10話 厨二少女
「おはよう......」
ユズの挨拶に気力がない。普段は俺らより早く起きているのに、今日は1時間程遅い。よく眠れなかったのだろうか。
「お、おはようっ。ユズ......」
それに釣られるように、ミゼとクルメトも心配して元気が無くなっている。タイカルは昨日ユズより酷かったし、おそらく同じような状況だろう。
人が死んだことは、俺ら3人以外は誰も知らない。何の理由もなく、理不尽に背負わされた十字架だ。
「......おはよう」
俺は現在迷っていた。フィルクのことをユズとタイカルに伝えるかどうか。
伝えるメリットは色々ある。ユズの力がある方が、フィルクを殺しやすいし、相手が殺人鬼ならユズの人を殺したという罪悪感も減るだろう。だから、悩む必要など本来は無いんだが...
果たして、フィルクを殺す選択をユズ達は許すのか?
ミゼやクルメト程では無いが、ユズとタイカルも中々の純粋善だ。フィルクを殺すことで、本当の意味で罪悪感を感じてしまうかもしれない。
けど、俺一人でフィルクを倒せるのか? あの速度で魔法を使ってくるのなら、少なくとも真正面から戦うことは無理だ。
ユズなら真正面から戦えるのかは分からない。だが、俺の知る限りユズはこれでも全然本気を出していない。勝てる可能性は0ではないだろう。もっとも、フィルクの本気も分からないのだが。
不意打ちで考えよう。彼女は確かに無防備で、首を絞めた感触から考えるに、そこまで殺しにくいというわけでは無いだろう。しかし、厄介なのはあの分身能力だ。
おそらく彼女は、この村に1つ以上分身を隠している。どういう魔法かは分からないが、普通に考えたらそこまで分身同士で離れることは魔力的にできない...... と思いたい。
新たな転移者、つまりフィルクが居るという報告はない。となると、村の中で目立つ行動はしていないはずだ。さらにいえば、村の中だとユズやタイカルにバレる可能性がある。なら、場所は一つに絞られる。
山の中だ。
ユズやタイカルにバレないように、デカブツや凶暴な虫が蔓延る山の中、一人で不特定多数のフィルクを暗殺し尽くす...... 無理くね?
一人でフィルクを暗殺か、ユズに全て話して全員殺してもらうか。絶望的な選択肢だ。殺すのは無理なのか...... でも、アレが交渉とかに乗ってくれるとは思わない。山に入れとも言われているし......
「大丈夫、思い詰めた顔をしているよ?」
心配して話しかけてくれたのはクルメトだ。
「あぁ...... そうだな。ちょっと気分晴らしに、外歩いてくる。昼は外で適当に焼いて食べてくるよ」
「うん...... 分かった。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
俺は今から、山に入ろうと思う。
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「フィルク〜!」
時々フィルクを呼びながら、3時間ほど歩く。フィルクが現れる様子は、今のところない。
そろそろ大きな虫が現れてきたところだ。鬱陶しいが、ここで魔力は極力使いたくない。フィルクが襲いかかってくる場合に備えて、魔力は温存する必要があるのだ。
しかし......
「虫除けかなんか持ってくるべきだったな」
肩に虫がつき、長袖長ズボンを食い千切ろうとしてくる。マジで凶暴だな...
「離れ......ろ!」
引っ張ってみるが離れない。このまま引っ張ったら服が破れそうだ。仕方ないから、俺は握りつぶした。手は水 in 水筒で洗う。
さらに歩いて30分。衝撃の大きさの蜘蛛を発見。俺の頭より一回り二回りほど大きい蜘蛛だ。半径約20cm。
流石に、これは魔法を使う必要があった。山で炎魔法はヤバいのは想定できるので、今回は我慢して普通の魔法弾だ。これはこれでカッコいいから好き。
魔法弾が当たると、蜘蛛の身体からは足が取れ青い血が出て、なかなかグロい状態になる。
「ウッ......」
これは...... 精神的に悪影響だ。魔力も温存したいし、できれば戦いたくない。無意識に足が速くなり、その分体力の消耗が早くなる。
「おいフィルク〜! 居ないのか〜!!」
一刻も早く帰りたい。フィルクが出てくれることに微かな期待を乗せて、俺は大声で呼んだ。しかし、数秒間は返答が返ってくることなく......
「呼んだ?」
「うわ居るんかい!」
「貴方が呼んだんじゃない」
本当に出てきた! しかも結構普通に現れた! なんなら結構近くに居た! こっわ!
