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7/7

7 終

                     7 (終)


 最初に戻ると、もこっちは、常に、「私VS世界」という風に見ていると言った。これは、矛盾した関わり方であって、「世界」であるような人々と仲良くなる事などとてもできない。何かあっても、全ては「彼ら」「向こう側」の概念に収斂される。もこっちは、他人と付き合うには、自分を高く見せないと無理だと思っていた。そうではない場合は、他人を軽蔑しようとする。


 それに変化が現れ、友人ができてきて、もこっちの世界観も変わっていく。彼女にも「人」が見えてきた。「私VS世界」の隔たりはいつの間にか消えて、あるいは壁は低くなって、そこに「人」が現れるようになってきた。モブキャラだった田村ゆりも、加藤さんも、ネモも、もこっちの目に映る、自分と同じようにその場を生きている実在の存在だと感じられるようになってきた。もこっちが目覚めるにつれ、他人の存在にも気づき始める。漫画の描写自体が変わってくる。この描写の転換は(意図したものでないとしても)見事である。


 長くなったのでそろそろ締めたいが、加藤さん回で、加藤さんが、「マリアさま」「おかあさん」のような絶対的な存在ではなく、相対的な、もこっちと仲良くしようとしている、彼女自身も悩みながら生きている普通の女子高生だと示される回がある。人は絶対的な存在である事から、相対的な存在だと自分を受け入れる事によって成長する。人は成長するにつれ神に近づくのではない。人は成長するにつれ、人になる。


 今や世界は静まり、もこっちは成長した存在になったわけだが、ここで逆転が起こっている。成長するのは今度はもこっちではなく、加藤さんやネモ、田村らだ。優等生であった加藤さんや、リア充であったネモ、自分の世界に閉じこもりそれ以上出る気がなかった田村。それらのキャラクターがもこっちを契機に成長しようとしている。そうしてこの成長の物語は人が人になっていくタイプの成長であって、人が神のごとき、それこそ、今のエンタメ作品ないし、世界全体が志向しているような、誰もが「自分」を褒め称え、崇めてくれるようなもの、それもそのきっかけがいつも偶然であって、ほんの偶然によって自分の人生がまるごと変わり、自分(達)だけが「特別」になるような、そうした物語ではない。そうではなく、ここで起こっているのはそれぞれが、自分とは何かを捉えていく物語だ。


 もちろん、これは「普通が一番いいよね」という安易な、平俗主義とも違う。深淵から帰って捉えられた普通と、ただ浸りきっているだけの普通は違う。もこっちの目には、世界は自分を圧倒するものでも、自分が制圧すべき対象でもなくなった。そうではなく、もこっちの目には、人間(他の人々)が見えるようになった。それと共にもこっちも肩肘を張らずに生きられるように、そこに相対的な、つまりは「普通の」人間関係の世界が現れる事になった。このようにして捉えられた普通の世界は、我々がそこから出る事を拒み、浸っている「普通」とは違う。しかし、その意味を知る事ができるのは、一度深淵を見たものに限られる。


 本当は、「普通が一番いい」と言えるのは、自分が普通でないものになった人間に限られる。人は神から人になる過程で成長する。しかし、神になろうとする人間は、そこで自分が人間から離反するのを感じるだろう。彼には、自分と世界が対立しているように見えるだろう。その山頂から降りてきた時、彼の目に世界は別物に見える。彼は地上に帰ってきて、人間となる。そうして人間の世界を生きる。しかし、これは他人の目には、「ごく普通の生活」としか見えないだろう。だが、見える人には彼女のーーつまりはもこっちのーー蠱惑されざるを得ない魅力が見えるだろう。果たして、うっちーはもこっちのそんな魅力に惹きつけられたのだろうか? 


 …いずれにしろ、今のもこっちには他者は「世界」という一元的な存在ではなく、田村、加藤、ネモといった固有名詞で捕えられる世界となった。そこで、もこっちは他者と関わり生きていく。もこっちの目には、他人達が必死に守っている「空気」もはっきり見えているし、それぞれの人間もはっきり見えている。もこっちが成長によって破ったのはもこっち自身の「世界と私」という二項対立だった。が、この成長には、田村ゆりという「他者」の介在が必要だったのは言うまでもない。(今江先輩や吉田も) 世界の中で自分が認められるという理想が崩壊して、ようやく人はその世界の中で相対的に、「普通に」生きられるようになる。今のもこっちはそういう姿を現しているーー自分はそんな風に思ったりしている。

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