30話 合理的な少女
「デカブツが復活しても何一つ感動が無いんですけど!?」
「キキョウ、ツッコミはいいけど戦いましょう? いい練習台が自分から来てくれたわ」
「もうフィルクが全部戦ってよ。俺は寝る」
どうせフィルクが俺を殺すことはしない。身の安全は保証されたようなものだ。
「キキョウ、眠いのは分かるけど戦いましょう? いい経験になるわ」
「めんどい」
「......キキョウ、死ぬわよ?」
「死んじゃうから守って」
「いや、えー......」
なんとも言えない反応をするフィルク。俺のことを結界で守ってはくれているものの、一人で倒すのは嫌なのだろう。
しかしフィルクは俺には忠実なので、脅しや嫌がらせは基本しない。俺は勝ちだ。
「あの...... 戦ってくれると...... 嬉しいのだけれど......」
「脅しと騙し討ちしかしたことがないフィルクに教えてやろう。こういう時こそ交渉するんだ」
「なるほど、分かったわ」
ちなみに、悪魔を倒す云々の件も、未だに交渉は終わっていない。筋トレと魔力トレーニングは欠かさずやっているものの、今はそれだけだ。
「何が欲しいかしら?」
「城と王冠と従順な国民」
「なら、今度文明を1つ見つけて崩壊させるわ。それでいい?」
「ごめん、迷惑かけてまでやるつもりはない」
なかなか強気な発言だったが、国1つ潰されると何というか流石に迷惑すぎてマズイ。
「ってか大丈夫なん? デカブツ突進繰り返してるけど。よく耐えるな」
「物体生成魔法で作った壁の奥に既に8体の分身が隠れているわ。全員で結界を発動しているの。名付けて、『黒き罪への白き牢獄』よ」
「かっけぇ」
褒められてニマニマとしているフィルクはおいといて、俺は目を閉じて本格的に睡眠に入る。この俺にかかれば、1分で意識を落とすことも可能なのだ。
「待って! 寝ないで! あー、あー、あー、あー」
「うるせぇよぶっ飛ばすぞ」
「寝ないで! 戦って!」
「デカブツ倒し終わったら起きる」
俺は物体生成魔法でマットと布団を作った。これで完璧だ。
「あー、あー、あー、あー」
「その絶妙に脳に響く大きい声なに!? ムカつく!」
「拡声魔法よ」
絶対俺の得意分野の魔法じゃん。俺もそれを使って叫ぶ。
「うるっせぇ!」
「うるさい!」
ちょっと自分の鼓膜すら傷つけた感じあった。案の定得意分野である。ってかフィルクが段々とキャラ崩壊してきていて可愛い。「うるさい!」 だってw
「はぁ...... じゃあこれでどう? アタシがユズの監視をするわ。貴方の心配も消えるでしょう?」
「何急に交渉上手くなってんだよ。満点、もうそれでいいよ」
フィルクがユズの監視をしてくれるのは、地味に嬉しい。クルメトから聞きはするものの、やはり直で見るのと話を聞くのでは精密度が違う。
「即答されると心配になってくるわね。彼がそんなに心配するほどの価値があるのか、今一度考えた方がいいわ」
「ひでぇ台詞。フィルクって、やっぱりユズの評価めちゃくちゃ低いよな。どう考えても価値は高いだろ」
「まあ、便利屋としての評価は高いと思うわ。料理もできるそうだし」
「ユズの料理は美味い。あと早くて無料」
ユズは牛丼の上位互換だ。ユズがこうして無理をしていると、回り回って俺がキツイ。
「ねぇキキョウ。もう1つだけ条件をつけるわ。今から言うアタシの質問に、答えて欲しい」
そんな時、フィルクが真剣な表情をして言った。視界の端でデカブツが暴れているため、あまり締まらないのは笑ってはいけない。しっかり聞こう。
「彼とキキョウを天秤にかけると、どちらがより価値がある?」
「え、俺」
流石に自分と他人だったら自分を選ぶ。それなりの付き合いだし、フィルクもそれぐらい分かっているだろう。質問の本質はそこでは無かった。
「なら、ユズの命とキキョウの労力は?」
「ならユズの命かな」
「ユズの悲しみとキキョウの悲しみは?」
「......」
ユズの悲しみと俺の悲しみ。どちらが価値があるというよりは、2つの内どちらかを防げるとした時、どちらを守るかということだろう。
