作戦会議
高官たちは作戦会議室に集められ、ヒトラーが到着すると、カイテル元帥が戦況の説明を始めた。
「ロシア軍はオーデル川を渡りました。これまで第56装甲軍団が敵の進撃を食い止めてきましたが、敵の物量に押され、現在ベルリン郊外のヴァイセンゼーまで戦線は後退しました。
シェルナー元帥の中央軍集団、ハインリツィ大将のヴィクセル軍集団がロシア軍にあたっています。敵はここから数キロです。先ほどの砲撃がそれを証明しています。砲撃は敵戦車によるものであり、ご周知のとおり現在も続いています。わが軍は燃料、弾薬共に大幅に減少しており、敵に攻撃を仕掛けるのは難しい状況です」
それで―とヒトラーが口を開いた。
「それで、今の敵の攻撃を食い止めることは可能なのか」
カイテルはヒトラーの顔を見つめながら、言った。
「大変難しいといえます。そして、わが軍がここで敵の攻撃を支えきれず、前線が全く崩壊してしまえば―敵はいかなる戦略を企図していたのにせよ、それを修正し、ここベルリンに向けて進撃するでしょう。
また現在判明している敵兵力は後続のものも含めて二百万です。更にこれにまだ数十万の敵が控えているとすれば、わが軍はこれに対処することができません。ベルリンに敵が侵攻してくる可能性はかなり高いといえましょう」
「ベルリン防衛軍の兵力は?」
ヨーデル大将が答える。
「ベルリン防衛軍の兵力は八十万程度、これは老人や子供、戦闘経験のない民間人をむくめた数です。実際に有効な兵力として使えるのはそのうちの半分でしょう。彼らだけでは、ロシア軍に対抗することは不可能です」
「問題ない。前方に展開しているヴェンクの第九軍やシュタイナーの師団が付近のロシア軍を
駆逐し、ベルリンを防衛しに来てくれる」
「総統閣下、彼らは―」とクレープス大将が口を開く。絶句した彼に代わってヨーデルが言葉を継ぐ。
「彼らはまともな兵力を残してはいません。攻撃能力はもはや……」
ヒトラーはそれを聞いて、怒りで顔の表情を硬直させた。そして、今では手放せなくなった老眼鏡をゆっくりと顔から外した。
「……私は、今まで第三帝国の総統として、国民に仕えてきた。しかし、このようなひどい裏切りは初めてだ。私の指示をことごとく無視してきた将軍どもめ、奴らの失態をここで被らなければならないとはどう考えてもおかしい。
私はいままで常に裏切られ、低位におかれてきた。だが、私はやった。大学や士官学校を出ていなくともドイツ帝国の総統になり、ヨーロッパの半分を占領した。にもかかわらず、無能な将軍どもによって、私は窮地に立たされている。奴らが士官学校で学んだのは、せいぜい上役におべっかを使うのやナイフやフォークの使い方ばかり、無能な豚ども、奴らはドイツ民族の中のクズだ」
ヒトラーは呪詛の言葉を吐き終えると、急に魂が抜けたようになり、か細い声で作戦会議を一時中止すると述べた。ヒトラーはおぼつかない足取りで自室に戻るとそのまま四時間ほど眠りについた。