敵か味方か
国を出てから1時間程、商人たちは思っていたよりもタフで、鼻歌まじりに後をついて来る。
皆ずいぶんと小柄で、おそろいの熊のような髭と目深に被った帽子で表情は見えないが、ずいぶん楽しそうである。
並走している馬に乗る商人はリーダー格のようで、少しばかりの武器を腰にぶら下げていた。
「クリス様、少し休憩なされますかな?しばらく行くと国王様の結界が張られた村がありますので。」
「あ、いや...皆が大丈夫ならこのままもう少し進もうか。夜くらいには隣国に着きそうだし。」
勇者たちの支配する国々まではまだまだ遠い。
この辺りは国王の領地で、魔王派遣の商人集団たちと一緒なら安全だろうと思った、のだが。
「いえ、お言葉ですが、夕暮れまでには結界内の村へ入ったほうが良いかと。夜は魔物が動き始めます。」
「え、だって...魔物ってことは仲間じゃないの?君たち≪ドワーフ≫も...。」
「国王様の支配下の者たちではなく、野良魔族たちがおりますので。夜は危険です。」
「野良って?」
「我々や国にいた魔族たちは国で魔族住民として登録されています。人間と共生するための教育も受けておりますし。それに比べて野良は元々勇者たちが旅を共にしていた魔族。旅の途中で勇者が力尽きはぐれてしまったり、強い個体をと繁殖させられたのに、旅の終わりに人間だけの国では生きられないと捨てられ、野良になった者たちです。」
そして繁殖し、より野生化していく、とドワーフのリーダーは悲しげに遠くを見つめた。
「何よりここは勇者の国々から最も遠く、魔王の統べる最大の国のすぐ側です。この辺りで野良として生きていけるほどにとても強く、狂暴な魔族が多いのです。」
そうか、じゃあ早めに村で休憩して行こう、と告げて馬を走らせようとしたが、歩みを止めてしまった。
(何か、いるのか?)
気づけば鳥たちの鳴き声が止み、ドワーフたちが身構えていた。
ガサガサと森の中からものすごいスピードで何かが駆け抜けてくる音がする。
携えていた武器に手をかけ、息をのんだ、その時。
1匹のスライムが転がり出て来た。
「...な、んだ、スライムか。」
あまりにも拍子抜けしてほっとしたところ、ドワーフたちが脇を抜けてスライムにナイフを向けた。
「ここは危険です!」「こいつ、あの時の...!」「お逃げください!」
「いやいや、スライムでしょ?そんな怖がらなくっても、」
苦笑しながらドワーフたちを宥めようとすると、その彼らが武器を構えていた手を抑えてうずくまった。
「クリス様、奴の飛ばす粘液に触れてはいけません!お逃げください!」
よく見ると武器がドロドロに鎔けている。
丸い液体がころころ転がっているのを睨みつけながら後ずさる。
(初回エンカウントで強敵、敵側の牽制からの最後仲間入りってパターンってのはあり得るかも...逃げられるか、でも―)
小説のありがちなパターンが脳内に次々と浮かんでは消えていく。
ひとりなら逃げられるかもしれない、でもドワーフたちを置いてはいけない。
歯を食いしばり、剣に手をかけると、
「ドワーフのおじさんばかりかと思ってたけど、人間がいるじゃん。」
スライムが喋った。
「...え、言葉が喋れるの?」
「あ、もしかしてきみって新しい勇者討伐の旅に出る人?小さくてかわいいねー。」
しかもチャラい。
「クリス様、スライムの言葉に耳を傾けてはいけません!我々を欺こうとしているのです!」
「おじさんたちだけならこの前みたいに嘘ついて食べ物盗ってこうと思ったけど、今回はやめとくよー。人間好きだし、クリスちゃん?かわいいし。」
その言葉にビクっとすると、ぽよぽよと跳ねながら足元に来たスライムを転がし、ドワーフが間に入る。
「王国騎士団団長、ガイル様のご子息に無礼な!」
「...ふーん、クリス、くん、ね。あ、じゃあ強いんだ。ねえねえ、俺のこと仲間に入れてよー、勇者たちの国に行きたいんだけど1人だと襲われやすくてイヤだったんだー。俺かなり強いし、役にたつと思うんだけどな、おじさんたちより。」
「なんだと!」
口喧嘩をし始めた彼らを横目に少し悩む。
怪しい、怪しすぎる。
でも強敵仲間入りパターンが早まった結果なのかもしれない、ここで断って後々やり直しがきかないよりは―
「分かった、仲間に入れるよ。」
「クリス様、良いのですか!?」
「うん。僕も戦闘に強い仲間がほしいと思ってたし、行く場所も同じだし、利害は一致してるから。ドワーフたちも商品届けたら国に一旦戻らなきゃいけないでしょ?」
「...クリス様が決めたことなら...でもこやつを信用するのはまだ、先のほうが良いかと...。」
目に見えて釈然としないという感じでブツブツ文句を言うドワーフたちの間をスライムが跳ねながら挨拶をして回る。
「改めて、よろしく。えっと、名前とかある?」
「...前の主人だった勇者に付けられた名前ならあるけど、気に入らないからクリスくん付けてよー。」
「ええ...じゃあ、アクアとか、どう?透き通ってるし...。」
我ながらネーミングセンスがないと思うが、スライム―アクアは僕の周りを1周跳ねまわって喜んだ。
「すごい良いよー!ありがとうクリスくん!」
「う、うん。じゃあ皆行こうか、夜になる前に...。」
武器を熔かされたドワーフたちに代用のナイフを渡し、隊列を組みなおす。
僕はアクアを拾い上げて自分の馬に乗せると、彼は小声で話しかけてきた。
「クリスくん、なんで隠し事してるの?」
「...何のこと?」
「んー、まあいっか、誰にでも隠したいことはあるだろうし。」
俺にもね、とアクアは笑った。
やっぱり怪しい。しばらくは警戒したほうが良さそうだ。
主人公とは言え、自分に良いようにばかりは進まないようだから。