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失礼な娼婦に恋をする



ユースは騎士団副官を務める二十五歳の若き青年だった。


激情のままに戦場を駆け、宿舎に戻ると、城下町に、夜会に繰り出し浮名を流す。

ユースの鍛え上げた肉体美。

貴族らしい尊大で華麗な物腰。

そして、国内一と謳われる美貌を持つといわれるカルデット家の系譜として押しも押されもせぬ人気だった。


しかし、そんな彼は二十を迎えた時から人には……特に女性には口が裂けても言えない、ある悩みに悩まされていたのだ。



そんな彼の悩み。








「ちょっと、私が色を売る仕事だからってあまりにも明け透け過ぎじゃないかしら」

ジルバは爆笑した後に、蒸せながら言った。

酷い女である。

何故カルデット家に生まれた高貴な自分がこんな売女にそんな事を言われなければならないのか。

ユースは非常に腹立たしく思ったが、矢張り背に腹はかえられぬ。

このままではカルデット家の存続に関わることなのだ。

でなければ、いくら庶民では行けない大貴族向けとはいえ、娼館になど足を運びはしない。


「なあーんか、今から始める空気でもなくなっちゃったわね。灯りをつけてもいいかしら」

奇遇である。

ユースもジルバなぞとは睦事は出来ないと思っていたところだった。

ユースは尊大に頷くと、ジルバは意外にも優雅な所作でランプに灯りを灯した。

そして手近にあったワイングラスに矢張り優雅な手付きで赤ワインを注ぎ、ユースに差し出した。

ユースはワインを口にするジルバを見つめ、知らず喉を鳴らした。

ジルバの紅が引かれた唇から滴り落ちた真っ赤な雫は正に妖艶だったからだ。

ーーー流石に口は悪いが、名器と名高い娼婦だけある。

ユースはそう思った。


「無口な人ね。それとも娼婦なんかとは口も聞きたくないのかしら?」

「そんな事はない。君がお喋りなだけなんじゃないか?」

ユースはジルバをゆっくりと眺める。

美しい色素の薄い髪に、陶器のような滑らかな白い肌。

長い睫毛が縁取る大きな宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。

美しい女性だ、と思う。

今まで会った女性の中でも断トツに美しい。

しかし、彼の婚約者のルイーシュはもっと美しいのだろう。

まだ見ぬ婚約者にうっとりと思いを馳せながらユースはジルバに向かう。

「わざわざ時間をとらせて申し訳ないが、今日はどうやら駄目なようだ。時間分の報酬は払うので、三日後にまたお願いしたい」

ユースは用件だけ伝えると、ジルバは笑いながら了承した。

「それなら抱き合いながら話しをしましょう。予行練習代りに丁度良いじゃない」

ジルバは少女のように小さく笑い、寝台に腰掛け、両手を広げた。

彼女のいる寝台に乗り上がり、ユースよりも小さなジルバを抱きしめた。

ユースが体を横たえ、ジルバの柔らかな身体を抱き寄せると、ジルバは小さく身を硬くした。

ーーーほほう。こんな場所で働く女性にこんな初心な反応をされるとくるものがあるな。

大した演技力だ、とユースは感心した。

そして、首筋から香る香の匂いを嗅いだ。

かなり高級な香の香りだった。

娼婦とはそんなに儲かるものなのだろうか?ユースは少し疑問に思ったが、ジルバの可愛らしい小さな耳に後ろから小さく口付けた。

ジルバは矢張り小さく身じろぎして首をすくめた。

こんな処女のような反応をしては、手酷く抱かれても文句はいえないだろう、とユースは思う。

「君は抱き心地が良いな」

ジルバは驚き、振り向くと、ユースの広い胸板に顔を擦りよせた。

「貴方にいわれると嬉しいわね。とても嬉しい」

ユースはジルバのつむじに顔を埋め、豊かな彼女の淡い髪を堪能しながら眠りに落ちた。











目覚めると、とうに昼は過ぎている時間であった。

ユースは簡単に服装を正し、未だに眠るジルバを置いて娼館を後にした。


女性と褥を共にして、あんなに安らかに眠れたのは初めての経験だった。

彼女に夢中になる貴族が多い事も頷ける。

彼女は飾らず、それでいて名器!

まさしく素晴らしい女性なのだ。

今日も、その素晴らしい魅力を武器に女の戦場で闘うのだろう。

チクリ。

ユースは胸が痛んだ。

昨日は何度もチャンスがありながらユースは彼女を抱かなかった事を後悔した。

昨日自らの腕の中にあったジルバが今日は名も知らぬ誰かのものになるのかと思うと堪らない気持ちになった。

まだ見ぬ婚約者、ルイーシュに申し訳ないとユースはそれ以上考える事を放棄した。









約束の日、朝からユースは落ち着かなかった。


そわそわして、片付けなければいけない書類仕事もそこそこに放り出して退勤時間ぴったりに兵舎を出た。


もう殆ど駆け足に近い形でジルバの部屋に転がり込むとジルバはエメラルドグリーンの瞳を見開いてびっくりしていた。


「ユース様、そんなに慌ててどうしたんです?」


彼女の甘い声が聞こえると、もう駄目だった。


「君にっ……君に会いたくて」

息を切りながら伝えた後で、しまったと口元を隠す。

ジルバは驚きながら、頰を真っ赤に染めると、両手で頰を隠した。

「それは良うございました。実は私も同じことを考えていたの」

とろりと溶けてしまいそうな笑みを浮かべるジルバにユースは思った。

ーーーなんと、恐ろしい女だ!!このままでは骨抜きになって全財産差し出してしまいそうだ!

カルデット家の名声を地の底まで貶めてしまいそうだ、とユースは戦慄した。

急に黙ってしまったユースに近寄り、小首を傾げながらジルバはユースを伺う。

「ユース様?どうしたのかしら?石像のように固まってしまったわ……。美しい方だから絵になるけれど、心配ね」

ユースは我に返ってジルバを抱きすくめた。

ジルバは上半身だけユースから離れて顔を赤らめ尋ねてくる。

「ああ、ユース様、良かったわ。正気になって。それより、今日は致すんですか?お悩みのコレ」

と、矢張り真っ赤になりながらユースの下半身をそろそろと指差した。

ーーーなんて可愛い女なんだ!処女のような仕草をする百戦錬磨の娼婦なんて、これはズルすぎる。

ユースは降伏した。


婚約者のルイーシュの事なんて最早頭になかった。


ジルバは嫁にしてから抱こう。


ユースは品行方正の人生を嘲笑うようなジルバの可愛らしさにうっかりどハマりしてしまったのだ。


結局ユースはこの日もジルバをただ抱きしめ眠りに就いた。


そして、翌日有り金を全て置き、可能な日数彼女には客を取らせないように告げ、娼館を後にした。






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