31話 共感したくてできなくて
「ふぅ、デカブツをここで溶かしたら山に悪影響でしょ。普通に考えて。解体して適当にばら撒くから、触らないでね」
ユズは額の汗を拭うと、「ふぅ」と安心の息をもらした。意外と元気そう......?
「なるほど、そういう理由だったか」
「キキョウを助けにきたってのももちろんあるよ?」
あんま心配していなさそうだがな。実際フィルクが居なくとも、頑張れば逃げるぐらいはできますけれども。もう少し心配して欲しかったな。
「よし、じゃあ僕は帰ろっかな? バイバーイ」
「ちょっと待とうか」
俺はユズの手首を掴んだ。ニコニコとした2人の男が握手している奇跡的瞬間である。
「お? なんだこれ?」
「メリケンサックだよ。かっこいいでしょ」
「へぇ...... ヤンキーじゃん」
「あんま使ってないけどね」
「取り外して見てもいい?」
「いいよ」
試しに取り付けてみようとするが、指の太さがだいぶ違うからハマらない。触ってみた感じ、硬さは相当あるようだ。
「何に使うの?」
「まあ...... うん。道中で見たと思うけど、あの人面蜘蛛に直で触れるのは嫌じゃん......?」
きまりが悪そうだ。その件はおいおい追及していくとして、それよりもメリケンサックだ。俺の中の厨二心がくすぐられる。
「相当硬いけど、どうやって作ったんだ?」
「タンパク質を抽出して、それで固めたんだ。魔力じゃなくて物質で作ったやつだから、消えたりはしないよ」
「あぁ、アタシの結界を破った地味な魔法ね」
フィルクは見たことあるらしい。まあ確かに地味だけど、フィルクの結界を壊せるなら普通に強そうだ。
「でも僕の戦闘スタイルと合ってなかったから、正直要らなかったね。キキョウの分も作ってあげよっか?」
「あ、頼む。めちゃ欲しい」
「アタシは要らないわ」
「把握っ。じゃ、そういうことで。ばいば〜い」
「いや帰らせねぇよ?」
右手でユズの髪を掴んだ。そして軽く力を入れて引っ張った。
「いたい! いたい! キキョウ痛い!」
「知ってる。むしろ痛くしている」
「反発魔法!」
掴んだ感覚が消え、ユズがスルッと抜ける。俺は咄嗟に左手で首を掴んだ。いつのまにそんな新技を習得したんだ。
「キキョウ、死ぬ! 死んじゃう!」
「喋れてんじゃねぇか」
「えへへっ、バレた?」
これも反発魔法か。イメージ的には、力を加えたものに同じ力を返したような感じだろう。魔力を込めればカウンターも狙えるのかな。
「ほら、逃げさせねぇよ?」
「ちくしょう」
「よし、説明願おうか。ユズ、全部内緒にしていただろ?」
「まあそうですね」
「なんで?」
ユズはどう答えるのか迷ったように、しかし一瞬で答えた。
「キキョウに心配されたくなかったからかな」
分かってはいた。それぐらいしか理由はないだろう。
「で、実際どうなんだよ。やっぱ無理しているのかよ」
「正直不安だけど、まだ犯人は見つかっていないし、今は全然大丈夫だよ? ただのキャンプ」
「ん? ちょっと待て。何の話?」
「何って、人面蜘蛛が居るのに黙っていたことじゃないの?」
もちろんそのことだが、微妙にすれ違いがある気がする。フィルクの方を見ても、よく分かっていないようだ。
「そうだけど...... そうなんだけど、え? 犯人云々っていうのは、人面蜘蛛を作ったやつのことだろ?」
「うん...... そう。もちろん不安っちゃ不安だけど、ほら、ね? 分かるでしょ?」
「え、何を?」
ユズは言いにくそうに話した。
「僕が勝てないならキキョウは正直足手まといだし、フィルクに協力を頼むのもアレだし、そもそも僕に勝てるやつって少ないじゃん?」
「ん? 何々? disられた?」
「disってないよ」
......ユズは、俺がユズと犯人が戦うことについて心配していると思っていたのか。なるほど。
いや、別に俺、犯人については何も考えてなかったんだけどな。っていうか、普通にユズなら大半勝てるだろ。デカブツもフィルクが居なければあっさり倒せたらしいし。
「まあ確かに言われてみれば心配だけど、そいつは今からフィルクがぶっ倒しに行くから、大丈夫だぜ? それより、人面蜘蛛の方だよ。絶対無理しているだろ」
「無理って...... あ、壁のこと? まあ確かにあれは作るの苦労したからね。あとで話すよ」
「は?」
「え?」
何を言ってんだユズ。ついに頭おかしくなったか? ってか、壁ってなんだよ。......あ、あれのことか。あれってやっぱユズが作ったんだ。
それは置いといて、何? 人面蜘蛛ってユズの周りにも居るんだよな? ユズはこんなアンモラルの塊みたいなやつと対峙しているんだよな?
