14話 隠し玉
ーふふっ、今から降りてきて?ー
フィルクはそう呟いた。フィルクには俺のことが見えているということだ。俺の千里眼魔法と同程度、もしくはそれ以上。分身の個数を減らしたということか。
とりあえず、俺は右手をクイクイッとやって、「フィルクがこっちに来い」とハンドサインを送る。フィルクはムッという顔をしたが、素直の俺の方へ来るはずだ。
「ふぅ......」
フィルクの姿が見えて、とりあえずは良かった。フィルクの性格的に考えて、自分の姿を見せるとは思っていたが、それでも安心だ。
あとは、ユズを騙すだけだ。
「ユズ...... ちょっとお腹痛くなった...... 帰る......」
「ふぁ!?」
「冗談」
「僕でも怒るよ!!??」
流石に馬鹿すぎたな。もう少しユズを騙す良い方法を考えよう。......先に考えとくべきだったな。フィルクが現れるのが思ったより遅かったから、少し考えていた計画が狂った。
いいや。嘘をつくまでもない。素直に言うのも時には策略だ。
「ユズ、あっちからフィルクの分身が来てる! ちょっと待ってろ!」
「えっ、ちょっ! ダメだって!!」
デカブツの攻撃を避け続けながら、なんとか応答するユズ。俺がユズの言うことを無視して、フィルクの方に向かおうとした時......
「もう少し上手く騙す方法を考えるべきね」
その時、声がした。下の分身が口を動かしているわけではない。俺の背後から、声が聞こえたのだ。
「キキョウ、危ない!!」
ユズが魔法弾を放った先には、フィルクの分身があった。今俺目掛けて走っている分身は、千里眼魔法を使ったわけではなく、ただここにいる分身によって得た情報を使っただけ。
なんだよ、分身の個数を減らしたとかいうのは完全なる思い違いだったってことか。
「なかなか強い魔法弾ね。結界魔法を張ってなかったら、危うく死ぬところだったわ」
「何が危うくだよ。何の問題もないじゃねぇか」
「そうね。アタシが死んでも何の問題もないわ。なら......」
フィルクはユズに近づいた。俺は咄嗟に魔法弾を放つも、華麗に避けられる。ユズはフィルクからもデカブツからも距離を置き、デカブツの攻撃でフィルクを抑制しようとした。
デカブツは案の定フィルクに気付き、そして転がってのしかかろうとする。
「『黒き罪への白き天罰』」
その時、フィルクがかざした右手が光り、デカブツが触れた瞬間、大きく咆哮して怯んだ。前見た技だ。
そのまま同士討ちしてくれたら楽だな...... なんて考えていると、フィルクの声が横から聞こえた。
「ふふっ、貴方の前にはアタシが壁になるわ」
そう言ってフィルクはステップを踏み、自然と俺に前から抱きついてきた。俺がなんとか振り払おうとすると、爆発魔法と空気抵抗を殺す魔法、超速ダッシュでユズが来た。
「ストップで」
ユズはその速度を保ったまま、フィルクの横顔に思いっきり飛び膝蹴りを決めた。フィルクの顔は歪み、思わず「うわっ、絶対痛い!」と声を出す。
ユズはデカブツがこっちを向く前に走って戻り、再び注意を引きつけ始めた。
「う〜。痛かった......」
「可哀想に」
「あの子、想像より何倍も強かったわ」
「そうだなぁ。......!?」
「反応が遅すぎるわ」
後ろから聞こえた声に、敵意も何もなかったから、マジで気付かなかった! ってかなんか俺の身体で自分がユズに見えないようにしてる!?
「オラッ、お前はもう一回ユズに蹴られてこい!」
「五月蝿い。口を塞ぐわよ」
「ちょっ、めっちゃ綺麗に俺の身体で隠れるじゃングっ」
後ろから首を突かれる。一瞬喉から息が通らなくなるが、治癒魔法をかけたらすぐ治った。
「イギィ......」
「反射神経はなかなかね。ただ、歯を噛み締めていると痛みがバレやすいわ。ほら」
ユズは俺の異常に気づいたらしく、何か小さな謎の物体を放つ。その物体は超スピードで飛び、木にあたって跳ね返り、フィルクに当たった。
「今回は楽に死ねそうよ。この死体の処理は任せるわ」
その物体はどうやらゴム部分と槍部分に分かれていたらしく、綺麗にフィルクの心臓を刺した。フィルクはゆっくりと体重を俺にかけ、死んでいった。
血は俺にはかからないが、軽い体重に少しだけ罪悪感が湧く。
それにしても、フィルクの狙いがよく分からないな。さっきの首を刺してきたのも、俺を殺すためというよりはただ声を殺すためって感じだったし、俺もユズも未だ何の被害も喰らっていない。やっぱりフィルクはMなのか?
いや、油断をしては.....
「えっ?」
その時、破裂音がした。困惑の声は、ユズが出したもの。デカブツの猛攻に耐え続けていたユズが初めて出した、焦りの声。ユズの衣服には、黒ずんだ液体が付着していた。
ユズは今まで、フェイントを織り交ぜたり、ギリギリを見極めたりなどして、デカブツの攻撃を避けていた。しかし今、温存していた魔力で結界の壁を作る。
思考の時間が欲しかったのだろう。なぜなら......
