29話 山の道中
「嫌だ! こんな奴に喰われるとか嫌だ! お前が喰われろ!」
「はぁ、あんなに多いと面倒ね」
「フィルク、分身を作りながら走れ!」
「嫌だわ。流石にアタシでも嫌なことはあるわ」
頂上に向かって駆け上る。フィルクは走ることを放棄しているので、ほぼほぼ引きずっている状態。全力で逃げてもキツイのに、こんな状態だと絶対に追いつかれる。
何せこいつら速い! 人間の頭乗っかっているくせに速い! 蜘蛛部分もでかいんだよ!
「大丈夫よ。結界で覆っておけば、なんとかなるわ」
「コイツら木をバリバリ喰ってるからな!?」
「ほら、こう...... 球形で食べづらい感じに......」
今のフィルクがどんぐらい魔力を持っているか知らんが、この量を防ぐのは流石にキツイだろう。仮にできたとしても、不確定のものに託したくない!
「魔力切れがオチだ! 良いからさっさと餌になれ!」
「だったら自殺を選ぶわ」
「そうだ、そうだよ! おまえ『黒き罪への白き天罰』持ってんじゃねぇか! アイツらを溶かせよ!!」
「それがビックリ。これの媒体は強力な毒を持つ毒蜘蛛よ。溶かしたら手が毒で壊死するわ」
「別にフィルクの手がどうなろうがどうでもいいから! せっかくの分身持ちなんだからしっかり活かせ!」
「......あ、アタシが溶ければいいじゃない」
「その手があったか!」
フィルクが分身を生成して、分解する。なんか後ろでポタポタ聞こえるのは恐怖だけど、とりあえず餌は撒き散らされているのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ...... 疲れた...... ってか、喰われるのはダメでも溶けるのはいいのか?」
「多少喪失感はあるけれど、あまり痛みはないわ。溶かす時にできる熱で低温火傷しそうぐらいね」
「便利じゃん......」
衝撃の事実である。通りでユズへの嫌がらせのためだけに液体になるわけだ。......いや、やっぱそこに行き着くのは納得できないわ。
「ほら、それより上の方に来たから、新しい人面蜘蛛がポンポンと湧いてくるわ」
「流石にもう来ないだろ...... 休ませろ......」
「いや、餌をばら撒きながら来ているから、普通に来るわ。血とかの匂いが酷いし」
「役に立たねぇなぁ!! いいよ、分かったよ。『プリズム・サンライズ』!!」
目の前に相当の熱と光が籠った水晶体を作る。俺らはそれに背を向ける。光が強いし多分寄り付かないだろう。
「あっつ......」
「冷却魔法は要るかしら?」
「欲しい。ちょうだい」
待って。走って汗かいて暖かくなって冷えてで、頭おかしくなりそう。隣のやつのせいで頭痛いし。
「水バケツで作って」
「はい」
「タオル作って」
「はい」
水を飲んで、顔を洗って、頭から被って、最後にタオルで拭く。身体の方はまだ気持ち悪いけど、少しサッパリした。
「替えの服があったよな。ここで着替えていいか?」
「? 好きにすればいいじゃない」
何故俺が聞いているかすら分かっていない。1ミリも気にしていないんだろう。......そういえば、フィルクって実はもうヤっていたりするのかな。
「なぁフィルク」
「何?」
「もし俺が今ここで脱いだら、どう思う?」
「......あぁ、帰りは替えの服が無くなるわね。帰りはアタシも頑張るわ。キキョウの服は汚させない」
「ありがたいけど違う。警戒とかしねぇの?」
「それで警戒しているなら、少なくとも同じ部屋に住み着いていないわ」
......土直球に処女? って聞くのはギルティーだよな。なんて聞こう。でもこいつ14だろ? 流石にまだだと思うんだけどな......
別にフィルクが処女じゃなかったら嫌っつぅわけじゃないけど、14歳が既に卒業しているかもという疑念に禁断的な背徳感を感じる。
「俺って...... 別にチキンなわけじゃねぇよ?」
「例えアタシの身体を求められても、分身を首でも絞めて渡せばいいだけだし、別に気にさないわ」
「......?」
首を絞める? 何? SM? ......はっ!!??
「それ認めるの!?」
「え、まあ。既にリンクは切れているし、特に問題ないわ」
「......」
分身持ちの価値観は分からないけど、とりあえずフィルクが狂っていることが分かった。
「ちなみに、それやった人数は......」
「2人は死体を渡しても躊躇していたから仕方なくアタシがベッドに入って、十何人かは躊躇している間に動揺が生まれていたから隙を見て殺して、3、4人ぐらいは一切気にしていなかったわ」
「新たな色仕掛けで草も生えない。しかもメイデンじゃないんかい」
「分身を消したからメイデンよ。あと服を脱いでいる途中で殺したりとか、普通の色仕掛けもしているわ」
「そこで張り合わなくていい! ってか何人に仕掛けてんだよ!」
「6、70人ね」
マジかこいつ...... 可愛さを有効活用しすぎだろ.......! しかも分身のせいで絶対に劣化しないとか、強すぎる。俺も今後好きな女の子できなかったらヤらせてもらおう。
「魔力がない土地だと、情報を集めたり人質を取ったり、それこそ殺したりするのも一苦労だから、キキョウもアタシを遠慮なく頼るといいわ」
「ごめん、流石に遠慮はする」
そんな展開はリアルでは要らん。もういいや、頭痛くなりそう。着替えよ着替えよ。
「......どうしよ。着替えようとしたら隙が生まれるじゃん。フィルクに殺される」
なんか実はこの懐き方も色仕掛けの一環だったりして。ありえる! こいつなら平気でそういうことしそう!
