ピエロは笑うと知っているから
これは僕と、難病になった僕と、見習いピエロの話だ。
漫画じゃないか、ドラマじゃないか、小説じゃないか。
ー余命は長くて1年半ですー
診察後に医者から家族の有無を尋ねられ、家族も身内もいないことを伝えたら余命宣告、しかも稀にみる難病とは。
生まれた時から養護施設で過ごし、高校卒業してから勤めていた就職先が半年前に倒産、就活中の矢先にこれか・・・。
確か日本人男性の平均寿命は80歳だったか?思わず笑ってしまった。
はい、うん、いや大丈夫大丈夫、ちゃんとわかっている。
生きているだけで幸せで、無念な思いを背負って今日死んでしまった人もいて、諦めなければ奇跡だって起こるってね。
ただ僕は奇跡は起きるとは思わないし、この人生において奇跡は物語のなかでしかなかった。
帰宅時にぼんやりと余生をどう過ごすか、やりたい事をとりあえず考えてみるも、何も浮かばなかった。
ショックで浮かばないのではなく、これまであまり欲や興味が湧くことがなかった。
ただただ何をどうしようかと考える。家族だけではなく、友人や恋人もいないから相談する相手もいない。
自分でも今の感情が分からず、途方にくれている時にピエロに話しかけられた。
「あのー、すいません」
赤鼻に白粉の顔、目の周りが黄色で薄く星型に塗られている。
「え?はい」
街中に不相応な恰好だが、周囲の人達は特に気にしている様子はなかった。
「貴方の体に巣食うその黒い靄、消してもいいですか?」
「はっ?」
「いや貴方のその病気、1人前のピエロになるため治させてもらえませんか?」
絶望すると宗教にはまる人がいると聞くが、いくらなんでもこれはないな。
無視をして再び歩き出す。
「あ、あ、あの。私、怪しい者にみえますが、大丈夫です。ただのピエロじゃなくて。その半人前ピエロで・・・。1人前になるため修行中で・・・」
無視をするも、隣を歩きながらひたすらついてくる。
そんなピエロは、こちらに歩きながらスマホを操作している学生とぶつかりそうになる。お互いに進行方向を向いていないから存在に気づいていない。
僕はとっさに学生とは逆側により、ピエロの避けるスペースをつくるも、間に合わずぶつかる。
ぶつかった、ぶつかったはずだ・・・、なのに学生は何事もなかったようにピエロの体をすり抜けた。
「フフフ、やはり貴方は優しい人だ。大丈夫、貴方にしか私は見えませんし、触れる事も出来ません」
「・・・は?」
「半人前ピエロの私ですが、良ければその病、治させてもらえませんか?」
「・・・治るの?」
「もちろんです」
「・・・」
「信じられませんよね。ではもう一つ面白いことを。はいっ・・」
ピエロはそう両手の人差し指を空に向けると突然、人が動かなくなった、車が停止した、世の中の流れが止まった。
「・・・何なの?魔法使い?超能力者?」僕とピエロだけが動き、言葉を発する世界で尋ねる。
「半人前ピエロです。ただ貴方に巣食うその靄、なかなかのものですね」
「・・・不治の病って・・・。余命1年半で・・・、い、今び、病院から。何、もやりたいこと、なくて・・ぼくは・・」
僕はいつのまにか泣いていた。声を上げて泣いていた。
「必ず、治ります」ピエロは真剣な顔で真っ直ぐに僕を見た。
「やりたいことがあってもなくても。生きたい、それだけでいいじゃないですか」
「で、何をしてんの?」
「おかえりなさい。あー、だめだ、レベルが足りない。レベル上げが必要だ」
あの後一緒に帰宅すると、僕は色々なことがあった日のため、疲れてそのまま寝てしまった。
ピエロが言うには、病巣という黒い靄を晴らすには少し時間を要するようだ。
勿論、1年もかかるものではないらしい。
そのため一緒に暮らすことになったが、次の日の朝からからずっとテレビゲームに夢中だ。
買い物から帰宅するとゲームカセットだけが変わっていた。
「しかし、これでボスではないとは。やっぱりレベルを上げていこう。しかしレトロゲームも久しぶりにやると懐かしいし面白いですね。好きなんですか?」
「・・・おい、僕の病気は、靄はどうした?」
「えっ?はいはい、私がそばにいることが大事なんです。私の力が吸収するので。あーくそ、つえーなこいつ。いや―懐かしい」
「・・・」
「な、なんですか!その絶望と軽蔑と憤怒の感情を織り交ぜた顔は!」
「・・・はぁ、やっぱり僕はもう・・・」
「ちっちょっと、大丈夫大丈夫。本当に私の力がその人の靄を吸収するんです」
