11話 仕返し
「ぐはっ、ぎゃっ、いでぇ!」
実はフィルクが死んだあと、俺はフィルクの魔法によって軽く吹き飛んでいた。殺すような威力ではないため、おそらくデカブツから遠ざけるのが目的だろう。
つまりフィルクは、俺にデカブツと戦って欲しくないということだ。多分親切心というよりは、ここで死なれたら面白くない、もしくは実験台になってくれないと困るということだろう。
敵が嫌がることは進んでやる精神の俺としては、様子見程度にデカブツの相手をしてみたいところだ。どうせ今回でフィルクには警戒されたし、次に山に入ってデカブツの強さの確認ができるとは限らない。
そう思い、デカブツの方を見てみたのだが......
「ふぁ?」
その瞬間、木が3本ほど俺の方に転がってきた。いや、転がってきたというのは甘い。俺の方に、吹っ飛んできたのだ。
「ウワァ! 結界魔法!!」
咄嗟に使った結界魔法で、1本目を受け止める。練習した成果があり、そこそこの純度でできるようになった。
しかし、結界魔法はひび割れ、今にも壊れそうな状態で形が残る。内側から出るのが可能な結界を作るのは、完全に内側と外側をシャットダウンするやつに比べ難しい。俺は壊れかけの結界に閉じ込められのだ。
「ふぅ......」
落ち着いて、深呼吸をする。さぁ、ここを無傷で突破するには...... ちょっ、やばいやばいやばい! そんな時間無い! え、あ、えっと、魔法弾!!
バァン!!
反射的に使った魔法弾は、たまたまだが結界が壊れた直後という完璧なタイミングに放たれる。
しかし、木を跳ね返したものの爆発の衝撃は俺に届いたため、俺は風圧で地にうつ伏せに押し倒される。さらに魔力も一気に使われてしまったので、急に疲労が溜まってきて......
「物体操作魔法......!!」
身体を無理矢理浮かし、地面を蹴って頭と心臓を3本目の射程範囲から除く。なんとか致命傷だけは避けられたものの...
左足を、大木が押し潰す。
「ぐ、グァ! いってぇ...!!」
潰れた左足を、痛みを堪えながら捻り、デカブツの方を見る。デカブツは俺の方にダッシュで向かってきて......
突如、デカブツの動きが止まった。
「は......?」
あまりにも不可解な行動だった。だって、デカブツの身体には何も起こっていないから。
魔法を使われたわけでもない。標的を見つけたわけでもない。急ブレーキで止まったデカブツは、ゆっくりと頂上へ帰っていったのだ。
......フィルク? いや、でも、彼女の分身は頂上付近には無いはずだ。そもそも、別れてからこんなにも早く来るか? 力を隠していたとしても、意図が不明瞭だ。
なら、違うやつか。ユズ? たしかに、ユズなら勘づいて俺が山に向かったことも分かるかもしれない。言われてみれば、この前山に潜った時も、デカブツはユズを追ってこなかった。
「おーい! ユズか〜?」
デカブツが見えなくなり、俺はユズの名を叫ぶ。しかし、ユズどころか誰も現れない。
......とりあえずデカブツの気まぐれってことにしとこう。そんなことより、左足がクソ痛い。畜生、フィルクばかりを警戒してたけど、デカブツも大概ヤバいな。
本当はここでデカブツの数とか性質とか確認したかったが...... 山のほとんどは回ったから、まあ2体目は居ないか。
とはいえ単体でもだいぶ強い。しかも行動パターンも読めない。今のもそうだが、前回デカブツがユズを追わなかった理由はなんだ?
考えられるのは、ユズがなんかしらの細工をした可能性。あとでユズに聞いてみよう。あとはデカブツが動ける状態になったとか...... そういや、ユズは「村への影響は無いと思う」って言っていた。前回はデカブツが動くことはなかった?
