娼婦に悩みを打ち明ける
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「ユース様は口が上手だから困ったものね」
ジルバは甘い笑みを浮かべながらハーブティを口にした。
貴族御用達のカフェにどうして娼婦であるジルバが詳しいのかはわからないが、以前にでも娼館に通う紳士に連れて来られたことがあるのだろう。
ユースはジルバの事が何もわからない。
高価な香を焚きしめているジルバ。
品のある所作をするジルバ。
花に込める意味を解するジルバ。
自らの意思で娼婦をするジルバ。
貴族が通うカフェで悠然と茶を口にするジルバ。
謎の多いジルバ。
出会ってから日の浅いユースにはジルバは謎多き女なのだ。
「君には本当の事しか言っていない。ジルバ、一つ教えて欲しい。君はどうして娼館で働いているんだ?」
ジルバはキョトンとしてから笑った。
「ある目的があるの。もう殆ど達成しているからいつ辞めても良いんだけれどね。可愛い人がいるから辞められないのよ」
ユースは頭に血が昇るのを自覚した。
「ジルバ、そいつは誰なんだ?」
「やだ、貴方。自分に妬いてるのね。困った人ね」
矢張りジルバは微笑んだ。
ユースはテーブルに突っ伏し悶える。
ーーージルバ、ジルバ!なんて悪い女だ!
その様子を見てジルバは妖艶に笑みを深めた。
★
日も暮れて来た頃、ユースとジルバは連れ立って娼館を訪れる。
ジルバの居室に入ると二人は恋人同士のようなキスをする。
職務停止期間中にも関わらず、ユースは幸せ一杯であった。有頂天である。
しかし、ユースはまたもや不安になる。
こんなに通い詰めているにも関わらず、二人は口付け止まりの関係であった。
チャンスは幾度となくあったにも関わらず、ユースは日和ってしまっていたのだ。
遅漏である事はジルバには告げている。
その遅漏の克服の為に下半身紳士同盟のスカーレットに紹介され、ジルバの元を訪れた。
だが、最早遅漏の克服など関係無くジルバの元に通い詰めているユースだが、ジルバに嵌れば嵌まるほど己の息子に恐怖した。
そして結局手出しが出来ず、克服も出来ないという最悪の悪循環が完成してしまっていたのだ。
それにまだまだ問題はある。
早まって婚約してしまったルイーシュとの婚約の解消も、スカーレットにのらりくらりと回避されている。
それから、大貴族であるカルデット家の嫡子であるユースはこのままでは娼婦であるジルバとは結婚は出来ない。
一つ一つ解決していかなければならないのに、スカーレットに言い含められて何一つ解決出来ずにいる分際でジルバに求婚している。
ユースは急に自分の不甲斐なさに悲しくなった。
気分が上がったり下がったり最近のユースは忙しい。
それもこれもジルバに出会ってからだ。
今までのユースは周囲の人間の機微や立場などは余り気にしたことは無く、当たり前に過ごしていた。
だが、ジルバだけは駄目なのだ。
冷静になれない。
ユースは思い切ってジルバに打ち明ける事にした。
「ジルバ、聞いて欲しい」
ジルバは向かい合ったまま首を傾げる。
「何かしら?」
「可愛いっ!…じゃなかった。実は私には婚約者がいる」
「知っているわ」
ジルバはいつものトーンで答える。
ユースは驚いたが、納得した。きっと紹介者のスカーレットから聞かされていたのだろう。
だからユースの求婚も本気にしてもらえないのだ。
ユースは頷き、続きを話す。
「婚約者とは婚約を解消する。明日には弟に家督を譲る算段を付けてくる。貴族位は無くなるが、騎士団での給金があれば君に苦労はさせないだろう。多少だが、蓄えもある。ジルバが私を望んでくれるのならば、私は総てを投げ打つ覚悟がある」
ジルバは今度こそ驚く。
「ちょっと本気なの?貴方、えーと、スカーレット……様に聞いた話しによると、婚約者の方にもお会いにならないというじゃない。会ってからでも結論は良いんじゃないの?」
「必要ない。私にはジルバだけだ。期待させるだけ申し訳ないだろう」
ユースがそう言うとジルバは困った顔をする。
「ねえ、どうして婚約者の方にお会いしないの?」
ジルバの質問にユースは答えを窮した。またジルバに大笑いされてしまうからだ。
だが、ユースは答えた。
「……それは私が遅漏だからだ。下半身に、そのおー、問題を抱えていると、途端に自分に自信が無くなってしまうのだ。男という生き物は。ーーあれは私が二十歳の時だった。その何日か前に辺境の領土の小競り合いがあり駆り出されて久々に帰還した日だ。疲れ摩羅と言って、分かるだろうか。疲れると致したくなる日があるのだが、その日お相手してくれた淑女に言われたのだ。長すぎる、と。だから自信を取り戻したら会うつもりだったのだ。だが、今はジルバがいるからもういいのだ」
多分疲れていて心と身体が釣り合っていなかったのだろう。
だが、ユースにはその淑女の一言が痛烈に効いた。
『長すぎる』その言葉はユースの中に重く残り、いつしかユースは勃ちはするが、いくら致しても行為中に欲望を吐き出せなくなってしまったのだ。
経緯を聞いたジルバは笑う所か珍しく憤慨した。
「失礼な女性ねっ!領土を守ってくださった騎士様の心情を考えずにそんな無礼な事を言うなんて!」
アソコが腐ってしまえばいいのよ!とジルバは激怒した。
もうそこまで聞くとユースは堪らなくなってしまった。
今まで完璧と持て囃されたカルデット家の嫡男であるユースのプライドを傷付けられ、本当は目の前が真っ暗になるような気持ちだった。
ただ、そんな小さな事を気にしていると人に気付かれるのも悲しかった。
ユースは精一杯虚勢を張り、尊大な貴族の仮面を被り続け、己のちっぽけなプライドを守っていたのだ。
だが、ジルバは怒ってくれた。
ユースが怒れなかった気持ちを代弁してくれたのだ。
「ユース、貴方の事情は総て理解したわ。ぜひ、婚約者の方に会って頂戴。そして、それでも矢張り私が良いと言うなら考えるわ」
ジルバはそう言ってにっこりと笑い、労わるようにユースを抱きしめてくれた。
ユースはその夜、ジルバの気持ちに感激し、ただただジルバを抱きしめて眠った。