俺は3秒ほど頭を整理し、答えた。
「......そしたら俺は俺を守る」
「じゃあ範囲を広げましょう。アタシと彼」
「え、それは、私と綾鷹どっちを選ぶか的なあれ?」
「茶番はいいわ。どっち?」
「......ユズかな」
フィルクが死ぬ様子を想像できないというのや、照れ隠しというのが無いわけではない。ただ、仮にそれを除いても、俺はユズを守る気がする。
本人が聞いたのだから、俺がこう答えるのは仕方がない。フィルクは変わらず無表情だ。悲しみの表情も読み取れない。
「じゃあ、他の人も含めたら?」
「......言えるけど、流石に言う気はない」
「本当に言えるの? 誤魔化していない?」
「言える」
「じゃあその中に......」
正直、こういう話題になるとは思わなかった。自己嫌悪に浸るとまではいかなくても、どことなく優劣をつけることに背徳感がある。
そして次のフィルクの質問は、不可解なものだった。
「同じ価値のものは存在するかしら」
同じ価値のもの。どう答えるのが正解かは分からないから、思うがままに答える。
「ほぼ同じっていうのは存在するけど、完全に同じっていうのは、やっぱり無いと思う。日によって変わったりとかはあるけど」
例えば食べたいものとかは、その日の気分によって変わるだろう。それを人間に置き換えるのは傲慢だが、それでもそういうものだ。
「......やっぱりアタシは間違っていなかった」
フィルクの質問の意図は分からない。けれど、フィルクは満足気に笑ってみせた。ユズより下って言ったけど、気にしていないみたいだ。
「よかったのか? 正直、あんまりフィルクの望む答えじゃない気がするんだけど」
「それはアタシが変えることで、キキョウが気にすることではないわ。アタシが嬉しいのは、全て茶化さず即答してくれた点」
茶化さず...... 多分ここで言っている茶化さずっていうのは、有耶無耶にしないっていう意味だろう。おちゃらけるっていう意味だと深夜テンションならアウトだった。
「アタシ、戦闘において、才能も大事だと思うけれど、最も大事なのは心だと思うの」
「へぇ、意外だな。弱いと勝てなくねぇか?」
「そんなことないわ。自分の欠点を理解して、その欠点を補う人を利用したり、神様から加護をもらったり。強いて言うなら頭脳は必要だけれど、工夫すればなんとかなるわ」
話す人がチート能力持ちでコミュ力無いから説得力があんまり無い。気持ちよく喋っているから突っ込まないでおこう。
「心の強い基準は、主に3つ。1つ目が、自分の信じた行動を疑わないこと。失敗しても、ただの結果論として受け入れられる人は強いわ」
まあそれは確かに俺に当てはまるな。自分のエゴを通すって言う意味でもそうだし、タイカルみたいに人から聞いた意見を取捨選択するのもこれに当てはまるだろう。
「仮に自分を信じた結果自殺したとしても、アタシは軽蔑しない。むしろ、自分の幸せを得るために、勇気を出した。自殺したという行動だけを見ると、尊敬できる行いだわ」
俺は一度思ったことがある。もし何の痛みもなく死ねるボタンが目の前にあれば、大半の人間は押すんじゃないかと。押さないとしても、持ち帰り、大切に保管する人がほとんどではないかと。
自殺をする人を俺は弱いと思う。自殺の大半は逃げで負けだと思う。けれど、自殺をするという行動自体は、きっと誰も馬鹿にできないのだ。誰だって、逃げたくなる時が、理不尽にうち負ける可能性があるのだから。
「けれど、信じた行動がそもそも存在しない人は論外。そして、このパターンが一番多いわ。2つ目は、全てにおいて優先順位を付けること」
そう、問題はこれだ。フィルクの言っていることは分かるけど、若干「サイコパスに言われても......」って感じになる。やっている人の方が少ないわ。
「優先順位を付けていれば、いかなる事態が発生しようとも、自分のするべき行動が分かるわ。もちろん作戦が決まるっていう意味ではないけれど、少なくても作戦を考えようと意識できるようになるわ」
まあ戦場で迷ってどっちも失うなんてことがあったら悲しいよな。分かるけど......
