだろ? それっ。目に優しい色が好きっていうのと両立できるんだよ!」
「そう...... どうでもいいわね。黒色の方がかっこいいわ」
この厨二病め。メリケンサックが来たら速攻緑色にして見せつけてやる。
「ってかさ、もう話すことが無限に出てくるな。新たな家にレアにキュリアにユズに、特訓しつつも加護が欲しくて服も欲しくて、『プリズム・サンライズ』の後処理に人面蜘蛛に壁に...... そして今からディスア? だっけか」
もちろんフィルクについても話すことはあるし、ユズの加護のこともある。ユズがフィルクを遠ざけたのは、加護のことを明かさないためらしい。内緒にしてって頼まれた。
加護について明かすデメリットは知らんが、たしかにメリットもないもんな。フィルクは俺以外に対して何してくるか分かんないところあるし、特にフィルクのことをよく知らないユズにとっては、妥当な判断だろう。
「ディスアな...... 正直もう帰りたい。走ったりなんだりで疲れた。これ以上人面蜘蛛見ると精神的にも体力的にもキツい」
「じゃあ今度にしようかしら。アタシも歩き疲れたわ」
「そうだな。やっぱ帰ろう」
元々こんなキメラ作るクソ野郎と会いたくなかった。これ以上驚き要素は要らない。夕食も近いし、そろそろ帰ろうと思う。
「はぁ...... なんかなー。気分が優れない」
「一応解毒魔法と治癒魔法かけとくわ。この蜘蛛から毒を喰らったかもしれないし」
「ありがとうだけど、多分気持ちの問題だと思う」
一応貰ったが、マジで何も変わってない。俺は再び太陽を見て、歩き出した。
俺は甘く見積もっていた。人面蜘蛛から逃げて、デカブツから逃げて、足は既に限界が近かった。心の痛みも大半だが、心臓の痛みも同じぐらい強かった。
フィルクの治癒魔法はそこまで万能ではない。俺やユズと違って、即治療というわけではない。足や心臓の痛みが治る途中で歩き出したら、どうなるかは一目瞭然。
「あっ」
足を曲げた瞬間、俺は頭から倒れた。太陽を見ていて足下は見えておらず、さらにフィルクの手を握ったままで、ついでに割と急な方の下り坂。
「おっ、おっ、おう?」
フィルクの手を咄嗟に離して、身体を回して突き放す。絶妙な力調整でフィルクは転ばなかったものの、反作用が自分に返ってきて......
ねじれた身体で頭から倒れるため、足と足が絡まる。
「やべっ」
後頭部をぶつけてはいけないと、俺は本能で身体を曲げた。そして絡まった足は力が加わって少し曲がり、まるで足をクロスしたまま後転をするかのような体制になる。
「アーーーー!!」
思いっきり回り落ちていく。木も花もない地面。あるのは『プリズム・サンライズ』の影響で、水分が少なくサラッサラになった土だけだ。
「痛い!? 痛くないけどなんか怖い! うわっ、口に土入った!」
1人で実況をし始める。なんか絡まった足が悲鳴を上げている気がするけど、それ以外はあんま痛くないからどう反応すればいいか分かんない。
「ふぐ! ふぐ! ふぐ! ふぐ!」
フグとは漢字で河豚と書き、毒を持っているが美味しい、ポヨポヨとしたまんまるの魚である。
「グハァ」
何か硬いものに足がぶつかり、情けない声を出した俺。完全に勢いが止まったわけではないし、なんなら足はめっちゃ痛いが、一応回転は止まった。俺がぶつかったのは......
「ぎゃー!!!!????」
そう、人面蜘蛛である。見上げたら人面蜘蛛がドアップで映るとか怖すぎる!
俺は全力で下に向けてダッシュした。足はまだまだ悲鳴を上げているが、なんとか気合いで走っている。
目の前に小さな人影が映った。
「えっ、ちょっ、退いて!」
フィルクはもっと背が高い。分身ではないだろう。......キュリア!?
「危ないキュリア!」
止まれ止まれ!
俺は痛む足を全力でブレーキに使い......
そのまま眠った。
そして顔面から地面にボッシュートした痛みで跳ね起きた。
「なぁ......」
「大丈夫? お兄ちゃんっ」
満面の笑顔である。大丈夫なわけなかろう。多分今の俺、血まみれだぞ?
「痛い......」
「お兄ちゃん、加護が欲しいの?」
「は? ちょっ、ってかなんでキュリアが......」
「ほーらっ、加護が欲しいの? 欲しくないの?」
「えーっと...... 欲しい」
「じゃあ魔眼をあげる〜! キュリアと一緒! 魔力が見える魔眼!」
「ん......? ありがとう......?」
混乱してて上手く頭が回らない。なんでキュリアがここに居るんだ?
「じゃあ、渡すね! 心の準備をして!」
「あのー、説明をー」
「貰えば分かるよ! はーやーくー!」
何をすればいいんだ...... 魔法を出す時みたいに、魔眼が欲しい! ってねだればいいのか。
「魔眼をください!」
「はい、毎度ありー。じゃ、バイバーイ!」
・・・え?
俺は眠りについた。
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「あ、やっと見つけたわ。疲れたのは分かるけど、ここで眠っていたら容赦なく人面蜘蛛の群れに喰われるわ。気をつけなさい」
「え? あぁ。おはよう」
身体を揺らされ、さらに頬をペシペシされながら目を覚ます。右手は握ったまま、地面を押して身体を起こす。
「ちょっと面白かったわ。久々に笑った、満点ね」
「......」
実際は笑い声はないものの、ケラケラとでも言っていそうな顔だ。周りから見たら綺麗に回ってて面白かったのだろう。フィルクが笑っている姿見たかったな。
それはそれとして、俺はフィルクに魔法弾をぶっ放した。何かの魔法で魔力が放散して、無に帰る。
「ってか全身がめちゃめちゃ痛い。治癒魔法もっと頂戴」
「一応かけるけれど、ここまで酷いとあまり効果はないと思うわ。アタシは治癒魔法が苦手だから」
「まあ確かに苦手そうだよな」
・・・マジでちょっとしか効果感じない。まあ魔力もだいぶ使っているだろうし、そんなもんだろう。
「どうしよ...... 背負って」
「いや、体重差が酷いわ。アタシは50kgあるかないか。不可能だと思うわ」
「俺その1.5倍近くあるわ......」
(前世で) 鍛えられあげたボディだ。脂肪は少ないものの、背も高くそれなりに重い。俺は握られたままの右手を手前に動かして、大きな筋肉の山を作り出した。美しい。
フィルクに触られる。比べて見ると差がひどい。フィルクも筋肉が無いわけじゃないんだけどな。少なくとも俺を運ぶには心元なさすぎる。
「チッ、気合いで歩くか......」
「おぉ、歩いた。偉いわ」
「......口に人面蜘蛛を押し詰めたい」
よちよちと歩く俺の頭を撫でるフィルク。屈辱だ......! 俺は右手を握りしめた。
「あれ、そういえば、さっきから俺何握ってんだ?」
俺は右手を開いた。
「「・・・・・・!?」」
中には、1つの眼球が入っていた。




