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3 突然の告白

 いくら私刑(リンチ)の許可を皇帝から得ていたとはいえ、さすがに血塗れのドレスで対面しては皇帝に対して不敬だし、家族にも心配させたくないので(……お父様だけは絶対に心配などしないけど)着替える事にした。


 私の要望にイヴァンは文句も言わずに付き合ってくれた。


 皇宮の私に与えられた部屋に戻ると新しいドレスに着替え身嗜みを整えて今度こそ皇帝と私の家族の元に向かう途中の回廊でイヴァンが急に立ち止まった。私が怪訝な視線を向けると彼は予想外の事をした。


「馬鹿甥の言葉で分かっただろうが、卒業パーティーで馬鹿甥があなたに婚約破棄宣言するように仕向けたのは俺だ。申し訳ない。ベス王女」


 イヴァンが私に向かって頭を下げたのだ。


 イヴァンは皇弟、しかも次期皇帝になるのが確実な人だ。いくら私が帝国にとって敵に回したくないテューダ王国の王女で彼に過失があったとしても、何の躊躇もなく十歳も年下の小娘に頭を下げるのは驚いた。


「頭をお上げください。私個人としては皇子との婚約が破談になってよかったと思っています。それに、馬鹿皇子を十発殴って、すっきりしましたから」


「あなたと馬鹿甥の婚約を破談にしたかったんだ。公衆の面前で馬鹿甥が婚約破棄宣言しない限り、あの馬鹿についている奴らが絶対になかった事にしただろうからな」


 イヴァンが言っている「あの馬鹿についている奴ら」というのは、皇子を支持している皇子派だろう。馬鹿皇子が次期皇帝となるには、テューダ王国の王女である私との結婚が不可欠。イヴァンの言う通り、公衆の面前で婚約破棄宣言しない限り、皇子派は絶対になかった事にしただろう。


「あなたが何を思って、あの方に婚約破棄を焚きつけたのだとしても感謝しています。あの方の相手をするのに疲れていましたから」


 私は、ずっと気になっていた事を尋ねた。


「アーニャ様は、あなたの命令で皇子を誘惑したのですか?」


「なぜ、そう思うんだ?」


「アーニャ様は学園で全く私に接触してこなかったので。私を追い落として皇子の婚約者になりたいのなら皇子だけでなく周囲に対しても自分が王女(わたし)に苛められて見えるように画策するでしょう?」


 だのに、アーニャは学園で私に全く接触してこなかった。これでは、自分が王女に苛められていると主張しても誰も信じない。


 それに、実際にアーニャが王女に苛めらていると主張したのは皇子だけで、苛められた当人であるはずのアーニャは何も言わなかった。


 本当に王女(わたし)に追い落として皇子の婚約者になりたいのなら、ここぞとばかりに公衆の面前で私を責め立てるはずだ。


「アーニャ様は最初から皇子と結婚する気も将来の皇后になる気もなかった。皇子に婚約破棄させるのが目的だった。そんな気がしたのです」


 王女(わたし)に過失がない事を周囲に示した上で、彼女は皇子を誘惑していた。


 そう考えれば、彼女の行動に納得できるのだ。


「彼女の父親、カナーエフ男爵は何かと後ろ暗い噂が多い人物だ。しかも、皇子派の大物達と通じていた。彼女は、そんな父親を断罪したがっていた。俺は馬鹿甥とあなたの婚約を破談したかったし、ついでに皇子派の大物も一掃したかった。利害が一致したんだ」


 帝国が敵に回したくないテューダ王国の王女を婚約者に持つ皇子を誘惑し公衆の面前で婚約破棄宣言までさせた男爵令嬢。


 何を思って皇子を誘惑したのかアーニャは尋問されるだろう。当然、彼女の実家も調べられ、その結果、カナーエフ男爵やその背後にいる皇子派の大物がやらかした不正の数々が明らかになるはずだ。