「アタシは、彼がこれを満たさないとは思っていない。けれど、危うさがある。彼はこれを意識していないし、仮に伝えたとしても意識できない」
「......まあ、言いたいことは分からなくはないけど」
「この2つは悪いことではない。この2つの真偽はともかく、行動を責める理由はないわ。納得したなら、キキョウは絶対にこの2つを忘れないで」
フィルクが強い理由が、なんとなく分かった気がする。ものすごく合理的に生きているのだ。ある意味で期待を裏切らない。
実際、(まあ法に触れそうではあるけど、)行動にメリットはあるし、絶対に間違いだとは言い切れないだろう。フィルクの意見は分かるけど、フィルクには絶対なりたくない。
「あれ、そういや3つって言ってなかったっけ?」
「3つ目は今はいいでしょう。というのも、アタシも未だに完全には納得できないし、偉そうに言えないから。とりあえずこの2つを守っていればいいわ」
「へぇ、フィルクにもそういうのあるんだ。ま、とりま俺は問題なさそうだな」
なんだろう。少し頭の中がスッキリした。今なら、全力で魔法が使える気がする。
「じゃ、パパッと踏み台を潰してこようじゃねぇか。結界を解け!」
俺はデカブツの方を見る。
「......」
俺は後ろを向いた。デカブツが思ったよりドンドンと結界に突進していた。
あれ? デカブツってあんな大きかったっけ? そういや、こいつ高さ3mぐらいあったな。やべっ、すっかり忘れてた。
「じゃあ解くわね。頑張って」
「ちょっ、タンマ。深呼吸させて」
そういや俺、1発でやられてたな。すっかり忘れてたわ。デカブツってめっちゃ強いんだった。やべっ、俺イキってたけど死ぬんじゃね?
「ふぅ...... はぁ......」
額に汗が出てくる。どうしよ、でもフィルクにユズの監視をしてもらえるのは嬉しいし......
こうなったらヤケクソだ! ノリと勢いでぶっ殺してやる!
「戦闘開始ー!! オラァ!」
フィルクが結界を解き、直後俺のパンチがデカブツの目にぶち当たる。身体強化魔法で威力と速度を上げている。
もちろん俺のパンチは目を潰して......
腕が刺さった。
「あぁ! 抜けない! ぎゃー! ぎゃー!!」
ぶんぶんと身体を振り回すデカブツによって、俺は地面に叩きつけられた。木がなくてよかった。地面が柔らかいし、遠距離攻撃もされない。
「や、槍魔法!!」
デカブツのもう片方の目に槍を投げるが、皮膚に弾かれる。
「キキョウ、焦ってはダメよ。落ち着きなさい」
「あ、あぁそうだな。精神魔法:安定!」
俺の精神魔法は一級。これで俺の頭は一旦落ち着いて......
落ち着いたのかこれ? なんか微妙じゃね? ちょっ、死ぬ! 死ぬ! 怖い!
