第十三話 異世界の事情あれこれ
初めてのケータイ投稿。
普段からこれをやっている方を、僕は本気で尊敬します。
目茶苦茶時間かかった…。
その土地において、アマルシアは最初の王の名であり、その国の名であり、その城の名だった。
アマルシア城は、元々とある貴族が狩猟の際の滞在先として建てられた城で、かつてこの国の成り立ちの戦いでは、義勇軍の拠点として活躍した場所でもある。
王都に構えるその姿は、人々の希望と反抗の象徴として、今も彼らの胸に誇りと勇気を与えている。
そんな背景の割りに、城内のその一室は簡素で粗末な景色をしていた。
主の趣味か、調度の一切にいかにも金をかけておらず、慎ましさより、まず貧しさが印象の先にたった。
これなら、まだ田舎の教会の方が、きらびやかさで分がありそうだ。
ざっと室内を見渡してみて、パーセムは内心で眉を顰めた。
今、この部屋では、三人の男たちが、静かにこの国の縮図を現出させている所だった。
現アマルシア国王レイナス=アマルシアの息子ジュリアード=アマルシア。
市民会議代表、リース=ムーア。
そして、クルノア教パーセム=フェリ司教。
王室、議会、教会。
正確にはそれらのミニチュアだが、予定外の会見にしては顔ぶれが贅沢だ。
「それで?司教どの用向きはなんだ?こう見えて案外暇じゃないんだ」
最初に沈黙を破ったのは、この部屋の主であるジュリアードだった。
広いだけの安っぽい机の上には、彼の言葉を裏付けるように、山のような書類が積み上がっている。
実際、パーセムがこの部屋を訪れた時にも、彼は城下の警備について、リースと話し合っていた所だった。
「はっ、殿下におかれましては……」
「あ、すまない。この後一時間くらいで会議がある。出来れば話は手短に頼む」
恭しい挨拶を、ジュリアードが気忙しく時計を見上げながら止める。
はい、と、首肯するパーセムだったが、その胸中には溜息のような思いがよぎった。
……今だかつて、ここまで信徒に軽んじられた神官がいただろうか。
パーセムはまだ四十前の若い司教だが、それでも、三人の中では最年長である。 リースは三十代前半といったところだし、ジュリアードに至っては二十代の若輩のはずだ。
にもかかわらず、彼らのパーセムに対する態度は不遜という他ない。
自分より年若い二人から向けられる視線に、彼は一気に老け込んだような気分になった。
「はっ、では申し上げます。なぜ、私に一言の相談もなくクェルウ゛ェロスの門をお開きになられたのです?」
「クェル…ああ、解界の事か」
「はい」
「別に反対する理由もなかった」
「ですが、クルノアの教義的にみましても……」
「失礼ながら、司教殿」
良く通る声で、リースがパーセムの言葉を遮った。
大股でこちらに近づく姿には自信が漲り、思わず一歩後退しそうになる。
その事に恥じ入る暇もあたえずに、彼は淀みのない声で言った。
「この際、クルノアの教義と解界とは関係ないのではないですか?」
「は、はあ…………それはどういう……?」
要領を得ないパーセムに、リースの声はいっそ憐れんでいるような調子だ。
「つまり、解界という魔術と、神話世界に言われる地獄の門との間には、いかほどの繋がりもない、という事です」
「し、しかしそれは」
「もちろんこれは貴方がたの信仰を否定するものではありません。あくまで、我々はそう判断したということです」
「で、ですが、それでは信徒達に動揺が」
「だから、公表はしない」
ジュリアードが言葉を引き取った。
リースよりは、多少同情的な音色でも、その声は普段よりやや硬い。
「大学の協力を得て実施している。まだ試験段階だが、残念ながらこれは議会で決定したことだ」
「しかし」
尚も言い募ろうとするパーセムに、今度こそジュリアードが厳しい声を張った。
「いい加減にしろ。そもそも今回の件は、教会に口を挟まれる筋のことではない」
ジュリアードの言いようは、正しいだけに冷たかった。
その言葉の温度を感じた途端、パーセムの中に諦観の念が生まれる。
悔しさに唇を噛み締める以前に、すでに口の中は苦い敗北の味しかしない。
「では…………その旨教主様にお伝えしますが宜しいですか?」
「当然だ。それが貴方の仕事だろう」
ジュリアードの声はどこまでも冷ややかだった。
子供の使いのような事を口走った後、パーセム司教は、肩を落として政務室を出て行った。
力無く閉まる扉を見送って、リースが苦笑を向けてくる。
「まさしくこの国の老害というやつですか」
彼は神官との会談をそう評した。
この言葉はむしろ、パーセムの背中に透けて見える者達に向けられている。
