5 安心できる男
少しだけ無理矢理なR15の描写があります。
その後、食堂に移り私達家族と皇帝とイヴァンの兄弟で会食をした。
それが終わると、イヴァンは私に向かって「部屋に送っていく」と言った。
何となくだが私と二人きりで話したいのだろうと見当がついたので黙って従おうとしたが、待ったがかかった。
「私が送ります。皇弟殿下」
椅子から立ち上がったのは、ハンク兄様だ。
「パーティー会場への迎えは、あなたに譲った。部屋に送るのは、私でいいでしょう」
ハンク兄様とイヴァンは、パーティー会場には、どちらが私を迎えに行くかで多少揉めたようだ。
「あの、一人で帰れますから」
こんな事でイヴァンとハンク兄様が揉めるのはどうかと思ったので、そう言った私だが。
「皇弟殿下は新たな婚約者としてベスと二人きりで話したい事があるのだろう。邪魔をするのは大人げないぞ。ハンク」
意外にも、お父様がイヴァンに味方した。
「……貴方にだけは言われたくないです。父上」
ハンク兄様は息子とは思えない冷ややかな視線をお父様に向けた。
そんな事で応えるお父様ではないので平然とイヴァンに言った。
「どうぞ。ベスを連れて行ってください。皇弟殿下」
ハンク兄様は悔しそうな様子は見せても今度は何も言わなかった。
多少憎まれ口を叩けてもハンク兄様は、お父様に逆らえないのだ。……気持ちは分かる。人間離れした美しさと思考回路故に無意識に人を畏怖させるお父様に、まず逆らえる人はいないのだから。
「はい。感謝します。アーサー王子殿下」
イヴァンは、お父様に向かって一礼すると私を連れて食堂から出て行った。
「ハンク兄様が失礼しました。皇弟殿下」
食堂を出て即謝罪した私に、イヴァンは穏やかな顔を向けた。
「気にしてないよ」
イヴァンの言葉に安堵しながら私は気になった。
ハンク兄様だ。
普段は誰に対しても表面上は穏やかに接する人だのに、イヴァンに対しては最初から喧嘩腰に見えた。イヴァンはテューダ王国が唯一属国にしていない国の皇弟だ。彼に対してこそ表面上は敬意を払うべきだろうに。
「そんな事より」
イヴァンにとってはハンク兄様の自分に対する態度など、どうでもいいようで話題を変えてきた。
「俺の事は皇弟殿下ではなくイヴァンでいい。ベスと呼んでも構わないか?」
「はい。イヴァン様」
「敬称はいらなし、後、敬語もやめてくれ」
「そういう訳にはいきません」
いくら婚約者になるとはいえ十歳も年上で皇帝になるのが確実な人を呼び捨てにはできないし、タメ口で話す訳にもいかないだろう。
「……まあ、おいおい直していこうか」
しばらく黙って二人で歩いていたが、不思議と沈黙が苦ではなかった。
イヴァンと外見特徴が似たお父様を前にすると、いつも緊張していたのに、彼だと不思議とそうはならなかった。
むしろ――。
「……やっぱり、あなたといると安心する。まるで、あの子といるようだわ」
あの子、前世の私の双子の弟、桃梧。
双子だのに、私とはまるで似ていなかった。
私は外見も中身も平々凡々だったが、桃梧は外見も中身も非凡だった。
普通なら、いくら双子でも優れた自分とは違いすぎる平々凡々な姉を馬鹿にするだろうが、桃梧は、いつだって姉である私に優しくて気にかけてくれた。双子の姉弟というよりは、まるで年の離れた兄妹のようだった。
そういえば、イヴァンと桃梧は似ているような気がする。容姿の共通点は黒髪黒目だけだが、ふと見せる表情や仕草などが。
だからこそ、私はイヴァンといると懐かしくて安心するのだと気づいた。
「――安心?」
小声だったが周囲が静かで、すぐ傍にいるせいか、しっかり聞こえていたようだ。
「……ふうん? 君は俺といると安心するんだ?」
イヴァンは、ぴたりと歩みを止めた。
「イヴァン様?」
私の呼びかけを無視して、イヴァンはいきなり私の手首を摑むと速足で歩きだした。
途中で何度も「放してください!」と懇願したが聞き入れられず、人気のない皇宮の奥に着くやいなや、壁に両手首は一纏めに頭上に体はイヴァンの体で押さえつけられた。
イヴァンがなぜ突然こんな行動に出たのか理解できない。
「……何を」
私はイヴァンを見上げて、ぞくりとした。
この目を知っている。
捕食する獲物を前にした肉食獣だ。
あの時のあの人と同じ――。
たった一度だけ見てしまったあの人とお母様が愛し合う姿。
思い出して顔が赤くなった私に何を思ったのか、イヴァンが呆れたように言った。
「……今の自分の状況分かっているか? そんな色っぽくて可愛い顔するなんて。俺を煽っているのか?」
「え?」
きょとんとする私にイヴァンは溜息を吐いた。
「余裕だな。それとも『俺』だからか?」
「……何言っているんですか? とにかくどいてください」
「断る」
そう言うとイヴァンは突然私にキスをした。
何度求められても婚約者だった馬鹿皇子にはキスもそれ以上も許さなかった。王侯貴族の女性は結婚まで純潔を求められるし、何より私は愛する人がいるのを抜きにしても馬鹿皇子とそういう事をするのは絶対に嫌だった。結婚した後なら王女の義務として我慢したけど。
前世でだってキスもそれ以上もした事はない。
そんな私にイヴァンが今しているのは、触れるだけのキスではなかった。更には、ドレスの上から小さな胸を揉まれた。
いつの間にか口づけからは解放されたが、彼の唇や舌は私の耳や首筋を這っていた。時折、肌にちくりと痛みが走る。
あの人と同じ黒い瞳は、あの時のあの人と同じように情欲でぎらついていた。
あの人とイヴァンは外見特徴が似ているのに、イヴァンに情欲の眼差しを向けられ抵抗もできず体を好き勝手にされるのは、とにかく怖くて口だけは自由だのに抗議もできず、ただ震えていた。
スカートをたくし上げられ大きな手でドロワーズ越しに、お尻や太腿を撫で回された。ついには自分でも滅多に触らない足の間に初めて他人に触れられ耐えられず泣き始めると、ようやくイヴァンは離れた。
私は、そのままずるずると壁を伝って床に座り込んだ。
イヴァンは長身を屈め私の耳元に口を寄せた。また何かされるのかと怯えて体を強張らせる私に彼は言った。
「――これでも、俺といて安心する?」
涙の残る潤んだ瞳でイヴァンを見上げると、今の行為からは想像できない醒めた顔で私を見下ろしていた。
「俺は今生まで君の『安心できる男』でいるつもりは、これっぽっちもないんだよ」
(……今生までって……この人は、まさか)
今まで全く思いつきもしなかった。
けれど、そうなら納得できる。
おそらくイヴァンは――。
「初夜までは、これで我慢する。前世からの悲願だ。がっついたりはしない」
イヴァンは今までの無体が嘘のように優しく労わるように私の頭を撫でた。
その姿が、あの子と重なった。
あの子も私が落ち込む度に、よくこうやって優しく労わるように頭を撫でてくれたのだ。
今、今生の私に無体を働いた男と、いつも前世の私を気にかけて優しかった双子の弟。
黒髪黒目以外、容姿に似た所などないのに――。