「......」
考えても分かんねぇな。帰るか。俺は魔法剣で左足にのしかかる大木を軽く割り、治癒魔法で足を治す。魔力は大きく失われた。
念には念をで、フィルクの死体に炎弾を飛ばした。ちょっと遠距離だが、問題なく火の弾は飛んでいき、死体は炎上する。
これで魔力的に、フィルクに襲われたらもう逃げられなくなった。本当は身を隠して魔力を回復したいが、虫も多いからここにずっと居座ると危険だし、仕方なく降りるしかない。
これでフィルクに殺されたら溜まったもんじゃないが、なんかアイツなら大丈夫な気がする。何となくだけど。
「痛そうね。治癒魔法は要るかしら?」
......マジかよ。いつのまに。ってか別れたんじゃねぇのかよ。10分も経ってねぇぞ。
「要らねぇ」
本当はものすごく欲しいが、油断させて魔法弾とかやってきそうで怖い。......まあ油断させる必要も無さそうだけどな。
「じゃあ勝手にやるわ。治癒魔法」
俺の左足が光る。俺やユズほどではないが、痛みはある程度引いて、かろうじて歩ける程度には回復した。
「......もうお前俺を殺す気ないだろ」
「相手が万全の調子じゃないとつまらないじゃない」
「ってか、お前が治癒魔法を結構普通に使えるって意外だな。治癒魔法とか使う必要ないだろ? どうせ分身なんて一発で消えるし」
口には出さないがついでに言うと、人を守りたいとかも思ってなさそうだし。治癒魔法は苦手分野だと思ってた。
「アタシは何でもできるわ」
「身も蓋もないな。まあけど、助かった。感謝はする。ありがとな」
あ、フィルクがここに居たってことは、さっきのデカブツの行動はフィルクが関わっているのか? フィルクがデカブツを操作できるんだとしたらまあまあヤバいな。
「さっきデカブツが急に進路を変えたんだけど、それってフィルクはなんか関わってる?」
「......? 少なくともアタシにそのつもりは無いわ」
「そうか。じゃあデカブツの気まぐれってことか。......もしくは第三者か」
「そういえばさっき魔法を使っている人を見たわ。それかもしれないわね」
「おいおいガチで第三者じゃねぇか! ちょっと待って!? デカブツにお前にでもう腹一杯なんだけど!」
「結果的に貴方の味方だったんだから良いじゃない。もう既に殺したけれど」
「いやそれはそうだけど。............は?」
あっさりと殺人を告白され、一瞬理解を拒んでいた。そして再確認する。こいつは狂人だ。俺の命も、今すぐにこいつに奪われても何ら不思議なことはないんだ。
俺は何らかの理由で生かされているが、俺以外の奴が対象になった時点で死ぬってことか。
......待てよ? 山の中にいて、俺を助けてくれるやつ? それでいてデカブツを遠くから操作できるやつって......
「おい!! それって誰だよッ! どんな容姿をしていた! 言え!!」
俺はフィルクの肩を掴んで怒鳴る。
ユズかタイカルは大丈夫か!? ミゼは? クルメトは? 俺の知らない人でも、村の誰かが死んだのか!? 誰かが死んだって、そういうことだろ!?
「......ごめんなさい」
「ごめんなさいって何だよ!!!」
「あ、いえ、えっと...... 村の人ではないわ! 村の人の容姿は全員知っているけれど、それではないわ!」
「.........あぁ、良かった」
とりあえず、ユズでもタイカルでもなくて安心だ。村の人でもないなら、スパイのような敵側の人間だろう。それでも殺すのはどうかと思うが、被害はマシな部類だろう。
「ふぅ...... 離れろ、邪魔だ」
「......」
「チッ、黙ってんじゃねぇよ。覚えてろ、殺してやる」
「......怒りを買ったわね。失敗したわ」
フィルクのトーンが低くなる。逃げ出す俺を呼び止めようとする。俺は振り向いた拍子に、物体生成魔法で足につけたナイフを、フィルクの首の横に突き刺す。
ガードは無かった。
「あ゛、あ゛......!?」
苦しげな声だった。本当に痛覚はあるんだ。痛いと思うこともあったのか。その認識が駆り立てたのは、罪悪感ではなく、怒りだった。
「おまえも、人を殺したんだろ......?」
「それと痛覚には...... うっ、関係無いわ......」
フィルクの言葉には、空気を読めていない内容とは裏腹に、確かな怒りが感じられた。刺した俺への、だ。
「ッ!」
俺は喉にナイフを向けた。振り下ろすと、結界魔法に防がれる。
「なんだよ、やけに殺されるのを拒むんだな。今もしかしてチャンスってことか」
「治癒魔法。物体生成魔法。貴方如きではこの分身一つにすら勝てないわ」
フィルクは治癒魔法を使い、残った傷口を物体生成魔法で埋めた。しかし顔は既に青い。たしかに今の俺の魔力は少ないが、こんな状態で俺に勝つと堂々と言っているのは違和感だ。