俺はいつ魔法が来てもいいよう警戒態勢に入るが、フィルクは完全に無防備で、友好的に話しかけてくる。
「あ、その服良いわね。ここの虫、本当に鬱陶しくて......」
「......」
ここは会話に乗った方が得策か。
「お前の服は露出激しいからな。結構キツイだろ?」
「えぇ。まさか皮膚が食い千切られるとは思わなかったわ」
案外平和な会話だ。ユズと俺がやっていてもおかしくはない。この前のピリピリした空気は一体。
「なぜアタシを呼んだの? 下手したら殺されるのよ?」
遅いとツッコミたくなるが、予想できた質問ではあるので、しっかりと答える。
「この前会った時、殺さなかったじゃねえか。だから、フィルクにとって俺には利用価値があるんだろ? ここで殺されるとは思ってない。......正直賭けだったけど」
「......へぇ、冷静ね。舐められているけれど、不思議と悪い気分ではないわ」
「そりゃよかった」
落ち着いて話しているが、実は裏でめっちゃ冷や汗かいてます。ここで殺されたら論外だからな。読みが当たってよかった。
「それで、何が目的?」
「うーん...... 内緒だな」
「よかったわ。アタシを殺そうとする気概があって。仲良くしようとか言われたら、少し幻滅していたわ」
「......」
言葉の選びを間違えた! たしかに今の俺、殺すことを宣言したようなもんじゃん!
いや、フィルクは喜んでいるらしいからむしろ良いのか? 怖ぇ。二者一択を間違えたら死にそう。
「まあ...... 仲良くできるなら仲良くしたいぜ? そっちはどうだ?」
「そうね。仲良くなんてならないわ」
「残念、振られちまったぜ」
腹を探ろうとしても、想定通りの答えしか出てこない。あまり情報を落としてくれない。結構厄介だ。
「じゃあそろそろ、アタシは帰ろうかしら。アタシを呼ぶことに何の意味があったのか、あまり分からなかったけれど」
「一生分からなくていいぜ。じゃ、またな」
「......引き留めないの?」
「え、何で?」
素で聞き返してしまった。言われてみれば、フィルクから見たら、俺は何か言いたくてフィルクの名を叫んでいたのだろう。実際は伝えたいことなんて何も考えてきていないが......
「だって、それだと本当にアタシが来た意味が無いわ。それとも、この山に本当に居るかどうか確かめたかっただけなのかしら」
「うーん...... まあそんなもん?」
「......」
なんか知らんが、引き留めて欲しかったらしい。でも、俺にフィルクを引き止める理由はない。ただフィルクは気になるようだ。これは使えるか。
「そんなに聞きたいなら、ネタバラシをしてやろうか?」
「......えぇ。言ってくれるなら聞くわ」
よし、食いついてきた。ここで一つ追い討ちをできればデカい。じゃあ...... 交渉を申し出るか。
「じゃあ情報の交換だ。俺がネタバラシをしたら、一つ質問をさせてくれ」
「甘いわね。逆の方がいいわ。その順番だと、アタシが質問に答える保証がないもの」
「どっちにしろ、嘘か真実かを確かめる術は無いからな。まあフィルクがそう言うなら、先に質問させてもらうけど」
「良いわ。答えましょう。信じるかどうかは貴方に任せるわ」
よし、たまたまだが俺にツキが来ている。ここまで情報が掴めるのは、嬉しい誤算だ。
「ま、嘘か真か分かんないような曖昧な質問はしないけどな。分身出してくれ。その分身はどんぐらい動けるんだ? 証拠付きで答えろよ」
「へぇ、良い質問ね。先にその質問ができてよかったと思うわ。感謝しなさい」
「へいへいありがとな。さっさと答えろ」
フィルクは分身を2体出した。目の前の3人のフィルクは、同時に歩き、飛び跳ね、でんぐり返しをする。運動神経抜群だ。
「うわ凄っ」
「ちなみに見た目より難しいわ」
分身が3体跳び前転で向かってきたら、それは恐怖映像だ。なんならただの前転でもちょっと怖い。
「魔法は全員使えるのか?」
「えぇ。現に今、意思疎通魔法を全員で使っているわ」
「意思疎通魔法は他人にもかけられるだろ? 他の魔法で試せ」
「疑い深いわね。結界魔法」
フィルクの分身はそれぞれ結界に囲まれた。魔力は結界や壁をすり抜けて移動することはできない。つまり、ほぼ確実に分身各々で魔法を同時に使うことができる。
「これで質問は終わり。次は貴方が答えなさい」
「断ったら殺される?」
「......とりあえずさっきの目的を答えなさい」
俺はフィルクに会うことにした意味を答える。もしかしたらこれで殺されるかもしれないが...... 仕方ない、これは必要な工程だ。
「まず一つ目。フィルクが虫に刺されるということ。もしあのデカブツ、デッカいワームをフィルクが操っているとしたら、面倒だって思ったからな」
「そうね。関わっていると言ったけれど、アタシが操っているわけではないわ」
デカブツをフィルクが操っているとしたら、厄介な敵を2体同時に相手しないといけなくなる。片方をユズがなんとかするとしても、もう片方に俺は負ける。片方が足止めして、もう片方が村に向かう。こんな感じで一気に不利になってしまう。
