疑惑の娼婦を追う
「スピア、入るぞ」
乱暴にノックをして返事を待たずに押し入る。
スピアと会うのは乱闘騒ぎ以来である。
「やあ、ユース。久しぶり」
スピアはユースの無礼も全く気にせず、のんびり挨拶をする。
部屋の中央に置かれた椅子に、テーブルを挟み、スピアの正面に座るように勧められる。
ユースはおとなしく着席した。
「ジルバの事だが」
ユースがジルバの名を出すと、スピアはげんなりとする。
「またジルバかい?で、そのジルバがどうかしたかい?」
「お前が会ったジルバの人相特徴を言え」
スピアはキョトンとする。
「なんでそんな事を?えーと、確か赤毛の顔は高級娼館なりの綺麗な女だったかな。胸が大きく、女性らしい身体付きの娼婦らしい娼婦だったよ」
矢張り、ユースの知るジルバとは違う。
「何故そんな事を聞くんだ?ジルバの事ならこの兵舎の誰よりも君は詳しいだろう?」
ユースは目を伏せる。
「私が知っているジルバはお前が言った赤毛の女ではない。陽の透けるような淡い髪色の、華奢な、今まで見たどの美しいと賞賛される絵画の女神よりも美しい顔立ちの女性だ。逆に娼婦らしくも無いし、裕福な貴族の娘と言われた方がしっくりくるような女性だ」
ん?とスピアが首を傾げる。
「……それはおかしいな。顔立ちの美醜の評価は個人差があるにしても、身体特徴が離れ過ぎてるなあ。ユース、ひょっとして誰かに担がれているんじゃないか?」
ユースを騙して得をする人間はいるだろう。
侯爵家と縁つづきになりたい家など多いだろうし、名門カルデット家ともなれば余計だろう。
それに、王家の信用も厚いカルデット家の嫡男を引きずり下ろしたい者にとっては此度のスキャンダルは絶好のチャンスだろう。
「ユース、悪い事は言わない。ジルバからは手を引いた方がいいんじゃないか?」
ユースは目を閉じて、じっくりと考えた。
「……例え、ジルバに騙されていたとしても構わない」
「ユース!君ともあろう者がどうしたんだ」
スピアは狼狽しながら立ち上がり、ダンっとテーブルを叩く。
「元々ジルバに傾倒した時点で家督は弟に譲るつもりだった。ジルバがもし誰かに利用されているのなら、私が策にはまった方がジルバには都合が良いだろう。ジルバの為になるのなら構わないと言ったんだ」
スピアはよろよろと椅子に腰を落とし、額に手を当てる。
「君ほど優秀な男が何故……。どうかしているよ。たかが娼婦の為に自分を捨てるのか?」
ユースはゆっくりとスピアの瞳を覗き込む。
「俺は総てを投げ出しても構わない。愛を知ってしまったのだ」
★
ユースの自室に到着すると、扉に一通の手紙が挟まっていた。
差出人はスカーレットだった。
明日の午後にスカーレットの城下にある邸宅でルイーシュが待つとの事だった。
職務停止期間中で、尚且つジルバの休みの間に片付けられるのはユースにとっては都合の良い話しであった。
ーーーしかし、急だな。
スカーレットの話しに聞くルイーシュという女性は非常に大胆な性格をしているらしく、隊の中でもかなり破天荒なスカーレットに豪胆と言わしめるほどの女性だ。
きっとスカーレットから仔細総て聞いて尚、このような早々の迎合を提案してくれているのだろう。
兎に角支度だなんだと時間のかかる貴族女性にして、この立ち回りの速さは異例中の異例である。
ユースは有難く思うと同時に、ルイーシュに申し訳無くも感じた。
が、明日は心を鬼にして嫌な男になろうと決めた。
こんな嫌な男には嫁ぎたく無いと思って貰えたらとユースは考えたのだ。
普段から女性に対して優しくないユースは普段通りで居ても顔にふらつかないまともな女性には靡かれないのだが。
ーーー明日は涙を飲んで良心を封印しよう。
検討違いな事を考え、粛々と就寝の準備を始めた。
★
スカーレットが用意した箱馬車の中。
正面に座るスカーレットがユースに告げる。
「何があっても怒らないと誓うか?」
ガタガタと馬車に揺られながら、スカーレットはソワソワと確認してくる。
「は?初対面の女性に怒りたくなった事など今までありませんが」
婚約解消を申し込みに行くユースより、どうしてスカーレットが怯えているのか?
ユースは首を傾げる。
「最初はの、中々会おうとしないお主に対する意趣返しだったのだ」
なんの話しだろう?ユースには流れが読めなかった。
モゴモゴと言い訳のような言葉を酷く言いにくそうに言うスカーレットに付き合っているうちに馬車が止まった。
馬車の扉を御者が開け、怯えるスカーレットの後に続いて馬車を降りる。
使用人と、一人の女性が丁寧な礼をして迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、ユース・カルデット様」