俺は周りを見渡した。
「......ぎゃー!? 居るじゃん! 居るじゃねぇか! ぶっ飛ばすぞ!」
「居るって何がよ。人面蜘蛛のこと?」
「そうだよ!」
「あははっ、めっちゃビビってんじゃん。ウケるw」
はぁ? ウケるじゃねぇよ。ちゃんとビビれよ。
「へぇ、意外。キキョウってこういうグロいの苦手なんだね。待ってて、今倒すよ」
ん? グロい? 意外? 何かよく分かんないんだけど!
「絶対さっきから俺と違う話をしているだろ! ちょっ、大丈夫なんユズ!?」
人面蜘蛛に近づくユズ。
「キキョウ、目を瞑った方がいいよ。あ、あと耳もっ」
俺は困惑して、反射的に視界と耳を塞いだ。
ユズは何をしているんだろう...... やっぱこういう例外時の遺体の扱いとかってあるのかな。好奇心に負けて、目を開いた。開いてしまった。
ユズは、まるで蚊でも潰すかのように、人面蜘蛛を一瞬で潰した。
「......は?」
「あ、目を瞑った方がいいって言ったのに。大丈夫なの?」
「え? は?」
ユズは心配そうに俺に声をかける。いつも通りの、明るくて甲高く響くも優しい声だ。
だからこそ、矛盾を感じる。俺よりもこういうのには神経質だったはずだ。確かに俺も、恐怖心でコイツを潰した。けれど、今のユズからは、恐怖も動揺も感じ取れない。
「だって...... こいつ、元は人間で......」
「えっ、これは人間じゃないよ?」
俺は言葉を発するのを止める。ユズが言うことに、耳を傾けたかった。
「もっと言うなら、生物っていうのも難しいんじゃないかな。生殖機能とか無かったし。言うなら自動でエネルギーを供給できる質感がリアルな高性能ロボット?」
「え、え?」
「誰かの所有物だとしても、所有主が出てこない上に明確に害があるしね。なんなら自分から放出しているでしょこれ。流石にこれで、後から『僕のものだー』とか言われても困っちゃう」
......何を言っているんだ? これは人の頭が付いているわけではないのか?
「え、この人面蜘蛛って、どうやってできてんだ......?」
「どうやってって。......分かるでしょ。倫理的に言えないことだよ」
「それが分かっているのに、どうして潰したんだ......?」
「さっきと同じだよ。害があるから処理しないといけないし、けど遺族も居なければ然るべき機関もない。どうしようもなくない?」
たしかにそうだ。完全に身寄りの人が居ないから、どうしようもないという主張は分かる。けれど......
「それでも、せめて埋めるとか、焼くとか...... 詳しくは分かんないけどさ、なんか無いのかよ?」
「僕はそういう宗教入ってないし。というか、それって形が荒れるのを防ぐためでしょ? キキョウは、蜘蛛とくっついて死ぬのを良いと思うの?」
「......」
理屈としては分かる。分かってしまった。埋葬や火葬の理由は、環境への配慮と、死者の形を荒れさせないという敬意だ。けれど、納得がいかない。
「じゃあ何で...... そんな軽いんだよ......」
ユズは、あっけらかんと言った。
「え、別に。どうせ知らない人だし」
苦笑いするユズ。......俺はユズの行動を、否定することができなかった。
......そうだよな。なんだかんだ言ってもユズはまだ小さい。きっと、倫理観がまだ形成されていないんだ。
「キキョウ」
「なんだよ」
フィルクが声をかけてきた。
「分かったでしょう?」
「......もういい、帰る」
なんとも表現し難い、微妙な空気だ。俺は拗ねたように、帰ることを決めた。
「え、何その感じ...... どう反応すればいいか分からないんだけど」
「別に。特に心配していないし。全部倒せよ」
「......キキョウにだけ、言いたいことがある」
「......分かった、聞く。フィルク、あっち行ってろ」
俺は期待した。今のが冗談だったり、理由があったりすることを。しかしそんな薄い期待に、都合よく答えてくれるはずがない。
そして、俺が感じたのは失望ではなく、驚きだった。
「実はね、加護を手に入れたんだ」
「・・・・・・ん!?」
なぜ急にそんな話になる!?
