主人公は僕
わかっている。
僕は、わかっている。
自分が「小説の主人公」であるということを。
そして今日、僕の14回目の誕生日である今日この日に、「旅立たなければならい」ということを。
*
朝、母が僕を起こしにくる。
「クリス、14歳の誕生日おめでとう。今日はたいせつな日よ、早く起きて準備してね。」
「...うん、王様のところに行くんだよね。」
この国では14歳の誕生日を迎えた子どもは旅に出る。
その為の装備品や道具なんかは国で用意してくれるし、軍資金もくれる。最低限ではあるが。
それらを国王に謁見した際に渡され、あとは旅立つだけ。
こうして旅立った子どもたちのうち、国へ戻ってくる者は少ない。
大方、道中で―ということだろう、僕も、もしかしたら。
「...クリス、これを。忘れちゃ駄目よ。」
「ああ、わかってる、大丈夫だよお母さん。」
母から手渡された【それ】を身に着け、僕は家を出た。
*
はじめて足を踏み入れる城内は思っていたより暗く、飾られている調度品は気味が悪いものばかり。
動物の頭蓋骨のような花瓶に、黒の薔薇。青い光の灯ったランプ、鎧の立ち並ぶ廊下。
「趣味悪...。」
「そのように言うな、国王様が国内外から揃えた高級な調度品だ。素晴らしい。」
隣を歩く父は国王が統べる外の村から来た元旅人であり、現在は城内で騎士団の団長をしている。
どうしても自分の子どもに同じように旅を通して強くなってもらいたかった父は、今日まで僕に戦いの極意を教えてくれた。
対人での剣術や肉弾戦は同年代の誰にも負けない自信がある。
だけど国外にいるであろう魔物は戦いはおろか、見たこともない。
序盤で出てくる粘液的なものにすら負けてしまったらどうすれば良いのか。
「この日を迎えられたこと、嬉しく思うぞ。クリス、必ずやこの国と国王様に貢献し、さらに強くなり、帰ってくるのだぞ。」
喜々として言う父に頷き、(帰ってこられたら、ね)と心の中で付け足す。
「...クリス、あの【秘密】だけは、隠し通すのだぞ。」
父の言葉に、手を握りしめた。
*
多くの兵士たちに囲まれた玉座までの階段は長く、跪き、首を垂れた状態ではその姿を見ることができない。
「王国騎士団団長ガイル、ただ今戻りました!」
朗々とした父の声が響く。
労をねぎらう国王の声が遠くから聞こえ、父が背筋を伸ばす。
「我が子、クリスでございます。」
「お初にお目にかかります、国王様。ガイルが息子、クリスと申します。」
その時、重厚な足音が聞こえ、目線を上げた。
「あ...。」
肌がピリピリとするような緊張感の中、黒い鎧とマントを纏った国王が一歩ずつ階段を降りてくる姿が見える。
周りの兵士たちも慌て、背後の騎士たちもまた柄に手をかける。
思わず下を向いた僕に大きな黒い影が落ちる。
「...ガイルの息子か、期待しているぞ。この国のさらなる発展のため、害をなす『勇者』たちの侵略を防いで来てくれ。」
その言葉に恐る恐る顔を上げた。
国王は、魔王の姿をしていた。
「...はい、必ず。」
引きつった笑みを浮かべ、そう呟くように返すほかなかった。
(そういう設定なのか...)
よく見ると周りの兵士たちも鎧を纏ってはいるがその兜から気体のようなものが漏れ出ている。
旅立ちの準備ができたと、気体の兵士のひとりが敬礼した。
*
魔王サイドと人間サイドが争うような小説などはよくあるが、これは魔王支配下の国々と、自国を守る勇者たちとの戦いのようだと理解した。
(でも、国の人たちは人間なのに...)
洗脳されているのか、それとも全員人に見えているが魔物なのか。
「...国王様って魔物...魔王様なの?」
国の入り口へと向かいながら、父にそう小声で尋ねると、きょとんとした顔をされた。
「そうだ、素晴らしいお方だろう。魔物にも、そして我々のような人間にも平等に機会を与え、国を豊かにしてくださった。以前の国王よりよっぽど立派なお方だ。」
そう言われてみるとこの国の人々は皆幸福そうであることを思い出した。
道や生活水路などもすべて整備され、困った時には皆が声を掛け合い助け合う。
子どもたちが伸び伸びと育ち、緑が豊かで、何もかも申し分ない。
「前の国王って?」
「...元勇者だったらしいが、政治の手腕は酷いものだった。俺のいた村もまた、未開拓の地のまま、村人だけが貧しい暮らしをしていたが元勇者の村長は贅沢三昧だ。他の国々もそうだろう、それを救い、全世界を平等に豊かにするのが魔王様、現国王様の願いだ。」
話を聞いて少し安心した。要は魔王教の布教、でも。
「勇者たちと戦う、か...」
そのために『対人戦闘の修行』をさせられていたのかとふと思う。
(主人公補正、どっちにかかってくるんだろう...)
そんなことを思いながら、用意された馬に乗る。
後ろの馬車には積み荷と、それを引く馬には国々を渡り歩くことに慣れた商人たちが乗っている。
心配そうに見送りに来た母の肩を抱き、父が真っすぐこちらを見る。
「隣の国に着いたら仲間を募りなさい、そこまでの道中は商人たちと共に。くれぐれも、気を抜くでないぞ。」
「うん、分かった。行ってきます。」
手綱を握り、出発の合図を馬に送るとゆっくりと歩き出した。