「なんか俺の精神魔法が機能してないー!!!!」
「相手をおちょくるのは得意でも、自分を安定させるのは苦手なのね。自分の感情を大切にしている節があるわ」
「なんか納得したけど死ぬー!!!! 精神魔法:怒り!」
立て続けにデカブツに炎魔法を放ち続ける。あまり燃え広がってくれないが、熱は与えられるだろう。このまま焼き尽くしてやる。
「チッ、効かねぇな! クソが!」
しかし、デカブツは気にも留めない。魔力が無駄になる。精神魔法と炎魔法は止めよう。
「はぁ、はぁ、この精神魔法自分に使うとなんかおかしくなる」
「本来は自発的に自分に使うものではないわ。相手に使ったり、使われたのを中和したりするものよ」
「なるほどな」
しかし、一切攻撃手段が思いつかない。この間にも逃げるだけで体力を相当使っている。デカブツの身体が大きい分、逃げるのにも距離が必要なのだ。
「失明を狙うか。光線魔法!」
俺はデカブツの視界に光を与える。『プリズム・サンライズ』の進化前みたいなもんだが、小さい規模ならこれで充分だろう。
デカブツは多少怯んだ。光はちゃんと効くようだ。なら、隙を見て『プリズム・サンライズ』を溜めよう。
「物体生成魔法!」
とりあえず物体生成魔法で仕切りを作る。しかし、デカブツはお構いなしに身体を振るい、仕切りを一瞬でぶっ壊した。
仕切りは魔力の粒子として霧散したものの、衝撃は俺のところまで届いた。再び地面に頭を擦る。脳震盪が起きそうだ。
「マジで勝ち目ないな、はぁ」
フィルクが言ったことを思い出す。自分の信じたことを疑わない。それで失敗しても、ただの結果論として受け止める。俺にその言葉が響いた理由は何だ。
ここでいう信じたことは? ここでいう失敗とは?
......俺はフィルクに交渉を守らせる。失敗とは、俺がここで負けることではない
「なるほどな、フィルクに交渉を破棄されなければ、実質俺の勝ちなわけだ。つまりお前はただの障害物。お前を倒す価値は優先順位的には低い」
デカブツが俺に突進してくる。フィルクが言いたいことが何となく分かった。頭がスムーズに動き、俺がやるべきことが見えてくる。理不尽に対して、自信を持って行動できる。
「じゃあ俺、お前を倒さない。逃げてやるよ、付いてくるかどうかはお前の勝手だ!」
俺は全速力で走る。もちろんデカブツの方が速い。障害物もないから、このままだと俺は喰われてジ・エンドだ。しかし......
「香水魔法! 物体操作魔法! 風魔法!」
香水魔法で小石に肉の匂いをつけ、物体操作魔法でデカブツの前に浮遊させる。風魔法で匂いを煽ったら......
デカブツは石を飲み込んだ!
「っしゃ! まだまだ来いよ!」
そうは言っても、重たい岩は物体操作魔法で動かせないし、魔力の量的にこれだけじゃ足りない。ただ、確認はできた。
「フィルク! 条件の確認だ! 全力で戦えばいいんだよな!?」
「えぇ、勝敗は気にしないわ。特訓の1つとでも思ってもらえればいい」
「攻撃をかわしながら攻撃すれば、戦いに入るよな!?」
「まあ、端的に捉えればそうね」
よし、作戦は整った。残念だが、フィルクの分身1つ1つの価値は俺にとっては低いんだ。
「精神魔法:倦怠感! 香水魔法!」
「っ!?」
俺は話していたフィルクの分身に2つの魔法をかけた。精神魔法の方は他の分身にも同時に機能するのは知っている。つまり、これで逃げられない美味そうな餌ができた。
「あ、あ...... よくない......」
一口でパクッと逝く。最期の言葉はなんとも怠そうだった。シュールだ。
2人目発見! 俺は再びフィルクに香水魔法をかける。アロマぐらいにしか使えないと思ってたけど、悪用すれば意外と良い魔法だ。
「あー...... 死んだ......」
「大丈夫かフィルク」
生気が失われている。元々自分の身に対して無頓着っていうのはあると思うけど、とはいえ効いたなぁ。
そして3人目。「はぁ、そろそろ動かなきゃ......」と眠そうに話していた。まあ分身削りすぎて俺が死んでも嫌だろうしな。
俺が何でフィルクを囮にして逃げていたか。それは単純。時間を稼ぐためである。