「キキョウが想像しているやつで合っていると思う。能力は、魔力自動供給。自分が通過した場所のどこかに、ポイントを指定するの。そしたらそこに自動で僕の魔力を供給してくれる。
簡単に言えば、あの壁に沿って歩けば、距離が遠くでもその場にあるかのように壁を作ることができるし、維持することもできる。僕の魔力量でも維持できるのはそういう理由。魔力回復速度も僕高いし」
「なんで俺の周りは鬼にグングニル状態なんだよ......」
フィルクといいユズといい、俺との格差がドンドンと広がっている。俺の立ち位置はクリ◯ンかよ、ちくしょう。
「クソがっ、それだけならとっとと行ってろ。バイバイ!」
「ちょっと待ってっ」
「おまえ俺から逃げたいのか話したいのかハッキリしろや!」
「ごめんごめん、話させて?」
「なんだ、自慢ならビンタで鼓膜破るぞ」
「真面目な話だから」
真面目な話と言いつつも、なんか軽そう。そろそろ首絞めたくなってきた。ってか絞めて良いかな。くっきりと痕を付けてやりたい。
「怖い怖い、なんかナチュラルに殺意を感じる」
「......ユズ、2秒だけ目瞑っててくんね?」
「え、嫌だ。ぶん殴られる」
「殴らないから。いくぜ」
「うわぁ......」
目をピクピク動かせて、微妙に震えている。一瞬殴るのもアリかなと思ったけど、流石に辞めとこう。
代わりに、俺がやるのはこれだ。
「精神魔法:自責」
「え?」
「悪いな。さぁ、とっとと言いたいこと話せよ。早く話さねぇなら帰る」
俺はユズへ精神魔法をかけた。感情を固定できれば別に何でも良かったが、色々な身勝手な行動をユズ自身がどう思っているか知りたかったため、自責にした。
前も説明したが、精神魔法:自責をかけたところで、ユズが絶対に自分を責めるわけではない。精神魔法は相手の感情の動きを誘導するもの。魔法の耐性以外にも、相手の精神状態や心の強さによって、相手がどのくらい自分を責めるかは変わる。
「な、なにこれ......」
しかし、ユズには効果抜群だったみたいだ。頭を抱えている。
「月魔法! 『客観視点』!」
「オブジェクティブ? 客観? なにそれ?」
「主観じゃなくて客観で物事を考えられるようになる、僕が唯一使えて自分にしか使えない精神魔法。多分特殊な能力」
「それダメ」
「え?」
「禁止」
「えぇ......」
俺の意図と反することをされても困る。 ユズには悪いが、しっかりと精神魔法にかかってもらわないと。
「分かったよ、解くよ...... 頭痛い......」
「で、何を言いたいんだ?」
「......ん」
「えっ」
「ご、ごめんとは思っていて、思っているんだけどっ...... ど、どうしても1人になりたくて...... ひぐっ」
え、泣き出した。俺の精神魔法のせいなのは分かっているけど、キッモ。急に泣かれるとキモすぎる。
「ちょ、この精神魔法もう少し制御できない!? 強すぎて扱いが難しいんだよ! 分かりやすすぎて逆に分からん!」
「多分いつか制御できるようになるよ......」
あ、こっちはそこそこ声が落ち着いている。やっぱ自責の感情を煽るだけで、自責の念がないと問題はないらしいわ。ってことは、さっきは自責の心があったのか。
なんかアンバランスで心の動きが逆に読みづらいな。
「こう...... 自責よりも弱い...... 『やべっ』みたいな」
「ご、ごめん。先生に謝っといてよっ、ね? ちゃんと反省しているから! すぐ終わるからっ」
「すげぇ。先っぽだけでいいからって言って結局妊娠させてしまうヤリチンじゃん」
「この精神魔法邪魔だから取っ払ってくれない? ウザい」
早急に精神魔法を上手く扱えるようになりたい。オーバーすぎて逆に扱いづらい。
「しゃーなしだな。解除してやる」
「......ふぅ、なに今の。頭痛いんだけど」
「俺の精神魔法。チートだけど需要が薄い。よっぽどじゃないと上手く使えないよな」
「冷静さを奪うっていう意味では強そうだけどね。キキョウって中途半端な頭脳戦が一番得意そうだし」
たしかに。フェイント有りの肉弾戦とかには有利に運べるかもしれない。炎魔法や光魔法も、直進的な相手の方が使いやすいだろう。
「で、1人になりたいだのクルメトに謝ってだの言ってたけど、何の話だよ」
「あぁ...... それなんだけど、もうキキョウは人面蜘蛛とかについて知っちゃったじゃん? キキョウに下手な心配をかけないようにいつも帰っていたけど、もう知られちゃったから、帰らなくてもいいかなぁって......」
・・・色々とツッコミ点がある。まず、帰らなかったら情報が俺に入って来ないから、確かに心配する。しかし、別に完全に情報が入ったからといって、帰らなかったら普通に心配する。
そして......
