娼婦は貢物で翻弄する
「もし、もし」
優しい手付きで揺すられ、目を開けると知らない女がユースを覗きこんでいた。
「誰だ」
ユースは短く問うと、女は名乗った。
「ジュリエッタと申します。本日ジルバは体調を崩してしまい、下がってしまいました。お待たせした上、大変申し訳ありませんが、またのご来店をお願い致します」
一流娼館らしく美しい女ではあったが、隠しきれない娼婦という職業らしい匂いがした。
娼婦という職業の女は基本的に奉仕が好き、もしくは上手い女が多いとユースは感じている。
そんな職業独特の匂いが染み付いた女だった。
果たして、ジルバはどうだったか。
ユースは娼婦の匂いをジルバからは感じなかった。
言葉遣いこそ、娼婦らしい感はあったが、ジルバは自然体のように感じた。
ーーー遣り手すぎるな、ジルバ。プロの鏡だな。
ユースはいつか彼女のその仮面すらも剥ぎ取ってしまいたいと思っていた。
ユースは釈然としない気持ちのまま、エントランスに続く階段を降り、娼館から出た。
背後のジュリエッタと名乗った女は頭を下げたまま見送っていたが、暫く歩いていると、娼館に入る客が、ジュリエッタにジルバと言う名を述べながら近寄っていた。
きっとさっきの客もジルバ目当てなのだろうと歯噛みしたが、今日はジルバはもう下がっているのだ、とユースは溜飲を下げた。
★
職務停止中の晴れ渡った日、ユースは城下町の淑女に話題の宝飾店や服飾店を回っていた。
宝飾店ではジルバに似合いそうな髪飾りや首飾り、ブレスレットなどを端から買い漁り、服飾店では、レースのグローブやショール、帽子などを思い付く限り購入した。
そして、花屋に行き、赤い薔薇を108本頼んだ。
総ての品物は娼館のジルバ宛に送るように手配した。
娼館が開くまでカフェのテラスで寛ぐことにした。
何とは無しに馬車や人が行き交うメインストリートを眺めていると、黄色いワンピースに白い帽子を被った女性が側仕えのメイドと二人並んで歩いている様子を見つける。カフェとは馬車道を挟んだ反対側を歩いていたので、遠目にだが華奢な身体つきに、ユースはジルバを思い出した。
黄色いワンピースの淑女も、ジルバと似た淡い豪奢な髪をしており、ジルバが自分の妻になったら、とだらし無くユースは夢想するのだった。
ーーーしかし、あのご婦人は、娼館街に何の用があるのだろうか。
娼館街の方角に消えて行く奇妙な黄色いワンピースの淑女とメイド。
ユースはなんとなく彼女らが見えなくなるまで目で追っていた。
★
「ユース様!こんなに贈り物は困るわ」
ジルバはユースが部屋に入るなり、抗議した。
「私の選んだ物を身につけて欲しい」
ユースはジルバを抱きしめながら告げた。
「それに108本の薔薇なんて直球すぎるわよ」
ジルバは唇を尖らせ照れている。
ユースは堪らずジルバに口付ける
リップ音を響かせながら、ニ、三度角度を変えて唇を奪うとジルバは白く美しい肌を真っ赤に上気させながら、ユースの成すがままになってしまった。
「早く君と結婚したい。ジルバ、愛してる」
108本の薔薇は結婚してくださいという意味だ。
ジルバは娼婦ながら正しくユースが花に込めた気持ちを理解していた。
しかし、ジルバ、と囁きながら口付けを更に重ねると、ジルバは苦しそうに眉尻を下げた。
「ジルバ、どうしたんだ?何か悲しい事でも?」
ユースがいつもの貴族らしい尊大な態度を引き下げ、優しく問い掛けるとジルバは更に苦しげに涙を零しそうな程に瞳を潤ませた。
瞬き一つで簡単に溢れそうな涙をジルバは懸命に堪えているようだ。
「いいえ。どうもしないわ。ユース様、また抱きしめて寝てくれる?」
ジルバの可愛いおねだりに、ユースは大興奮した。
「ジルバ、こちらに」
大興奮のスケベな欲望をユースは美貌の下に綺麗に仕舞い、ジルバを褥に誘った。
要は、スケベからムッツリスケベにクラスチェンジしたのである。
ジルバは抱きしめられながら、城下町で出会った好みの菓子や茶の事などをユースに語った。
「ユース様はこんな話し興味ないわよね。つい夢中になって、ごめんなさい」
ジルバはユースを見上げるように言って、ユースの胸に顔を埋める。
「いや、大変興味深い話しだった」
ユースはジルバのつむじを眺めて言う。
「本当かしら?」
ジルバがエメラルドグリーンの瞳でユースを覗き込む。
「ああ、本当だ。次に贈るのは、ラデュレという菓子屋の物にしようと思う。とても参考になったよ。ありがとう、ジルバ」
「まあ!なんて口が上手いのかしら?ユース様は恐い人ねっ」
ジルバは恐い人と言いながらおかしそうに笑った。
ジルバの笑顔は花が咲いたようなという形容が本当に似合う純粋な笑顔だ。
飾らず、愛らしく、美しい。
「ジルバはどんな花が好きなんだ?次回はジルバの好きな花を贈りたい」
ジルバは一瞬黙ってから小悪魔的な微笑を浮かべた。
「さっき、薔薇が一番好きな花になったわ。真っ赤な薔薇がね」
「ぐっ…ぐうっ!!」
ユースは胸を押さえて唸った。
殺人的なジルバの愛らしさに何度目か分からない一目惚れをし直し、呻いた。