「何を思って皇子を誘惑したにしろ、アーニャ様には感謝しています。どうか彼女には寛大な処罰を」


 父親のカナーエフ男爵が断罪されるのなら娘である彼女も無事では済まないだろうが、断罪のために彼女も力を貸したのなら少しでも寛大な処罰であればいいと思う。


「あなたが心を痛めるような事はしない」


 イヴァンの言葉に私はほっとした。

 

「言っておくが、馬鹿甥に婚約破棄するように焚きつけたのは、俺が次期皇帝になりたいからではないよ」


 イヴァンはそう言うと真摯な目を私に向けた。


「俺は、あなたを愛している」


「は?」


 突然の愛の告白に私の脳は、すぐに理解できなかった。


「皇位に興味はない。俺は、あなたを手に入れたいだけだ。そのために、馬鹿甥を焚きつけて婚約破棄させた。……公衆の面前になったのは本当に申し訳ないが」


「……えっと」


 何を言っていいのか分からず口ごもる私に構わずイヴァンは話を続けた。


「馬鹿甥が卒業パーティーで貴女に婚約破棄宣言をやらかしたら馬鹿甥とあなたの婚約は破談になり、あなたの新たな婚約者は俺になる。陛下とあなたのご家族には了承してもらった」


 私の曾祖父ハインリッヒ王の王妃は二人続けてラズドゥノフ帝国の皇女だった。ラズドゥノフ帝国皇家とテューダ王国王家は親戚なのだ。


 それでもテューダ王国への警戒心が解けないラズドゥノフ帝国としては、再びテューダ王国王家と婚姻を結びたがっていた。皇子とは破談になっても他の皇族を王女(わたし)の婚約者に据えたいと思うだろう。十歳の年齢差など政略結婚では珍しくもない。


「根回し早っ!」


 思わず叫んでしまった私にイヴァンは笑った。


「あなたと出会った時から、そのために準備してきたからな」


「……ロリコン?」


 出会った時、私は五歳、イヴァンは十五歳だった。


「……兄上と同じ事を言うな」


 イヴァンは美しい顔を実に嫌そうにしかめた。


()()()()だ。君なら幼女だろうが老女だろうが男だろうが必ず手に入れる」


 甥の婚約者として紹介された幼女(わたし)を見初め、手に入れるために十年かけて準備してきたのか。すごい執念だ。


 あの馬鹿皇子以上に厄介な相手に見初められたのかもしれない。


 けれど、皇帝や私の家族が了承した以上、彼、イヴァン・ラズドゥノフ皇弟殿下が私の新たな婚約者になる。


 王女である以上、私は従うしかない。


 イヴァンの事は嫌いではない。むしろ婚約者だった馬鹿皇子よりも、ずっと好ましく思っている。その外見特徴があの人に似ているからというのもあるが、彼を見ていると、どこか懐かしさを覚え安心するのだ。


 全ての意味で馬鹿皇子は勿論、私にも勝ったイヴァンを傀儡にするなど絶対にできない。


 私の前世からの夢は潰えてしまったが、イヴァンほどの男性に求められて結婚するのは女として誇らしく思う。


 けれど――。


「……そこまで想ってもらっても、私はあなたを愛せない」


 これだけ想ってくれるのなら言うべきだと思った。


 どんなに想ってくれても、私は()()()以外、愛せない――。


「構わないよ」


 そう言われるとは思わず私は目を瞠った。


「俺を愛せなくても他の誰かを想っていても構わない。()()手に入れられれば、それでいいんだ」


 真っ直ぐに私を見つめるイヴァンの黒い瞳は、言外にこう告げていた。


「絶対に逃がさない」と。


 普通の女性なら怯えるのだろう。


 いくら彼が超絶美形で次期皇帝になる人であっても、これだけの執着を見せられれば普通は受け入れられない。


 けれど、私は女として彼ほどの男性に、これだけ求められるのは嬉しかったし誇らしかった。





 

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