「うーん...... まあ、仮に俺が本当に心配しないとしよう。けど、風呂とか寝るところとかどうするんだよ」
「それはもう魔法でなんとか。壁はあるから外で寝ていれば基本問題ないし」
「寝てる時にも機能するのかあの壁」
食料、飲み水、安全性は、壁のおかげで確かにある。
「壁のおかげでキキョウ以外にはバレるはずがないし、ちょっと1人になりたいんだ」
「で、でも、流石にそれを認めるのは...... そうだ、フィルクをユズの側に置かせてやってくれねぇか? アイツ役に立つし、目にいいし、守る必要もないから!」
フィルクには既に、ユズがまた変なことをしないよう、ユズの監視役をやってもらう予定だった。しかし......
「扱いが酷すぎる...... でも、要らないかな。1人で考えたいんだよ」
「考えるって、何を?」
「うーん...... 分かりやすく言うなら、自分探し?」
「その年齢で何を言ってやがる。自分を探すより前にメニュー表からお子様ランチでも探してろ」
「流石にお子様ランチは卒業しているかな」
客観的に見たら、ユズは俺より精神年齢が高そうに見えるだろう。けど、俺は、俺はユズが未完全なことを知っている。ユズを1人にしたら、きっとユズは耐えられない。
ちなみにお子様ランチは小学生まで有効なことが多い。ユズはしっかりお子様ランチを食べれる。タコさんウインナーを食べていてもおかしい年齢ではないのだ。
「ダメ......?」
「......俺は認めない」
「えぇ、まだ? なんで?」
何故か。俺は何でユズを止めた。どっちにしろユズは近くにはいない。どっちにしろユズが危険に晒されることはない。仮に危険に晒されたとしても、どっちにしろ守れない。
違う、そういうのじゃない。俺は隠し事が嫌いなんだ。何故か、何故かじゃねぇよ。理由なんてなんとなくだよ。何故と聞くのが間違いなんだ。
隠し事が嫌い? ユズは隠し事をし続けている。ユズを嫌い? 昔は好きだった? 分からないけど、分かりたくない。
「・・・考えるのが、面倒くせぇ」
「......」
「俺がダメっつったんだ。正当な理由があろうがなかろうが関係ない」
「......」
「こっちは譲歩してやってんだ! 何を考えているのかしらねぇが、ダメに決まってんだろ!!」
我ながら論理性の欠片もない。けど......
空気は変わった。
ユズは泣きそうな目をしながら、俯いた。俺が作った空気圧力に、押し潰されるのを耐えるように、か細い声を出した。
「ねぇ、キキョウ」
「何?」
「僕は分かっているんだよ。精神魔法を使った理由」
「......」
「僕の心が読めなくて、焦っているんでしょ。フィルクの時もそうだった。キキョウは共感できないと、行動が極端になるの」
......図星だった。いや、言われてそう自覚した。俺の観察力は高い。フィルクだって、タイカルだって、理解しようと歩み続けて、初対面の頃よりも彼らの本質に近づけた。
ユズだってそうだ。最初会った時はよく分からなかった。馴れ馴れしいのか遠慮しているのか、急に名前をつけてきて、困惑した。その時よりは、理解したと思っていた。
けど、今はどうだ。ユズがなんなのか、全く掴めない。何をしたいのか、どんな価値観なのか。共感ができない。
「相手を知ろうとして、キキョウはフィルクに話しかけた。けど、知ったと知らないの境界線上にいる僕は、ただ話しかけるだけでは意味がない」
「そうだった。お前も、観察力が高かったよな...... 俺以上に」
「精神魔法で分かりやすく僕の感情を掴み取ろうとした。頭が痛くなるから正直迷惑だけど、もう少し威力を弱めたら、僕は使うことを否定しないよ?」
手のひらの上にいる感覚。悪意なく支配されている感覚。俺のコンプレックスを完全に理解されて、さらに安易な慰めをかけられた。
「で、どうするの? 僕を止める? 焦って行動するよりも、もう少し精神魔法を上手く調節する練習をした方が、効率的じゃないかな」
「......でも」
「しつこい」
突き放すような言い方だった。俺は何も言い返せなかった。
「いいんだよね?」
「......いつ帰ってくる」
「多分、1ヶ月後ぐらいには帰ってこれると思う」
「分かった。2ヶ月以内に帰って来なかったら、俺が殺しに行く」
「......了解」
なんともいえない会話が続いた。ぶつ切りで、業務連絡のようで、感情が読み取れない会話だった。
ただ、それはもしかしたら、そうじゃなかったのかもしれない。
もしもう少し耳を傾けていたら、もしもう少し知ろうとしたら、共感できたのかもしれない。
俺は理解できなかったのではなく、理解したくなかったのかもしれない。