フィルクは、ユズに抱きついたまま溶けたのだ。
溶ける。それは腹を刺したのとはレベルが違う。温度を増し、黒く色を変え、纏わりつくように粘り着いたのだ。
ユズはその液体をどう扱えばいいのか、分からなかった。フィルクが隙を見て近づいてきたから、槍魔法で心臓を貫いたら、液体へと姿を変えたのだ。
それは俺も同じ。ユズになんて言えばいいのか、見当も付かなかった。だから、というわけではない。けれど、思い付いてしまった。
今なら、ユズにはバレない。ユズが困惑している今しかチャンスはない。今俺に向かってきているはずのフィルクに、今なら向かえるかもしれない。
俺はここから駆け降りた。
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「はぁ、はぁ、ようやく......」
何十分か走った。ここから先は、体力を犠牲にしてでも早く終わらせなければならない。ユズに勘付かれたら、計画の全てが終わりだ。
俺はフィルクと3メートルほど距離を取り、フィルクと話す。前も言ったことだが、フィルクは俺をいつでも殺せるのに殺さない。ここで殺されることはないと考えていた。
「ふふっ、そんなにアタシに会いたかった?」
子どもらしい笑顔でちょっとドキっと来たが、コイツはさっきユズに何かを仕掛けた野郎だ。俺は認識を間違えない。コイツは化け物だ。
「なぁ、さっきユズにやったことは何だよ」
「......やったこと?」
「なんか、急に泥水みたいになって......」
「あぁ。別に何もしていないわ。『黒き罪への白き天罰』を自分に使っただけよ」
「......?」
「『黒き罪への白き天罰』は触れた対象の身体を原子レベルで組み替えて、分子レベルで分解する技。簡単に言うなら、相手を溶けた金属のようにする技よ」
「ふーん......?」
なんか凄い技だってのは分かる。そんなん普通の魔法でできるか? むっちゃ難しくね? 分身といいその技といい、チートも良いところだ。
「じゃあこの木とかも分解できんの? ちょっと見せてくれよ。なぁ」
「別にいいけれど......」
「じゃあ、分解して見せろよ?」
俺はフィルクの足を物体生成魔法で固定して、さらに木を魔法弾でぶっ倒した。それだけではない。もう1つの木にも、魔法弾が当たった。
「2つ同時だ!」
「やるじゃない。でも......」
「正直余裕ね。『黒き罪への白き天罰』」
木が一瞬で分解される。水がないため、やや粉っぽくなっている。木炭の屑といったところだろうか。
「ははっ、マジかよ。超強いじゃねぇか」
「まあそうね。あの大きな幼虫には皮膚が溶けるだけで、あまり効果はなかったけれど」
「それは残念だな。で、何でそれを自分に使ったんだ?」
「ん〜...... そうね。貴方の仲間の反応を見てみたかったわ。それだけよ」
「見て得でもあったのかよ」
「彼、アタシが目の前で死んだ時、少しショックを受けていたでしょう? なら、肌と肌が触れる距離で溶けたら、どうなるか気にならない?」
「さっぱり気にならねぇよ。こえーよ」
想像の何百倍もサイコパスだった。あぁ、なるほどなぁ。ユズ、可哀想に......
「それで、アタシのところまで来て、何をするつもりかしら?」
「逆に何をすると思う?」
「いきなり仕掛けてこなかったところをふまえると、時間稼ぎかしら?」
「惜しい。2点だ」
「惜しくもなんともないじゃない」
「100点中の2点だ。四捨五入したら100だろ?」
「......え?」
俺も途中から何言ってるか分からなくなったが、あっちの準備はちょうど終わったようだ。伝心魔法、意思疎通魔法を応用? した魔法によって合図が来た。
未だ右手を唇につけ考え込んでいるフィルクに、話しかける。
「上見てみ」
「はい」
「いや上見ろっつってんだろ」
「上を見てと言われたなら、基本は下から来るわ」
「残念横だ」
そこには、フィルクに向けて倒れてくる木があった。
俺は前からも魔法弾を撃ち、さらに衝撃波を喰らいながら左からナイフを突き刺しに行く。もちろん、そんな上手く刺さるはずがない。俺は素人だ。爆発の中、動く相手に的確に横から刺して殺すのは無理がある。
「......チッ。『黒き罪への白き天罰』」
けれど、フィルクは怯んだ。後ろ側に足を引いた瞬間、足が沼にハマる。そして俺は、結界魔法をまとった。
彼女は木を分解して、さらに俺へと手を向ける。何がされるかよく分からないが......
「行くぜ!」
俺は結界で魔法を受けなかった。魔法弾の爆風の影響もフィルクの攻撃も受けない。フィルクの元まで一直線だ。
俺が結界を纏ってナイフを持って馬鹿正直に進めば、フィルクは俺が刺しに行くと思い込むだろう。だから俺は、ナイフを沼にハマって動けなくなっているフィルクの足に投げつけ、全力の炎魔法を喰らわせた。
炎魔法は、ただ炎を生み出すだけの魔法だ。人の命を奪う魔法ではない。時間がかかりすぎる。
しかし、フィルクの脳は様々なイレギュラーの影響もあり、冷静さを失うだろう。さらに炎は視界を遮る。だから、俺だけを注視するようになる。
俺はもう一度ナイフを作り、今度は身体強化魔法まで使って心臓を狙い刺す。フィルクが腕を振るうと、俺は結界ごと横に吹っ飛んでいった。
フィルクが油断した瞬間......
横からの槍魔法が、フィルクの脳天を貫いた。
彼は俺が話して時間を稼いでいた間に、水魔法と物体操作魔法で沼をこっそり作っていた。俺への合図をした後は、横から木をぶっ倒し、さらに俺に結界を張る。フィルクが沼にハマったら、槍魔法を使い、命を刈り取った。
ユズにもフィルクにもバレないように用意した、多少の汚れ仕事も受け持ってくれる友人、タイカル。
「っしゃあ! ナイスタイカル!!」
「おえぇ...... 気持ち悪い......」
彼とキキョウのコンビネーションが、フィルクの分身を一つ倒すことに成功した。
次の話で詳しい経緯を書きます




