双子ケーキ論争 ―瞬間移動するオヤジ―
これは僕の責任だ。
だから誰にも背負わせる気はない。
実際そのとおりだ。だから、気づかせる必要はない。
気づくこともないだろう。あいつ、意外と鈍いから。
―――――――――――――――――――――
「んんんん……」
その教室に入ると、なにやら険しい顔した双子の弟が席で唸っていた。
「……どうしたんだよ。正志」声をかけた。
「ああ、ナオか。おはよう」難しい顔のままあいさつ。
「ああ、おはよう。――んで、どうしたよ、そんな浮かない顔してさ」
「いや、なんというべきか、そのまま言うしかねえんだけど……なんかさ……」
「なんか?」
「俺の父さん。瞬間移動できるかもしれねーんだよ……」
その顔はマジだった。
朝の教室で注目を集めていた。
「どはははははっ! あっはっはっはっははっはっあ、はは、ああ、はっははは、や、やべ、く、くるしい、笑いすぎて!」大爆笑だった。
「おい! ナオ笑いすぎだろうが」
「いやだってさ。お前が――正志が真剣に悩んでる風だったから声をかけたのに、まさか『瞬間移動』とかそんなギャグ話が飛びだすとは思わないじゃんか! ドラ○ンボールかよ。ぷっくはは、あっはっは、やば、はは、笑い止まらねー」
「ふざけてねえんだよこの……」不機嫌だった。
「ふう」落ち着く。「んで、どういうことなんだよ正志。朝のHRが始まるまで話を聞いてやるよ」
友達は鷹揚に促した。
話し始める。
「冷蔵庫のケーキが食われたんだ」
「ケーキ? まてまて、順番に言え。よくわかんねー」
一番はじめから説明しろ、と明瞭化を求めた。
「昨日、ナオ達と遊んで、真斗と帰った後なんだけど」
「ああ、昨日は公園でいっしょに遊んだな。――あの後のことな」
「家に帰ったら、母さんが鬼の形相で待ち構えてたんだ」
「……そうなのか。あのおばさん、そんな鬼のような顔するんだ。――ああ、わかった。その原因が『ケーキが食べられた』ことなんだな」
「ああ、そうだ。俺と真斗と父さんは、和室で仁王立ちする母さんの前に正座させられるわけだ」
その夜、その家庭の和室には、かしこまる三人の男がいた。
母が申す。
「んで、誰が冷蔵庫のケーキを食べたの?」
「……」
「……」
「……」
父も双子兄弟も、うつむき返事をしなかった。
「真斗、正志――2人には冷蔵庫のケーキは、古川さんに差し上げるモノだから食べないでね、と一度家に帰った時に私、伝えていたわよね? それなのに、なぜ消えているのかしら?」
「……」「……」「……」
返事はなかった。
「うーん。じゃあ、やっぱり……誰が食べたのかしら、ね」
「……」「……」「……」
順番に、1人ひとりに、視線が移ろう。
「真斗、食べたの?」
「ち、ちがうよ」ビビるも答える。「僕はケーキ食べてないよ。ちゃんと冷蔵庫のケーキは食べないようにって聞いていたし」
「そう。――じゃあ、正志?」
「ちがう俺じゃない」同じように答える。「俺も聞いてたし。冷蔵庫のケーキなんて食べてない。そもそも入っているところも見てない」
「そう」
それなら、と視線が移る。
「佑さん。あなたが食べたの?」
「いいや、違うよ! 明さん!」
妻に夫が必死に釈明した。
「俺、仕事だったし。――帰宅した時には、すでに明さんが家にいただろ!? 夕飯前だから、何も口にしなかった。見てたよね?」
「でも、あなたには冷蔵庫のケーキは食べないでねって、説明していなかったと思うし」
「いや、それは聞いていなかったけれど、それは逆に、冷蔵庫にケーキがあったことすら、俺は知らなかったということで――」
「そうね。――それにそもそも、あなたが帰ってきた時には、もうすでにケーキは食べられていたのよ」
「そ、そうか。じゃあ俺じゃないな……」
「仕事、抜け出して帰ってきて食べたの?」
「俺だけ疑い方が強くないですか?! 明さん。ちょっと」