「二つ目。フィルクの強さの確認。俺は登山時から、ずっと螺旋状に道を進んでいた。この山のここより下にフィルクが居ることは、ほぼ無い。
ってことは、少なくともここより上で普段から暮らしているということだ。
分身が二つか三つかもっともっと多くかは知らんけど、それを全て制御しながら一日中山で暮らしている。夜寝る時まで虫が出るんだ。なかなか難しいと思うぜ。
どうだ? これが俺がフィルクを呼んだ理由だ」
俺の長話を、ポーズを変えながら聞いていたフィルク。どうやら、褒められて嬉しいようだ。相変わらず容姿だけはめっちゃ良い。
「まあ良いと思うわ」
とりあえずフィルクは満足してくれた。十分な情報を得られただろう。それも、本命の理由は伝えていない。実質ノーコストで情報交換できたのは嬉しい。
ふと、フィルクが近寄ってきた。唐突すぎてあまり反応できず、懐に潜られる。身体を捩って反撃しようと考えたが、何かの魔法で動きは止められた。
「......何だよ」
俺の腕に抱きついて、思いっきり胸を当ててくるフィルク。服装が服装なだけに、結構リアルに感触が伝わってくる。しかし、状況が状況だけに恐怖心の方が大きい。
「いえ、アタシを前にその態度。本格的に貴方に興味が湧いてきたわ。どうぞ」
「だからどうぞって何だよ!」
「何でも良いわ。やりたいことをしなさい」
俺は腕を思いっきり振ってフィルクを投げ飛ばす。それなのに顔を上げたフィルクは、狂気的な笑みを浮かべている。
「......人にぶつけたい感情とかないの? 殺したいとか、犯したいとか、苦しめたいとか」
「あぁそうだなお前が苦しむ顔を見せたら少しはストレス発散になるかもな!」
「じゃあ拷問でも何でもすればいいじゃない。本当はあまり受けたくないけれど、貴方が望むなら受け入れるわ」
「......」
その言葉に思いっきり引いてしまう。フィルクは残念そうな顔をした。色仕掛けが失敗したとか考えているのだろうか。気持ち悪い。
そして、フィルクが自分の腹にナイフを刺した。自分で刺したくせに、結構痛そうな顔をしている。演技ではないだろう。血がポタポタと、静かに流れ出した。
「うっ...... そんな優しい貴方には、特別にアタシの腸を......」
「要らない要らない! ってか何で腸!?」
「一番取り出しやすかっただけだわ...... ガフっ」
彼女は血を吐いて倒れた。グロいし意味不明だし理由も不明だし、なんかシュールなコントみたいだ。
困惑して沈黙していると、木の影からまたフィルクが現れた。
「ほら、大した反応していないじゃない。貴方ならアタシを苦しめることに躊躇なんてないはずだわ」
「好きで苦しめることはしないってだけだよ。あとグロくて引いているのは本当だ。俺をサイコパスみたいに語るな」
「サイコパス。カッコいいじゃない」
「そ、そうか......」
なんかイキった中学生みたいなこと言い出した。なんて返せばいいのだろう。
「周囲に合わすことなんて考えず、ただ己の価値観に従って生きる。貴方にはできるでしょう?」
「残念ながら俺の価値観は割とマジョリティ寄りなんで」
「おー」
イキった中学生と言ったが、そう思うと口調も若干不自然だよな。記憶喪失の身としてはなんとも言えないが、俺もこういう厨二病みたいな時期があった気がする。勘だけど。
「あれ、フィルクって何歳なんだ?」
ふと気になって聞いてみた。他意はない。ぱっと見は...... 俺よりは多分下だな。大人の香りを感じないというわけではないが、ウルフカットの下は童顔だ。声もややゆったりしている。
「何急に。二十歳よ」
「んな訳ねぇだろ。20でその顔だったら整形疑うわ」
「......18」
「うーん...... 無理があるなぁ」
俺は水筒を振って、フィルクの顔面に水をかけた。うん、完全なスッピンだ。分かってはいたけどこの可愛さでスッピンってエグいな。将来に期待が持てる。まあ殺すつもりだから将来も何もないけど。
「キャッ! ......人の年齢を見た目で決めるのはどうかと思うわ」
「年齢は絶対的だろ。精神年齢と体格的に、14〜16らへんじゃねぇかな。俺と年同じとは思いたくないし、14?」
「......違うわ」
「覚えとくわ」
「だから違うわ」
なるほど、14歳。すなわち中2。厨二病の年齢だ。これは案外良い情報だな。利用できるかもしれない。
そうだな、例えば......
「今から俺と一緒に飯でも食わねぇか? お互い腹の探り合いと行こうじゃねぇか」
「......分かったわ。元々、貴方にはついていく予定だったし」
もしかしたら、フィルクは殺す殺す言っているが、それはただのカッコつけなのかもしれない。なるほど、相手は厨二病。俺の実力を確かめるみたいなこと言って、実は人を殺すことに抵抗があります! とかの可能性も......
情報は有れば有るほど便利だ。フィルクの性格を知れば、俺も立ち回りやすくなる。俺は右手を前に出した。
「ほら、手を繋ごうぜ?」
さぁ、爆弾少女を抱えての、大勝負と行こうか。




