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第十五話 一也 5

完成したパズルのピースが抜け落ちるように、駒野の体は欠けていった。


黒球から伸びる触手が通過する度に、同級生が不完全なものになっていく。



「任せる。……残すなよ」



指差しで指示を出すと、触手の一本がひらりと応える。


了解の意味らしいが、不気味より可愛く見えるのは、親(?)のひいき目だろうか。


微かに自分の感性に引っ掛かりを覚えつつ、ゆずるの方へと駆け寄った。


傍に行ってみると、ゆずるは眠っているようだった。


瞼を閉じて、横たわったまま、ピクリとも動かない。


蝋のように白く血の気引いた顔に、血液が一瞬で冷えた。


傍らで、ベアトリーチェが様子を診てくれていた。


その隣には、何故かベルナデットさんの姿まで。


ベアトリーチェは、触診しながら、時折、ゆっくりと撫でるように体の上で手を動かしている。



「どうですか?」



ベアトリーチェが顔を上げた。


緊張したこちらの言葉とは逆に、鼻歌のように症状を歌い上げる。



「どうって、打ち身、捻挫、軽度の裂傷多数、それに肋が一本折れてる」



体から力が抜けかける。


怪我をさせたことは、あっても、骨を折ったのは、今日が初めてだ。



「あー大丈夫大丈夫。命に関わるような怪我は無いし、これくらいなら魔法でちょちょいだよ」



余程酷い顔だったのだろう、ベアトリーチェが苦笑しながら言った。



「本当に?」

「信じてくれていいよ。私は、どちらかと言えばこっちが本職だしね」



ベアトリーチェがそう請け負ってくれて、今度こそ体から力が抜けていく。



「良かった…」



思わず片手で顔を覆った。


ひざまずいて、地面に手を付いた僕の頭上から、呆れたようなベルナデットさんの声が降ってきた。



「変なやつだな。そんなに心配なら、盾になど使わなければ良かったんだ」



そう思って当然。彼女は何も知らない。


頭の中のあれこれを追い出して、僕は笑顔を作る。



「こっちにも色々あるんですよ。そっちこそ、大事なパートナーを心配しなくていいんですか?」



そこに触れられる嫌悪感が話題を変えさせた。


全く、世の中色々だな。


まさか、当たり前の事を言われて嫌な気分を味わうなんて、生まれた時には思いもしなかった。



「危険でもないものを何故心配しなきゃいけない」



ベルナデットさんは、顔を逸らしながらそう言った。


全然心配なんかしてませんよ、という態度だが、さっき横目に見た光景は、オロオロと熱帯魚のように右往左往する彼女の姿だ。



「世界で最初に見つかった魔法も遠くに物を移動させるモノだったからねぇ」



照れ隠しか、黙ってしまったベルさんに、直ぐさまベアトリーチェの解説が入る。



「あれは、他所に作ったスペースに何かを捕えておくものの様だけど、理解の範疇だね」

「……もしかして、そう珍しいモノでもなかったですか?」



ベアトリーチェは、飽くまで治療の片手間というふうに首を振る。



「いいや、珍しいは珍しいよ。最初の魔法だって今使える人いないし」



そりゃまたどうして。



「『ポーター』っていう魔道器を使うんだけどね、これがまた操作が複雑で扱いが難しいらしいんだ。その上、ポーター自体教会が管理してて、簡単に(さわ)れる物でもないし、今や伝説の魔法の一つだよ」



伝説の魔法とはおそれいるが、内容は日本なら黒い猫でもやってる事だ。


一番最初に見つかった魔法を、今誰も使えないってちょっと不思議な気もするけど、考えてみれば、ジャンボジェットの機長が、ライト兄弟が作った飛行機をスラスラ飛ばすとも思えない。


近頃の若いやつは、なんて、ぼやいてる老魔法使いなんかもいるのかもしれない。




所で、と言葉を接いで、彼女は顔を上げた。



「君の言う色々って、ユズルくんの体に関することかな?」

「……」

「いや、細かく突っ込む気はないよ。だから、そんな睨むみたいな怖い顔しないで」



わざとらしく怯えたようなベアトリーチェの表情に、自分の顔に手が伸びる。


固い。ような気がする。


確かに楽しい話題でないでも、睨む視線に自覚はない。



「そうですよ」



考えるまでもなく、今更ごまかせるモノでもないだろう。


だって彼女は、ゆずるの体を触ってる。


コクりと頷いて、それを認めると、ふーんと言ったきり、今度こそ治療に専念し始める。



「何の話だ?」



と、訝るベルナデットさんを無視して、僕はゆずるの手を取って、しっかりと握り締めた。










落とし穴には、『三月九日』と名前をつけた。


ネーミング・ライツと言ったところで、一幼児に運営する企業があるわけでもなく、この名前は記念碑に近い。


初めて友達が出来た記念。

誓ったちいさな復讐を叶える為の共犯関係を咎める声が上がる。



「ほらな、やっぱりここにいやがった」



若い男の声。


若いと言っても、先客二人より二十くらい歳くってそうな男が、本堂の方からゆっくり歩いて来る。


右手側に小さな人影があった。


繋いだ手の先に、スカートの揺れる女の子のシルエット。



「おっと」



二人の姿を認めて、彼女は駆け出した。



「あ〜あ、おじさんは悲しいよ」



振りほどかれた手を見つめながら、男は呟く。


辺りには、夕闇が迫っていた。


彼を振った少女は、二人のうち見慣れた方の影に飛びついた。



「うわ、ちょ」

「……どこ行ってたの?」



少年の服の汚れも気にせずに、ぎゅぅ、と、強く抱きすくめられる。



「お、男同士の秘密……うぶ」



そう答えた途端、両手で頬を挟まれた。



「どうせまたあの穴の所でしょ。あたパパもあたママも心配してたんだよ」

「ぼへん(ごめん)」



謝られた事で満足したのか、少女の視線が、彼の後ろで居心地悪そうにしている少年の姿を捉えた。



「……誰?」

「ああ、こいつは……えと、名前なんてった?」

「言ってない。さ、佐藤一也」

「そっか、俺、名護(なご)(あたえ)

「……他人?」

「同志だ!」



胸を張って言う与に、アカベコのように一也が頷く。

どこか納得の行かないような少女の頭に、大きな手がのる。



「んで、俺がこの寺の跡継ぎの平間義夫だ」

「興味ないぞ、なまぐさー」

「んだ、こら」



頭をぐしゃぐしゃやられ、楽しそうに逃げ出す与。



「あの」



そんな光景を冷めた目で見つめる少女に、一也は話し掛けた。



「君は、名前なんていうの?」



値踏みするような少女の視線。


名前を尋ねたはいいものの、訪れた沈黙に早くも後悔が頭をもたげる。


一也が生まれて初めて世の無情を感じはじめたとき、少女がゆっくりと口を開いた。



「……(みなみ)柚流(ゆずる)









警戒心は解く事なく、それでも、彼女は出来損ないみたいな笑顔を向けてきた。

これが僕とゆずるの出会いだった。

大昔、「飛ぶよりも速く」というお話を書いた時の主人公が、アタエという名前でした。


このお話とは微妙に設定とか違うんですが、新キャラつくるのがめんどーで、出しちゃえ、と、出してしまいました。

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