いや、違う。他の分身が隠れているかもしれない。実力差を見せつけて、俺が万全の体勢で戦っても勝てない、という挑発をする気か。
「じゃあやってやるよ!」
槍を二つ作り、右脚で地面を蹴ってフィルクの横に移動する。開始時に片方を、終了時にもう片方を物体操作魔法で飛ばした。二方向からの攻撃だ。おまけに全方向ガードが簡単な結界も、槍のピンポイントな攻撃には弱い。
フィルクは迷った。判断する時間など無い。キキョウは他の分身に備えた。
「貴方の負けね。言ったでしょう? この分身一つにすら勝てないって」
「ッ......ァ!」
肩に刺さる激痛。槍魔法だ。
「おまえ、どうやって......」
「簡単よ。貴方に魔力はあまり無い。だけど左足は使えないから物理戦闘は厳しいわ。となると、考えられるのは魔力消費が短くて火力が高い技だけよ」
「すげぇな、経験の差ってやつか......」
「あんな言い方すれば、貴方は他のことを警戒する。おかげで余裕ができたわ」
ははっ...... 頭もいいのかよこいつ。ウゼェ。
「逃してあげるわ。せいぜい死なないでね」
「チッ!」
俺はフィルクを置いて走り始める。どうしても距離が取りたくて、痛む左足を必死に動かす。しかしそう上手くいくはずはなく、途中で転ぶ。痛ぇ、動けねぇ。
見かねたフィルクがやってきた。いや、嘲笑か。傾斜でくたばっている俺に足を乗せた。体重もかけてきているのがウザってぇ。
「そういえば、一つアドバイスを送るわ」
「親切だなぁクソが......!」
「お友達、大切にしてね」
お友達って、フィルクが会ったやつなら、ユズとタイカルのことか? だとしたら、それって...... 今そんなん考えている余裕は無いのに......!
「は、それどういう......」
「あと白髪の医者と桃髪の女の子も居たわね」
俺は左腕で地面を押し、転がり落ちる! 途中で体制を取り戻したが、やっぱりこの左足で走るのは厳しい。いや走れ、どうせ後で治る! 全力出しきれ!
「ぐはっ、かほっ、かはっ、かはっ」
過呼吸のようになり、視界が眩む。俺は一体、何をしているのか。間に合っているのか。何で走っているのか。
走る、走る、走り続ける。転び、足を痛め、虫に刺され、枝にぶつかり、それでも走る。
何時間か経った。普段ならもっと早く着けただろう。焦らなければ、もう少し早く着いていただろう。それでも、俺は着いたのだ。精一杯走って、着いたのだ。
「タイカル!!」
真っ直ぐ進んだ先には、タイカルが歩いていた。どうやら生気は取り戻したらしい。よかった、とりあえずタイカルは無事だ。
「わっ、どうしたんです先輩!?」
「は、話は後で......」
「だだだ大丈夫ですか!?」
「悪ぃ...... 喉に治癒魔法かげで......」
その時、誰かが魔法で俺の前に飛んできた。俺は驚いて後ろに倒れるが、既に左足の痛みはなくなっていた。
「大丈夫!?」
ユズだ。何故か知らんが、一緒に居るらしい。とにかく、ユズの安全も確認できて良かった。でも、フィルクにとって一番倒しやすいのは、ユズが居るここじゃなくて......
「あぁ、その治癒魔法めっちゃ効く。ありがとう。でもそれよりクルメトとミゼは?」
「? 2人がどうかしたの?」
「今すぐ向かって行ってくれ! 今すぐ!」
「え? えっ?」
「理由は後で話す! とりあえず行け!」
「あ、うん」
ユズは俺の目を見てマズい事態だと察したらしい。前見せた超スピードで、クルメト院にまで向かう。
「......ふぅ」
未だ不安だ。たとえユズを送ったところで、果たして本当に大丈夫なのだろうか。けれど、やるだけのことはやった自信がある。
「あ、先輩。そういえば、今日水色の髪をした外部の人から、こんな手紙が。先輩が隠し事してるだとかなんとか言って......」
「は? んだよそれ」
俺は手紙を取って見てみた。えーっと......
『全部嘘だわ。安心してちょうだい』
「......」
『アタシはここに来て誰も殺していないし、殺す予定はないわ。全て自作自演よ』
「おい、これをタイカルに送ったやつって誰だ?」
「水色の髪をしたこと以外、あんまり特徴がなかったなぁ。オレらと同じぐらいの歳だと思います」
『貴方が頭脳戦をやったように、アタシも頭脳戦をしてみたわ。その傷だらけの姿でお仲間に会うんだもの。隠し事はできないわよね?』
「はぁ......」
『次回は、貴方の仲間と共に来なさい。貴方の仲間の位置を把握できるぐらいには、アタシは村の情報を掴んでいるわ。約束は破らないでね』
「ふぅ......」
『次回を決闘にしましょう。楽しみにしているわ』
「あの野郎、殺してやるー!!!!」
俺は丁寧に仕返しされ、ボロッボロのまま初戦を終えた。