「言ってやるな。彼らは彼らでこの国のためを思って行動している。信仰は、民にとって欠かせぬ権利だし、アマルシアがーー国としても王家としても、これまで彼らに助けられてきたのは事実だ」
そう言い、ジュリアードは、表情を歪めた。
こう見えて、王室と教会の関係は親しく深い。
かつて、今よりもこの国が若かった頃、後継ぎを巡って、王室内で暗闘が繰り広げられた時期があった。
長い間、人々の間には嫌謗が飛び交い、暗殺が横行した。
そんな状況に胸を痛めた当時の王は、クルノアの教主を呼び出し、彼に知恵を求めた。
呼び出しに応じた教主は、王に向かって一つの事を進言した。
翌日、王は皆を集めて、一人の王位継承者を直々に後継ぎとして指名した。 後継ぎとして指名されたのは、第三夫人の二番目の息子で、歳はまだ若かったが、見目良く才気ほとばしる若者だった。
王の器として申し分ないものの、五番目の王子ゆえの継承権の低さが、皮肉にも彼を生きながらえさせていた。
王に指名され前へと進み出た王子の前に、戴冠式でもないのに教主が立っていた。
集まった者達は訝しがったが、その理由はすぐに知れた。
目顔で王に促された教主は、静かに一度頷くと、恭しく一礼し、皆の前で朗々とこう言った。
「クルノア教会は国王陛下のご決定を支持いたします」
それから聖書の一節を取り出し、彼が王としてどれだけ正統であるか、その妥当性を説いた。
これが、教主が王にした助言だった。
彼は、五番目の王子の王位継承権を神に保証させたのである。
これに逆らえる人間は、その時の王室には居なかった。
信仰心もさることながら、教会は当時既に一大勢力となっており、春夏騎士団という独自の戦力も抱えていた。
跡目争いくらいで(・・・・・・・)敵に回せるほど、小さな相手ではなかったのだ。
こうして、余程物事の勘定の出来る教主は、王室のお家騒動を収めて信頼を勝ち取ると同時に、王家への強い発言権をも得たのである。
以来、宗教的なアドバイザーという名目で、教会から数名、司教クラスの神官が城内に置かれる事が慣例となった。先程のパーセムなども、その内の一人だ。
「これは、口が過ぎました」
一言で詫びて、リースは言を接いだ。
「ですが、このままというわけにもいきません。いつまでも魔法を自分達の独占技術だと、教会に思われても困る」
「当たり前だ」
ジュリアードの言いようは、いっそ明快だ。
これまで通りにはいかない、そんな事は分かっている。
魔法の登場は、むしろ教会を否定したのだから。
「奇跡の有り様−−聖者の奇跡は、人が理解し、制御出来るものであってはならない、か…………結果的に魔法はその種明かしになったわけだ」
ジュリアードの言葉に、リースも頷く。
「教会だけでなく、戦争のやり方も変わるでしょう。魔道具による武器の強化で、質より量−−騎士から兵士の時代に。それがなれば、もはやセグリアも敵ではありません。……あらゆるものが変化していく。この流れがもはや止まらないものなら、我々もいち早くそれに対応するしかない」
「わかっている」
頷いて、真意を探り合うように、二人は視線を交わしあった。
睨み合うように、やがて、先に表情を緩めたのはリースだった。
人受けのする笑顔の目元に、まだ微かに窺うような光が残る。
「信じましょう、今日の貴方だけでなく、これまでの貴方をね」
「おつか〜れさ〜まで〜した〜」
リースが出ていって、ジュリアード一人になった部屋に、間延びした少女の声が響いた。
「…………アイルネか」
「は〜い」
独り言のようなジュリアードの呟きに、のんびりした声が返る。
僅かに空気が動いた。
新たな来客者に場所を譲るように、カーテンを揺らす。
次の瞬間には、ジュリアードの目の前に小さな少女が立っている。
「お〜じさまは〜えんぎも〜おじょ〜ずなんですね〜あのせ〜じかさんも〜お〜じさまのこと〜しんじてましたよ〜」
「……何のようだ?」
ジュリアードのつれない返答にも、何が楽しいのか、アイルネと呼ばれた少女はニコニコと笑っている。「クナトさまから〜ごでんご〜んで〜す『せぐりあ〜のしこみは〜じょ〜じょ〜おなべに〜ひをかけられたし〜』だそ〜です〜」
「わかった」
アイルネは、ピョンと机に飛び乗ると、足をぱたぱたさせながら、ジュリアードに顔を近づけた。
「で〜?どちらのおなべにするですか〜?」
積み重なった書類が倒れないように、彼女を手で押し返しながら、ジュリアードは立ち上がった。
窓辺に歩みより、外の景色に囁くように、
「…………ラーズウッドだ」
小さくその街の名を口にした。