夫をもうすこし信じてくれませんか、と妻に申し上げる。
「苗倉家って、かかあ天下なんだな……」
事情を聞く友達がすこし引いていた。
「そうなのか? 普通じゃねえのか?」
「いや、ご家庭によるから、何とも言い難いけど、オレんちは『こう』じゃないな……」
「そうか」
「んで、その親父さんが『瞬間移動』したってのはどういうことなんだ?」
「ああ、んで先のつづきなんだが――」
妻、言う。
「でも佑さん。あなた1番可能性が高いのよね……」
「え、なんで?」
「真斗と正志は、いっしょに遊んでいたんでしょ?」母の目線で、双子がシンクロで頷いた。「だから互いにアリバイがある。どちらかが食べたなら、どちらかがチクればいいのだから。しかしどちらも兄弟を売ってはいない」
「いや、明さん。チクるとか売るとか、ちょっと子供たちの情操教育的に、どうなのかと思うんだけど……」
「私が食べられたケーキを見つけたのは、お夕飯の買い物から帰ってきた後、5時半ごろなの」
「ああ、そうなのか」
「ええ、だから私が買い物に出掛けていた4時から5時半までの間に、鍵を持っていて自宅に侵入できて……またアリバイが不明瞭なのは、――あなたしかいないのよ!」
「コレ、もう俺が犯人になるしかないヤツなのか!?」
「だから、佑さん。家族のためにも、自首を勧めるわよ?」
「そりゃ家族全員が当事者ですからねえ!?」
「……認める気はないの?」
「ないよ! やってないから。食ってないから。それなら、わかったよ! 証明する!」
「証明?」
「俺の車の、ドライブレコーダーの記録を、証拠として提出いたします!」
父がパソコンから自身の無罪を示す映像を出した。
「これが俺の車のドラレコの映像。帰宅する5時半まで記録がないだろ。5時半からの映像で会社から自宅に戻るまでが記録されている。――4時から5時半までに家にいることは不可能。俺が仕事で会社にいたという証明になるだろ?」
「ええ、そうね。たしかに……なにかのトリックかしら?」
「トリックを考えるより、旦那を信じてくれないか?!」
「そうだわ。――レンタカーを借りた、とかなら、どうかしら? マイカーを使わなかった。それで家に戻ってきてケーキを食べた。それならドラレコには記録されない」
「たかがケーキ食うだけで!? 可能だけどもトリックが大仰すぎる。レンタカー借りるくらいなら買うわ、ケーキを。500円くらいで。家族全員の分を! 出費がでかすぎるわ」
「たしかに……」妻、納得。
「だろ?」
「それなら、佑さん……あなた、瞬間移動が使えたの? そういう特殊技能は、結婚前に言ってくれないと……」
「使えねえよ! 使えたら使ってみたいわ! せめてドラレコの電源を切っていたとか、ドラレコを車から出していた、くらいの推理にしろよ。『それ』もしてないけどさ!」
夫、必死だった。ツッコミに。
聞いた友達が感想を述べた。
「いや、意外と楽しそうだな、苗倉家」
「そうなのか? 普通じゃねえのか?」
「いや、ご家庭によるから、何とも言い難いが、オレんちは『こう』じゃないな……」
「そうか」
「しかし、これじゃ事態の収拾つかないな……」
「いや、そこは収まったんだけどな」
「ん? なんで」
「真斗が自首した」
「は?」
疑問が止まらなかった。
家族の集まる和室。
おずおずと手を上げた。
「ん? どうしたの、真斗」
母が聞く。
「あの、たぶん、この件、その、……僕が犯人だ……」
「は?」おかしいと感じる弟。
「え。真斗なのか」おどろく父。
「うん、これ、僕だ」
「そう。……真斗。あなたは別室で事情聴取よ。移動なさい」
立ち上がり、彼は母と別室に移動した。
事件が解決した。
事情をクラスメイトに説明したあと、双子弟が言った。
「わけがわからん」
それが悩んでいる理由だった。
友達が、明らかになったことを確認する。