時間さえ稼ぐことができれば、あとは溜めていた『プリズム・サンライズ』がデカブツの目を潰す。これでデカブツの両目が塞がった状態だ。
しかし、俺がデカブツに勝たないと言った理由。それは、両目を潰しても勝てないからである。決め手がないから、どうしようもない。
だから俺は、それでも戦闘している感じを出すために、デカブツを拘束することにした。
「水魔法! 香水魔法!」
水に俺の香りを付ける。そしてその水は、デカブツの潰れた目の下にぶっかけた。
「ウ゛カ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
視覚と嗅覚を失ったデカブツは、ただただ暴れ続けた。そして俺は、四方八方から画鋲刺すぐらいのちゃちい攻撃を浴びせる。
「天 ☆ 下 ☆ 無 ☆ 双」
一見まともに戦っているし、実際俺の中では本気で魔法を打ち続けている。デカブツがタフすぎるだけだ。
「どうだフィルク? ちゃんと戦ってるぜい」
「あぁ...... まあいいんじゃない?」
俺はフィルクへの精神魔法を解いた。フィルクは瞬間頭がピンッとなる。
「......www」
「......」
「......www」
「......キキョウ、精神魔法は他の分身に影響出るから、もうやらないで」
「あははははっ、ははっ、ははははは! 最高!」
顔を赤くしながら俯いて話すフィルクに、思わず大爆笑してしまう。
「で、キキョウ。そのあとはどうやって倒すの?」
「一生懸命戦ってるけど、倒し方が分からないなー。でも元々倒さなくても、しっかりと戦えば問題ないはずだよなー」
「なるほどね。まあ、それならそれでいいわ。キキョウ、魔法を止めて」
俺は攻撃を止める。フィルクは近づこうとするが、デカブツは目が見えなくても拘束しているわけではないから、普通にぶっ飛ばされる気がするけど......
「はぁ、冷却魔法」
冷たい風が吹く。この距離で感じるということは、相当デカブツは冷たくなっているのだろう。少しだけ動きが悪くなる。
「風導魔法」
感じる風が強くなる。砂埃を見る限り、デカブツの周りの空気を移しているようだ。
「電気魔法」
音にならない雷が空気中を走る。デカブツへと向けたものではない。なるほど、フィルクがデカブツに使う攻撃は、ただ1つだ。
「物体生成魔法」
デカブツの下半身が、物体によって固定される。
「アタシが魔法の威力ではなく数を重視する理由を教えてあげるわ」
デカブツの上半身は剥き出しだ。固定と言っても、粘着したわけでも囲ったわけでもない。まん丸な身体なのだ。動けないというわけではないだろう。
しかし、デカブツはその簡易な拘束から抜け出さない。何故ならば......
「できるだけ隙を作って、『黒き罪への白き天罰』の試行回数を稼ぐため」
土煙の奥からフィルクの分身が5つほど集まり、デカブツの顔にそれぞれ手を付ける。
空調魔法で空気中の酸素が強制的に減らされた。冷却魔法のせいで、エネルギーの消費量と呼吸の数は何倍にも膨れ上がっているのだろう。
もはやデカブツは抵抗もしない。何をされるか分かった頃には......
「ア゛ア゛ア゛ア ア ァ ァ......」
既に手遅れだった。真空に近い状態で、よく大きな声を出せたと思う。しかし、喉に肉液が絡みついた瞬間、その音は止まった。
「気持ち悪いわ。さっさと胴体を溶かしてこの分身も消しましょう」
フィルクはパッパと手をはたく。たしかにスッゲェ匂いする。暫くはコイツも人面蜘蛛の餌だろう。
「いやぁ、やっぱその技チートだなぁ。攻守において無敵っつぅ」
「キキョウも加護をもらってもっと頭を使えば、これぐらいにはなるわ」
「だと良いけど......」
フィルクがデカブツに再び手を触れようとした時......
「ちょ、ちょっとストップ!」
空中から人影が飛び降りて来た。彼はフィルクの肘を傷つけないよう優しく掴む。
「おい、誤って手に触れたら溶けてたぞ」
「流石にそんなヘマはしないよ」
やっとこの山登りの目的が果たせた。
「ふふっ、よくもまあ...... 久々に本気で何かを殴りたいな」
「隣の人を殴って、どうぞ」
俺は拳を緩め、微笑んだ。
「会いに来たぜ、ユズ」