「おぉ、ついにキキョウが疑心暗鬼を覚えたわ」
「褒めてんのかそれ? ......これって魔法で着替えたりできる?」
「徹底...... 素敵な発想。その懐疑心をキープしなさい。だけど、多分そんな魔法はないわ」
「意外と俺ならできない? オシャレとか好きな方だし」
いざ、お着替え魔法!
「......え、できてるくね?」
「・・・え!? 嘘っ!?」
珍しく素で驚くフィルク。それほどまでに特殊な魔法なのだろう。いや、まあ、別にそんな必要じゃないもんな。でもすげぇ。
「あ、やったぜできた...... やっぱ魔法便利」
「なんでそんな戦闘に役に立たない魔法が......」
「意外と役立つかもだぜ? こう、靴履き替えたりだとか」
「相手が女だったら脅迫に使えそうね」
「よくさっきからそんなエゲツない発想できるよな。実際できんの? フィルクの靴を取れ」
あえて服とは言わない俺の優しさ。しかし、全く取れる気がしない。
「靴が取れたら汚れるから一番嫌...... あ、取れないわね」
「ぶっちゃけ逆に何故俺の服があんなあっさり変わったのかが分からんわ。あ、見て。髪型も変えれる」
「本当に役に立つの?」
まあ朝の1、2分も意外と大事だから。うん、これは立派な凄い魔法だ。魔力消費も少ないし。
「キキョウの底が全然分からないわ...... 斜め方向に底が続いていそう」
「魔力も節約したいしそろそろ歩くか」
「えぇ」
「よっしゃ、砕け散れ」
目の前をバリアで覆うと、プリズムを弾けさせる。光と熱が一気に放出され、なんとなく感慨深い気持ちだ。
「危ねぇ!」
大きな物体が跳ね、咄嗟に俺は避ける。結果、人面蜘蛛はフィルクに飛びついた。本当油断も隙もない!
「賢い判断だけれど、どうせならアタシにも言ってほしかったわ。痛い」
「大丈夫? 噛みつかれているけど」
「厄介ねこれ」
フィルクは人面蜘蛛と一緒に溶けた。マジでホイホイと溶けるなこの人。俺らは再び走り出す。
「はぁ、せっかく休憩が終わったのに」
「アイツも意外とまともな研究するのね。量産したら良い生物兵器よ」
「多分すぐ死ぬし、そもそも1体につき1人必要なんだよ! 量産なんてさせるかぁ!」
「アタシの分身を利用したら......」
「多分製造に時間がかかるから! な? やめとけよ? ってかやめて」
「はーい」
走りながらツッコミを入れる。フィルクの頭部が蜘蛛の上に乗っている姿なんて想像したくもない。
「そういや、この『プリズム・サンライズ』さ、もっと良い使い方あると思う?」
『プリズム・サンライズ』。水晶体に光を集め、それを任意の方向に放つ魔法。フィルク戦の時は、上空に作ったプリズムを大きくしながら、範囲を狭めていた。
「どんな思いでその魔法を使っているかで分かれるわ」
「太陽ズドーン! みたいな。思いっきり熱と煌めきを放つ感じ」
「......それを手のひらサイズに小さくして、相手を内側から爆発させるとかは? 好きでしょう?」
「全然好きじゃねぇよふざけんな」
フィルクは俺のことを何だと思っているのか。たしかに俺は容赦ないけど、人道が無いわけではないぞ。
「光と熱を溜めることはできないの?」
「ちょっと難しいな...... プリズムを参考にして作っただけだから。ただ、大きいプリズムから範囲を一気に狭めれば、魔力はむちゃ使うけどビームみたいな破壊力が出るぜ?」
魔力を消費してプリズムを大きくすれば規模が大きくなる。そのまま軽く魔力を供給し続ければ時間が長くなる。その規模は威力と範囲で調節可能。
つまり、『プリズム・サンライズ』はプリズム魔力と範囲と威力と時間を良い感じに調節できる、意外と万能な魔法なのだ。これを上手く利用したい。
「たとえば、位置を伝えるために光の柱を作ったりできるな。太めで弱めに、『プリズム・サンライズ』!」
俺は上空に水晶体を作る。今日は雲がないから扱いやすい。光の柱は頂上の位置へ。光を集めろ!
「な? 良い感じだろ? これならユズも気づくだろうし、頂上まで適度に逃げるか」
「割と便利ね。アタシは光はあまり扱えないから、新鮮だわ」
「まあその格好で光を扱ったら、逆にビックリだよな」
「キキョウも黒い服を着てみる? 不意打ちに良いわ」
「嫌だ、俺はギラギラと目立つ緑色の服がいい」
「限定的ね」
だいぶ高くなってきた。人面蜘蛛はもちろん増えているのだろうが、元々母数が少ないのか、後ろには居ても前には居ない。
「まだフィルクの魔力もなかなか残っているし、とりあえず問題なさそうだな」
「それをアタシはフラグと呼んでいるわ」
「え、何? 怖いんだけど。一難去ってまた一難みたいな?」
「えぇ。キキョウも千里眼魔法を使ってみるといいわ」
そっか、こいつは分身で何が起こるか既に把握しているわけか...... さーて、千里眼魔法......
「!?」
突如、地面が震える感覚。俺は咄嗟に近くの岩の上へ動く。高いところにいくと、本来は危ないはずなんだが、何故か上に反射的に行ってしまった。
そう、俺はこの揺れを、一回経験したことがある。
「おいおいマジかよ、1ミリもリベンジは望んでなかったんだけど......」
デカブツが地面を飛び出した!
どうでもいい補足
フィルクの加護「自己観察」で、完全にフィルクと容姿や触感が同じ人形を作れますが、フィルクは分身の術式に慣れすぎたため、作った後に首を絞めた方が速いです。消費魔力的には人形を作った方が効率がいいけど。