「いや、だから、双子兄――真斗――マコが犯人だったんだろ?」
「言っただろ。――俺とアイツはいっしょにいたんだよ。俺が見てたんだから。アイツは冷蔵庫のケーキを取り出して食べてなんてなかったんだ」
「ああ、そうか。双子弟――正志――お前が見てるんだもんな」
「ああ、だから父さんが瞬間移動したとしか、考えられないんだよ……」
「瞬間移動は現実味がなさすぎるぞ!」
友達がつっこむ。
「てか、ほんとにマコには、ケーキを食べるのは不可能だったのか?」
「言っただろ。俺がいっしょにいたから無理だって」
「でも、ずーっと四六時中いっしょだったわけじゃないだろ?」
「まあ、そうだけど。でも無理だなあいつには食えない。――早食いにしても、真斗が食うにしては時間がなさすぎるし、あいつ食ってなかった気がする」
「うーん。そうなのか。どうだろう? ちょっと確認してみようぜ」
昨日のことを思い出させるように話す。
「マコと正志の2人が公園に来たのは、4時10分くらいだっけ……公園の時計でそれくらいだった気がする」
「ああ、それくらいだったと思う。俺たちが一度家に帰ったのが4時前だな。それからランドセル置いたり準備したりして、公園に向かった」
「苗倉んちからだと、公園までは5分くらいか」
「ああ、それくらいだな」
「じゃあ、マコと正志が家を出たのは4時5分くらいってことか……。所要時間約5分、ケーキの早食い。やれないことはないんじゃないか? 小学生でも5分あれば」
「いや、真斗には無理だな」
「なんでだよ。5分あれば――」
「いや、実際は5分もねえから、真斗のやつ、トイレでうん――「ちょっとまて!」――てたから……ん? なんだよナオ」
「不適切発言を防止したんだよ!」
「なんだよ。クソくらい誰でもするだろ?」
「するけど! するけどもっ! 表現が生々しいんだよ!」
規制されるぞ、となんか必死に言う。
ま、ともかく、と双子弟は確認を続ける。
「真斗のやつは、ずっとトイレに入っていたから、ケーキなんて食ってるヒマはなかったはずで――いや、まてよ……」
「どした」
「真斗のやつ、まさか、トイレの中でケーキ食ってたんじゃねえか?」
「ねーよ!」
ツッコミだ。
「いやナオ。でも物理的にいけるんじゃねえか?」
「ありえねえよ。衛生的にありえねーよ!」
「そうか?」
「そーだよ! 正志、おまえだってトイレでケーキ食いたいと思うか? 思わないだろ?」
「うーん。そうだな。俺は食いたくないけど。――でも高校とかでは便所で昼ごはん食うのがはやっていると聞いたことあるぞ?」
「それは、はやっているんじゃなくて、居場所が必要でその上でそうしている人がいるという話だろ! ――てか、そうじゃねえだろ。隠れてケーキ食うにしても別の場所があるだろ。自分の部屋にでも行けよ! お前らそれぞれ1人部屋があるってオレ聞いて知ってんだからな」
「ああ、まあそうだな。たしかに」
納得した。トイレでケーキを食す理由がないことに。
「そんで、真斗がトイレから出てきて、すぐに公園に行ったんだ。真斗がケーキを食べている時間はねえよ。だから、やはり父さんが瞬間移動したとしか……」
「なるほど……瞬間移動は無理だとしても、なにかしらトリックが……。ん? まてよ」
「どした、ナオ」
「正志、お前はトイレ、行かなかったのか?」
「ん? いや行ったけど? ――まあ、俺は真斗とは違ってオシ――「だからやめろつのに!」――だったから、すぐに……ん? なんだよナオ」
「だから、直接表現は避けろ!」
「なんだよ。小便くらい誰でもするだろ?」
「するけど! するけどもっ! てか、そうじゃねえ――それだ!」
「は? なにが」
友達は気がついたので、すべて話すことにした。
友達が確かめる。
「正志、おまえマコがトイレから出てくるまでの間、なにしてたんだ?」
「腹ごしらえ。腹が減っていたから、おやつ食べてたけど?」