「・・・まぁ、もうきみしか頼れないからな。どうぞお好きに」
「ちょっと!投げやりにならないで!任せて下さい!・・・ところで晩御飯はなんですか?」
「・・・決めてないけど。嫌いなものある?」
「ピーマン、人参、ブロッコリー、納豆、生魚が苦手なんですよ~」
「はぁ」
ぼくはため息と共に台所に行きカレーを作る。人参位食べてもらおうと、いつもより小さ目に切る。
「うわー懐かしい。このソフト!」
ピエロのはしゃぐ声を聞き、人参をやっぱりいつもより大き目に切り多めに鍋に入れる。
初めて2人分の夕食を用意して、ピエロは満面の笑みを浮かべカレーを食べ始めた。
「・・・、うま・・・」
「え?馬?」
馬がどうかしたのだろうか?とテレビを見るとクイズ番組をやっていた。
だが正解は馬ではなく、モナリザだった。
「全然違うよ。正解はモナリザだよ」
「いやいやいやいやいや違う違う違う。このカレー、本当に美味いですよ!あなた、三ツ星シェフですか?モナリザだって貴方に微笑みますよ!」
「何言ってんだよ。仕事はずっと金属加工業。それにカレーなんてレシピ通り作れば誰でも出来る」
僕は恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに答える。
「そ、そうなんですか?私にもできるんですか?」
「出来る出来る。というか、君の力を使えば簡単だろ?」
「いや、私の力は自分の欲のためには使えないんです」
「そ、そうなんだ」
人や車を止めたり、病巣などの人の悪い靄を消す(まだ信憑性はないが)ことは出来るのに。
なかなか理不尽なんだな。
「こんなもので良ければいつでも作るよ。一人暮らしが長いし、節約のため出来るだけ自炊していたから、料理は苦手ではないんだ」
「本当ですか?ありがとうございます!こんな美味いもの久しぶりに食べましたよ!」
ピエロは笑顔で食べ続ける。人参を一つも減らさずに。
それからピエロとはたまに外出したりもした。
旅行やドライブ、釣りやカラオケ等、今までやらなかったことを僕は初めて経験した。
「よし、次はここに行きたいです」
ピエロはパソコンで有名温泉の画像を見ていた。
「・・・、あー、今回僕は遠慮するよ。恥ずかしながらお金がないんだ。貯金を切り崩しながら、生活しているからね」
「ハハハ、そんなこと、私の力で。はいっ!」
ピエロが両手で人差し指を天井にかざすと、いきなり札束がテーブルに現れた。
「はい、どうぞ。これでこの温泉に行きましょう。おー、ここ料理も美味そうだ」
ピエロは楽しそうにパソコンを操作しているが、僕は戸惑いながら言う。
「・・・駄目だよ、こんなこと・・・。僕はお金に困っているんじゃない。確かに裕福ではないけど・・・。病気を治してほしいだけだ。行くなら自分のお金で行くよ」
「はぁ、・・・分かりました。貴方のお金ならいいんですね?ではこうしましょう。はいっ!」
怪訝な顔をしながら、ピエロが再び両手人差し指を天井に向ける。
ピエロの手にいつのまにか僕の銀行通帳が開かれていた。促されるまま中身を見ると、信じられないような金額が記帳されていた。
「何これ!?」
「貴方のお金と私のお金を交換しました」
ピエロは笑顔で事も何気に言う。
「駄目だよ!貰えないよ、こんなお金」
「ですから交換したんです。誰もあげていません」
「じゃあ、僕のお金を返してくれ!」
「だったら、今の健康も返して下さい。体調は大分良くなったでしょう?あれは良い、これは嫌。この世はそんな道理がまかり通るんですか?」
「・・・でも、君は病気を治すと・・・お金のことはなにも・・・」
「確かに。まぁ私の方がお金持ちだったってだけですよ。もし貴方が私よりお金を持っていたら貴方が損をしていた」
「いや、でも、この金額は・・・」
「まぁ言ったとおり、お金を返してほしいなら健康も返して下さい。貴方が魔法でも何でも使ってね。ちなみに黒い靄、あともう少しですよ」
ピエロはイタズラをした子供のように笑い息を吐いた。
「・・・え?」
次の日、帰宅した僕は外出の用事をゲームをしていた後ろ姿のピエロに伝えた。
「だから君と交換したお金は僕が育った養護施設に全額寄付したよ。差出人は見習いピエロにして」
ピエロは振り向き、怒りの形相で僕に怒鳴る。ゲームではボスが自分に回復魔法を唱えていた。
「な、な、何考えてんだ!あの金はあんたが使うんだ。美味いもん食って、行きたい所に行って、でかい家に住んで、贅沢出来る!あんたが何でも出来る金なんだぞ!」
