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第三話 ベアトリーチェ 1

 こちらに来て、早いもので一週間がたちました。

 そちらは風邪などひかず、元気でやっていますか?

 私は元気でなんとかやれています。

 ただ、朝、目を覚まして隣に貴方がいない、そのことだけが苦痛でなりません。

 貴方に逢いたい、逢いたい、逢いたい。

 貴方への思いは募るばかりです。

 異世界の地から、最後にたくさんのキスを。

                           ベアトリーチェ


 手紙をしたためました。

 愛しい人に愛を込めて。

 宛先はないけれど、あの人の奥さんへ届くよう。

 手紙の隅に控えめにキスマークを忍ばせて。

 崩壊しちまえ家庭。

 ……おっと、いかんな、本音が出た。



 朝陽に起こされ、あてがわれた部屋の襖を開ける。


「おはよう。よく眠れたかな?」

「おはようございます。おかげさまで」


 背中に声をかけられて、あたしは振り返った。

 この寺に住む、僧侶の平間ひらま義夫よしおだった。

 作務衣さむえとか言う僧衣姿で、禿頭とくとうの頭にタオルを巻いている。


「鍵のかからない部屋、というのが、少し落ち着きませんでしたけど」


 木枠に紙を貼っただけの扉を見て、改めて苦笑する。


「布団は平気だったかな?」

「それは、はい」


 ここでは、何もかもが違うのだと昨夜だけで幾度も実感した。




 元々、大学では変わり者扱いをされていた。

 学友から敬遠されていたわけではないから別段困ることもなかったが、巷で魔法学校などと可愛らしく呼ばれるレイナート王立大学が、その実完全にイカレていると知っている今の身からすれば、この扱いは少しばかり不当な気がしないでもない。

