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核戦略

 ヒトラーはノックの音で起こされた。


 「入れ」


 「失礼します」


 入ってきたのは、クレープス大将だった。


 「総統閣下、わが軍は敵に取り囲まれ、崩壊しつつあります。次の判断を下さねばなりません。どうか作戦室においでください」


 「…わかった。今行こう」

 ヒトラーが席に着くのを見計らって、カイテル元帥が説明を始める。


 「現在、敵は戦線の全部にわたってわが軍を撃破しました。ここベルリンに乗り込んでくるのも時間の問題です。ベルリン防衛軍はすでに市内で展開し、市街戦の準備を進めています。しかし、武器弾薬はともに乏しく、まともな武器を持たない兵が全体の三割です。用意していた戦車四百両もそのうちの半数が燃料不足、故障のため動かせません」


 「総統閣下、ここはアメリカ軍に対応している第12軍をベルリン防衛の為に引き抜きましょう」

 ゲッベルスがそう言った。


 「そうだな、第12軍は第9軍と合流し、反撃に移らせろ」


 即座にヨーデル大将が反論する。

 「しかし、第12軍が西から引けば、アメリカ軍がベルリンを攻撃してきます」


 するとゲッベルスは、「いや、問題ない。第12軍がソ連を撃破すれば、米英はわが国の力を認める。トルーマンは共産主義の脅威を認識している。我が国が共産主義者への防波堤となることは明白だ」


 今度はクレープス大将がいうには、「閣下、第9軍は撤退させなければなりません。損耗率がはなはだしい。今、無理に突撃させては兵を失うだけです」


 対してヒトラー、「いや、駄目だ。第9軍には正面のロシア軍陣地を崩壊させる。そのあとで、第12軍と合流し、敵を追撃するのだ」


 「不可能です。閣下」


 「何を言う。ドイツ民族は意志の力で、全くの奇跡の勝利を収めることができる。わが軍にはまた数十万の軍勢が残されている。最新鋭の戦闘機もまだある。降伏はない」


 そこでヨーデル大将が発言する。


 「閣下、状況は大変厳しいのです。閣下のベルリンからの脱出はすでに経路を確保しています。あとは総統のサインさえあれば、全て動き出します」


 そしてヒトラーに書類を差し出す。


 「私の言ったことが分からなかったのか、第9軍が敵を撃破する。それを第12軍が援護する。何度言わせるのだ。私は何度も、明快に、簡略に、はっきりと伝えたではないか」


 それにゲッベルスが同調する。


 「総統は世界の舞台から消え去ることはない、そしてその必要もない。民族が一つになれば、困難を打開できる。ソ連国民さえそれをやった。ゲルマンがそれをできないはずはない」


 カイテルが恐る恐る発言する。


 「しかし、総統閣下、一時的にベルリンより退避し、後方の安全な場所で指揮をとるという事をお考えになられたほうがよろしいでしょう……実際のところ、現在、第9軍は西進中なのです。引きかえさせることもできません。そして、敵はもうすぐやってきます。今しか脱出の機会はありません」


 そこで長い沈黙が流れた。そののちにヒトラーは口を開いた。


 「私は、総統として、ベルリンと運命を共にすることを選ぶ。もし、脱出したとしても――納屋に隠れたり、野外に寝たりして、みじめに死を待つのみだ。私は、私の力で自身の死を選び取ってみせる」


 誰も発言するものはいなかった。みな、ドイツ国家の運命、そして数日後にはどうなるかさえ分からない自分の身の振り方を考えた。そこに、シュペーア軍需相が入ってきた。


 「シュペーア。君はスイスにいたはずだ。今着いたのか」


 「ええ、閣下。お伝えしたいことがあり、急いでまいりました」


 「シュペーア、もうおしまいだ。ドイツはもうおしまいだ。君の設計した党大会広場、総統新官邸ももはや硝煙に埋もれてしまう。君は本当に天才だったが、もうこれで何もかも無駄になった」


 シュペーアはその場の重い空気を取り払うように、にこやかに話を始めた。


 「閣下。以前に実験に成功していた原子爆弾の量産が成功しました。現在8発が使える状態にあります。これを使えば、ロシア軍を壊滅させることができ、更に量産に成功すれば戦争全体の勝利も夢ではないでしょう」


 「たった8発の爆弾で戦況が変えられるのか」


 「誓って嘘は申し上げません、総統閣下。総統閣下は要塞への攻撃用にと原爆の使用を考えているようですが、敵の軍集団に用いても十分に有効なのです。


 以前の実験結果によれば、爆心から三キロ圏内にいる人間は全員死亡し、二十キロ圏内にいる人間には重傷を与えることができました。これを密集するソ連兵に投下すれば、たちまち敵兵は大いなる爆発の前に薙ぎ払われ、死亡するでしょう。

 

 8発のうち半数でも使えば、一気に百万名余りを殺傷できます。我が国はこの爆弾の開発に世界で初めて成功しました。アメリカや日本でも研究が進んでいると聞きます。


 この兵器はたった一発でもあれば、世界のパワーバランスを変更することができる、それほどの兵器なのです。現在、大型自走砲より発射可能にしたものが一発。V2ロケットに搭載可能なものが一発。残り6発は航空機搭載用に改造され、配備中です」


 「しかし、どうやってそんな兵器を開発したのだ。私でさえ、そんなものがあるとはよく知らなかった」


 クレープスが尋ねる。


 「ヒムラ―閣下に協力していただきました。総統親衛隊は現在、軍の技術省も吸収しています。

そのため、SS師団が装備する形で、兵器化が進みました。SS師団の防諜は完全ですからね、無礼ながら、高官の皆様にもこの兵器の存在はお伝えしておりませんでした。


 それは、敵に情報が漏れるのを防ぐためです。そして、私はよく存じ上げないのですが、ヒムラ―閣下はこの兵器に大変な興味をお持ちのようで、戦略的目的以外にも有用性を見出しておいででした」


 「なるほど、たしかに、ユダヤ人問題の最終的問題解決にはその兵器は有効でしょう。ヒムラ―副総統が興味を示すのも当然だ」

ゲーリング空軍元帥が発言した。


 「……兵器の量産に成功したのは分かった。しかし、戦況をどうやって覆すのだ」

 とヒトラー。


 「現在ヒムラ―閣下がこちらへ向かっております。すでにSSが今後の作戦を計画しています。しばしお待ちください」


 ヒトラーは会議を一時中断とし、自室にシュペーアを呼んだ。


 「君は、以前から原子爆弾開発を強く推していたな」


 「ええ、閣下。このままではドイツの勝利が遠のいてしまうことは明白でした。そこで私は、ユダヤ人が研究を進めていた原子力に目を向けたのです。閣下は嫌うでしょうが、しかし、痛快ではありませんか、ユダヤ人が自らの手でドイツの防衛に成功したとすれば」


 ヒトラーはそこで苦笑した。


 「全く君は天才だ。建築だけでない、政治的手腕にも優れている。そして何より君の知識の広さ、見識の卓越さには全く舌を巻く」



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