「だから寄付したんだよ。僕はもう55歳だ。今更、必要以上にお金を使おうとは思わないし、贅沢な暮らしにも興味がない。幸い、来週から働ける仕事も見つかったんだ。このご時世に学歴も資格もないのに助かったよ」
「・・・病気は治り、これから贅沢三昧出来たんですよ?」
「・・・君の命と引き換えにしても?」
「・・・!」
ピエロの驚いた表情が、僕を見る目が、その沈黙が全てを肯定していた。
確かにピエロと過ごしているうちに体調はみるみるうちに良くなっていった。明らかに完治に向かっていった。ピエロの、その姿が消えかかりながらーーー。
「・・・貴方は何も気にしなくいいんですよ。私はまた生まれ変わり、別のピエロとしてまた誰かの靄を晴らすんです。何も痛みもないんです。徐々に力を失うだけで霧のように消えていくだけ。そして1人前のピエロになるんです」
「僕にとってそれは、君が消えていい理由にはならない」
「貴方の理由なんか知りませんよ!」
「病気は、靄はこのままでいい。大分良くなったしね。これなら治療法も見つかるかもしれない。間違いなく寿命も延びた。君のおかげだ。ありがとう」
「・・・だめですよ。病気を治し、私は貴方を幸せにするんです。それがピエロなんです」
「僕はきみを失いたくないんだ。痛みなく消えるきみでもだ。生まれ変わるきみでもだ。僕はきみに生きていてほしいんだ」
「・・・・・・・・・・バカなんですか?貴方達は・・・。毎回毎回毎回毎回毎回。どうしてまず自分の幸せを考えないんですか?」
「え?」
「思い出したんですよ。デジャブなんですかね・・・。必ずこんな状況になり、生まれ変わる前のこれまでの日々を思い出す。貴方の様なバカ者達を毎回相手にしてきたんです」
「そうか、ハハハ、やっぱりきみは愛されていたんだね」
「・・・止めて下さい。よく恥ずかし気もなく・・・。あー、もういい。ありったけの力を今、全開にして。病巣どころかめちゃめちゃ健康にしてやりますよ。貴方のせいですよ。徐々に消えるはずが思いっきり苦しんで消えますよ。そもそも毎回こうやって消えてしまっていた。次回こそは絶対に穏やかに消えてみせますよ」
そう一気にまくしたて、両手を天井にかざすと突然倒れた。
僕は駆け寄ると、ピエロは激しい痙攣をして、大量の汗をかいて、苦しそうに息をしていた。
救急車を呼ぶため携帯電話を取ろうとするも体が動かない。助けを呼び叫ぼうとするも声が出ない。
ーーー・・・無駄ですよーーー
頭に聞こえた声の主を見ると、横たえたピエロは既に消えかかっていた。
ーーーあ、ちなみに私との記憶も全て無くなりますからーーー
「なっ、ふ、ふ、ふざけんな!最後に何でそんな大事なことを言うんだよ!」
ーーー・・・最後だからですよ。いつでもいいから言わなきゃいけないんです。まったく貴方達は揃いもそろって。ピエロには悲しみなんてないとでも・・・ーーー
朝6時半のスマホのアラームと共に目が覚めた。
何だか体がすごく軽い、医者も匙をなげた難病が奇跡をおこし完治したからなのかな。
そして今日から新しい職場、イベント会社の下請けだ。頼むから今度は倒産しないでくれよと願い、
僕はアパートの階段を駆け下る。
会社でピエロのメイクをしてもらい、衣装を着て現場に向かうワゴン車に乗る。
「初めてなのにピエロ姿、何か堂に入ってますね」
ドライバーも務める20代の上司が笑顔で言った。
「そうですか?ありがとうございます」
嬉しくて僕も笑顔で答える。
奇しくも現場は僕が育った養護施設だ。施設を出たのはもう何十年も前で連絡はしていないし、
今更出身者と言うつもりもない。
ステージ上で子供達に風船やお菓子を配っていると、
「ねぇねぇ、あなたが見習いピエロさん?」
女の子が答えを期待をした顔で尋ねてきた。
見習いピエロ?確かに今日が初出勤だが、会社がわざわざそんな事を言うかなと答えに窮していると、先生とおぼしき人が笑いながら困った顔で教えてくれた。
「実は最近、施設に多額の寄付を頂きました。寄付名は【見習いピエロ】とだけで。ただ金額が金額で・・・。是非内密でも良いのでお会いしたいと、お礼がしたいとマスコミを通じてお願いしているんですが・・・、なしのつぶてで・・・」
「・・・っ、あぁっ」
何故か分からないけど、泣きそうになるのを必死に堪える。
いかんいかん、仕事前の打ち合わせでも言われたこと。
ピエロは笑顔でーーー。
必死に笑顔をつくる僕を見て、その女の子はキョトンとしてから笑う。