 講師連中には幾らも変人と呼ばれる類の人間が居るのに。

 あ、だからあたしは変わり者止まりなのか。

 なんか、解決してしまった。


 ……とにかくだ。


 その日、あたしは中庭で昼寝をしているところを叩き起こされ、学長室なんて見たことも聴いた事もないような部屋に通されて、偉そうなヒゲのオッサンに会った。

 ここまで案内してくれた、ベルタという見過ごせない乳をしていた秘書さんの姿は既にない。

 カッチリ纏ったスーツの中から、苦しいよう苦しいよう、との声が聞こえんばかりの迫力だった。


「どうしてここに呼ばれたか分かるかな?」


 学長室はなんだか扉までが偉そうだった。

 彼女が去った重厚な扉を名残惜しく見つめていたあたしに、ヒゲのオッサンが声をかけてくる。


「へ? あ、すいません、聞いてませんでした」

「全く……君は今何を考えているんだね?」

「え? えーと、あの乳を影ながら応援していきたいなあ、とか…………いや、特に何も」


 はあ、とこれ見よがしに溜息をつかれる。


「何をたわけた事を言っとるんだ、君は」

「またまた、お好きなくせに」


 きっと睨まれて、口を閉じた。

 しかし、あの乳が秘書さんの選考理由に入ってないなんて言わせない。

 このオッサンも相当のスキモノの筈だ。

 そんな考えを読んだわけでもないだろうが、ヒゲのオッサン、多分学長がコホンと咳払いをする。

 机の上に置かれていた書類を取り上げて、あたしに見せてくる。


「君、このままだと卒業できんよね」


 何故か、少し砕けた口調になっていた。


 レイナート大は基本三年制だ。

 もっと厳密に言うと、レイナート大に居られるのは三年間しかない、と言い換えることが出来る。

 つまり、入学後三年たてば、単位が足りていようがいまいが、進級していようがいまいが、関係なく放り出されるという事だ。

 これには魔法という特殊技術に対しての秘密保持などの意味もあるそうなのだが、もし仮に単位が足りなかった場合、その生徒は、卒業ではなく退学という扱いになる。


 あたしの場合、既に二年と十ヶ月がたっていた。

 現状を思うと、他人の乳なんて応援してる場合ではない。


「はい、まあ」


 少し、気のない返事をしすぎたかもしれない。

 呆れたような顔で学長が尋ねてきた。


「卒業はしたいんだよね?」


 ここが、微妙な所だった。

 卒業は、出来るなら、勿論したい。

 しかしそれは、テーブルの上に余った酒があればグラスを出す、というのと同じ理屈で、無きゃ無いで良いのだ。

 別に資格が仕事するわけでなし。


 確かに、魔法を使って正式に商売をするには国からの免状が必要で、卒業すれば自動的にその免状が着いてくるという大きなメリットもある。

 ただ、腕さえ確かなら、後から幾らでも免状は下りるし、もぐりの魔法使いなんて珍しくもない。

 大学でとった免状だと、必然的に国からの仕事がまわされることが多くなる。

 基本怠惰なあたしとしては、他人の都合で忙しくなるのはごめんだった。


「悩んでいるという事は、少しはしたいと思ってると受け取っていいんだよね」


 学長は、あたしの沈黙を都合よく受け取ったようだ。

 達観したかのような表情に、確信犯的な色を見つける。


「実は来年度から実施を計画されている試験があるんじゃよ」


 口調を少しだけ戻して、学長はヒゲをしごいた。


「この度、その試金石として我が大学が選ばれた、という訳じゃ」


 学長の声音にはどこかウンザリしたような響きがある。

 おそらく、彼の発案ではないのだろう。

 こんなことで頭を悩ますくらいなら、秘書さんの乳を応援していたいはずだ。


「それで、どうしてあたしが?」


 多少の同情もあって、あたしは尋ねた。


「理由は二つある。一つは、その対象として、卒業の単位の危うい者を選抜し、上手くいった暁には、これを免除しようと」


 破格の待遇だった。

 これまで退学していった者たちが聞けば、恐らく諸手を挙げて参加を望む。


「もう一つはなんなんですかね?」

「て言うかね、君の場合は本来こちらの理由だけで参加するはずだったんだよ」


 餌を目の前で取り上げられた犬のように切ない表情で、学長が溜息をこぼす。


「つまり、本年度の成績最優良者、しかも我が大学きっての天才。ベアトリーチェ、理由は君自身じゃよ」




 ……という訳で。

 現在貴方への二通目のお手紙を、書き綴っています。

 はしたない女だと思わないでくださいね。

 これも全て、私の貴方への抑えられない想いのさせる事。

 もしこの手紙を書くのをやめてしまえば、私は自らの胸を引き裂き、貴方への想いと共に煉獄へと落とされることでしょう。

 一刻も早く貴方に逢いたい。

 同じ月を見ることすら叶わぬ異世界より、尽きる事のない愛と、尽きる事のないキスと共に。

                                    ベアトリーチェ


「こ、このお手紙を、本当に学長のお宅へ届けてもいいんですか?」

「うん。どうかな?」

「いや、どうかなって……」


 こちらの世界からでも――勿論検閲は入るが、一応あちらに手紙くらいは送る事ができる。

 手紙の検閲を終えて、引き攣った顔で、手紙使てがみづかいの役人は戦慄いた。

 日本の寺の境内に、高貴なローブ姿の男というのは中々シュールな光景だ。


「ま、まあ、一応大学関係者に宛てた物ですから問題はないですけど……」

「それで、一つお願いがあるんだけど。出来れば学長の奥さんが家にいる時刻を狙って届けてくれ」

「えええええええええええ! この意味深なハートの封印のされたお手紙をですか!? 私に悪魔の使いになれって言うんですか!?」


 これまで、人生を綺麗な大通りでしか歩いてこなかったようなお役人は、既に涙目になっていた。


「頼んだよ」


 ポンと肩を叩くと、心底嫌そうに郵便屋さんは肩を落とした。

 手紙の内容が規則に違反していない以上、届けないわけには行かないのだ。

 とぼとぼと背中を丸めて帰っていく彼は、拒めない自分の立場を呪っているようにも見えた。


 ささやかな復讐を終え、多少は溜飲の下った思いで、あたしは参道へと出てみた。

 これまで、落ち着くまではと、なるべく人の目を避けてきていたから、ストレスもあった。


 しかし、期待に反して、そこに人影は無かった。


 石畳が敷かれ、それが本堂まで続いていた。

 この国では、神や仏にお願いしに行くことをお参りといい、お参りに行くことを参詣というらしい。

 参道とは、参詣さんけいするためにつくられた道をいうらしいから、ここを歩けば、もしかしたら何らかの御利益があるのかもしれない。

 百九十二段もある石段から続く参道をゆっくり歩き、賽銭箱の前で足を止めた。

 ポケットから、貰った五円玉(穴の開いた硬貨。ご縁があるようにという言葉遊びらしい)を取り出し、教えてもらった通りにお参りする。


 あたしは、神様は信じていなかったが、仏様とはまだ出会ったばかりだ。

 一度も信じた事がないくせに、信じられないと言うのは違う気がするので、出来る限り真剣にお参りをする。

 内容は勿論今回の試験の事だ。

 

 その時。


 手を合わせて祈願をしていたあたしの耳に、声が聞こえてきた。


「お、鬼だ、鬼の階段だここは……」

「そんな事言うと、罰が当たる」


 石段を登ってくるのは、どうやら、二人組の男のようだった。

 声の感じで、少年だと分かる。


 あたしはポケットから煙草を取り出し、それに火をつけると、振り返って開かれた本堂を見た。

 畳と言う、草で編まれて作られた広い床の奥に、鎮座する巨大な人影。


「やるじゃないか」


 手に印を結んだ偶像に向って、あたしはにやりと笑ってみせる。


「罰も嫌だー」

「わがままだな……」

「わがままって……んあ、誰あれ?」

「……さあ?」


 見慣れない存在に気が付いて、二人は足を止めた。

 しばらく怪訝そうにしながらも、再び本堂の方へと近づいてくる。

 この寺に何か用事でもあるのだろう。

 片方、やたら顔の良い方の手には、薄紫色の包みがあった。


 近づいてくる二人を見定めるつもりで、あたしはじっくり少年達を眺めた。

 どちらかが、あたしのパートナーに相応しい。

 そんな直感がある。

 直ぐに、ピンと来るものがあって、あたしは片方に声をかけることにした。

 二人は既に目の前、二対の瞳に、煙草を咥えた胡散臭そうな魔法使いが写る。

 黒色の澄んだ世界の中、彼女はおもむろに口を開いた。



「やっと見つけた――」



 これが、あたし達の、全部の始まり。

読んでいただいて、ありがとうございます。

えーと、キャラクターの名前募集してます。

洋名和名関わらず、良ければアイデアをください。

よろしくお願いします。

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