第十七話 ゆずる 5
「じー…」
「じー…」
「じー…」
あ、あの、なんで見られてるんでしょうか。
目を覚ますと、六つの目玉がこちらを見下ろしていた。
銀が四つに黒が二つ。
三つの深刻な顔が作る影の中で、その内の一つが喋りだす。
「目が覚めたみたいだねぇ」
「ゆずる調子は?」
「ち、調子?え、えーと、目が覚めたら今日会ったばかりの方々含めて皆して俺の事見てたんで、ちょっとちびりそうなくらいビックリして今叫びだしそうな所」
「…………どうぞ」
「ぎゃああああああああああああああああーーーーー!!!!!お前ら何やってんだ!!!!!!なんだこれ!なんで俺超人気スポット扱い!?」
「いや、そんな扱いはしていない」
ああん、冷静。
しばらく叫んで肩で息をつき始めた所でちょっと落ち着いた。
一也が差し延べてきた手を取って立ち上がる。
「ほら」
「おい、乱暴にすんなよ、今体中痛……く、ない。あれ?」
慌てて叩いたり抓ったり、全身の具合を確かめる。
……どこも痛くない。
肩も脇腹も、どこも、健康そのもの。
それどころか、こないだから気になってた口内炎まで治ってる。
辛いものも食べ放題。辛いもの別に好きじゃないけど。
寒気も、眩暈もないし、視界もクリア。
試しに何度かその場で跳ねてみると、何の違和感もなく視線が高くなった。
辺りには夕暮れが、迫りかけている(・・・・・・・)。
ということは、さっき目を覚ましてから、長く時間が経っているわけでもない。
「これなんで痛くないの?」
夢……じゃないのは、傍らにいる不審な二人の魔法使いを見ればわかる。
一也の姿はあれど、こまっちの姿はなく、代わりに、妙ちくりんなボーリングの玉大きさ世界記録みたいなのが、一也の傍でふわふわ浮遊していた。
「そして、あれはなに?」
謎の玉を指差しながら質問する俺に、一也が説明してくれる。
「簡単に言うと、ゆずるの傷はベアトリーチェが治療して、あれは俺が出した。それで今一個問題が」
「どんな?」
「駒野が取り出せなくなった」
「…………凄いな、何一つ理解出来なかった」
求む、目を閉じてた間の詳細。
昔々あるところに、めでたしめでたし。
……くらい端折られた一也の説明に、魔法使い達の補足を加味し、更に冴え渡る俺の推理力で補完すると、概要はこうだ。
俺の身を呈した活躍により完成した魔法は、落とし穴をイメージして作られた、一也オリジナルの魔法らしい。
外観は黒飴のお化けみたいな感じで、そこから、クリオネみたいに獲物を捕らえる為の触手が無数に伸びていくそうで、心の底から気絶しといて良かったと思う。
触手で捕われると、異次元だか異空間だかに閉じ込められる。
……んだけど、アクシデントが。
「結構複雑な術式で組まれてるねぇ」
黒飴のつるつるした表面を撫でながら、頭を掻いてベアトリーチェが呟く。
アクシデント。
こまっちを捕まえて閉じ込めたはいいものの、そこからの出し方が分からない。
一也が口頭で命令してみても、なんの反応も無かったらしい。
例えて言うと、捕まえた檻には、鍵どころか扉が見当たらなかったのだ。
「こじ開けられないか?」
そういった訳で、今二人の魔法使い達は、顔を付き合わせて打開策を模索中。
医者の触診のような手の動きを見せるベアトリーチェに対して、腕を組んだベルナデットの人差し指が、そわそわと落ち着かなげにリズムを刻んでいる。
「難しいだろうね。かなり強く固定化がかかってるから、力ずくだと空間ごと魔法が壊れる可能性が、ね。そうなったらコマノくんもどうなるかわかんないし。もう少し調べてみないと」
「まどろっこしいな」
苛立たしげに舌打ちするベルナデットを宥めるような声音で、ベアトリーチェは続ける。
「まあ、時間をかけて見つかるものもあるから」
問題は、時間とこまっちがおかれてる環境だった。
向こうがどうなっているか、正確な所は分からないらしいのだが、落とし穴をイメージした所を考えると、明るくて良い匂いがするような場所じゃなさそうだ。
イメージ先行の想像では、光の一切ない、誰もいない、気が狂いそうな光景が浮かんで来る。
そんな所に長時間居て、肉体精神共に良い影響があるわけもない。
ベルナデットの苛立ちも無理からぬことに思えた。
「新しく出口とか作れねーの?」
専門的な事になるとちんぷんかんぷんでも、なにか口にせずにはいられなかった。
ベアトリーチェは首を横に振る。
「他人の魔法を変化させるのって凄くめんど…いや、難しいんだよね。カズヤにしたってそれが出来るくらいならとっくにベルのパートナーを救い出せてるだろうし。魔法って概念的っていうか、理屈より思い込みが勝つ世界だから。これがどういうものか深く理解してないと。ほら、壁の外から扉つけたって、中に入れるわけじゃないでしょ」
……色々言ってるけど、要はだめって事ね。
あと今確実に労力を惜しんだね。
「また、なんつーややこしいもん…………を゛」
黒飴をつんつん指で突く。
人差し指で軽くノックのつもり。軽い気持ちで、なんとはなしにやったこと。
なのに。
ーーピシリ。
……なにやら、決定的な音が聞こえました。
見ると、俺の爪が当たってた場所に微かにヒビが入っている。
慌ててそこから指を離すが、氷が縮んでいくときの軋むような嫌な音と共に、あとは、川が下流に流れていくのと同じ、当たり前みたいにして亀裂が大きくなっていく。
「を゛を゛を゛を゛〜っと、え、えーと、違う、わざとじゃない。ごごごめん」
これは、なに?俺の秘められた殺人拳かなんかの才能が開花?
だとしたらなにも今じゃなくても……。
亀裂は更に大きく複雑に広がり、出しっぱなしだった鏡餅みたいにヒビだらけになっていた。
割れる寸前みたいな…。
ついには、ボロボロと表面が落ち始める。
「わ、わー!ボンド、ボンド!」
落ちたカケラを広い集め、これ以上地面に落ちないよう、手を重ねて受け口を作る。
黒いカケラで両手の平が一杯になっても、今はボンドと三秒ルールの適用を信じて続けるしかない。
そんな努力を嘲笑うように、がしゃんと大きな音がして、小さな無数のカケラが内側から弾けとんだ。
黒い輝きがスローモーションで流れていって、それはまさに希望が砕け散る光景に等しい。
手の平から黒いカケラがこぼれ落ちた。
「うう、みんなごめん。俺が余計な力に目覚めたばっかりに…」
「なに言ってんだ?それより危ないから下がれゆずる」
「危ないって何が…」
言い終わるのを待たずに後ろから襟を引かれる。
がしゃんと言う激しい音がして、目の前が何故かモノクロームになる。
今まで俺が立っていた場所を凄いスピードで、白い何かが横切っていった。
視界に捉えた白の正体、それは、
「うーん、小振りなバボちゃん?」
黒飴から飛び出した長い腕だった。