「……なにを食べたんだ?」
「ケーキだけど?」
「それじゃねえかぁあああ!」
叫んだ。
「やっぱりそうじゃん。正志、おまえ自分で食ってるじゃねえか!」
「いいや、ちがう違う。ナオ、そのケーキは違うぞ?」
「なにが違うんだよ……」
「母さんは『冷蔵庫のケーキ』って言ったんだ。俺が食ったのは――」
「――『テーブルかどこかに出ていたケーキ』なんだろうな……」
「おう」
「だが、『それ』なんだよ」
「は?」
やはりまだわかっていなかった。
「いいか? お前ら――苗倉兄弟が帰宅したとき。4時前」
「ああ」
「正志は帰ってから、即トイレに入った。――んで、その間、真斗はなにをしていたか」
「ん?」
「おそらく冷蔵庫を探っていたんだ」
「んん?」
「学校から帰ってきたら、やっぱお腹すくし、のども渇く。だから冷蔵庫から飲み物を取り出して飲んだり、食べ物――おやつを探したりしていたんだ。正志、おまえだって腹が減ってたって言っていただろ」
「ああ、うん。んで、それがどした?」
「それで、おそらくこの辺で、おばさんが買い物に出かける。おばさんが買い物に出かけたのは4時らしいしな。『てめえら冷蔵庫のケーキ食べるんじゃねえぞ』と双子に伝えて」
「ああ、まあうちの母さんそこまでガラ悪くねえけど。――俺がトイレから出たところで、母さんから言われたな」
「そして、腹が減っていた正志はそこに出ていたケーキを食べるわけだ」
「その前に手を洗ったけどな」
「そこは、まあ、大切だけど、どうでもいいんだよ! ――んで、そのケーキは――」
「ああ、『テーブルに出ていたケーキ』だから『冷蔵庫のケーキ』じゃねえだろ?」
だから食べていいやつだろ、と疑いようもなく言った。
「いや、だからそれ、真斗が冷蔵庫から出したやつだから!」
「ん? ……はぁあ!?」
ようやく合点がいった。
「あいつ、なんで冷蔵庫のケーキだしてんだよ!」
「おまえと同じく食べようと思っていたんだろーよ!」
理解したらしい友達に、さらに解説。
「しかし、母から伝言で食べるのをやめた。そこで正志がトイレから出てきた。順番がきたので真斗はトイレに入ることにした。――『冷蔵庫から出しっぱなしにしたケーキ』をそのままにして」
「……」
「それを正志――お前が食べたと、そういう理由だ」
「…………」
思い出した。
アイツは言っていた。
「正志、出ていたケーキ『片付けて』くれたか?」
「ああ、あのケーキな。ちゃんと『片付け』といだぜ?」
――ムカついてきた。
ケーキを冷蔵庫から出したままにしたことではない。
そうではなく、彼が1人で――
父の「ドラレコを車から出していた」という発言で思い出した。
ケーキは僕が冷蔵庫から出していた、ということに。
母の部屋で、息子がすべて話した。
「なるほど。納得したわ」
「…………」うつむいて覚悟を決める。
が、
「じゃ、もういいよ?」
「……え。あの、母さん、怒らないの?」
「ええ、あなた達に悪意はなかった。ただの偶然だった。それなら怒る理由はないわよ。『これから気をつけなさい』くらいね。言うことは」
「…………」
「私が、怒っていたのは『悪いこと』をしたのに謝りもせず、名乗り出ることもしない。そういう非情で非道なことに怒っていたの。だから、真斗を叱る必要はありません」
そんなわけで母が許した。
「…………」
「だけど、ね」
「え、だけど?」
「あの子は怒るかもしれないわよ?」
その翌日。
「こんのクソ兄貴がぁ!」
朝の教室に弟が殴りこみに来た。
お読みいただきありがとうございました。
お疲れさまです。
なんというか、明るい家庭ですよね?
佑、明、真斗、正志。――いいネーミングだと自画自賛しております。
あ、関連作もございます。
『稲多夕方』初見の方いらっしゃいましたら、どうぞ、そちらもご覧くださいませ。
では。